大沼郡南青木組小谷村

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陸奥国 大沼郡 南青木組 小谷(おや)
大日本地誌大系第33巻 8コマ目
府城の南に当り行程3里30町。
5区に住す。
北の1区を坂下(さかした)という。家数4軒、東西50間・南北10間余。
ここより東3町に1区あり。川端(かははた)という。家数5軒、東西40間・南北50間。
ここより南4町に1区あり。(はら)という。家数3軒、東西40間・南北20間。
またこの西20間計に1区あり。西村という。家数12軒、東西1町10間・南北1町10間。
またこの南3町余に家居1軒あり。細草(ほそくさ)という。
共に東は鶴沼川に()ひ西は山による。

東20間会津郡本組大豆田村に界ひ鶴沼川を限りとす。その村まで11町20間余。
西20間計穂谷沢村の山に界ふ。
南22町会津郡小出組芦牧村の山界に至る。その村まで1里2町。
北8間馬越村の界に至る。その村は戌(西北西)に当り21町10間余。

端村

平沢(ひらさは)

本村の南11町40間にあり。
家数12軒。東西1町・南北1町24間。
東は川に傍ひ西は山に連なる。

山川

天国山(てんこくやま)

或は天極に作る。
村より申(西南西)の方10町計にあり。
西北は穂谷沢村に界ふ。

山梨峠(やまなしとうげ)

村南10町計にあり。
登ること10町計、芦牧村との界なり。
経路あり大内峠に通す。

中山峠(なかやまとうげ)

村より戌亥(北西)の方4町にあり。
ここを越て馬越村にゆく。
頂を界とす。

鶴沼川

村東にあり。
芦牧村の境内より来り、北に流るること1里1町馬越村の界に入る。
水涸るる時は橋を架し大豆田村に往来す。

不動滝

村より辰巳(南東)の方3町にあり。
渓流これに注ぐ。
高5丈余。

温泉

村南22町鶴沼川の西岸に湧出す。
湯治するもの自ら砂を堀て浴す。
洪水には川中となり浴すべからず。
温湯にて味酸し。
眼病・瘡毒を治す。

土産

榧実

山中に榧木(かやのき)多し。村民実を採て生計の資とす。

山椒

山中に多し。但州*1朝倉の産につぐという。

神社

温泉神社

祭神 温泉神?
相殿 稲荷神 2座
   鹿島神
   山神
   鬼渡神
   権現
鎮座 不明
端村平沢の南11町余にあり。
鳥居あり。深川村高野石見これを司る。

住吉神社

祭神 住吉神?
鎮座
平沢の西山麓にあり。
相伝う。昔何の頃にかこの南山の岩窟にあり後ここに移すと。
今、彼の岩を大明神岩という。
鳥居あり。修験大寶院これを司る。

寺院

大慈院

村中にあり。
臨済宗小谷山と號す。郭内興徳寺の末山なり。
葦名氏の建立にて西堂という僧の開基なり。
旧は興徳寺の塔頭なりしを、天正17年(1589年)この村に移すという。
本尊釈迦客殿に安ず。

観音堂

客殿の南に続く。

旧家

長谷川雄右衛門

この村の肝煎なり。
先祖は長谷川五郎国義とて大和国長谷に住す。後に河内守と改め荘園多く領せしが、9代の孫越中守某という者窂人(ろうにん)して會津に来りしよりこの村の長となれり。
昔は武器も数多伝りしを、天正巳丑の乱(1589年)に失いしと言い伝う。
文禄・慶長の水帳及び免目録漆木改長などいうものを蔵む。また系図なりとて1巻を秘蔵せり。
伝わるままに左に録す(※略)。


最終更新:2020年04月06日 09:36

*1 但馬国。現在の兵庫県北部