河沼郡青津組中目村

陸奥国 河沼郡 青津組 中目(なかめ)
大日本地誌大系第33巻 112コマ目

府城の西北に当り行程2里26町余。
家数9軒、東西50間・南北1町7間、四方田圃(たんぼ)なり。

東1町33間履形村の界に至る。その村は辰(東南東)に当り4町40間余。
西1町5間十日町村の界に至る。その村は戌(西北西)に当り20間余。
南1町4間村田村の界に至る。その村まで8町20間余。
北3町京出村に隣りその村際を界とす。

古蹟

経塚

村の申(西南西)の方路傍にあり。
高5尺・周10間余。
何れの頃にか一石一字の経文を埋めしという。今に二文字鮮明なるものを拾得ることあり。


参照・補足

  • 河沼郡青津組京出村#五香地区の社寺
  • もとは現在より東南の方二~三町の所にあり「中の丁」という地である。それが水害のためいつの頃か今の地に移ったと伝えられ、元の村跡には鎮守の宮と共同墓地がある。

外部リンク等



村名について

明治8年(1875年)、大添分・十日町村・京出村・下京出分・中目村が合併し五香村が発足。
※以降は河沼郡青津組京出村#村名についてを参照
最終更新:2025年10月31日 22:01