耶麻郡小田付組大沢村

陸奥国 耶麻郡 小田付組 大沢(おほさは)
大日本地誌大系第32巻 86コマ目

昔は中田付村と1村なり。正保2年(1646年)に分つ。

府城の北に当り行程5里17町余。
家数16軒、東西1町54間・南北2町50間。
西は上岩崎村に連なり、南に田圃(たんぼ)ありて東北は山に近し。

東4町35間中田付村の界に至る。その村は辰(東南東)に当り5町20間余。
南6町36間上田村の界に至る。その村まで11町20間余。
北3町9間入田付村の界に至る。その村まで30町。

山川

大佛山

村より寅(東北東)の方20町余にあり。
高60丈。
何れの時にか大佛堂を建し所なりとぞ。今はなし。
この山さのみ*1高からざれども衆山の中に特立し、府下の近郊よりもその形著しく見ゆるゆえ里俗会津富士と称す。
天正13年(1585年)葦名氏伊達勢とこの地に戦い死傷多き所ゆえ、今に武器の類を得ることありという(中田付村龍泉寺林の条下と併せ見るべし)。
松樹雑木多し。

火附沢(ひつけさわ)

村東5町にある山の字なり。
伊達勢この地に(たむろ)して民家に火をかけし所という。

神社

白山神社

祭神 白山神?
相殿 稲荷神
   諏訪神
鎮座 不明
村南2町50間にあり。
鳥居あり。熊倉村山口美濃これを司る。

三島神社

祭神 三島神?
勧請 不明
村東2町余にあり。
前に清水あり。御手洗清水という。
鳥居あり。村民の持なり。

古蹟

館跡

村中にあり。
東西20間・南北18間。
蓮沼信濃某居るという。
また東の方2町50間余に的場の迹あり。






最終更新:2020年07月31日 19:41

*1 さのみ:それほど、たいして