シャリア・ブル

登録日:2019/03/10 Sun 21:00:00
更新日:2025/09/08 Mon 03:54:17
所要時間:約 20 分で読めます





「『シャリア・ブルに関するニュータイプの発生形態』……わたくしに、その才能があると?」


シャリア・ブルは、機動戦士ガンダムの登場人物。
ジオン公国軍に所属する軍人である。
登場エピソードは第39話「ニュータイプ、シャリア・ブル」のみ。

CV:木原正二郎(テレビ版)/小山力也(GUNDAM EVOLVE../15) /広川太一郎(GUNDAM GジェネレーションF)
/筈見純(『ギレンの野望』『GUNDAM Gジェネレーションシリーズ』)/高橋広樹(U.C.エンゲージ)/川田紳司(GQuuuuuuX)


【風貌】

毛髪の色は明るいグレー、もしくはシルバー。
七三分けにしたウェーブかかった髪と優雅な口ひげが特徴で、まるで貴族のような風格を備えている。
しかし眼の周囲にはしわが寄っており、彫りが深いこともあってどちらかというと老けてみえる顔立ちをしている。
瞳の色は深いブルーで、いい意味でガンダム世界には珍しい、紳士的な風貌の人物

ちなみに、設定がだいぶ異なるが小説版だとなんと28歳(!?)と書かれていた。
しかし風貌と合わなさすぎで、シャア・アズナブルからも「老けてみえる」と内心でつぶやかれていた。
まあ、他のガンダムのキャラクターでも実際の年齢と印象が違いすぎるのはよくある事だが。


【作中の活動】


【前歴】

もともとはジオン公国における、木星開拓船団の一員だった人物。
軍籍があり、一年戦争末期時点で大尉。
大量のヘリウムの採掘と輸送に成功しており、これを持ち帰ったことでギレンからも「今回のきみの船団の帰還で、ヘリウムの心配はいらんわけだ」と誉められていた。
これ以前の前歴は不明。小説版だと天涯孤独の身とされる。

この木星開発というのは宇宙世紀の世界ではもっともフロンティア精神に満ちあふれた事業であり、かなりの歴史があるのだ*1が、
あまりにも地球圏から離れすぎてしまうために死と隣り合わせ、善くも悪くも地球人としての常識やアイデンティティを失ってしまう任務でもあった。
これから半世紀後には「木星圏」というべき独自の文化圏を作り、ついには木星帝国が産まれてしまうほどである。

そんななかにあって、シャリアの危機に関する直感と対応の巧みさは群を抜いており、
ついには「ニュータイプとしての才能がある」として極秘に調査がなされるほどになっていた。
そして、一年戦争末期に「ニュータイプ」および「サイコミュ兵器」が開発されるようになったため、
折しも木星から帰還したシャリアは木星船団から引き抜かれ、総帥ギレン・ザビに抜擢されることになった。

しかし、その目的はニュータイプとしてキシリア・ザビの元での戦力としての運用、さらにはキシリアへのスパイ、牽制役としての抜擢であった。
聡明ながらも野心家ではなく、聡明すぎるが故に人間関係の軋轢、キシリアとギレンの板挟みに苦しめられることになる。
また、「人の心を覗きすぎるのは、己の身を滅ぼすことになる」ともギレンから言われている。


【末路】

シャアやララァとの邂逅では、同じニュータイプ同士での会話となり、シャリアはララァのニュータイプ能力の凄さに気づく。
一方シャアについてはニュータイプの能力はさほどではないと見抜くも、その素性に勘付いた様子であった。
シャアもシャリアを気に入り、ある程度打ち解けた様ではあった。

ブラウ・ブロはそんな中、一機でザンジバルから発して、旧ソロモン――現在の「コンペイトウ」――へと向かってしまった。
本人はブラウ・ブロのテストをしたいと強く求めていた(シャア曰く律儀すぎる)が、それにしてもエルメスやザンジバル隊の支援もつけないのは異様である。
そんな彼の様子と上司の言動を咎めるララァだったが、シャアはエルメスとララァの調整が万全になるまで出撃はさせないといい、
「上司の心づかいを無下にできない」状況になったララァは抗弁できなくなった。
それは、まるでギレンに対して韜晦したシャリアそのものだった。もっとも、彼女たちはそんなことは知りもしないだろうが……

「シャリア・ブル大尉、敵をキャッチしました。戦闘はお任せします」
「私にどこまでやれるかデータは取っておいて下さい」

シャリアはそのままホワイトベース、及びガンダムとの交戦を開始。
お互いにニュータイプとしての能力を駆使して肉眼に頼らず見えないものを見て、アムロ・レイ必殺の狙撃すら回避する。

「なにっ!? 違うぞ、さっきとは!!?」

驚愕するアムロ。数日前にブラウ・ブロと小競り合いを起こしたときとは、まったく異なる動きだった。

シャリアはブラウ・ブロのメガ粒子砲のオールレンジ攻撃でアムロを追い詰めるが、アムロはガンダムの性能以上の反射能力で攻撃を捌く。
しかしそれは、ガンダムの能力ではシャリアとブラウ・ブロには対抗できないことを意味する
同時に、アムロは劣る機体でシャリアを相手に持ちこたえているということだ。

しかしアムロは戦いの中で急速にニュータイプとして成長し、ブラウ・ブロの攻撃端末を一つ撃ち落とす。
が、

「お、オーバーヒートだ!!」

ガンダムは、ついに耐えられる限界を突破してしまったのだ。

だがアムロはブラウ・ブロ本体を捉えており、

「シムス中尉!! 逃げろ!!」
「えっ!?」
その絶叫がシャリアの最期だった。
ブラウ・ブロの三つのブロックが一本のメガ粒子ビームに貫かれ、やがて大きな光球を残して消滅した。



シャアはザンジバルの艦橋で、一部始終を確認していた。
そんなシャアにララァは「いますぐエルメスで出ればガンダムを倒せます」と訴えるが、シャアは「ソロモンにいるガンダムは危険だ」としてそれを却下する。
だがそれは、あくまで表向きの理由でしかなかった。実際、説得力には欠けている。

「……それに、シャリア・ブルのことも考えてやるんだ。
彼はギレンさまとキシリアさまのあいだで、器用に立ち回れぬ自分を知っていた不幸な男だ。……潔く死なせてやれただけでも、彼にとって……」
そこまで語って、シャアは頭を垂れた。シャリアへの哀悼であり、自分に置き換えての言葉でもあった。

「ララァ! ニュータイプは万能ではない。戦争の生み出した、人類の哀しい変種かも知れんのだ!」
その言葉は、ガンダムシリーズの「ニュータイプ」という存在について、どこまでも真を突いた一言であった



【キャラクター性】

登場エピソードは「ニュータイプ、シャリア・ブル」の一話のみ。
しかもシャリアはこの一件で死亡し、以後はよりニュータイプとして深く覚醒するララァとアムロのほうに重点が置かれ、あまり目立った存在ではない。
おまけにハイライト化した劇場版ではアニメーションディレクターの安彦良和氏から「いらない」と反対され、まるごとカットされてしまう。

しかしシャリアのエピソードは、これひとつだけでもニュータイプの限界と社会への無力さが理解でき、非常に重たいものとなっている。
はっきり言って子供向けな要素は皆無を通り越して絶無だが、大人の視点で読むとなんとも言いがたい感触に陥るだろう。
こういった重みのあるエピソードに加え、「木星帰り」という属性、ガンダムのマグネットコーティングのきっかけという立ち位置、
シリーズ初のオールレンジ攻撃との攻防……と何かと話題は多く、年齢に反して老けすぎな見た目というネタ要素もあって、『GQuuuuuuX』以前からそれなりに知名度は高かった。


【性格】

ありとあらゆる意味で宇宙世紀はおろかガンダム世界全体を通して見ても珍しい、謹厳実直で誠実な人物
ギレンとの謁見やシャア・ララァとの会話ではそれが如実に現れている。
尚、劇中でのやり取りを経て同類であるララァは勿論、
この当時には色々と隠していたり拗らせていたシャアには好感(どころか立場を考えれば救いにも近い感情だろう)を持っていたらしい。

シャリアが特筆するべきなのは、アムロやシャア、ララァを初めとしたほかのニュータイプと比較して、
落ち着きがあって紳士的で、他人のことを配慮して行動できる人物だということだろう。
というのも、『ガンダム』シリーズで「ニュータイプ」と明言されているキャラクターは、
ほとんどがエキセントリックで常識外れ自分の能力に振り回されて周囲に反感をまき散らし特殊性癖を振りかざしてはドン引きされるという特徴がある。
「親父にだってぶたれたことないのに!!」という迷言を残したアムロですら、ニュータイプ全体ではトップクラスの常識人というとその無法っぷりがわかるだろうか。

そんな中にあって、シャリアは非常に落ち着いた言動、言葉を選んで発言する慎重さ、自然と周囲に配慮する謙虚さ、
ギレンからも抜擢される洞察力、そして紳士的な気品
といった「大人らしさ」を高いレベルで保有している
正直、誰もかれもエゴを剥き出しのガンダム(宇宙世紀)世界では、逆に浮きすぎているぐらいである。


しかし、そんなシャリアの最期はとにかくやるせない、悲哀に満ちたものになった。

シャリア・ブルは、前述の謹厳実直で落ち着きのある性格に加えて、
他人の考えを察することのできる非常に優れた観察力洞察力があった。
(ちなみにこれは、ニュータイプが持つような特殊能力ではなく、知性と勘を磨いたことによる人間的な能力である。ニュータイプ能力でこれが強化されていた可能性はあるが)
同時に、他者の心情に配慮し、あえてごまかすこともできる、気配りのうまさもある。
ところが、そうした人間同士では美徳とされる要素が「権力者」であるギレンの目に留まったばっかりに、
ギレンからキシリアへの牽制役、スパイ役として抜擢される羽目になってしまった。
権力闘争の道具に使われたのである。

あるいはシャリアが野心家だったなら、開き直ってギレンの走狗を務めて権力を握れたかもしれない。
しかしシャアいわく「律儀すぎる」ほどに実直で温厚、かつ常識人という、言わば凡人的、サラリーマン的な精神を持っていた彼にとって、
ギレンとキシリアというふたりの強力な権力者のあいだを立ち回るのは、精神的にも人間的にも苦しいものだった


そして、シャア・ララァとの対談を経て、シャアに伝えたいことを伝えたシャリアは、いきなりひとりで出陣して戦死してしまう。
その最後の出撃では、アムロを「あれこそ真のニュータイプに違いない」と称するなど、
逆説的に言えば自分のニュータイプの素質を否定するような発言が目立つ
彼の死後にシャアが打ち明けるように、シャリアは政争の道具として生きねばならないことに絶望し、
アムロのガンダムと互角に戦って、名誉の戦死を遂げる』という自殺の道を選んでいたのだ。
シムス中尉や他のブラウ・ブロのクルーからしてみればたまったものではないが……*2

最後にシャアは「ニュータイプは万能ではない。戦争の生み出した、人類の哀しい変種かも知れんのだ!」と厳しい言葉で締め括るが、
本編で描かれるニュータイプの狂奔ぶりを思うと、実に穿った言葉であった。
シャリアはほかのニュータイプが持たない(あるいは持つまえにニュータイプ的能力を得てしまった)ような、
社交性・対人コミュニケーション能力を持っていたが、そんな彼でもニュータイプの狂奔の渦からは逃れられなかった
そして、彼のあとに続くニュータイプは、シャアやアムロを含めてますます混迷の度合いを深めていく。



【シャアとの対談】


シャリアはララァ・スンのニュータイプの能力に素直に感心していたが、シャア・アズナブルの「私からなにを感じるかね?」という言葉には慌てた様子を見せ、
「大佐のようなお方は好きです! お心は大きくお持ちいただけると、ジオンのためにすばらしいことだと思われますな!」と語調を強めて答えになっていない返答を返している。
この場面のシャリアは、ギレンとの謁見で釘を刺された通り、シャアの心を洞察しながらもあえてはぐらかしたようだ。実際、シャアはこれを「忠告」と捉えている。

おもしろいのはその後、ララァを前にしたうえで「ニュータイプ全体の平和のために案ずるのです」と繋げている。
それに対してシャアが「(ニュータイプ全体とは)人類全体、という意味か」と訪ね、それをいつになく強い語調で肯定している。
これは、本編通じて唯一のシャリアからの訴えである

「ガンダム」シリーズでニュータイプには二通りの意味がある。
ひとつは、強力な脳波やフィーリングでサイコミュを操るエスパー的・超能力者的なニュータイプ。強化人間が目指す対象でもある。
もうひとつは宇宙移民者そのものを指す言葉で、スペースノイドとほぼ同義である。
ジオン・ズム・ダイクンは、宇宙という環境で過ごしていれば、人類のこれまでとは感性なりなんなりが大きく変わっていくだろうと考えた。
シャリアが「ニュータイプ全体の平和」と言い、シャアが「人類全体」と言い換えたのは、恐らくは後者のことであろう。

シャアはここで「宇宙移民者としてのニュータイプの未来」という考えに確信を持ったのだろう。
それは、のちの『Ζガンダム』以降の彼の行動にも大きな影響を与えたようだ。
あるいは、地球を破壊し人類を全てニュータイプにせんとした、『逆襲のシャア』の萌芽はすでにこの頃からあったのかもしれない。


一方で、当時の一部アニメ誌では、
「ジオンの国是上、ジオン人のニュータイプであるシャリアが生きている限り、地球人であるララァは引き立て役の域を出られない。シャアは内心で彼を邪魔者と考えていた」
という別の大人の事情説も語られている。シャアが追い打ちをかけなかったことは恐らくこれが要因だろう。

また近藤和久氏によるFGをフル漫画化した「機動戦士ガンダム0079」では、
シャリアは派閥闘争に利用される人生を悲観して今回出撃した、という原作と同趣旨の指摘に続いて、
「『ガンダムを倒せなくとも互角に渡り合った』という事実を残して、せめてシャリアの名誉を保つべきだ。
いまララァが出撃してガンダムを倒すことは、シャリアに唯一残された名誉をも失わせることになる」

というシャアの想いも描かれている。


【小説版】

TV版の彼は、重要キャラではありながらも、演出的にはララァ・スンの前座という扱いであった。
しかし、TV版とストーリーが全然違うことで知られる小説版では、シャリアはなんとララァ以上の重要キャラクターとして登場する


小説版は映像版とストーリーがまったく違うのだが、ララァが上巻で早くも戦死してしまうのも大きい(一番大きいとは言ってない)。
その後、ジオンはシャアの指揮する第300連隊(旗艦ザンジバル級マダガスカル)に、
エルメス二号機とニュータイプのクスコ・アル、それに七機のリック・ドムを配備する(七機のうちひとつはシャア用)。
そのリック・ドム隊のなかにシャリア・ブルがいるのだが、ギレンの差し金でキシリア編成のニュータイプ部隊に派遣されたというのは変わらない。

しかし、シャアとの面談からはすぐに意気投合し、実質彼の右腕として活動するようになる。

ジオン・ダイクンのニュータイプ論に魅かれると語っており、シャアとともにその理想を実現できると考え、「ニュータイプのための世直し」を自分たちでやろうと考えている。
テレビ版ではシャアに託して自分は死んでしまった「ニュータイプ=人類全体のための戦い」を、シャアとシャリアが実現しようというのである。
こちらでは、テレビ版のような厭世的なふうはあまりなく、シャアとともに強い理想を抱きながらも、クスコ・アルほど我執は強くない。
シャアが精神的に成熟しているのもあって、パートナー、相棒として活躍する。

パイロットとしての腕前も非常に高く、地球連邦軍が占領・建設した月基地を威力偵察した場面では、
迎撃に出たアムロのG-3ガンダムの狙撃を二連続で回避し、互角以上に奮闘。
アムロやシャアからも「シャア以上のニュータイプ」と感じさせ、エルメスのクスコ・アルが自信をなくすほどだった。
コレヒドールの死闘では、殿軍を務めるシャアに代わってMS隊の撤収を指揮しながら、アムロを牽制してシャアを援護するという離れ業を演じてみせている。
終盤でブラウ・ブロに乗り換えてからは、初めて乗るMAにもかかわらずアムロの超人的な連射*3を回避するという超人的な反応を見せる。


コレヒドール戦でクスコ・アルも戦死したため、いよいよシャリアが最後のエスパー的ニュータイプとなり、彼の重要度はいよいよアップ。
シャアも、シャリアたちの前では自分のマスクを外してみせるほどになった。

「総帥の前でも外さないですませてきたのだが、諸君らの前ではガードはやめた」

この場面で、シャリアはシャアについて「意外と険のないその素顔に感嘆した」としている。
ギレンやキシリアのように、厳つさや鋭さのある表情を感じていたらしい*4


そしてこの場面で、シャリアはジオン防衛戦の強さやソーラ・レイの存在、ギレンの性格やレビルの焦り、
そして地球連邦の歴史的な無意味さ*5など、さまざまな情報を正確に洞察していた
さらには、クスコ・アルから聞いた特徴だけでアムロの性格まで把握し、
彼と協力すれば、歴史の流れの中心を掴むことができるのではないか、という、のちのストーリーに大きく関わる提言をしている。

人間関係にできた人物という特徴はここでも発揮されており、シャアの心のなかに残っていたわだかまりをも捉えてなだめている。

「申し上げにくいのですが、中佐はアムロ・レイに偏見を持ちすぎてはいませんか?すでに彼とは接触なさっているはずです。中佐が率直に問いかければ彼は応えるでしょう?」

ちなみに、このシャアの偏見というのは、シャリア配属前のララァの件とか、シャアのプライベートであるアルテイシアの件等を指し、
本来であればシャリアはどれも知るはずがない事柄であり、さらにそれらをエスパー的に読み取ったのではなく、人間的な洞察力で察したのである。
正直彼ぐらいの人が本編にいたらシャアもああいうふうにはならなかったのだが……


幸いというか、そのアムロたちはより戦局を洞察しており、ギレンを直接討ち取って歴史の流れを変え、
かつ連邦の象徴する古い時代からの変革ができないかと考えていた。
しかも、ペガサスジュニア単独では無理でも、シャアと協力すれば可能かも知れないと考えるところまでいたっていたのである。


そんなことまでは知らないながらも、シャリアはMAブラウ・ブロを用い、アムロとコンタクトを取ってシャアと協力できるよう、双方を導くことを決意する。
この瞬間から、シャリアはシャアすらも抜いて、ストーリーの中核となったのだ。

「お互いに死ぬなよ。殊にガンダムだ。奴は戦争の道具になりすぎている」
「フフ……。アムロ・レイ、率直な青年なのでしょう? 私はうらやましく思います」
「率直は決して美徳ではないよ。大尉」
「いえ、我々が屈折しすぎているのです。中佐……いえ、キャスバル・ダイクン」


しかし歴史とはそう都合よくは行かない。
まず戦局はシャアたちの頭上で進行している。
ランドルフ・ワイゲルマン中将の指揮するア・バオア・クー防衛線は鉄壁を誇り、レビル艦隊は特攻の体を見せつつある。
さらにサイド3に残っていたギレンは切り札ソーラ・レイで、レビルだけでなくそこに駐留していたキシリアまで焼き払おうと考えていた。
そのためには、ギレン腹心のランドルフやア・バオア・クー要塞、大多数の自軍将兵をも巻き込むつもりでいる。
シャアたちはキシリアとの相談でギレンの陰謀を見抜いており、アムロたちと接触するとともに、
ア・バオア・クーを脱出してソーラ・レイの攻撃から離脱しようとしていた。


ところが、その戦場のど真ん中に、ソーラ・レイの第一射が打ち込まれた。
出力35%のテスト発射だったが、それだけでも連邦軍カラル中将艦隊といくらかのジオン艦艇を消滅させた。
一瞬にして蒸発させられた兵士たちの、死の怨念、断末魔の咆哮、憎悪の塊が、
ニュータイプとして敏感になりつつあった人々の精神に津波のような勢いで襲いかかった。
アムロやセイラ、カイやハヤトはもちろん、レビル将軍ブライト・ノアまでもがその衝撃を受けた。

それは、ソーラ・レイの存在や発射時刻を知っていたシャアやシャリアすらも例外ではなかった。
この時のシャリアの衝撃はアムロたち以上で、「死んでしまったほうが楽だ!」と叫び、「この恐怖は死んでも魂に残る」と諦観するほどになった。

それでもシャリアはなんとかアムロを発見し、ブラウ・ブロの有線端末を伸ばして、
その端末が発するわずかなサイコウェーブをガンダムに向けて発信した。
ギレンを倒してひとまず戦争を終わらせ、そのうえで新しい歴史を切り開くため、まずは自分たちと合流して、一緒にア・バオア・クーを脱出してほしい!
この宙域はすぐにソーラ・レイで、敵も味方も消し飛ばされるのだから!
 ――と。


だが、ここでシャリアは過ちを犯していた。
ただでさえソーラ・レイの攻撃で、シャリアもアムロもパニックに陥っている。
そんな精神状態で、だれも経験のない「サイコミュによる交信」という半ば不合理なものに頼ったために、アムロはシャリアの意図を読み違えて逆上してしまったのだ。
もしこの時、シャリアがレーザー通信など「ふつうの方法」で通信していたなら、アムロはそれが自分たちで討論しレビルも許可したテーマと合致すると理解し、手を組めたのだが――

(連邦のニュータイプよ、協同してくれ!)
「ええい!」
あまりにも乱暴的でありすぎたシャリアのサイコウェーブは、アムロを苦しめ追いつめてしまうものだった。
いつもは穏やかで紳士的で、人への洞察力とコミュニケーション能力に長けるシャリア・ブルが、人生で最も大事なこの局面でそれを忘れたのだ。


パニックに陥ったアムロが目にも留まらぬ勢いでバズーカを連続狙撃し、それをシャリアも超人的スピードで回避する。
さらに、シャリアが展開したブラウ・ブロの有線端末はビームを発射せざるを得ず、それがますますアムロを恐怖させてしまう。
そして、カイとハヤトのガンキャノンがアムロを支援し、シャリアの意識が一瞬それた瞬間、ガンダムのビームライフルの閃光がブラウ・ブロのコックピックを狙撃した。

(情緒不安定なパイロットが!)

それが、シャリア・ブルの最期の思惟だった。



しかしシャリアが死んだ瞬間、彼の発していた念波はやっとアムロに直撃し、彼に物事のすべてを理解させることになる。
アムロもその直後に戦死したが、シャリアの意志を取り込んでさらに成長していたアムロのサイコウェーブは戦場の全域、
そして遠くルナツー、あるいは宇宙全域にまで広がり、一部のひとびとの意識を変えて歴史の流れを動かし、新しい宇宙移民者の時代を開く道標となった。



アニメ版の彼は、人間社会の軋轢によって苦しめられ、自らの死を選ぶほどに憔悴した、大人らしい悲哀さがにじみ出る結末だったが、
小説版の彼は同じキャラクター性ながらも、逆に大人らしい希望を抱き、そのために奮闘する展開となり、
これはこれでシャリアらしく、かつ大人の心にもよく響く存在となっている。

富野氏にとってはかなり重要なキャラクターだったのではないだろうか。


【THE ORIGINのシャリア・ブル】


(ジオン十字勲章のオレが、あんな小娘と並べられてたまるか!!)

劇場版で「シャリア・ブルはいらない」と反対した安彦氏が描いた本作では、テレビ版・小説版とは悪い意味で真逆のキャラクターとなっている。

簡単にいうと「狂信的な国粋主義者で、狂気的なギレン信者」
エギーユ・デラーズかなんかと間違えたんじゃないか? と言いたくなる性格で、かなりの危険人物。
プライドも高すぎて傲慢なほどであり、ララァのことも自分と並び立ったというだけの理由で心から軽蔑し、嫌悪した。
見た目も枯れた老人めいたTV版とは異なり、ふさふさの黒髪・黒ひげに野心と欲望でぎらついた顔立ちで、まるでギュネイ・ガスのような印象になっている。

エスパー的ニュータイプの素養があったため、ギレンの特命でブラウ・ブロのパイロットに任命されるが、
その内面には原作の彼ような大人らしい駆け引き・配慮はまったくない。
さらに内心ではこの任務についても「実験動物」と感じて強い不満を持っており、撃墜されたときにはその恨み節をギレンにぶつけていた。
信奉しているはずのギレンの指示にも、自分の意と合わなければ不満を抱く様を見ると、
彼が本当に抱いていたのは公国やギレンへの忠誠ですらなく、自分自身の才能をひけらかして名誉に浸ることであったようだ。

これはまさしく「生の感情丸出しで戦う」「品性を求めるなど絶望的」な姿であり、
悪い意味で典型的なニュータイプ、強化人間の姿に陥ってしまった。

こんな性格ではブラウ・ブロの性能も生かせず、アムロの挑発に乗って大型機が動きにくいコロニー内部に誘い込まれ、
袋叩きにされて撃墜されるというみじめな最期を迎えた。
シャアからは「所詮きさまもそこまでの男か」と失望しきった独白をされた。
…ただし、この後原作でいいとこなしだったシャア専用ゲルググがガンダムを追い詰める事ができたのはここでガンダムが消耗したのも一因なので、
シャリアはある意味シャア専用ゲルググにとっては恩人であったりもする。

また、「テキサスが舞台」、「シャアやララァの前座」、「シャアたちに強い敵愾心を持つ」、「ザビ家新派」、
「我欲が強過ぎ」という数々のポイントを見ると、おそらくテレビ版マ・クベギャン搭乗時)の代役と思われる。
ORIGIN版のマ・クベは「誰だお前」レベルの「きれいなマ」だったが、この想像が正しければシャリアはマ・クベの搾り滓にされたことになる。
TV版のマ・クベにしても、最期を迎えた時ですらキシリアに恨み節を述べず、
彼女にツボを届けてほしいという純粋っちゃあ純粋だが冷静に考えると妙ちきりんな想いをさらけ出しながら逝っているため、
本作のシャリアはTV版のマ・クベよりも数段劣る自分の技量をひけらかし名誉を手に入れることしか眼中にない、狭量な人物でしかなかった人物だったことになる。

もともと安彦氏は劇場版制作にあたってシャリアの存在を削るよう進言したらしいが、安彦氏はシャリアのことが嫌いだったのだろうか?


【ギレンの野望のシャリア・ブル】


「私は ニュータイプ論に惹かれます。」
「そして ニュータイプ論を唱えたあなたの父上にも…」

ゲーム作品「ギレンの野望」シリーズでは、小説版とアニメ版をすり合わせた設定が行われている。
ニュータイプとしてはもちろん、小説での活躍からか前線指揮官としても非常に優秀で、
原作イベントが再現されていない為に、ギレン・ザビ(となったプレイヤー)から切り捨てられる事も無い。

キシリアが「正統ジオン」として決起した際には、他のニュータイプと同様にギレンの元を離れてそちらに合流していく。
「ジオンの系譜」のムービーにおいて、決起したキャスバルの隣に立つという一幕も見受けられる。

そして、彼がとても大きく取り上げられるのは「アクシズの脅威」におけるネオ・ジオン(キャスバル)編
このストーリーでは小説版をベースにしており*6、シャア・アズナブルの名を捨て、キャスバル・レム・ダイクンとして決起。
宇宙移民全体を指す「ニュータイプ」を救うべく、シャリア、ララァを始めとした同士達と共に、連邦・ジオン両軍に戦いを挑む。
展開によってはこれまた小説版よろしく、ホワイトベース隊と共闘する事もできる。

冒頭では、演説を終えたキャスバルと共に父親であるジオン・ズム・ダイクンを讃え、ニュータイプ論を支持。
地球圏を舞台とした争いに加わっていく、自らが野心家ではないか、と思い詰めるキャスバルに助言を与え、彼も年上であるシャリアに教えを請う…という一幕が展開される。
まさに、シャリアが望んだニュータイプ論を体現してくれたストーリーと言えよう。


【GQuuuuuuXのシャリア・ブル】


大佐……。あなたはあの時、何を見たのですか……?

機動戦士Gundam GQuuuuuuX』における主要人物であり、実質的なジオン側の主人公
詳細は『シャリア・ブル(GQuuuuuuX)』の項目を参照。


【余談】

「ニュータイプ」としてごく初期の登場人物であるとともに、同時にシリーズで初めて登場した「木星帰りの男」でもある。
しかし共通点の多いパプテマス・シロッコとも人物像はかなり違う。


木星開拓船団の一員だったことからクラックス・ドゥガチと面識があった可能性がある。
(U.C.0133の物語であるクロスボーン作中にてドゥガチが70有余年を木星開拓に捧げた旨の発言があり、少なくともU.C.0063以前から木製開拓に携わっていたことになるため)




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最終更新:2025年09月08日 03:54

*1 ちなみに南極条約により、木星船団への手出しは禁止されている。これも、宇宙世紀にあって木星開発事業がいかに尊いものかを物語る証左と言えよう。

*2 とはいえ、撃墜される瞬間にシムスに対しては脱出を促しており、シャリアとしては巻き込むつもりは無かった模様、もっとも、声を掛けた時点でほぼ手遅れであったが……

*3 一発目を撃った時点で相手の回避運動を先読みし、それを殺せる二発目を、一発目とほぼ同時に撃ち込む。

*4 これはシャアがテレビ版からかけ離れて成熟していたからだろう。テレビ版のシャアの素顔は小説版シャリアが類推したような、「鋭さ」がにじみ出る険のあるものだった。

*5 歴史的な意味が終わった存在であること。

*6 キャスバルの額に、自ら付けた傷がある。