耶麻郡吉田組大船沢村

陸奥国 耶麻郡 吉田組 大船沢(おほふねさは)
大日本地誌大系第32巻 161コマ目

昔いつの頃にか矢部宮内という者ここに来り、山上なれども清水多く湧出し養水の便あれば新田を墾発し家居を営みしといい伝う。
今の地より5町計戌亥(北西)の方にあり。慶長の頃(1596年~1615年)ここに移すという。

府城の西北に当り行程9里。
家数20軒、東西2町10間・南北1町50間。
高山の頂より少し下りて家居し、連山西に出てみな眼下にあり。

東16町・北20町、共に宮古村の山に界ふ。その村は寅(東北東)に当り20町。
西17町小綱木村の界に至る。その村まで20町。
南11町20間大谷組高目村の山界に至る。その村は未(南南西)に当り23町。

端村

越戸(こえと)

本村より戌亥(北西)の方13町にあり。
家数2軒、東西2町・南北2町50間、山間に住す。

幕内(まくのうち)

本村より寅(東北東)の方14町にあり。
家数2軒、東西2町・南北2町40間、山間に住す。
旧羽黒という。寛文中(1661年~1673年)今の名に改む。

山川

花立坂(はなたてさか)

村より亥(北北西)の方17町にあり。
小綱木村にゆく道なり。
ここに花台石と彫付たる石塔あり。高3尺計。この所飯豊神社の正面に当れりとて石塔を立しとぞ。

清水

村中にあり。
周30間。
湧出ること多く田地の養水とす。

原野

牧場

村より寅(東北東)の方7町、山中にあり。
東西1里余・南北13町。

水利

堤4

村より寅(東北東)の方10町に2あり。共に柳原堤(やなきはらつつみ)といい上下に並ぶ。上は周400間正徳中(1711年~1716年)に築き、下は周104間元禄中(1688年~1704年)に築く。
一は村西3町にあり。周60間中田尻堤(なかたしりつつみ)という。元禄7年(1694年)に築く。
一は村より丑(北北東)の方9町にあり。周120間幕内堤(まくのうちつつみ)という。

神社

山神社

祭神 山神?
相殿 帝釈神 地主神なり
鎮座 不明
村西にあり。
鳥居あり。上三宮村高村能登が司なり。





余談。
小綱木村でも少し触れましたが、花立坂は現在の国道459号線に含まれると思われます。ただ、地理院地図で見ると村の北西にある山の南側に細い道があり、昔は越戸経由ではなく直接小綱木に通る道があったのではないかと推測します。飯豊神社と縁のある石塔もこの旧道の方にあるのではないでしょうか?(この地区は飯豊神社(奥宮)の真南ではないんですが)。
ちなみにこの地区の南東に塔の窪(大谷組三方村)に向う道もあり、途中に地竹峠という地名があるので、昔はこう呼ばれていたのでしょう。

余談2。
GoogleMapの写真を見る限り天御中主神社と大山祇神社が合併したようです。社の額に両神社名が併記されています。
風土記には山神社とだけ書かれているので、後から天御中主神を合祀したのでしょうけれど、いつ頃?
ちなみに仏教的に見ても天御中主神は梵天(妙見菩薩)なので帝釈神(帝釈天の事でしょう)とは別な神(仏)様です。梵天と帝釈天はセットで信仰される事が多いのでごっちゃになったのかもしれないですね。
追記。
と思っていたら蒲原郡鹿瀬組向鹿瀬村の帝釈神社の祭神は天御中主尊だそうです。一緒の神様として扱われているのですね…。
最終更新:2020年09月24日 20:56