耶麻郡大谷組三方村

陸奥国 耶麻郡 大谷組 三方(みかた)
大日本地誌大系第32巻 149コマ目

府城の西北に当り行程7里。
家数3軒、東西20間・南北1町30間、山中に住す。

辰(東南東)の方7町木曽組舘原村の界に至る。その村まで21町。
西31町28間高目村の界に至る。その村まで1里11町10間余。
南13町2間大谷村の界に至る。その村まで19町余。
丑(北北東)の方19町18間木曽組中反村の界に至る。その村まで28町10間余。
未(南南西)の方25町28間小土山村の界に至る。その村まで29町50間余。

この村に沼3ある(ゆえ)村名とす。
また「味潟」或は「味方」とも書しという。

小名

若宮(わかみや)

本村の戌(西北西)の方11町20間にあり。
家数2軒、東西20間・南北30間。
東北は山に()ひ西南の方田畠なり。

端村

橡窪(とちくほ)

本村より寅(東北東)の方12町10間余にあり。
家数9軒、東西50間・南北1町20間。
東西は山に倚り南北に田畠あり。

長窪(なかくほ)

本村の北6町余にあり。
家数2軒、東西40間・南北20間。
東西は山林に傍ひ南北に田畠あり。

地割(ちわり)

本村より戌(西北西)の方17町20間余にあり。
家数9軒、東西1町40間・南北1町。
西は山に続き三方に田畠あり。

塔窪(たふのくほ)

本村より戌(西北西)の方29町30間余にあり。
家数7軒、東西50間・南北1町40間。
東北は山連なり、西は荒木沢川に傍ひ南に田圃(たんぼ)あり。

山川

高森山(たかもりやま)

村より申(西南西)の方11町余にあり。
高90丈計。
松樹・雑木多し。

鳥屋峠(とやとうげ)

村より丑(北北東)の方19町にあり。
中反村と峯を界ふ。
昔鷹を待ちし処という。

荒木沢川(境川)

また境川ともいう。
源は木曽組宮古村吉田組大船沢村と本村との境三合(みつあはせ)という所より出て、西に流るをこの川とし、東に流るるを滑沢川という。
荒木沢川は大舟沢村との界を西に流れた高目村との界に至り、南に流れ端村塔窪の西に至る。滑沢川は中反村の間に至りて南に折れ小名若宮の西を過ぎ、共に境内を経ること15町計小土山村の界に入る。
広2間計。

沼3

一は村より丑(北北東)の方8町余にあり。東西3町・南北3町20間。上沼(うへのぬま)といい、今は堤とす。
一は村西1町余にあり。東西45間・南北40間。下沼という。
一は村より戌(西北西)の方28町余にあり。東西50間・南北65間余。塔窪沼(たふのくほぬま)という。

原野

牧場

村北7町にあり。
東西3町20間・南北6町40間。

関梁

橋2

一は端村地割の南8町余にあり。境橋という(小土山村の条下に詳なり)。
一は小名若宮の西にあり。長5間・幅4尺、滑沢川に架す。
共に隣村の通路なり。

水利

堤7

二は村より戌(西北西)の方13町余にあり。一は周110間余、文禄中(1593年~1596年)築く。一は周120間余、享保中(1716年~1736年)築く。共に若宮堤(わかみやつつみ)という。
二は村より戌(西北西)の方21町余にあり。一は周190間計、明暦中(1655年~1658年)築く。一は周80間余、寛文中(1661年~1673年)築く。共に塔窪堤(たふのくほつつみ)という。
一は村東20町にあり。周60間余、葭沢堤(よしさはつつみ)という。
一は村より丑(北北東)の方8町にあり。周580間計、橡窪堤という。
一は村西18町にあり。周80間計、旱田堤(ひてりたつつみ)という。

神社

天満宮

祭神 天満宮?
相殿 沼神
   日光神
鎮座 不明
村東、山麓にあり。
鳥居あり。上三宮村高村能登これを司る。

稲荷神社

祭神 稲荷神?
相殿 稲荷神
   伊勢宮
鎮座 不明
端村地割の西にあり。
鳥居あり。高村能登これを司る。

冨士神社

※注:風土記本文では「富」と「冨」の記載が曖昧な所がある。ここでは手書き(国立公文書館)の記載に合わせた。
祭神 冨士神?
相殿 山神
鎮座 不明
端村橡窪の西にあり。
鳥居あり。高村能登これを司る。


最終更新:2020年09月13日 19:17