この村にもと天満宮あり。村名これに因れりという。
府城の西北に当り行程24町。
家数23軒、東西48間・南北1町39間。
南は西城戸村に続き三方田圃なり。
東は村際にて
西城戸村に界ふ。
西1町20間
小見村の界に至る。その村まで3町。
北4町6間
高瀬村の界に至る。その村まで10町40間余。
また丑寅(北東)の方2町48間
東城戸村の界に至る。その村まで7町20間。
山川
応湖川
村の丑寅(北東)の方20間にあり。
東城戸村の境内より来り、北に流るること1町30間余、
高瀬村の界に入る。
土産
晒木綿
この村にて製するもの佳なり。
俗に天満晒という。
水利
天満堰
西城戸村の方より数派となり田地に灌ぐ。
神社
十二天神社
祭神 |
天神地神十二代の神 |
相殿 |
伊勢宮 |
鎮座 |
不明 |
村の戌亥(北西)の方1町50間にあり。
この社は天神・地神12代を祭れり。
相伝て、久壽2年(1155年)三浦大輔義明、下野国那須郡の狐退治の時祈誓しその功成りしかば、報賽のためにこの社を建立せりという。
鳥居あり。五之町修験常蓮院これを司る。
余談
那須郡の狐退治の狐とは
玉藻前の事かと思われます。
詳しい説明はwikipediaの
玉藻前の記事に任せますが、メンバーの一人に三浦介義明の名前が挙げられています。
河沼郡野沢組縄沢村の寶物の中に彼が狐退治に使った脇指「狐丸」が伝わっています。
最終更新:2020年03月05日 11:50