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大沼郡高田組立行事村

陸奥国 大沼郡 高田組 立行事(たちきやうし)村
大日本地誌大系第33巻 25コマ目

この村昔伊豆神社ありて立行寺という社僧ありし故(ゆえ)立行寺村といい、寛文中(1661年~1673年)今の文字とす。

府城の西に当り行程2里21町。
家数34軒、東西2町6間・南北1町1間。
四方田圃(たんぼ)なり。

東4町6間・北2町12間、共に新屋敷村の界に至る。その村は寅(東北東)に当り6町10間。
西5町18間沖中田村の界に至る。その村は巳(南南東)に当り10町。
南5町1間根岸中田村の界に至る。その村まで13町40間余。
また辰(東南東)の方1町阿久津村の界に至る。その村まで7町20間。

昔この村の草刈場及び水を争いし事あり。
肝煎長右衛門が家にその時の文書3通を蔵む。
左に録す(※略)

端村

出新田(でしんでん)

本村より3町余亥(北北西)の方にあり。
家数2軒、東西1町余・南北2町6間。
四方田圃にて西は逆瀬川に近し。
寛永2年(1625年)に開く。

山川

兵庫林

村西3町余にあり。
地形高く1堆の丘の如く。
雑木多し。
昔兵庫という者住せし所故(ゆえ)名遺るという。今何人なることを詳にせず。
沖中田村の境内に長者清水と云あり、彼が園中なりしとぞ。

逆瀬川

村より3町20間戌亥(北西)の方にあり。
本郡中荒井組梁田村の境内より来り、戌亥(北西)の方より南に回り、凡8町余流れ沖中田村の界に入る。

衣崎

村西逆瀬川の涯(きし)の出崎なり。
昔空海逆瀬川村の山上に伽藍を造立し、この地の殺生を禁せんとて、ここにて法衣を焼き流せしとぞ。

水利

堤

村より3町余申(西南西)の方にあり。
周105間。
萬治元年(1658年)に築く。

神社

稲荷神社

祭神 稲荷神?
相殿 伊勢宮
   稲荷神
   伊豆神
   宗像神
   幸神
鎮座 不明
村西3町余にあり。
鳥居拝殿あり。高田村渡邊伊予が司なり。

寺院

長傳寺

村中にあり。
立行山と號す。
永正中(1504年~1521年)伊豆權現の社僧立行寺の僧草創せりとぞ。
五之町高巖寺の末山浄土宗なり。
本尊弥陀客殿に安ず。






最終更新:2020年04月10日 23:28