大沼郡冑組尾岐窪村

陸奥国 大沼郡 冑組 尾岐窪(おまたくほ)
大日本地誌大系第33巻 43コマ目

府城の西南に当り行程3里30町。
家数26軒、東西1町10間・南北2町10間。
南は山に倚り三方田圃(たんぼ)あり。

東2町52間東尾岐組北村の界に至る。その村は寅卯(東北東~東の間)に当り16町。
西4町22間冑村の界に至る。その村まで5町30間余。
南5町6間東尾岐組東尾岐村の界に至る。その村まで30町。
北1町18間仁王村の界に至る。その村は亥(北北西)に当り5町40間余。
また丑(北北東)の方3町2間東尾岐組岩淵村の界に至る。その村まで9町余。

小名

西窪(にしくほ)

本村の西40間にあり。
家数7軒、東西45間・南北40間。
四方田圃(たんぼ)なり。

山川

宮川

村西5町にあり。
冑村の境内より来り、丑寅(北東)の方に流るること6町計、尾岐川を得て仁王村の界に入る。

尾岐川

村東2町にあり。
東尾岐村の界より来り、北に流るること11町、村北にて宮川に入る。広5間計。

関梁

橋2

一は村西7町にあり。窪橋(くほはし)という。
長7間半、土橋なり。宮川に架す。
一は村北1町10間余にあり。小高橋(こたかはし)という。
長6間・幅7尺。尾岐川に架す。
共に隣村の通路なり。

水利

東堰(ひかしせき)

東尾岐村の方より来り田地の養水となり下流宮川に注ぐ。

神社

山神社

祭神 山神?
相殿 御稷神
勧請 不明
村より未申(南西)の方3町山上にあり。
鳥居あり。仁王村高橋相模が司なり。

稲荷神社

祭神 稲荷神?
鎮座 不明
村東2町山の中腹にあり。
鳥居あり。村民の持なり。

寺院

龍門寺

村より未申(南西)の方2町、山麓にあり。
山號を興雲山という。
下野国宇都宮成高寺の末山曹洞宗なり。
何の頃にか日杲という僧草造すという。
寛永11年(1634年)回禄に罹り古器・什器焼失し、薬師の像のみ災を免るという。

客殿

10間に6間、半北向。
本尊薬師の座像。古佛なり。長1尺2寸。

観音堂

境内にあり。

墳墓

石塔 1基

村東、田畝の中にあり。
高5尺2寸・横2尺2寸、野面石なり。
『星越中守墓元久二乙丑年』と彫付けあり(元久2年:1205年)。
後人の建しものと見ゆ。
本村の名主源左衛門という者の祖なりといい伝えれども詳なる事は知らず。

古蹟

寺跡

村西にあり。
文禄中(1593年~1596年)宗見という僧草建し、延明寺と號して龍門寺の塔頭なりしが、天和中(1681年~1684年)故ありて廃す。