大沼郡冑組冑村

陸奥国 大沼郡 冑組 (かふと)
大日本地誌大系第33巻 43コマ目

この村もと安太(あふと)村という(また蛅戸(あふと)に作る)。寛永4年(1627年)に今の名に改む。

府城の西南に当り行程4里5町。
家数35軒、東西2町・南北3町。
府下より金山郷に通る道を挟み山麓に住す。
東は宮川に臨み東南北に田圃(たんぼ)あり。
村中に官より令せらるる掟条目の制札を懸く。
また南の方2町に家居1軒あり。中冑(なかかふと)という。

東50間尾岐窪村に界ひ宮川を限りとす。その村まで5町30間余。
西13町30間大岩村の界に至る。その村まで15町。
南4町30間藤江村の界に至る。その村まで5町。
北4町小山村に隣りその村際を界とす。
また丑寅(北東)の方5町3間仁王村の界に至る。その村まで7町30間。
申(西南西)の方28町海老山村の界に至る。その村まで1里8町。

天正18年(1590年)伊達政宗会津郡梁取村へ糧米を運びし時の文書なりとて、舊事雑考に載すその文如左
俵物八十荷無相違可相通者也如件
 三月二十八日 政宗
  小俣通

端村

上冑(かみかふと)

本村の南4町にあり。
家数3軒、東西25間・南北1町10間。
西は山に倚り三方に田圃あり。

山川

宮川(みやかわ)

村東にあり。
魚淵村の境内より来り、丑寅(北東)の方に流るること13町計仁王尾岐窪両村の界に入る。広6間。

土産

獨活(うど)

この組諸村の山に産す凡て冑獨活と称して多くひさぎ出す。
味佳なり。

水利

堰2

一を三貫堰(さんくわんせき)という。村東にて宮川を引き仁王村の方に注ぐ。
一を水上堰(みつかみせき)という。村より戌亥(北西)の方にて渓流を引き田地に(そそ)ぎ、下流小山村仁王村堀内村の田地を潤す。

神社

熊野宮

祭神 熊野宮?
相殿 稲荷神
鎮座 不明
村西1町山腰にあり。
石鳥居拝殿あり。仁王村高橋相模これを司る。

日光神社

祭神 二荒山神 下同
勧請 不明
村西3町山腰にあり。
鳥居あり。高橋相模が司なり。

御稷神社

祭神 御稷神?
鎮座 不明
熊野宮の南に並ぶ。
鳥居あり。高橋相模が司なり。

甘金神社

祭神 不明
相殿 荒人神
鎮座 不明
端村上冑の南15町、山の半腹にあり。
祭神及び鎮座の始知らず。
鳥居あり。高橋相模が司なり。

山神社

祭神 山神?
勧請 不明
村より未(南南西)の方8町山中にあり。
村民の持なり。

稲荷神社

祭神 稲荷神?
鎮座 不明
上冑の南にあり。
石鳥居幣殿拝殿あり。村民の持なり。