大沼郡大石組河口村

陸奥国 大沼郡 大石組 河口(かはくち)
大日本地誌大系第33巻 68コマ目

府城の西に当り行程12里15町余。
家数29軒、東西1町20間・南北2町。
南を上町と唱え北を下町と唱ひ、南は山を負い西は野尻川に傍い東北は田圃(たんぼ)なり。

東17町多良布村の界に至る。その村まで29町30間。
西3町40間西谷村の界に至る。その村まで17町50間。
南10町小栗山村の界に至る。その村は巳(南南東)に当り25町。
北7町40間大石村の界に至る。その村まで13町50間。

端村

栗牧(くりのまき)

本村の西北4町30間にあり。
家数7軒、東西38間・南北40間。
西は山に倚り東南は只見川に臨む。

上井草(うはいくさ)

栗牧より寅(東北東)の方6町にあり。
家数6軒、東西12間・南北40間。
西は山に倚り東は只見川に傍ふ。

山川

只見川(たたみかわ)

村北50間にあり。
西谷村の境内より来り、東に流れ北に転じ13町流れて大石村の界に入る。

野尻川(のりしかわ)

村西40間にあり。
小栗山村の境内より来り、北に流るること13町只見川に注ぐ。
広25間。

土産

近村よりも出す。中にもこの村の山を最とす。
質厚く堅強にして合羽に作ればよく雨に堪ふ。
多く府下に(ひさ)ぎ出す。
俗に河口紙と称す。

関梁

村の西北20間にあり。
長18間・幅1間2尺。
野尻川に架す。
伊北郷より府下に通る道なり。

神社

熊野宮

祭神 熊野宮?
相殿 稲荷神
鎮座 不明
村東にあり。
鳥居拝殿あり。

神職 渡部丹波

何の頃にか大和某という者初めて神職となり、4世を経て今の丹波重政に至る。

山神社

祭神 山神?
鎮座 不明
端村栗牧の北にあり。
鳥居あり。村民の持なり。

寺院

川口寺

村東にあり。
鳳来山と號す。府下道場小路観音寺の末寺真言宗なり。
天文17年(1548年)山内左右衛門という者(川口左衛門佐がことなるべし)宥榮という僧をしてこの寺を創建せしむという。
慶長2年(1597年)回禄に罹り、同4年(1599年)宥弁という僧再興す。
本尊弥陀安殿に安ず。

古蹟

館跡

村西1町50間、野尻川の西山上にあり。
東西18間・南北2町。
玉縄城(たまなはしろ)と唱ふ。
山内氏の支族河口沢衛門佐某という者住す。
天正6年(1578年)葦名盛氏の為に大槻太郎左衛門を討ち(河沼郡野沢組野沢本町の条下に詳なり)、同18年(1590年)伊達政宗に降り伊達の将大波玄蕃に従て大塩組横田の城主山内氏勝が討手に加わりしという。