河沼郡野沢組小杉山村

陸奥国 大沼郡 野沢組 小杉山(こすきやま)
大日本地誌大系第33巻 159コマ目

もと大杉山とて白沼のほとりに住す。小杉山村はその端村なしりという。慶長16年(1611年)の地震に飯谷山崩れ本村の民屋を埋み、男女5人わずかに難を遁れる。因て小杉山村を(のぼ)せて本村とし今の地により南13町古屋敷という所い移り居しが、耕作の便あしく正徳4年(1714年)また今の地に移るという。

府城の西に当り行程9里6町。
家数6軒、東西3町・南北1町。
飯谷山の七分目計に散居し山間に田圃(たんぼ)を闢く。

東10町牛沢組野老沢村の山に界ふ。
西12町37間黒沢村の界に至る。その村は申(西南西)に当り34町50間余。
南13町42間牛沢組麻生村の界に至る。その村まで1里3町40間余。
北19町38間長桜村の界に至る。その村あ亥(北北西)に当り23町余。
また
戌亥(北西)の方12町出原村の界に至る。その村まで21町50間余。

端村

新田(しんでん)

本村より戌(西北西)の方6町にあり。
家数軒4間、東西40間・南北30間。山中に住す。
また村南に木地小屋1軒あり。

山川

飯谷山(いたにやま)

村より寅卯(東北東~東の間)の方12町にあり(本郡の条下に詳なり)。

如法峯(によほふみね)

村より午未(南~南南西の間)の方1町にあり。
頂まで4町10間計・周30間計。
頂を鷹待場という。昔鷹を網せし所なりとぞ。

村より亥(北北西)の方12町にあり。
周5町20間計。
水色淡泊に見ゆる故白沼(しろぬま)と名くという。
慶長16年(1611年)の地震に飯谷山崩れ村落埋し時水湛てこの沼となりしという。

清水

村東12町にあり。
周2間余。大清水という。田地の養水とす。
八月の節に至れば水涸という。

神社

大明神社

祭神 大明神?
勧請 不明
村より戌(西北西)の方1町にあり。
鳥居拝殿あり。村民の持なり。

古蹟

村中にあり。
高3尺5寸・幅1尺2寸。
表に見寶塔石の脇に『伏相當過去各々老若男女百有餘亡者百五十箇年而奉造立七寶塔以伸供養時立』、左の脇に『大椙山村慶長十六年辛亥八月二十一日之昼飯谷山抜落一村男女土中埋死寶曆二壬申八月二十一日村中紀信』と彫付けあり。

館跡

村より戌(西北西)の方12町にあり。
東西23間・南北19間。
何の頃にか田崎加賀光房という者住し、後目黒佐渡某という者居しといえとも詳ならず。