耶麻郡小沼組辻村

陸奥国 耶麻郡 小沼組 (つし)
大日本地誌大系第32巻 62コマ目

府城の北に当り行程3里28町。
家数16軒、東西1町10間・南北1町20間。
四方田圃(たんぼ)なり。
村東に米沢に通る裏街道あり。

東11町12間雄国新田村の界に至る。その村まで13町50間余。
西40間金沢村に界ふ。
南は村際にて金沢村に界ふ。その村まで4町20間余。
北は村際にて小沼村に界ふ。その村まで5町10間余。
また
申酉(西南西~西の間)の方40間宮目村の界に至る。その村まで3町30間余。

寺院

泉水寺

村中にあり。
曹洞宗北青木組恵倫寺の末山なり。山號を地蔵山という。
開基詳ならず。
慶長10年曹洞の徒了空来て修栄す。因てこれを中興とす。
本尊薬師客殿に安ず。

地蔵堂

村東3町10間余にあり。
3間半四面、南向き。
創建の時代詳ならず。
本尊地蔵、長5尺、座像なり。慧心作1寸8分の地蔵を體内に納む。
泉水寺司なり。
慶長中(1596年~1615年)この地蔵の賽銭金沢村と争論ありし時の裁許状、今肝煎仲條務右衛門が家に蔵む。その文如左。
(※略)
田舎代とは葦名氏の時をいう。蒲生氏を上代といい、上杉氏を越後代という。
(※略)






最終更新:2020年07月11日 13:58