残紅

  • 分類:長編小説
  • 初出:「小説現代」1985年6月号~9月号
  • 連載時挿絵:村上みどり
  • 初刊:1985年/講談社
  • 刊行回数:2回
  • 入手:古書のみ

あらすじ

「先生は、私と別れたいんですね」
 麻緒はそう口にしていた。

物理学者と女流歌人の道ならぬ関係として騒がれた、武村撩との八年間の生活を終えた麻緒は、夜汽車の中で自らの人生を回想する。その人生を通り過ぎていった男たち――目を患った父、夭折した兄、そして麻緒が関係を結んだ男のことを……。

登場人物

  • 麻緒
    • 女流歌人。
  • 武村撩
    • 物理学者。麻緒の最後の男。
  • 靫介
    • 麻緒の父。
  • さわ
    • 麻緒の母。
  • 正道
    • 麻緒の又従兄。養子に入り兄となる。
  • 薬師柚
    • 画学生。のち画家となり麻緒と結婚。
  • 弥沢義新
    • 美術学校の教師。
  • 雪夫
    • 麻緒と弥沢の息子。
  • 江藤安栄
    • 歌人。
  • 鞍田悠吉
    • 短歌結社『塵芥』の主宰者。
  • 浅葱津賀子
    • 歌人。麻緒の親友。

解題

大正期の女流歌人・原阿佐緒をモデルにした、初の純粋な恋愛長編。タイトルは「ざんこう」と読む。
といっても原阿佐緒の評伝小説というわけではない。本作の成立過程はあとがきに詳しく記されているが、脚本家の綾部伴子から「原阿佐緒を書いてみませんか」と勧められ、小野勝美『原阿佐緒の生涯―その恋と歌』を読んだが、これ以上の「原阿佐緒」は書けない、と実在の原阿佐緒そのものを書くことは諦め、歌集からイメージした虚構の原阿佐緒を描いた小説として書いたとのこと。

 こういった経緯でできあがった作品なので、これは、大筋の経歴は原阿佐緒に似てはいるが全く別の女性の物語として読んでいただくより他はないものになっている。いろいろな場面が出てくるが、そのほとんど全部が僕の想像であり、創造(捏造と言った方がいいかも知れない)である。この虚構の物語をお読みになって原阿佐緒に興味をもたれた方は、是非、前述の小野勝美氏の作品を読んで原阿佐緒の実像にも触れていただきたいと願っている。
 小野氏の作品をお読みいただけば、僕がどんな脚色を施し、事実をどう歪めたかは一目瞭然なのだが、書きあげて今、改めて考えてみると、原保美氏に約束した「自分の理想的な女性像を描く」という最初の目的を離れ、結局、実在の女流歌人を借りて、自分自身を描いただけではないのかという気持ちが強く残ってしまっている。阿佐緒の父親も二度目の夫も、実像よりも、はるかに僕自身の父親と似ているし、阿佐緒が〝兄〟と呼んできた人(この作品中では正道という名で登場し、死亡した年は大幅に変更してある)との関係も、僕自身の子供の頃に死んだ友人との関係が色濃く出てしまっている。作品中に「薬師柚」「江藤安栄」として登場する二人の男も、小野氏の作品から戴いた人物だが、事実を大きく歪め、僕の身近にいる二人の男性をモデルにさせてもらったりした。
「原阿佐緒幻想」といったつもりで書き始めた物語を、いつの間にか自分自身の幻想で塗りかえてしまったのだという気がしている。
(単行本あとがきより)

こういう作品なので、普通に読めば美しい文章で綴られる恋愛小説、あるいは大正期の女性の半生記だが、連城三紀彦のエッセイ、あるいは未単行本化長編『悲体』と併読すると、また違った味わいのある作品である。

連城作品全体でみれば、この後の中期作品群に顕著な悪女ものへ繋がる習作という意味合いが強い。
また、94年に刊行された長編『花塵』は本作の発展形と言うべきだろう。

掲載号「今月登場」より

 8日から奈良・吉野山の桜を見に旅行した。5月から週刊誌で連載小説を始めるのでその取材も兼ねる。「残紅」に続く長篇が楽しみ。(6月号)

 5月15日に瀬戸内寂聴氏の道場「嵯峨野僧伽」の開場式に参加するため京都へ旅行。出家を希望する氏は瀬戸内氏のファンでもある。(7月号)

 中野に仕事場を持って半年。シナリオ作家志望だった氏はライティングに凝り、淡い光の中で机に向かい、マーラーを聞きながら執筆。(8月号)

「残紅」の連載をやっと了え、27日から1週間の韓国旅行。「ぜひ行きたい国だし、フランス以来の海外旅行なので楽しみ」とのこと。(9月号)

刊行履歴

初刊:講談社/1985年12月10日発行

恋のほむら、愛の枯れ野
自分に正直でなければ人を愛する資格はない、本能のままに恋を生きてこそ、女は倖せを掴みとれる――
女流歌人・麻緒の奔放な愛の行方
大正ロマンチシズムの極致、著者初の長篇恋愛小説
(単行本オビより)

単行本/223ページ/定価1000円/絶版
あとがきあり
装画/村上みどり 装丁/熊谷博人

文庫化:講談社文庫/1989年4月15日発行


その日まで恋はれてあるを知らざりし死のきはにのみ抱きける人――
幾たびも恋のほむらに身を焦がし、本能のままに悔いなき女の倖せを追い求めた歌人・麻緒の、哀しく、美しく、奔放な生涯。大正期の名女流歌人・原阿佐緒をモデルに、〝愛の作家〟が華麗な筆致でこまやかに描く、長編恋愛小説の名品。
(文庫裏表紙より)

文庫/254ページ/定価369円+税/絶版
あとがきあり(単行本と同一内容)
解説/橋本光恵(「キネマ旬報」編集者)
カバー装画/村上みどり デザイン/菊地信義

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最終更新:2017年08月10日 13:36