- 分類:長編小説
- 初出:「週刊朝日」1990年9月7日号~1991年7月26日号
- 連載時挿絵:福山小夜
- 初刊:1992年/朝日新聞社
- 刊行回数:2回
- 入手:古書のみ
あらすじ
その窓から見ると、町の灯は、夜空から地上へと落ちた無数の危険信号に似ていた。
冬の夜が彼にむけて何かの警告を発しているかのように、ただ赤いネオンだけが騒がしく点滅し続けている。長い間世界の人々が東洋の真珠と呼び続けた町の百万ドルの夜景が、彼にとっては寂れたどこかの街角の忘れかけられた信号機と変わりないのだった。
パリで観光客相手の男娼をしている小川曜平は、唯一四度抱いた女・マリーが最後に残した奇妙な言葉を気に掛けていた。彼はある日、藤田次治という世界的大画家と同じ読みの名前を持つ男から奇妙な話を持ちかけられる。自分のパトロンである大富豪の女、マダム・ランペールの元で、自分の代わりに画家の卵として囲われてもらえないか、というのだ。藤田はマダムの元を離れ、ルノワールの贋作で一儲けを企もうとしていた。そしてマダムは、新しく発見されたルノワールの絵を、僅か三百フランで入手するのだと言い出す――。
主な登場人物
- 小川曜平
- レジナ・ランペール
- 藤田次治
- マリー・ルシャン
- ジャック
- ベルナール・デュラン
- 東洋人の男
- ルネ・ベルジェール
- ロジェ・グルミエール
- ロダン
解題
「週刊朝日」に連載された、ルノワールの贋作をめぐる美術ミステリー長編。
どんでん返し数珠繋ぎ方式の連城長編の中でも最多クラスの、とてつもない数のどんでん返しが読者を翻弄する。
一方で長篇の場合は、大きな逆説を中心に据えた一点豪華主義より、むしろ小さなどんでん返しを執拗に積み重ねる小説作法を選んでいることが多い。
四人の男女の、一見妄想か幻視としか思えないような体験が、最終的にひとつの事件として収斂する『暗色コメディ』(一九七九)の如き初期の傑作にも、既にその傾向の萌芽は見られるが、ひとつの長篇に詰め込まれたどんでん返しの数では恐らくギネスブックものの『美の神たちの叛乱』(一九九二)を頂点として、『ため息の時間』(一九九一)、『明日という過去に』(一九九三)、『牡牛の柔らかな肉』(一九九三)、『恋』(一九九五)といった一九九〇年代の長篇群にこそ、細かい仕掛けを数珠繋ぎに連ねてゆく万華鏡的構築法は顕著である。これらの長篇では、物語の全体像は掴み難く、短篇における一発芸に似た切れ味の良さとは異なる、樹海を彷徨うような混濁した印象がある。
(『美女』集英社文庫版 千街晶之「解説」より 強調引用者)
基本は美術品の真贋をめぐるコン・ゲーム小説だが、その騙し絵の迷宮ぶりは連城作品の中でも屈指の複雑さ。
国際色豊かできらびやかな展開は『
黄昏のベルリン』、コン・ゲーム的趣向は『
飾り火』や後の『
牡牛の柔らかな肉』にも見られる。また絵画の世界を題材にした長編には『
花塵』があるほか、画家・絵画の話は連城作品には長編・短編を問わず非常に多い。
一方、キャラクター小説的側面の非常に薄い連城作品において、マダム・ランペールや藤田次治のような、ある種漫画的とも言える強烈な個性をもったキャラクターが複数登場するのは異色といえるだろう。
もともとは、連城三紀彦自身が監督を務める映画の原作として書き始められたものらしい。
「実は、映画の監督をしませんか、その原作を書きませんか? という話をいただいて書き始めたんです。映画の監督は一度やってみたかったし、身体が丈夫だったのでやるつもりだったんです。
初めは、どっちかというと美術泥棒のような、詐欺のような行動(アクション)で見せるものにしたかった。ところが書いているうちに話が複雑になってきて、しかも人間関係のゴチャゴチャのほうが面白くなってきちゃったんです(笑)。それに映画を撮るには身体が続かなくなってしまった(笑)」
(「クロワッサン」1992年8月10日号 「最近、面白い本読みましたか」より)
連載中の「週刊朝日」1990年11月2日号には「連城三紀彦サザビーズ六億円オークション体験記」と題したグラビアが掲載されており、短いエッセイがついている。
絵を鑑賞するという感覚はもう時代遅れなのだ。そこでは絵は一大経済ショーの小道具である。帝国ホテルの大広間が華麗なコンピューターのように思え、友達から借りたスーツで隅っこに小さく座っている自分が、邪魔なだけの使い古された部品に思えてきた。
(中略)
加藤登紀子さんの「百万本のバラ」という唄が、本誌に連載中の拙作「美の神たちの叛乱」の設定にちょっと似ていると友人が言うので聴いてみた。貧しい絵描きが恋した女優のために百万本のバラを買うという夢物語のような唄だ。
唄の中のバラはもう古く、その会場にはもちろん一本もない。だから、せめて原稿用紙の上ではそのバラを一本書いてみたいな、と改めてそう思った。せめて小説の中では美の神に叛乱を起こさせようかと……。
(「週刊朝日」1990年11月2日号掲載「連城三紀彦サザビーズ六億円オークション体験記」より)
刊行履歴
初刊:朝日新聞社/1992年5月1日発行
一枚の巨額なルノワールの贋作
男と男の愛、女と男の死、美の真贋の境界線をさまよう大型国際ラブサスペンス
(単行本オビより)
単行本/510ページ/定価1650円+税/絶版
装画/福山小夜 装幀/多田進
文庫化:新潮文庫/1995年11月1日発行
フランス人モデルに変装して扼殺された日本人女性。労作に描かれたモデルの右目を撃ち抜いて自殺を遂げた、かつてのフランス画壇の巨匠。そしてロンドンのホテルで絞殺された女装の男性。すべての事件は、あるセンセーショナルな贋作を巡る謎がもたらしたものだった……。香港、ニューヨーク、ロンドン、パリ。愛の迷路は国際都市を結んでゆく。絢爛たる世界を舞台に描く渾身の長編。
(文庫裏表紙より)
文庫/530ページ/定価621円+税/絶版
解説/吉野仁
カバー装画/福山小夜 デザイン/新潮社装幀室
最終更新:2017年10月17日 02:53