白光

  • 分類:長編小説
  • 初出:「小説トリッパー」1998年秋季号~2000年冬季号
  • 雑誌時挿絵:村上みどり
  • 初刊:2002年/朝日新聞社
  • 刊行回数:2回
  • 入手:入手可(電子書籍あり)

あらすじ

 夜明けの夢の中で妻が笑っていた。
 ほんの一瞬の顔だ。
 それなのに目が覚めた後も、その顔はしつこく脳裏に張りついている。朝の光が意識をはっきりとさせていくにつれて、いつもの夢ならあっけなく拭い去られていくのに、何十年ぶりかの妻の顔は逆に、光を得て陽画へと反転するフィルムのように鮮やかになっていく。

真夏のある日、ありふれた家庭で四歳の少女・直子が殺され、庭に埋められた。事件をきっかけに、平凡な家庭の裏側に隠されていたものが次々と明らかになる。直子を苦手に思っていた聡子、その夫の立介と娘の佳代、ボケの始まった舅の桂造。直子の母で聡子の妹である幸子とその夫の武彦、そして幸子の浮気相手の平田、全員に殺害動機はあったのだ……。

登場人物

  • 聡子
    • 主婦。
  • 立介
    • 聡子の夫。
  • 佳代
    • 聡子の娘。
  • 桂造
    • 聡子の舅。
  • 昭世
    • 桂造の妻。
  • 北川幸子
    • 聡子の妹。
  • 北川武彦
    • 幸子の夫。
  • 北川直子
    • 幸子の娘。被害者。
  • 平田直樹
    • 幸子の浮気相手。大学生。
  • 山野
    • 刑事。

解題

「小説トリッパー」に連載されたミステリ長編。タイトルは「びゃっこう」と読む。
ひとりの少女の死をめぐり、平凡な家庭の秘密が次々と露わになり、真実は語り手の視点によって次々と変化していく。

 いってみれば一〇人の人間が集まれば、一〇の〝事実〟が存在するのであり、同じ出来事を目撃したとしても、全員が同じ結論に達するとは限らないのだ。自分が見たもの、考えたことが他人と共有できるとは限らない、というのが『白光』の基本的なトリックなのである。その意味では、矛盾する告白によって構成された芥川龍之介『藪の中』に近いといえよう。ただ『藪の中』が事件の真相を曖昧にしたまま終わるのに対し、『白光』は相反する証言を連続させながらも、最後には驚天動地の結末を用意している。
(光文社文庫版 末國善己「解説」より)

 三人称多視点で、視点人物の心理描写も入れながら語られるストーリーは、語り手が変わるごとに異なる様相を見せていく。語られた内容を積み重ねた結果、読者の前にひとつの「事実」が提示される。しかし、それは「事実」なのだろうか? 頁が終わっているので、それが結論のように思えるだけで、さらに頁が続けば新たな「事実」が飛び出してくるのではないか……。読者をそうした思いにからめ取る、連城の語り(騙り)の魔術を堪能して欲しい。
(『本格ミステリ・ディケイド300』より 執筆者:廣澤吉泰)

『白光』はタイトルや文庫版の表紙を見る限り、ミステリーとは思いにくいですし、あらすじには、「まだ幼い姪が自宅で何者かに殺害され庭に埋められてしまう。この殺人事件をきっかけに、次々に明らかになっていく家族の崩壊、衝撃の事実」とあるものの、何となくテレビのサスペンスドラマのようなものを想像する人がいるかもしれません。
 が、実際に読み進めると、これがまた、「驚きが連続する、連城ミステリーの傑作」なのです。各章ごとに語り手が替わり、告白するかのように話をしていきます。そのたびに事件を違った角度で眺めていくことになりますが、その告白のおしまいには、読者が、「え、そうだったの?」と声を上げたくなる、驚きが用意されています。つまり、短い章のおしまいごとに、「どんでん返し」があるようなものです。大どんでん返しとまではいきませんが、小どんでん返し、といったところでしょうか。もちろん、ラストに大きなどんでん返しのある小説は魅力的ですが、「ラストまでは退屈だけれど、最後でびっくり」という作品に比べ、「次々と、小さな驚きが続いていく」のはまた贅沢なものだと言えます。
(「honto+」vol.5掲載 伊坂幸太郎「それが好きならばこれも好きではないでしょうか 第三回」より)

同年に出た『人間動物園』とともに、連城のミステリ復帰作と見なされることが多い。

 連城三紀彦。
 多くの本格ミステリファンにとって、本格ミステリ作家にとって、その名は畏敬の対象である。
宵待草夜情』(一九八三年)で第五回吉川英治文学新人賞を、『恋文』(八四年)で第九十一回直木賞を受賞した後、どんでん返しや謎解きの面白さを中心に据えた作品からしばらく距離を置いていたかに思われていた連城氏だが、二〇〇二年には、『白光』『人間動物園』といういかにも氏らしい精緻で切れ味抜群の本格ミステリを続けて発表し、ファンに快哉を叫ばせた。
(『暗色コメディ』文春文庫版 有栖川有栖「解説――眩暈と地獄」より)

94年の『終章からの女』や『紫の傷』から8年ぶりというならまだわかるが、『恋文』以降とくくってしまうあたり、この有栖川有栖の解説は当時(2003年頃)のミステリ界隈の80年代半ば~90年代の連城作品に対する認識の象徴そのものであると言える。

人間動物園』が「このミス」7位、「本格ミステリ・ベスト10」13位に入ったのに対し、こちらは「このミス」21位、「本格」25位と、刊行時はわかりやすい(外見的に本格度が高く見える)誘拐ミステリーである『人間動物園』の影に隠れたようだが、現在では連城長編ミステリの中でも最も技巧的な傑作としてファンの間での評価は非常に高く、連城長編の最高傑作に挙げる読者も多い。
オールタイムベスト・連城三紀彦長編では『造花の蜜』と同率の2位にランクインした。

現在は光文社文庫版が入手可能。また電子書籍でも読める。
2019年12月には、光文社文庫版に「この物語に「救い」なんてひとかけらもない。」というイヤミス的キャッチコピーを謳った全面オビバージョンが登場した。

各種ランキング順位


刊行履歴

初刊:朝日新聞社/2002年3月1日発行


あの夏、死んだ少女のために――
家族の交錯する思惑と悪意が招いた《救いなき物語》
これほどまでに切なくも、おぞましいミステリーがあったろうか
(単行本オビより)

単行本/262ページ/定価1500円+税/絶版
装幀/鈴木成一デザイン室 カバー写真/新居明子

文庫化:光文社文庫/2008年8月20日発行


ごく普通のありきたりな家庭。夫がいて娘がいて、いたって平凡な日常――のはずだった。しかし、ある暑い夏の日、まだ幼い姪が自宅で何者かに殺害され庭に埋められてしまう。この殺人事件をきっかけに、次々に明らかになっていく家族の崩壊、衝撃の事実。殺害動機は家族全員に存在していた。真犯人はいったい誰なのか? 連城ミステリーの最高傑作がここに。
(文庫裏表紙より)

文庫/298ページ/定価571円+税/入手可/電子書籍あり
解説/末國善己
カバーデザイン/多田和博 カバー写真/a.collection/amanaimages

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最終更新:2019年12月12日 18:45