- 分類:短編集
- 初出:別記(全て「小説新潮」)
- 雑誌時挿絵:三嶋典束
- 初刊:1993年/新潮社
- 刊行回数:1回
- 入手:古書のみ(『落日の門 連城三紀彦傑作集2』に全編収録)
解題
本書はフィクションです――著者
(単行本巻末より)
「小説新潮」に発表された、二・二六事件を題材にした5編を集めた短編集。
とはいえ『
敗北への凱旋』などと同様、歴史的事実はあくまで背景であり、実在人物は登場しない。
オビには「
疑似歴史小説(プスド・ヒストリカル・ノベル)」と書かれている。「
菊の塵」「
戻り川心中」「
夕萩心中」「
能師の妻」などに代表される、実在しない歴史的事実を題材にした、ある種の歴史ミステリ風の構造をもつ作品群の系列に位置づけられるだろう。この路線はこの後『
女王』が書かれることになる。
なお「疑似」を意味する「pseudo」の発音は英語では「スードウ」。「プスド」はフランス語読み表記である。
表題作「
落日の門」のみ1990年発表、残り4編が1992年に立て続けに発表されているが、最初から二・二六事件を題材とした連作として構想されたのかどうかは定かでない。
「新刊展望」1993年11月号に掲載された短いインタビュー「創作の現場」によると、〝疑似昭和史〟シリーズとして書き継ぐ構想が当時はあったようである。
「二・二六事件をモデルにした『
落日の門』は、僕なりにフィクションで書いた昭和史みたいなもの。第一部を『
落日の門』として、今後この続きをずっと書いていきたいと思っています。恋愛小説はちょっと疲れてきたので(笑)、大河ドラマみたいなものを書きたいんですよ。歴史が動くような、一つの川が流れるような……」
(「新刊展望」1993年11月号掲載 「創作の現場」より)
だが、よほど売れなかったのか、未だに文庫化すらされていない。80年代までは頻繁に作品を発表していた「小説新潮」誌とこの後連城は縁遠くなり、これ以降は「
夜の二乗」と、未単行本化の《新・細腕繁盛記》シリーズ2編(「
ひとつ蘭」「
紙の別れ」)を発表したのみである。
本書自体は90年代の連城作品を代表する短編集としてファンの間での評価が高いだけに、商業的理由か、あるいは他に何か原因があったのか、いずれにせよ続きが書かれなかったことが惜しまれる。
高評価の実例として、香山二三郎、縄田一男、千街晶之の言及を挙げておこう。
『
落日の門』は二・二六事件を題材にした連作スタイルの「疑似歴史小説」。冒頭の表題作は決起に関わる軍人たちの話だが、続く「残菊」は吉原にあった娼館の娘の昔話で一見脈絡がなさそうに見えるが、最終的にはトンデモない仕掛けが凝らされていたりする。いまだに文庫化されていないのはなぜであろうか。
(香山二三郎「連城三紀彦の10冊 超絶技巧作家の語りと騙り」より)
本書『
どこまでも殺されて』の作者連城三紀彦は、今年の四月、二・二六事件に材を得た疑似歴史小説ともいうべきミステリー『
落日の門』を刊行、自身のミステリー作家としての原点に回帰しつつ、同時に、新境地を示すという離なれ業をやってのけ、私たち愛読者を大いに楽しませてくれた。
今、私が、〝ミステリー作家としての原点に回帰〟と記したのは、この『
落日の門』が、実は、連城三紀彦の初期代表作である〈
花葬シリーズ〉の対極にある連作ではないか、と思われるからに他ならない。
(『
どこまでも殺されて』双葉文庫版 縄田一男「解説」より)
この時期(引用者註:九〇年代)の短篇集にも、『
夜のない窓』(一九九〇年)、『
顔のない肖像画』(一九九三年)、『紫の傷』(一九九四年)など秀作が多いけれど、中でも要注目なのは『落日の門』(一九九三年)と『美女』(一九九七年)だ。『
敗北への凱旋』や「花葬」シリーズの中のある作品など、著者の作品には歴史上の出来事をトリックに用いたものが幾つかあるが、『
落日の門』は昭和初期のクーデターを背景に徹底した騙しの迷宮を築いた連作であり、文庫化されていないのが不思議なほどの出来映えだ。
(『
流れ星と遊んだころ』双葉文庫版 千街晶之「解説」より)
この通り長年の連城読者からの評価は高いのだが、当時の「このミス」等のランキングには影も形もない。
未文庫化ということもあり、現状では「これを読んでいれば連城ミステリ通と言っていい隠れた傑作」というポジションの作品。
なお、個々の短編の繋がりが複雑なため、一読では全貌を把握しきれないかもしれない。
時系列と登場人物の相関図を
『落日の門』時系列・相関図にまとめたので参照されたい。
収録作
刊行履歴
初刊:新潮社/1993年4月20日発行
スリリングに急反転する
愛憎のジグソーパズル
謎が謎を追いかける疑似歴史小説(プスド・ヒストリカル・ノベル)
(単行本オビより)
単行本/250ページ/定価1359円+税/絶版
装幀/新潮社装幀室
最終更新:2018年12月12日 00:37