あじさい前線

  • 分類:長編小説
  • 初出:「別冊婦人公論」1988年夏号(一挙掲載)
  • 雑誌時挿絵:小林秀美
  • 初刊:1989年/中央公論社
  • 刊行回数:2回
  • 入手:古書のみ

あらすじ

 腕時計を見ると、約束の四時にまだ三十六分ある。
 やっぱり家に寄って水色のスーツに着替えていこうか――
 そう思いながら局を出たところで宮原秀介は制作部長の沢島につかまった。

十四年間の結婚生活に終止符を打った藤倉朝子。彼女は自分の人生を通り過ぎていった八人の男たちに手紙を書き、長崎から角館まで、あじさいの開花を追うように彼らを訪ね歩くことにした。かつて交錯した朝子の人生と八人の男たちの人生が、また一瞬だけ交わり、離れていく……。

主な登場人物

  • 藤倉朝子
    • 離婚を期に、結婚前に交際した男たちを訪ね歩く女。40歳。
  • 宮原秀介
    • 長崎のテレビディレクター。朝子の美大生時代の交際相手。
  • 小杉俊夫
    • 下関の美容師。朝子の、宮原の前の交際相手。
  • 円内敏也
    • 松江の駅弁屋店主。朝子の高校時代の家庭教師。
  • 根上立次郎
    • 大阪の薬局店員。朝子が高校時代に交際していた野球部のエース。
  • 鷹村順
    • 大阪の不動産チェーン社長。
  • 田沼美千子
    • 鷹村の秘書。
  • 河田耕一
    • 越後湯沢の旅館の主人。朝子の元同棲相手。
  • 三上順平
    • 角館の陶芸家。
  • 伸幸
    • 三上の代わりに朝子に会いに来た男。
  • 新聞配達の男
    • 雑文で身を立てていた野良犬のような男。
  • 鈴木弘
    • 朝子の元夫。
  • 加珠子
    • 朝子の現在の同居人。


解題

下関から角館まで、日本の各地を舞台にした旅情恋愛長編。
「別冊婦人公論」1988年夏号に一挙掲載され、1989年に中央公論社から単行本化された。

 アジサイはむしろ好きな花ではない。それなのにやたら最近この花を自作中に使う。今度の作品を書いていてその理由がわかった。アジサイではなく、この花が連想させる雨の色や陽の光や空の色が好きなのである。たぶんアジサイの周辺の季節を書きたいのだろう。女主人公と似た年齢になって、〝男と女〟も僕には一つの季節になってきている。
(「別冊婦人公論」1988年夏号グラビアより 単行本オビ裏にも掲載)

女性が昔の男を訪ね歩くという内容から、フランス映画『舞踏会の手帖』が下敷きであるとよく言われるが、当時の著者インタビューによると、実際の元ネタは井伏鱒二の短編「集金旅行」だったらしい。また、構想段階では男性が主人公の予定だったそうである。

「実は、井伏鱒二さんの名作として知られている『集金旅行』を一度恋愛小説仕立てにしようと考えていたんです。ところができあがってみると、読んだ人からデュヴィヴィエ映画で有名な『舞踏会の手帖』に似ているっていわれました」
 当初は小説とは逆に「男が昔の女を訪ねていく話にするつもりだった」ところ、ふたつの理由から変更を余儀なくされた。
「女性雑誌(「別冊婦人公論」)に一挙掲載したため読者層(主婦)に合わせなくてはいけない。もうひとつは、昔の女といっても現在はほとんどが主婦。そうなるとストーリーに変化がなくなってしまうんです」
(「週刊アサヒ芸能」1989年3月16日号 著者インタビューより)

連城作品の映像化権を管理していた製作会社「メリエス」のメンバーをモデルにした作品でもある。
具体的に誰のモデルが誰なのかは明らかにされていないが、(三上)伸幸は脚本家の一色伸幸がモデルであるようだ。

 ところで、純さん(引用者註:高田純)と晴彦さん(引用者註:荒井晴彦)は、連城さんの近作、『あじさい前線』にも登場する。さらにこの作品には、ぼく自身も登場している。
「書いてもいいですか」
 あとがきと同じセリフで念を押されて書かれてしまった〝伸幸〟は、案の定、単なるコメディ・リリーフでした。タネを明かせば、『あじさい全然』は、メリエスに所属する全脚本家、全プロデューサーが登場する作品で、連城さんはみなさんにモデル料を払いたいからと、後日、全員に十万円ずつの謝礼を払ってくださった。
(『もうひとつの恋文』新潮文庫版 一色伸幸「『もうひとつの恋文』と連城さんのこと」より)

 主人公の藤倉朝子が、離婚をきっかけに、かつて、青春時代に愛し愛され、そして別れた八人の男の元を訪ねつつ、自らのアイデンティティを模索する旅物語。『あじさい前線』は、云ってみれば、連城三紀彦版『舞踏会の手帖』である。「慌ただしい時間の濁流に押し流されながら、いつも何か過去に落とし物をしてきたような小さな落丁感につきまとわれた」四十歳前後の人間たちの、生き直しの物語でもある。
 その朝子が訪ねる男八人を長崎から酒田まで全国に散らし、南から北に向う朝子とともに「桜前線」ならぬ「あじさい前線」も北上させる趣向がいかにも連城タッチではあるのだが、さらに、登場する八人には全て実在のモデルがいる。その八人は、連城さんと僕の共通の友人知人で、この辺り、連城タッチというより、ミーハー連城の遊び心オウイツの感があって僕は大笑いしながら読み進んだ。(中略)
 この作品には実在のモデルがいると書いたが、だからといって、『あじさい前線』は、いわゆる「暴露小説」「実録小説」の類いではない。『あじさい前線』は「物語」として完結している。実在の人物を「虚構」の中に投げ込んで人間関係を実際と違うところで組みかえ「個人史」のやり直しを試みる、云わば、連城三紀彦版『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の趣きもある、というのは深読みが過ぎるか――。
(中公文庫版 斎藤博「解説」より)

率直に言って、そんな内輪ネタを明かされてもどう反応しろと、という感はあるが、「実在の人物を「虚構」の中に投げ込んで人間関係を実際と違うところで組みかえ「個人史」のやり直しを試みる」という文章は、『恋文』や『もうひとつの恋文』から本作を経て『ため息の時間』へ至る、一連のモデル小説群に対する理解として興味深い。

ちなみに登場人物の中には連城三紀彦自身がモデルのキャラクターもいるという。

 著者自身も8人の中のひとりのモデルとして登場している。
「とてもいい役どころなので、ほかの連中から文句をいわれました(笑)。ぼくの誕生日そっくりの男が出てきますから、調べてもらえばすぐにわかるはず」
(「週刊アサヒ芸能」1989年3月16日号 著者インタビューより)

「ぼくの誕生日そっくり」という言葉からすると、おそらく陶芸家の三上順平が連城三紀彦自身をモデルにした人物だと思われる(一月十一日に死亡したという伸幸の台詞がある)。

なお、残りのモデルを具体的に推測してみると、宮原秀介は『少女』光文社文庫旧版の解説を書いている宮島秀司、鷹村順は「タンデム・シート」でもモデルになった高田純、円内敏也は『萩の雨』講談社文庫版の解説を書いている丸内敏治、河田耕一は『宵待草夜情』新潮文庫版の解説を書いている山田耕大、そして最後に登場する名前の出てこない男(似た男が「ムライアキヒコ」という名前で呼ばれる)が荒井晴彦だと思われる。残る2人は、名前と連城作品の映像化に携わった脚本家・プロデューサーという繋がりから推測していくと、小杉俊夫は小林寿夫、根上立次郎は野上龍雄がモデルではないだろうか。また主役の藤倉朝子は装画を担当している前川麻子(メリエス所属であったことが本人のブログに書かれている)、朝子の元夫の鈴木弘が解説の斎藤博かもしれない。

刊行履歴

初刊:中央公論社/1989年1月20日発行

朝子と8つの恋の変奏曲
離婚直後に、ふと思い出した古いあじさいの絵。あの花の絵を贈った男たち。私の青春を通過していった8人の男たち…雨の長崎から角館へ、あじさいの開花を追いかけるように、再会の旅が始まる…
(単行本オビより)

単行本/221ページ/定価950円/絶版
オビ裏に著者のことばあり
カバー・扉画/前川麻子

文庫化:中公文庫/1992年5月10日発行


離婚直後に、ふと思い出した古いあじさいの絵。あの花の絵を贈った男たち、私の青春を通過していった8人の男たち…雨の長崎から角館へ、あじさいの開花を追いかけるように、朝子の旅が始まる。
(文庫裏表紙より)

文庫/237ページ/定価427円+税/絶版
解説/斎藤博(脚本家)
カバー画/前川麻子

名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2017年06月27日 03:08