- 分類:長編小説
- 初出:「静岡新聞」朝刊 1994年4月1日~1995年3月31日
- 初刊:1996年/新潮社
- 刊行回数:3回
- 入手:入手可(電子書籍あり)
あらすじ
二輪の菊はどうしても花器に調和しない。
通子の指をもてあそんで、何とか落ちついてくれたかと思うと次の瞬間には、小さな床の間の空白を破って、調和を大きく崩した。
やはり一輪だけにした方がいい。もともと鼠志野の鶴首になった花瓶は一輪ざしで、白と薄紫の二輪では、一つの首に二人の女の顔が載っているようで重すぎるのだ。
料亭「花ずみ」の跡取り・旬平と結婚して十七年になる通子。店を支配していた姑が死んでから一年が過ぎたある日、通子の元に現れた女は、こう告げた。「ご主人をいただきにきました」――妻の座と店の運命を賭けた、通子の戦いが始まった!
登場人物
- 上島通子
- 上島旬平
- 矢萩多衣
- 上島キク
- 上島儀平
- 上島優美
- 上島一希
- 笠井芯太郎
- 堀口八重
- 前田秀次
- 矢場耕一
- 立石啓介
- 立石佐知子
- 野沢伸五
- 大角六扇
- 吉岡鶴代
- 吉岡純代
- 大瀬健策
- 秋葉謙三
- 秋葉安代
- 山下剛ノ介
解題
静岡新聞に連載された、連城三紀彦版『細うで繁盛記』というべき長編。第9回柴田錬三郎賞受賞作。
『隠れ菊』は静岡新聞に一年にわたって連載した作品です。
題名は喪服用の帯の裏に隠れてひっそりと艶やかに咲いている刺繍の菊にちなんでいて、もちろん身の上相談の女性の一言がヒントになりました。
今思い返すと、連載した一年間がそんな墨色の帯になっていて、小説を書いたというより、稚拙ながらいろいろな物語を模様として帯に縫いつけていった印象です。
一年の流れが絵巻物になるようなものを書きたかったわけですが、ある女性編集者が『絵巻物としたら軍記物ですね、女の軍記物』奇しくもそう評してくれたので、ちょっとは成功したかなと自惚れたのも憶えています。
(芸術座舞台版『隠れ菊』パンフレット掲載 「原作より大輪の花を」より)
十年前に得度した際、これからは墨染めに似あった地味な生き方をしようと決心しました。それでも、ともすると周囲の賑わいに流されそうになって、その都度反省しては「地味に、地味に」と呟きつづけてきました。やっと少し気もちの上でも墨染めが板についてきたかなと思えるようになった矢先に、晴れがましい賞の知らせです。『隠れ菊』という題名は、喪服用の帯の裏に華やかに刺繍された菊の花にちなんでいます。女主人公は、喪の色の裏に隠したその大輪の花を武器に、愛の商いの道を戦いつづけるのですが、さて、作者の方はというと、墨色一色に沈みかけた人生に、こんな大きな名を冠した賞をどう縫いつければよいか、とまどうばかりです。
(「小説すばる」1996年12月号掲載 「受賞にあたって」より)
選評では、その技巧を讃えられつつ、技巧に走りすぎ、さらなる飛躍を期待する、というような、『
恋文』で直木賞を取った頃と同じようなことを言われている。
連城三紀彦さんの小説の魅力は、練りに練られた筋立ての意外性に加えて、文章の肌理の細かさと、行間に立ち籠める情感の稀に見る濃密さにあるが、この『隠れ菊』も例外ではない。
(中略)
作者の小説作りは、いまや名人芸の域に入りつつあるといっていい。
だが才能が豊かすぎるのか、サービス精神が強すぎるのか、ときに物語の流れが過剰な氾濫を起こす場合がある。二転三転する劇の起伏のうねりが、もっと大きくなれば、迫力はさらに増すだろう。
この受賞を契機に、よりスケールの大きな作家に飛躍することを、期待してやまない。
(同号掲載選評 長部日出雄「古風な外見と新鮮な可能性」より)
『隠れ菊』は、如何にも連城氏らしい小説で、仕掛けや細工に凝っている。
(中略)
ただ後半部は、少し安易に人間を動かし過ぎている。そのため前半部の効力が薄れ、読後の余韻が伝わり難いのが気になる。
柴田錬三郎賞の受賞を契機に一段の飛躍を望みたい。
(同号掲載選評 黒岩重吾「感想」より)
作者の特徴は、文章表現のうえでこまかい工夫をすることである。場面の描写をするのに、平坦な叙述をしない。いちど溜めておいて、ふつうの表現とはちがう、繊細ないいあらわしかたをする。
たいへん手のこんだ、緻密な作品ができあがる素地は、このようなていねいな叙述にある。
そのため、作品の各所にするどいかがやきを放つ部分が、彫りこまれることになる。
(中略)
作者は、将来さらに発展するにちがいない、独得の資質をそなえている。たぶん、長篇小説を書くのを得意としていないのであろうが、今後はしだいに変貌を遂げてゆくにちがいない。
今回の受賞をきっかけに、あらたな前途を切りひらいてゆかれることを期待する。そのような期待を抱くに充分な筆の冴えを持っていると思うので、授賞に賛成した。
(同号掲載選評 津本陽「細緻な技巧」より)
本作の柴錬賞受賞を受けて「小説新潮」に書かれたと思われる短編「
ひとつ蘭」「
紙の別れ」の2作は、《新・細うで繁盛記》という副題のついた連作になっているが、その後連城が実母の介護で多忙になり執筆ペースが一気に落ちたこともあってか、この2作のみで中絶してしまい、単行本未収録となっている。
1999年に出た新潮文庫版は2004年に『
秘花』の文庫版が出たときには既に品切れになっており、長らく品切れ状態だったが、2013年7月、連城が亡くなる3ヶ月前に集英社文庫から復刊され、現在はそちらで入手可能。
「作家の読書道」で道尾秀介が本作をお気に入りに挙げた縁か、オビには道尾が推薦文を寄せている。
――最近読んでいるものといいますと…。
道尾 : 実は、いまさらながら連城三紀彦さんを読んでいます。作家になってから、「連城三紀彦さんの作品が好きなんじゃないですか」と言われることが時折あって。白状すると、むかし『変調二人羽織』を読んで前半でギブアップしたことがあったんです。だから自分には合わない作家だと思い込んでいた。でも、あまりにもよく言われるので、ためしにその本の後半を読んでみたら、驚きました。あの短編集って、前半がロジカルで、後半に連城さんの持ち味の、叙情的なものが収録されているんですね。それで、今、連城さんに夢中なんです。時間を忘れて読むという経験をしたことがあまりなかったんですが、この頃まさにそういう経験をしています。『戻り川心中』とか『隠れ菊』はとくにいいですね。
(「
作家の読書道 第78回:道尾秀介さん」より)
道尾秀介氏が夢中になった傑作、復刊!!
劇的な人生をここまで体感できると、日常なんてもうどうでもよくなってしまう。
(『隠れ菊』集英社文庫版上巻オビより)
映像化・舞台化
刊行と同年の1996年10月には、『ゆずれない夜』のタイトルでフジテレビ系列の連続ドラマになっている(全10回)。脚本は新潮文庫版の解説を担当している金子成人と石井夏美。主な出演は賀来千香子(通子)、神田正輝(旬平)、工藤静香(多衣)、松岡昌宏(矢場耕一)などで、主題歌は工藤静香が担当した(「激情」)。
ちなみに金子成人の解説でボロクソに言われている笠井芯太郎役は中谷彰宏。
1998年には芸術座で堀越真脚本、水谷幹夫演出にて舞台化されている。出演は十朱幸代(通子)、萬田久子(多衣)、柴俊夫(旬平)、河原崎建三(前田)、吉村実子(志津(原作の八重))、峰岸徹(笠井)、曾我廼家鶴蝶(鶴代)、山田五十鈴(きく)など。
2016年9月4日から、NHK-BSプレミアムの「プレミアムドラマ」枠(日曜22時)で20年ぶり2回目の連続ドラマ化(全8回)。脚本は国井桂。主な出演者は観月ありさ(通子)、前川泰之(旬平)、緒川たまき(多衣)、筒井道隆(笠井)、松原智恵子(キク)、渡辺典子(千秋(原作の八重))、木下ほうか(前田)、石田卓也(矢場)など。愛憎劇より料亭経営ドラマの方に重点を置いた、ほぼ原作に忠実な映像化だった。
2018年10月には、テレビ朝日の「土曜ナイトドラマ」枠(土曜23:15)にて
『あなたには渡さない』のタイトルで2年ぶり3度目の連続ドラマ化(全7話)。脚本は龍居由佳里、福田卓郎。主な出演者は木村佳乃(通子)、水野美紀(多衣)、萩原聖人(旬平)、田中哲司(笠井)、青柳翔(矢場)、荻野目慶子(八重)ら。98年の舞台版で旬平を演じた柴俊夫が前田秀次役で、舞台版で多衣を演じた萬田久子が吉岡鶴代役でそれぞれ出演している。また、多衣役の水野美紀は、2003年の連続ドラマ『
恋文~私たちが愛した男~』で主人公の竹原郷子を演じている。
12/1からは、本編ではほとんど語られない矢場と多衣の関係を描くスピンオフドラマ「あいつには渡さない」がabemaTVで無料配信された(全3話)。
NHK版は原作同様浜松が舞台だったが、こちらは舞台が東京に変更になっている。キク関係など前半のエピソードをいくつかカットし、また終盤の展開も細かく変更されている(小松食堂関係の細々とした変更や、ニューヨーク行きの話のカットなど)。NHK版よりも昼ドラ的な愛憎劇を方を前面に出した演出が特徴。
刊行履歴
初刊:新潮社/1996年2月29日発行
女の度胸。女の意地。女の怖さ。
読みはじめたら止められない
(単行本オビより)
単行本/580ページ/定価1942円+税/絶版
装画/蓬田やすひろ 装幀/新潮社装幀室
文庫化:新潮文庫/1999年3月1日発行/上下巻
浜名湖畔の料亭「花ずみ」。ある日、名女将の後を継いだ旬平から、妻の通子に奇妙な電話が入る。指示された駅で出迎えた初対面の女は、通子に言った。「私、ご主人をいただきにきました」――。取り出した離婚届には紛れもない旬平の署名。こうして、平凡な主婦に甘んじていた通子の闘いは始まった……。愛とビジネス、度胸と意地。女のすべてを描ききり、柴田錬三郎賞を受賞した快作。
(文庫上巻裏表紙より)
頭を使うか、体を使うか……。妻の座と店の主導権をめぐって、二人の女は火花を散らす。倒産、刃傷ざた、政治的スキャンダルと、矢継ぎ早に災難に見舞われるなかで、暴かれる秘密と裁かれる不実。だが、負け戦にもひるまない通子は着実に変貌を遂げていた。「傷は見せびらかせば逆に傷ではなくなる」――捨て身に出た女の大勝負は、意外な展開をたどりながら一気に決着へと向かった。
(文庫下巻裏表紙より)
文庫/上巻369ページ・下巻431ページ/定価上巻552円+税、下巻590円+税/絶版
解説/金子成人(脚本家)
カバー装画/蓬田やすひろ デザイン/新潮社装幀室
再文庫化:集英社文庫/2013年7月25発行/上下巻
浜名湖畔の料亭「花ずみ」の跡取りと結婚した通子。名女将と評判の姑が亡くなりまもなく一年になる日、通子は夫の旬平の指示で一人の女と会う。女は通子に言った――「ご主人をいただきにきました」。とりだした離婚届には、すでに旬平の署名が。この日から、平凡な主婦だった通子の日常は一変、妻の座と店の運命を賭けた闘いが始まった。愛に商売に体当たりする女の生き様を描く、柴田錬三郎賞受賞作。
(文庫上巻裏表紙より)
莫大な借金を背負って新しい「花ずみ」を始めた通子。夫を奪いにきた女・多衣と商売の面ではパートナーとなり、複雑な心境のまま世間の荒波に飛びこんでゆく。従業員の裏切り、痴話喧嘩の果ての殺人未遂と、数々の災難におそわれながら、通子は自らの奥に秘めていた花を咲かせてゆくが、突然の政治スキャンダルに飲みこまれ……。女の表も裏も書き尽くした傑作、怒涛のクライマックス。
(文庫下巻裏表紙より)
文庫/上巻369ページ・下巻430ページ/定価上巻660円+税、下巻700円+税/入手可/電子書籍あり
解説/池上冬樹
カバーデザイン/泉沢光雄
カバー写真/ⒸMASAKAZU IEDA/SEBUN PHOTO/amanaimages Ⓒpieceoflace photography/Flickr Open/Getty Images
最終更新:2018年12月23日 00:01