宵待草夜情(短編集)

  • 分類:短編集
  • 初出:別記
  • 初刊:1983年/新潮社
  • 刊行回数:4回
  • 入手:入手可

解題

明治~戦後を舞台にした、花葬シリーズの系列に連なる5編の短編集。
なぜか『恋文』と並べて恋愛小説のように扱われることが多いが、連城作品のベストを争う傑作ミステリ短編集である。

 作品の価値とは何の関係もないことですが、この作品集に収められている五つの短篇では、女主人公を前面に押しだして、いつも以上に女を絵筆で描こうと努めています。
 背景は、明治から終戦後まで、五つの時代と五人の男です。女性を描く場合、僕は男との関わり合いでしかその心理や表情をつかむことができません。男を見つめる女の目や、男の目に見つめられた女しか描けないわけです。いや、それすらも描ききるなど遠い夢の話ですが、男との懸けひき糸に縺れた女を、その糸とともに描きたいと願ってはいます。男を水面にして、そこに映しだされる女です。男の水面に感情のさざ波がたって、その波に合わせて、歪み、うつろい、時に美しく、さまざまに変化しながら揺れ動く――そんな女を描きたいと思っています。
 したがって、これはまた五つの愛の物語でもあります。
 ミステリーという注文を受けて書いた物ばかりですから、最後まで愛の正体がはっきりと現像されていないものもあります。また最後の逆転で嘘になってしまう前半の愛の話の中に、僕の一番熱っぽい言葉が語られているものもあります。師弟の異形の愛から、ゆきずりの愛まで、愛の形はさまざまですし、五つの名前を付した五人の女主人公も能楽師の継母からバーのマダムまで色々です。
(単行本あとがきより)

 吉川英治文学新人賞を受賞した、五篇収録の短篇集。『戻り川心中』(八〇年)から『恋文』(八四年)に至る時期と位置づけることができるのだろう、いずれも男女の愛憎を軸とし、恋愛小説としての様相が前面に押し出されていながら、本格ミステリとしてもたいへん水準が高いという、連城らしさが確立された感のある傑作短篇集である。
(『本格ミステリ・フラッシュバック』より 執筆者:大川正人)

第5回吉川英治文学新人賞受賞作。また第90回直木賞候補。

 小説のことでも去年半ばより、同じ坂の中途で立ちどまっている。性格の面でも運動神経の鈍い所があって、まだ六年目なのに、もう何度も転倒している。恐くなったのか、迷っているのか、原稿用紙の上で手を動かしながらも、気持ちの足は立ち往生しているのである。どこかの新人賞に他の名で応募して、やり直そうかと真面目に考えたりする。
 応募しなくとも、こういう形で新人賞を貰えたのは、幸運としか言い様がない。
(「群像」1984年5月号掲載 「受賞の言葉」より)

直木賞では源氏鶏太が推したようだが、他の選考委員の賛同が得られなかったらしい。

 連城三紀彦氏の「宵待草夜情」は、女の魔性とでもいうべきものを見事に描き上げている。どの作品にもそれぞれの味わいがあって申し分がなかったし、作者の力量の程を感じさせたのだが、他の委員の賛成が得られなかった。
(「オール讀物」1984年4号掲載 第90回直木賞選評 源氏鶏太「豊作」より)

『宵待草夜情』の作者は、自分の文章に酔いすぎている。その割に、読者に訴える力は弱い。せっかくの才能を、大切にしてほしい。
(同号掲載選評 村上元三「二作を推す」より)

 連城三紀彦、西木正明の両氏は、すでに読んだもののほうに水準の高い作品があって、それが影響したせいか、今一歩の感をうけた。
(同号掲載選評 五木寛之「それぞれに魅力あり」より)

 連城三紀彦さんにも期待したが、無理な筋はこびが、骨になって刺さった。むずかしい世界だ。妖しさがあって魅かれはするが、うんと云わせる説得性に欠ける。これはなぜだろう。大正でも、昭和初期でも、明治でもいい。じっくりと女性描写をやってもらいたいものだ。筋はこびより人間の面白さにである。悲しみは自然と出よう。腕のある人だから。
(同号掲載選評 水上勉「それぞれの世界」より)

 連城三紀彦さんの『宵待草夜情』は「昭和枯れすすき」をむりやりミステリーに仕上げたという印象で説明過多。ミステリーを捨てる時がきているのではないか。
(同号掲載選評 山口瞳「やや大安売の感」より)

一方、吉川英治文学新人賞は無事に受賞したが、こちらでもミステリ的な仕掛けにこだわる姿勢が議論となったようで、大方の選考委員から、ミステリ畑の佐野洋からさえ「無理にミステリーにしなくても……」というようなことを言われている。

 これはこっちの勝手な思い込みかもしれないが、「宵待草夜情」の作者は仕掛けに対する猛烈な愛情の持主らしい。原稿用紙を企みの場ときめて、そこへ仕掛けを仕掛けて仕掛けて仕掛け抜く。まことに壮烈である。ときには自分の仕掛けた仕掛けに自分が振り回されて自滅してしまうこともあるが、それもまた仕掛け人の栄光というもの、これからもその仕掛けでわれわれ読者を思う存分に振り回していただきたい。この仕掛けの道は行けば行くほど先細りになるはずであるが、この作者には、目の詰んだ緻密な文章を紡ぎ出すことができるという武器もある。その武器で難敵の先細りの道を広く拓いていただきたい。
(「群像」1984年5月号掲載 第五回吉川英治文学新人賞選評 井上ひさし「選評」より)

 連城三紀彦の作品は「幻影城」の新人賞で登場した時から読んできたが、大正期の抒情画を思わせる心理ミステリーの独特な味は、きわめて印象的だった。「宵待草夜情」は五つの短篇から構成されており、いずれも男と女の宿命的なかかわり合いを描いている。時代は明治から昭和までいろいろあるが、作品の色づけは変らない。むりしてミステリアスな構成や結末の意外性をねらわなくても充分やってゆける作家だとは思うが、これまでの仕事をふくめて私は一票を入れた。
(同号掲載選評 尾崎秀樹「選評」より)

 実は、連城氏はこれまでにも二度候補になっている。二度とも短編集であり、そのことが損だったようだ。短編集の場合、掲載作品にむらがあると、どうしても評価がマイナスに働く。その点今回の「宵待草夜情」は、連作集で一本筋が通っており、五つの作品の粒も揃っていた。ただ、作者自身も認めていることだが、ミステリー仕立てにしたための無理が、いくつか目についた。氏は思いきってこれまでの自分の世界を捨てるか、あるいはミステリーを離れるか、難しいところに立っていると思う。
(同号掲載選評 佐野洋「選後所感」より)

『宵待草夜情』は、こしらえ十分の作品、曖昧ないい方だけれど、もう一つふっ切れればと、作品を読むたびに感じる。どんどん、世界をせまくしている。このジャンルにおける「内政」は、考えものだと思うけれど、しかし、資質ならばいたしかたない。
(同号掲載選評 野坂昭如「選評」より)

 連城三紀彦氏については、これで肩の荷がおりたという感がして、ほっとしている。
 この賞の候補にあがること三回。そのつど大変な力を見せつけられ、入選必至と思って選考の席にのぞむのだが、二度とも他の作品に賞が行ってしまった。
 今回は文句なく連城氏に賞が行った。氏の作品群は、ひとつのジャンルであると考えている。いろいろな見方がろうが、その考えかたなら、受賞は当然であろう。
(同号掲載選評 半村良「選評」より)

各作品の扉(単行本では扉の裏のページ、新潮文庫版以降は扉のタイトルの下)に、〈第○話・○○〉と各話のヒロインの名前が記されている(これは『運命の八分休符』も同様)。

表題作タイトルの「宵待草」は、竹久夢二作詞の大正期の流行歌から。作中にも登場する。なお植物の名前としては「待宵草(まつよいぐさ)」が正しい。

能師の妻」は、花葬シリーズの1作「桜の舞」として「幻影城」誌上で予告されていた作品。
また「花虐の賦」は特に連城ファンの間で評価が高く、オールタイムベスト・連城三紀彦短編で「戻り川心中」を抑えて1位に輝いた。

新潮文庫版、ハルキ文庫傑作コレクション版とも早くに品切れとなってしまい、入手困難な時期が長かった。
2015年にハルキ文庫から新装版が出たものの、既に書店では見かけにくくなっている。この調子ではまた数年で品切れになりかねないので、ミステリ界での再発見・再評価が望まれる短編集である。

2015年に中国語版が出版されている。→中国版amazon

各種ランキング順位

  • 『このミステリーがすごい!2014年版』「復刊希望!幻の名作ベストテン」 3位

収録作

能師の妻 〈第一話・篠〉

  • 初出:「別册文藝春秋」1981年夏号
  • 雑誌時挿絵:鈴木博

野辺の露 〈第二話・杉乃〉

  • 初出:「小説新潮」1982年9月号
  • 雑誌時挿絵:文月信

宵待草夜情 〈第三話・鈴子〉

  • 初出:「小説新潮スペシャル」1981年秋号
  • 雑誌時挿絵:味戸ケイコ

花虐の賦 〈第四話・鴇子〉

  • 初出:「小説新潮」1982年2月号
  • 雑誌時挿絵:文月信

未完の盛装 〈第五話・葉子〉

  • 初出:「別冊小説現代」1982年冬号
  • 雑誌時挿絵:上村一夫

刊行履歴

初刊:新潮社/1983年8月25日発行

闇の中で、ついと流れては消える螢の光のように、儚く美しい男と女の魂のふれあい
愛の輝きと生の憂愁。その妖しくも哀切な抒情の世界を新感覚で綴る愛のミステリー傑作集!
(単行本初版オビより)

単行本/237ページ/定価980円/絶版
あとがきあり
装画/味戸ケイコ

文庫化:新潮文庫/1987年2月25日発行


胸を病み、ある事情から絵筆を捨てた絵描きの「私」は、結核で夫を亡くした寂しげな影をもつカフェの女給鈴子とめぐり会う。「私」は鈴子と親しくなるが、彼女にはなにか秘密があるらしい。『血は悲しい色』と言う鈴子。その秘密を握る女給の照代が殺された……。愛の輝きと生の憂愁を綴る表題作をはじめ、五人の女たちの姿を通して、計り知れない愛と憎しみの謎に迫る叙情にみちた五編。
(文庫裏表紙より)

文庫/306ページ/定価427円+税/絶版
解説/山田耕大(映画プロデューサー)
カバー/横井照子

再文庫化:ハルキ文庫/1998年7月18日発行


「さっき、棄てるっていったのは命のこと?――命の棄て場所を探してるってこと?」。友人を裏切り、人生を自堕落に過ごしている古宮の前に現れた女性・鈴子。彼女もまた、悲しい宿命を持った者だった。大正の東京を舞台とした、はかない男女の交歓を軸に描かれる表題作をはじめ、「能師の妻」「野辺の露」「花虐の賦」「未完の盛装」の全五篇を収録した傑作ミステリー集。
(文庫裏表紙より)

日下三蔵編《連城三紀彦傑作推理コレクション》第2回配本
収録作の異動なし

文庫/305ページ/定価667円+税/品切れ
解説/泡坂妻夫
装画/宇野亜喜良 装幀/芦澤泰偉

新装版:ハルキ文庫/2015年5月18日発行


大正九年の東京。祭りの夜に、カフェ「入船亭」の女給・照代が殺された。着物を血に染めて店を出てきたのは、同じ店で働く鈴子。鈴子の恋人・古宮は、彼女が殺したのかと考えるが――。はかない男女の哀歓を描き、驚きの結末を迎える表題作ほか五篇。人の心の底知れぬ謎、深く秘められた情念から、予想をはるかに超える真実が立ち上がる。不朽の傑作ミステリー、待望の新装版。
(文庫裏表紙より)

文庫/305ページ/定価700円+税/入手可
解説/泡坂妻夫(旧版と同内容)
装画/池永康晟「日没・志麻」 装幀/鈴木久美

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最終更新:2017年08月10日 13:13