- 分類:連作短編集
- 初出:別記
- 初刊:1983年/文藝春秋
- 刊行回数:3回
- 入手:入手可
解題
連城三紀彦唯一のシリーズ探偵・
田沢軍平を主人公にした連作短編恋愛ミステリー。
一見連城らしからぬ軽めのユーモア・ミステリーだが、中身は連城印の傑作集である。
なおヒロインの名前は、全員が「しょうこ」と読める名前になっている。
名探偵は作者の分身だと言われます。
田沢軍平も、実は僕という一人称です。
当然ながら迷探偵であり、エリート派ではなく落ちこぼれ派です。
(単行本あとがきより)
表題作「
運命の八分休符」のトリックは、山村美紗の作品に前例があることを、単行本あとがきで断っている。
この連作中の一話に出てくる電話トリックは、山村美紗さんが既に長篇のトリックの一つに使っておられたものです。あくまで偶然ですし、既に御当人にはお詫びしてありますが、ミステリの世界では重要なことです。改めてこの場でお詫びと謝意を表させていただきます。
(単行本あとがきより)
ちなみに表題作は「幻影城」廃刊後、連城三紀彦が他社の文芸誌に初めて発表した短編。
「オール讀物」の編集者から「
消えた新幹線」のような作品が欲しい、と求められて書いたそうである。
――オール読物に最初に書いたのは、所謂
花葬シリーズとは違って、「運命の六分休符【引用者註:原文ママ】」(55年1月)という……。
「まあ全く偶然ですけれども、山村美沙【原文ママ】さんに同じトリックがあって、こないだ美沙さんにお会いしたら、言われまして。(笑)だから一番初めの幻影城の時に、三つ出しました。一度に三つ出した時があったんですけど、それぞれの社からひとつひとつの、――「
藤の香」と「消えた新幹線」と「
メビウスの環」というの出したんですけど、例えば講談社は「藤の香」みたいなのが欲しいって云う。それから文春は「消えた新幹線」みたいなものが欲しいっていう感じできましたんで、一応合わせて書いてます」
(「地下室」1982年9月号 「特別例会報告4」より)
当時まだ現役で流通していた(?)ためか、1998~99年にかけてハルキ文庫で刊行された《連城三紀彦傑作推理コレクション》には入らなかった。それもあってか、連城の初期作品の中ではやや影が薄い。しかし本書をお気に入りに挙げる者も少なくない。
たとえば香山二三郎は「本の雑誌」2011年2月号の「連城三紀彦の10冊」で、『
夜よ鼠たちのために』や『
宵待草夜情』を差し置いて本作を選んでいる。当該の文章は『この作家この10冊』(本の雑誌社、2015年)に収録。
初期の短篇集では、デビュー作を収めた本来の第一作品集『
変調二人羽織』を始め、多彩な作風に彩られた『夜よ鼠たちのために』、第五回吉川英治文学新人賞の受賞作を収めた『宵待草夜情』なども要チェックだが、そうした中から『運命の八分休符』を選んだのは、シリーズものの少ない連城小説にあって数少ない連作ミステリーであること、野暮な硬派でニートな青年田沢軍平の失恋劇をいっぽうの軸にしたユーモアもの仕立てであることに因る。連城三紀彦には、愛憎劇をベースにしたシリアスな作風の作家というイメージを持っておられる人が少なくないと思うが、何を隠そう、当人はユーモアものが大好物。上質なユーモアを湛えた作品も幾つかあって、本書はその貴重なひとつなのである。収録された五篇では別々の美女を相手に素人探偵を演じることになり、モテないわけじゃないのだが、恋が実るということもない。ユーモア仕立てではあるけど、その顛末にフーテンの寅さんドラマにも似た哀愁が漂っているところがミソだ。
(香山二三郎「連城三紀彦の10冊 超絶技巧作家の語りと騙り」より)
また、法月綸太郎や北村薫といった本格ミステリマニアの作家も本作をお気に入りの作品に挙げている。数少ないシリーズ探偵ものであるというところは大きいのだろう。
法月: やはり今でも一番覚えているのって、大学の時に読んだものなんですよね。1、2年目は連城三紀彦と泡坂妻夫を必死で読みました。インパクトは大きかった。泡坂さんだと、やはり『亜愛一郎シリーズ』ですね。連城さんの短編も水準が高くて、どれかに絞れと言われても両手でも足りない。一番ポピュラーなのは『戻り川心中』。でも、連城三紀彦が好きな人でも、どの本が好きかは分かれるんですよ。『夜よ鼠たちのために』はあきれるほどトリッキーだし、『宵待草夜情』には「能師の妻」や「未完の盛装」があるし…。僕はあまりみんなが挙げない『運命の八分休符』が好きなんです。これだけ同一キャラの連作になっていて、僕は昔からシリーズ名探偵が好きなので。本の佇まい自体が好きなんですが、この中の「観客はただ一人」という短編がお気に入りなんですよね。連城さんの短編の中ではおとなしいほうだと思いますが、逆転の発想であっと言わせます。
「
作家の読書道 第59回:法月綸太郎さん」より)
北村薫は宮部みゆき『我らが隣人の犯罪』文春文庫版解説で本書を近年の収穫に挙げているほか、「小説トリッパー」1995年冬季号の企画「ミステリー通になるための文庫本100冊」の中で連城作品から本書を挙げている。
『運命の八分休符』も新本格の優れた作品。表題作よりも、それに続く作品に驚かされます。こういうことを、とっくにやっているんだ、連城三紀彦は凄いっ、という感動があります。
(「小説トリッパー」1995年冬季号 北村薫「ミステリー通になるための文庫本100冊」より)
初期短編集の中ではなかなか復刊の機会に恵まれず、長い間新品では手に入らなかったが、2020年5月、創元推理文庫から復刊された。解説は岡崎琢磨。創元推理文庫からは先んじて2018年に松浦正人編の『
六花の印 連城三紀彦傑作集1』『
落日の門 連城三紀彦傑作集2』の傑作集2冊が出ているが、再編集ではない単著が創元推理文庫入りするのは初。
収録作
- 初出:「オール讀物」1980年1月号
- 雑誌時挿絵:山本福成
- 初出:「オール讀物」1981年3月号
- 雑誌時挿絵:山野辺進
- 初出:「オール讀物」1982年4月号
- 雑誌時挿絵:深井国
- 初出:「小説推理」1982年12月号
- 雑誌時挿絵:中原脩
- 初出:「オール讀物」1983年2月号
- 雑誌時挿絵:文月信
刊行履歴
初刊:文藝春秋/1983年3月20日発行
マンションで料理中に殺された美女。しかし容疑者には鉄壁のアリバイがあって……事件は奇妙な発端から意外な展開をみせてゆく。
さて、怪事件を解決すべく登場するのは――
安物のシャツに穴あき靴で身を固め、どんぐりマナコに分厚いメガネ、早くもうすくなった髪をなびかせて、ガニ股でさっそうと――ではない、もっさりとして、野暮を絵に描いたような名探偵・軍平。
ところがどうしたことか、そんな軍平クンに、美しくて魅力あふれるモデル、女医、不良少女、人妻、ホステスがふれなばおちんという風情で濡れた瞳をじっとむけるのであるが……果してもてているのやら、ないのやら。
(単行本オビより)
単行本/237ページ/定価1100円/絶版
あとがきあり
装幀/安彦勝博
文庫化:文春文庫/1986年5月25日発行
相ついで起った五つの難事件に立ち向う田沢軍平クンは、どんぐりまなこに分厚いめがね、早くも薄くなりかけた髪とたまりにたまったアパート代を気にしながらモッサリと登場!? しかしこの軍平クン、モデル・女医・人妻から薄幸のホステス・不良少女にまでなぜかモテモテで――人気沸騰の著者唯一のユーモア・ミステリー連作。
(文庫裏表紙より)
文庫/269ページ/定価380円/絶版
あとがきあり(単行本と同一内容) 解説なし
カバー/駒田寿郎
再文庫化:創元推理文庫/2020年5月29日発売
困ったひとを見掛けると放ってはおけない心優しき落ちこぼれ青年・軍平は、お人好しな性格が災いしてか度々事件にまきこまれては素人探偵として奔走する羽目に。殺人容疑をかぶせられたモデルを救うため鉄壁のアリバイ崩しに挑む表題作をはじめとして、数ある著者の短編のなかでもひときわ印象深い名品「
観客はただ一人」など全五編を収める。軽やかな筆致で心情の機微を巧みにうかびあがらせ、隠れた傑作と名高い連作推理短編集。
(内容紹介より)
文庫/288ページ/定価780円+税/入手可
あとがきあり(単行本・文春文庫から再録) 解説/岡崎琢磨
カバーイラスト/早川世詩男 カバーデザイン/岩郷重力+t.f
最終更新:2020年06月09日 03:08