- 別題:『恋文・私の叔父さん』(2012年、新潮文庫新装版以降)
- 分類:短編集
- 初出:別記(全て「小説新潮」)
- 初刊:1984年/新潮社
- 刊行回数:3回
- 入手:入手可(電子書籍あり)
解題
「小説新潮」に発表された恋愛小説5編を収録した短編集。現在は
『恋文・私の叔父さん』として新潮文庫で読める。
言わずと知れた
第91回直木賞受賞作。なお収録作のうち「
紅き唇」はその1年前、雑誌発表時点で第89回直木賞候補となっている、そのため、厳密に言えば第91回で実際に直木賞候補となったのは残りの4編、というのが正確。
新人のまま綻びができてきたなと、この頃特にそう感じます。受賞作は、その綻びの穴から仕方なくこぼれ出してしまった本音のようなものです。多少の才能はあるだろうかと自惚れてみても、それはスリ切れるばかりで、鞣し革の味にはなってくれません。
いろんな人からお祝いの言葉をもらって、もちろん喜んではいますが、ボロ着に賞という晴れがましい徽章はサマになるかどうか、ちょっと、いや、トテモ心配しています。
(「オール讀物」1984年10月号掲載「受賞のことば」より)
ミステリ色をかなり薄めた恋愛小説集(実際はミステリとしての鑑賞にも充分に耐えるが)。
これまで『
宵待草夜情』などのミステリ仕立てに難色を示していた選考委員(特に山口瞳と水上勉)は、こぞってこの路線を歓迎し、選評を読む限りほぼ満場一致で受賞が決まったようである。
『恋文』の連城三紀彦さんに、以前、ミステリーを離れる時期が来ているのではないかと申し上げたことがある。こんどの短篇集には殺人がなく、はたして、格段に良くなったことを喜びたい。とにかく、お話を造りあげる才能に感嘆する。しかし、依然として、小説づくりに律儀でありすぎて、説明過多になるのが難。「無理に小説にしようと思わないほうがいい」と老婆心ながらアドバイスする。
(同選評 山口瞳「林真理子さん」より)
連城三紀彦さんの「恋文」「
十三年目の子守唄」に感心した。小説づくりの巧みさでは定評があり、独得の世界である。これまで何度か候補にあがり、授賞は逸したが、どこをめくってもこれは連城だ、というものがあった。そのことには瞠目もし、もう少し、筋立てに無理のないものをと注文したおぼえがある。今回はその無理のないところがあって、しかも文章がいい。推理をはなれて、人間を描くところにこの人の世界はもっともっとひらけるだろう。授賞を心から祝福する。私はこの人の妖しい感性に関心をもっているのだ。
(同選評 水上勉「感想」より)
とかくこの頃の直木賞選考会ではミステリーであるというだけで評価を下げられがちで、
泡坂妻夫もこの直木賞のミステリ嫌いによって落とされ続けることになる。
ミステリファンの目からすると「余計なお世話」と言いたくなるが、まあそれは置いておこう。
興味深い選評としては、五木寛之の選評も引いておきたい。
受賞作の連城三紀彦氏の〈恋文〉に関しては、まず誰が見ても異存のないところだろう。第八十九回に候補となった〈
紅き唇〉に、いささか趣向過多の感じをうけた氏の作風も、こんどはすっきりとまとまって、造花の美が時には現実の花よりリアリティを感じさせることがあるという、小説ならではのたのしみを充分にあじあわせてくれた佳作となった。
(同選評 五木寛之「薄暮の時代を映す二作」より)
現実にも、小さな名場面があります。
素人の人が、偶然、役者顔負けのいい表情を見せ、いい言葉を語ることがあります。
僕が多少とも関わり合った人たちのそんな顔や言葉を、撮影や録音ができなかったかわりに、ささやかな物語を借りて、活字にしたいなと思いました。「紅き唇」のように母の実話めいた話もあれば、「私の叔父さん」のように二人を本名に近い形で登場させながら、前述の荻窪の雨の小景から勝手に創りあげた、事実無根のドラマもあります。
他にも身近な、あるいは二、三度会っただけの人たちが、ほとんど実名で出てきます。
作品中の幾つかの言葉は、現実の耳で僕が聞いたものです。
そういった、僕に小さな名場面や名台詞をくれた素人のしたたかな名優さんたちへの、これは、表題通り、僕の〝恋文〟です。
(単行本あとがきより)
直木賞受賞時にはかなり売れたようで(筆者の手元にある単行本では、刊行から4ヶ月で11刷に達している)、ちょっとした連城フィーバーが起こったようだ。連城三紀彦は84年の紅白歌合戦の審査員にまで選ばれている。
そしてこれが、その後連城三紀彦が一般に恋愛小説家として扱われるようになる大きなきっかけとなる。
なお本書は初期の連城作品では唯一、おそらく一度も品切れになったことがない(はず)。
瀬戸内 私は今度の対談で、とてもおそまきで失礼だったんですけど、お作をいろいろ拝見したんですよ。それで非常に感動したし、人気のよってくる因というのが、よくわかったんですけどね。連城さんの小説は、この世にはあり得ないような、非常に美しい無償の愛をお書きになるんですね。『恋文』に入っているのは、特にそうだと思うんです。
連城 そうですね、どちらかというと僕としては、犠牲というのを書きたかったというのがありまして。あれは一応恋愛小説という形で売られていますけれども、本人としては、今の時代で一番ないものは何かと思ったら、義侠心みたいなものというか、自分の気持を多少やりくりして他人に回すとか、そういう気持が今一番欠けているような気がしたし、僕自身が非常に我儘で、この年でまだ気持悪いことに甘えたがりの一面なんかあったりするものですから、そういう人を望むわけですよね。
それで、人のために一肌脱ごう、という人たちの話を書いてみたい、というのがあったんですけれども、ただ、小説というのは自分の書きたいものがそのまま出せるというものではなくて。今おっしゃったような無償の愛というのは高潔すぎて、あんまり意識してなかったんですが……。
(瀬戸内寂聴×連城三紀彦 対談「愛の夢をみつづける」より)
非常なレアものとして、初版オビに背表紙部分の「吉川英治文学新人賞受賞の著者」の文字がないバージョンが存在するという。
先日、神田の同業の方からの紹介とのことで、初老のお客が一冊の本を持参された。と言っても天下の珍本稀本の類などにはこれっぽちも縁も無い、多分現代文学の初版本を扱う店でも売価二、三千円。郊外では均一の棚に転がっていそうな小説本である。
昭和五十九年新潮社より刊行された「恋文」。著者の連城三紀彦はこの作品で直木賞を受賞、前作で吉川英治文学新人賞受賞している。こんな、いわゆる業界用語で白っぽいピカピカの本を何のためにわざわざ東京外れの池上まで持参してきたのか、戸惑いつつ対応したのだが、その客が言うには「是非この本の帯を鑑定して頂きたい」とのことであった。鑑定などとは相手が違うと思いつつもとにかく拝見したのだが、なるほどそれは今までに目にした事の無いもので、一般に流布している「吉川英治文学賞新人賞受賞の著者」の背文字印刷が無い。入手状況を伺うと、本の発売初日新宿の大型書店の店頭で購入したとの事であった。推測だがカバー・帯共に既に刷り上がっていたところにこの受賞の知らせが入り、急遽作成し直したのではなかろうか。その時廃棄したはずのオリジナルが誤って数冊出荷されたものと思われる。そう結論づけたのだが、白っぽいとは言え、既に刊行から十八年が経過しているので事実を確認するのは困難である。ところで、一体それが何なんだ、本の帯は別称(蔑称?)コシマキ、売らんが為出版社の宣伝用に便宜的に作られた付属品に過ぎない。たかがそんな帯一本に、推測だ事実の確認だのと大袈裟な事を言うなと思われるかも知れないが、この帯紙一本に五万いや十万の値が付けられ、マニアが獲得に血眼になっているとしたら、話は変るのではないだろうか。事実、前述の金額で是非譲ってほしいとの希望者がこのお客の周囲には何人もいると言う。
(「
古本屋のエッセー 第1回 飾り物の価値」より 執筆者:大場啓志(龍生書林))
ちなみに第5回吉川英治文学新人賞の受賞作決定は1984年3月15日、『恋文』の初版発行は奥付表記で1984年5月15日である。仮に実際の発売日はもう少し早かったとしても差し替える時間は十分にあったはずで、上記の文章の通り出荷ミスで出回ったものなのだろう。
表題作「
恋文」は1985年に神代辰巳監督・萩原健一主演で映画化。2003年にはTBS系で『恋文 〜私たちが愛した男〜』として連続ドラマ化された。
また文庫版の解説を書いている荒井晴彦は1995年のテレビドラマ版「
私の叔父さん」(単発ドラマ、奥田瑛二主演)で脚本を担当している。
2012年には「
私の叔父さん」が細野辰興監督・高橋克典主演で映画化されたのに伴い、新潮文庫版が『恋文・私の叔父さん』と改題され新装版として刊行された(改題だけで中身は解説まで含めて同一。ただし文字が少し大きくなったためページ数が増えている)。
収録作
- 初出:「小説新潮」1983年8月号
- 雑誌時挿絵:北村治
- 初出:「小説新潮」1983年4月号
- 雑誌時挿絵:早川良雄
- 初出:「小説新潮」1983年10月号
- 雑誌時挿絵:長友啓典
- 初出:「小説新潮」1984年3月号
- 雑誌時挿絵:畑農照雄
- 初出:「小説新潮」1984年2月号
- 雑誌時挿絵:早川良雄
刊行履歴
初刊:新潮社/1984年5月15日発行
幸福だった結婚の破綻、実らなかった恋心、雨の日の別離……。過去った思い出に苦笑しつつ、なお人はまた誰かを求めずにはいられない。
現代に生きる若い男女が交わす、細やかな人情のドラマ!
(単行本初版オビより)
単行本/213ページ/定価950円/絶版
あとがきあり
装幀/早川良雄
文庫化:新潮文庫/1987年8月25日発行
マニキュアで窓ガラスに描いた花吹雪を残し、夜明けに下駄音を響かせアイツは部屋を出ていった。結婚十年目にして夫に家出された歳上でしっかり者の妻の戸惑い。しかしそれを機会に、彼女には初めて心を許せる女友達が出来たが……。表題作をはじめ、都会に暮す男女の人生の機微を様々な風景の中に描く『紅き唇』『十三年目の子守歌』『
ピエロ』『私の叔父さん』の5編。直木賞受賞。
(文庫裏表紙より)
文庫/240ページ/定価400円/絶版
解説/荒井晴彦(脚本家)
カバー/早川良雄 デザイン/新潮社装幀室
改題新装版:新潮文庫/2012年2月1日発行
マニキュアで描いた花吹雪を窓ガラスに残し、部屋を出ていった歳下の夫。それをきっかけに、しっかり者の妻に、初めて心を許せる女友達が出来たが(「恋文」)。二十一の若さで死んだ、姉の娘。幼い子供を抱いた五枚の写真に遺された、姪から叔父へのメッセージとは(「私の叔父さん」)。都会の片隅に暮す、大人の男女の様々な〈愛のかたち〉を描く五編。直木賞受賞。『恋文』改題。
(文庫裏表紙より)
文庫/270ページ/定価438円+税/入手可/電子書籍あり
解説/荒井晴彦(旧版と同一内容)
カバー装画/最上さちこ デザイン/新潮社装幀室
最終更新:2017年03月27日 15:04