黄昏のベルリン

  • 分類:長編小説
  • 初出:書き下ろし
  • 初刊:1988年/講談社
  • 刊行回数:3回
  • 入手:古書のみ(電子書籍あり)

あらすじ

 壊れた日除けから、太陽は容赦なく押しいってきて、壁を、床を、寝乱れたベッドを、闇と光に細かく刻み分けながら、部屋の隅々までを夏の熱気で埋めつくしている。窓辺の、一昨日市場で買った赤い蘭はもう萎れかけていて、その最後の匂いと、テーブルの上に倒れた、瓶からこぼれだした酒の匂いとがぶつかりあって、熱気をいっそう堪え難いものにしている。彼女はいらだった指で髪を掻きむしり、日除けの紐を何度も引いてみたが、半開きになったままビクとも動こうとしない。

画家の青木優二は、突然現れた謎のドイツ人の美女・エルザから、自らの出生の秘密を聞かされる。第二次大戦中、ナチスの強制収容所に送られた日本人の女が生んだ赤ん坊が青木だというのだ。青木を実の母親と再会させたいというエルザら〝組織〟の言葉に嘘を感じとりながらも、青木は謀略渦巻くヨーロッパへと旅立つ――。

登場人物

  • 青木優二
    • 画家、美術大学の講師。
  • エルザ・ロゼガー
    • ベルリンからの留学生。
  • マイク・カールソン
    • ニューヨークの清涼飲料水会社社員。
  • ソフィ・クレメール
    • ガウアー強制収容所の生存者。
  • ブルーノ・ハウゼン
    • 東ベルリンから西ベルリンへ脱出した青年。
  • ホルスト・ギュンター
    • 東ドイツの元大物政治家。
  • エドワルト・ヘルカー
    • ブルーノの世話をする男。
  • エディ・ジョシュア
    • ユダヤ系の演劇青年。
  • マリー・ルグレーズ(マルト・リビー)
    • 元ナチス将校。「鉄釘のマルト」
  • ハンス・ゲムリヒ
    • 元ナチス親衛隊。
  • 野川桂子
    • 青木の生徒。
  • 三上隆二
    • リヨンの通訳の青年。
  • 山崎三郎
    • ベルリンの通訳の青年。
  • ニシオカ
    • ベルリンの日本人商社マン。
  • リタ
    • リオデジャネイロの娼婦。

解題

講談社の叢書《推理特別書下ろし》から書き下ろし刊行された国際謀略ミステリ。
連城三紀彦が生涯に単行本書き下ろしで刊行したのは本作と『暗色コメディ』のみ。

当時は船戸与一・逢坂剛などに代表される冒険小説ブームのただ中であったとはいえ、日本的な情緒の中で男女の愛憎を描く作家というイメージの強い、特に直木賞以降は恋愛小説に傾斜していた連城三紀彦が、突如として国際謀略小説を出したというインパクトは相当に大きかったようである。

 それはまるで演歌の歌い手が突然タキシード姿で現れピアノをバックにバラードを歌い始めたかのような変身ぶりであった。いや、演歌歌手というたとえは連城三紀彦には似つかわしくない。氏が熱烈な映画ファンであることを考えれば、あるいはこのようにたとえるべきなのかもしれない。紫禁城に幽閉された中華服姿の清国皇帝からタキシード姿のプレイボーイへと華麗な変貌を見せた、あの映画「ラストエンペラー」のジョン・ローンのようだった、と。
 本書『黄昏のベルリン』が世のミステリー・ファンに投げかけたショックはかくも大きかった。実際、日本的な背景、舞台装置の中で、男女が織り成す心理の葛藤をミステリアスなタッチで描き続けてきた氏が、一転してネオ・ナチスをテーマにした国際謀略小説にチャレンジするとは誰も予想だにしていなかったに違いない。
(講談社文庫版 香山二三郎「解説」より)

題材は異色だが、物語の背景は男女の愛憎であること、『敗北への凱旋』や『女王』に連なる疑似歴史小説という側面の強いことなど、本質的には連城らしい長編である。
なお、出版時期的に当然なのだが東西ドイツの統一以前が舞台であり、ベルリンの壁の存在が大前提であるため、ドイツ分割時代を知らない世代の読者には少々馴染みにくいかもしれない。

「――(ダッシュ)」のみで視点を切り替える手法は、のちに短編「それぞれの女が……」などでも使われている。

「このミス」3位、「週刊文春」1位と、『恋文』以降の連城作品では最もミステリ界で高く評価された作品。
2007年に文春文庫から復刊されたが、2014年頃に品切れとなり、現在は新品では入手できない。文春文庫版が電子書籍版として出ているので、そちらでは読める。

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刊行履歴

初刊:講談社/1988年8月30日発行


東西ドイツを引き裂く高い壁!
男と女の愛は乗り越えられるのか?
大晦日のホテルで出逢った青木とエルザを待っていたのは国際謀略の渦だった――。
(単行本初版オビより)

単行本/358ページ/定価1100円/絶版
装幀/安彦勝博 カバー写真/秋山忠右 表紙・扉/タイムズ世界地図帳(第七版)より

文庫化:講談社文庫/1991年7月15日発行


四十余年の時の流れに塗り込められた驚異の秘密の謎解きに、一人の〝日本人〟が巻き込まれた! ――リオデジャネイロ、ニューヨーク、東京、パリ、そしてベルリンと、世界の大都市を結んで展開する国際的謀略事件が、一転また一転、意外極まる結末へ。壮大かつ緻密な仕掛けの、長編ミステリー・ロマン。
(文庫裏表紙より)

文庫/406ページ/定価544円+税/絶版
解説/香山二三郎
カバー装画/栗原裕孝 デザイン/菊地信義

再文庫化:文春文庫/2007年10月10日発行


画家・青木優二は謎のドイツ人女性・エルザから、第二次大戦中、ナチスの強制収容所でユダヤ人の父親と日本人の母親の間に生まれた子供が自分だと知らされる。平穏な生活から一転、謀略渦巻くヨーロッパへ旅立つ青木。1988年「週刊文春ミステリーベスト10」第1位に輝いた幻の傑作ミステリーがいま甦る!
(文庫裏表紙より)

文庫/441ページ/定価800円+税/品切れ/電子書籍あり
解説/戸川安宣
装丁/石川絢士

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最終更新:2017年06月28日 23:10