女王

  • 分類:長編小説
  • 初出:「小説現代」1996年3月号~1998年6月号
  • 雑誌時挿絵:井筒啓之
  • 初刊:2014年/講談社
  • 刊行回数:2回
  • 入手:入手可(電子書籍あり)

あらすじ

 私が最初にその病院を訪れたのは、昭和五十四年のことだから十……そう、十七年前の真冬の一日だった。
 診察室の椅子に座ると、初老の医師は、受付からまわってきた用紙にざっと目を走らせながら、まず「年齢は?」と訊いてきた。
「二十九です」
 と私が答えると、医師はカルテにその数字を書きこもうとした手を、ふと止めて、
「年齢……間違ってるでしょう?」
 そう言いながら、私の顔を見たのだった。医師の目は二十九才という年齢と私の顔とにある落差に気づいたのだ――私は一瞬そう感じて、
「だったら、先生から見て僕は何才ですか」
 とまじめな声で訊いた。眼鏡をかけた医師は、レンズごしの視線でまだ当惑気味に私を見ていた。私を見つめながらも、視線が私には届ききらないような……そのことでいらだっているような目だった。

昭和二十四年生まれの荻葉史郎には、なぜか東京大空襲の記憶があった。彼を診察した精神科医の瓜木は、大空襲の夜、確かにこの男に会っていたことを思い出す……。十七年後、瓜木は史郎とその妻の加奈子とともに、史郎の祖父・祇介の謎の死と、史郎の記憶の謎を探る旅に出る。邪馬台国研究者であった祇介はなぜ吉野へ向かい、若狭で死んだのか……?

登場人物

  • 私(荻葉史郎)
    • サラリーマン。昭和24年生まれ。
  • 荻葉祇介
    • 史郎の祖父。邪馬台国研究者。昭和47年の大晦日に若狭で死去。
  • 荻葉春生
    • 史郎の父。
  • 瓜木
    • 精神科医。
  • 荻葉加奈子
    • 史郎の妻。祇介の助手をしていた古代史研究者。旧姓秋月。
  • 荻葉紀世
    • 史郎の娘。大学生。
  • 有沢陵一
    • 洛北大学の古代史の助教授。昭和48年に事故死。
  • 村木新次
    • 若狭署の刑事。
  • 神崎周三
    • 若狭署の刑事。
  • 薄田匠三
    • 祇介の日記に登場する染物絵師。
  • 薄田ミネ
    • 匠三の妻。
  • 薄田姫子
    • 匠三の娘。


解題

処刑までの十章』とほぼ同時に刊行された、なんとびっくり、邪馬台国の謎に挑む歴史ミステリー長編。
1996年から98年にかけて「小説現代」で連載されたあと、何度も刊行が予告されながら延期され続けた大作。
ちなみに連載時の挿絵を担当した井筒啓之は、本作と篠田節子『女たちのジハード』の挿絵により、第29回講談社出版文化賞さしえ賞を受賞している。

連城は『このミステリーがすごい!'99年版』の「私の隠し玉」のコーナーで99年中に刊行したい旨を語っている。

もともと埃のたまりやすそうな古くさい作品が多いけれど、時代とのずれはますますひどくなってきた。それならいっそ「時代とのずれ」をテーマにしてみようと、自転車操業的発想で三年前に連載を始めた『女王』という長編がある。記憶とも妄想ともつかぬものを武器に時の流れをさかのぼり、卑弥呼にたどりつこうとする現代の男の話なのだが、自転車では千数百年前まで走り通せず……一応、連載を負えた(註:原文ママ)ものの一年近く「故障中」だ。まあ来年中には何とか埃だけでも払って、錆びついた自転車での奮闘ぶりを見ていただこうと思っているのですが……。
(『このミステリーがすごい!'99年版』掲載「私の隠し玉」より)

だが結局、連城は実母の介護が忙しくなり、本作の手直しは2010年まで棚上げされることになってしまった。
2010年から手直しを始めたが、直後に胃癌が見つかり闘病生活に入ることになり、結局手直しが完了しないまま連城は逝去。没後の2014年10月、仕事場から発見された原稿をもとに講談社から刊行された。

 新刊の中で一番の話題作は、10月末刊の大作『女王』(講談社)だろう。「小説現代」で1998年に連載が終了したが、その後、身辺が大変な中で、手直しを続けた幻の作品。死後、名古屋市近郊の仕事場で手を入れた原稿が見つかり16年ぶりの刊行が実現した。
(中略)
 人間が信じている真実のもろさを浮きぼりにする点は、虚構の世界を突き詰めた作者の遺言のようでもある。手直しのやり取りをした講談社の前担当編集者、長尾洋一郎さんは、「連城さん自身何か驚くことがあったらしく、『本当のことってのは分からない』と語っていた」と振り返る。
(「読売新聞」2014年11月27日 佐藤憲一「連城三紀彦さん没後1年…再評価で刊行ラッシュ」より)

 『女王』は、九〇年代後半に連載されたまま単行本化されていなかった大長編。冒頭、語り手の「私」が精神科医の診察を受けている。「私」は戦後生まれの筈なのに何故か東京大空襲の記憶があるのだ。そんなことは絶対にあり得ないのだが、両親は相次いで死んだと聞かされ、古代史学者の祖父に育てられた「私」と、精神科医の瓜木も空襲の日に記憶があった。そのとき「私」はこう言っていた。「今僕は何才なんですか?」。祖父の不審な死をきっかけに「私」は、癌を患った老齢の瓜木、祖父・祇介の弟子だった妻・加奈子とともに、記憶の迷宮、歴史の迷路へと入り込んでゆく。それはなんと魏志倭人伝に記された邪馬台国と、その女王・卑弥呼をめぐる謎だった。異形の歴史ロマンであり、男女の複雑極まる情愛のドラマであり、連城ミステリーの要素が全て注ぎ込まれた巨編である。
(「朝日新聞」2014年11月30日掲載 佐々木敦「たおやかで繊細、「物語り」の大技」より)

「小説現代」2014年11月号では、本作の刊行を記念した田中芳樹と香山二三郎の特別対談が掲載されており、web上でも読むことができる。→リンク

――連城さんと小説の話で盛り上がったことはありましたか?
田中 実は滅多に小説の話はしませんでした。ちなみに今作のことで言えば「今度、卑弥呼と邪馬台国の話を書くんだよ」とおっしゃるから、 「歴史小説ですか?」と聞きましたら、 「そうじゃないんだけどね」という話があったくらいです。

香山 実は「小説現代」で連載が始まったときに序章だけは読んだんですよ。まあトンデモない話だなと。これがどうなったら邪馬台国と卑弥呼の話になっていくんだろうと思いましたが、まとまってから読もうと考えていました。それから十五年以上待つことになるとは予想していませんでしたが、全体をあらためて読んで、もしかしたらこの作品にヒントを与えたのは田中さんじゃないかと思ったんですよ。いろんな邪馬台国論争の元となった 「魏志倭人伝」 は書名ではなく『三国志』の一部ですよね。中国の視点から見ると日本の論争と違うんだよと、もしかしたら田中さんが連城さんにお話しされたのではないかと推理しまして。
田中 おそれいります、それは買いかぶりですね(笑) 。ただ「魏志倭人伝」という題名の本は存在しないんですよ、というお話をしたことはあります。

――歴史に造詣が深い田中さんの目から見て、歴史的描写や謎解きなどはいかがでしたか?
田中 この手があったのかと驚きました。「水行十日陸行一月」という邪馬台国への距離に関する謎の文章に、実際の専門家たちはいろいろな説を唱えていますが、その曖昧なところを焦点にミステリー的な組み立てをすると、とても説得力のある説ができるんだなと凄みを感じました。
(以上、「小説現代」2014年11月号掲載 「連城三紀彦の素顔と『女王』の魅力 特別対談 田中芳樹×香山二三郎」より)

大枠は「魏志倭人伝」の一節「水行十日陸行一月」の謎解きを軸にした歴史ミステリーだが、そこに邪馬台国に取り憑かれた人間たちの愛憎と妄執のドラマが絡み合う、連城の〝疑似歴史小説〟路線の集大成のような大作。邪馬台国の謎解き自体も、実在資料を駆使した厳密なものではなく、作中作を用いてホワイダニットから邪馬台国の謎に斬り込むところが連城らしいと言えるだろう。

最近読んでいちばん驚いたのは、連城三紀彦『女王』の驚愕の魏志倭人伝ネタ。邪馬台国まで南に「水行十日陸行一月」がそんな意味だったとは……。バ、バカミス?
大森望の2014年11月4日のツイートより

北上 雑誌連載が終わったあと10年以上単行本にならない作品って、けっこうあるんですよ。で、だいたいつまんない。連載はやってみたものの、作家本人が、「どうもこれはひどいから、出すのやめよう」と。それで何年もほっといて、作者の死後、遺族が出したりする。出版社にせっつかれてね。だからこれもそういうものなんだろうと思ったら、先に読んだ人たちの評判がよくて。だから読んでみたら、まあ、あの……。
大森 めちゃくちゃですよね。
北上 (笑)そう。すごい話だよね。「これ、どうやって着地させるんだよ?」っていう。
大森 で、その着地についてはどう思いました?
北上 全然覚えてないとこをみると、納得しなかったんじゃないかな。
大森 はははは!
(「SIGHT」61号「ブック・オブ・ザ・イヤー2014」より)

単行本には香山二三郎による解説と、亡くなる直前の「週刊現代」2013年10月26日に掲載されたインタビュー「「男と女の物語」に魅せられた作家生活―わが人生最高の10冊―」、そしてそのインタビュアーであった朝山実のエッセイが併録されている。2017年に出た文庫版では、下巻に香山の解説とインタビューは単行本からそのまま再録、朝山のエッセイは割愛され、代わりに前述の田中芳樹×香山二三郎の対談が収録された。
単行本は年末ランキングの〆切直前の刊行だったが、「このミス」9位、「週刊文春」15位にランクインした。

各種ランキング順位

  • 年間
    • 「このミステリーがすごい!2015年版」 9位
    • 「週刊文春ミステリーベスト10」2015年版 15位

刊行履歴

初刊:講談社/2014年10月28日発行


ミステリーの巨匠による幻の超大作、ついに解禁!
東京大空襲、関東大震災、南北朝、そして邪馬台国……
ある男の奇妙な記憶と女の告白、ひとりの老人の不審な死が壮大な歴史の謎へと導く。
「序章を拝読したときにどこへ連れて行かれるのだろうと驚いた」
――田中芳樹
(単行本オビより)

単行本/534ページ/定価2300円+税/入手可
解説/香山二三郎
特別収録〈最後のインタビュー〉 「男と女の物語」に魅せられた作家生活―わが人生最高の10冊―(構成・朝山実)
連城三紀彦さんのことについて/朝山実(インタビューライター)
装幀/坂野公一+吉田友美(welle design) 装画/大竹寛子

文庫化:講談社文庫/2017年10月13日発行/上下巻

ASINが有効ではありません。
戦後生まれの自分になぜ、東京大空襲の記憶があるのか。育ての親だった祖父を亡くし、十二才までの記憶ももたない荻葉史郎は、脳裡に現れる異様な光景に苦しみ精神科医の瓜木を訪ねる。奇妙に捩れた史郎の過去。祖父の死の謎。瓜木と史郎、妻の加奈子は真相を探る旅に出るが。ミステリーの巨匠による幻の超大作!
(文庫上巻裏表紙より)



ASINが有効ではありません。
古代史研究家であった妻、加奈子から、父の日記を手渡された荻葉史郎。父の春生は「自分はまちがいなく南北朝の末期にも生きていた」と記し、また、燃えさかる炎のような瞳をもつ女王、卑弥呼のもとにいたことをも詳細に記録していた。壮大な歴史の渦に呑み込まれた父と息子の軌跡を描く、連城ミステリーの精華。
(文庫下巻裏表紙より)

文庫/上巻357ページ・下巻323ページ/定価上巻700円+税、下巻660円+税/入手可
解説/香山二三郎(単行本と同内容)
特別収録〈対談〉 連城三紀彦の素顔と『女王』の魅力/田中芳樹(作家)×香山二三郎
特別収録〈最後のインタビュー「わが人生最高の10冊」〉 「男と女の物語」に魅せられた作家生活/連城三紀彦
カバー装画/大竹寛子 カバーデザイン/坂野公一+吉田友美(welle design)

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最終更新:2017年12月20日 03:50