人間動物園

  • 分類:長編小説
  • 初出:「小説推理」1995年1月号・2月号
  • 雑誌時挿絵:牧美也子
  • 初刊:2002年/双葉社
  • 刊行回数:3回
  • 入手:入手可(電子書籍あり)

あらすじ

「今度は猫ですか、猿ですか」
 朝井梁次は歪めた口でそう聞き返し、童顔の丸い目で『また、あのおばさんですか』と聞き返している。

関東が記録的な大雪に見舞われる中、埼玉北部の住宅地で、汚職疑惑の渦中にある大物政治家の孫娘が誘拐され、一億円が要求された。被害者の自宅にはいたるところに盗聴器が仕掛けられ、警察は被害者の家に入り込むことさえできない。近隣で数日前から起こっていた動物の連れ去り事件、繰り返される無言電話、追い詰められていく母親……。発田ら警察は、狂言の線を疑いながらも、なんとか犯人の手掛かりを得ようとするが……。

登場人物

  • 発田元雄
    • 52歳の巡査部長。通称「ゲンさん」
  • 朝井梁次
    • 32歳の巡査。バツイチ。発田の部下。
  • 梅原芳江
    • 家野輝一郎の元妻。
  • 梅原ユキ
    • 芳江の娘。4歳。
  • 華野一典
    • 県警捜査一課特殊班の刑事。48歳。
  • 篠原美晶
    • 特殊班の刑事。巡査部長。
  • 成木竜三
    • 捜査本部長の警視。
  • 国島栄二
    • 41歳の巡査部長。メカに強い。
  • 坂上礼子
    • 梅原家の隣人。
  • 家野輝一郎
    • 家野大造の三男。
  • 家野大造
    • 汚職疑惑の渦中にある前閣僚。
  • 家野剛一
    • 大造の長男。国会議員。
  • 家野絹子
    • 大造の妻。
  • 鶴乃
    • 大造の愛人。輝一郎の母。
  • 大任達夫
    • 関東新聞社浦和支局員。
  • 永島行彦
    • カメラマン。
  • 沢村
    • 梅原家のはす向かいの住人。未亡人。
  • 川永玉枝
    • 輝一郎の再婚相手。

解題

「小説推理」1995年1月号・2月号に分割掲載された誘拐ミステリー長編。
しかしいかなる理由でか、単行本化されたのはなんと7年後の2002年のことであった。
ちなみに雑誌掲載版と読み比べると、登場人物の名前や階級がかなり異なるほか、解決編が大きく書き直されている。

 二〇〇二年、ミステリ回帰を強くアピールした連城三紀彦の『人間動物園』は、九五年に雑誌分載された長編を単行本化したもので、文字通りの最新作とはいえないが、トリッキーなどんでん返しを連発する初期の作風が甦っているのは頼もしい。大雪による被害と動物虐待事件が相次ぐ中、汚職疑惑の渦中にある大物政治家の孫娘が誘拐される。被害者の家中に仕掛けられた盗聴器に翻弄されるベテラン刑事を狂言回しに、通信傍受法案(当時)への批判をからめ、社会派チックな動機を用意しているが、前項の真保作品(引用者註:真保裕一『誘拐の果実』)と対照的なのは、動機の社会性が異様に辛辣で、空疎な扱いを受けていること。(中略)そのせいだろうか、文体が妙にはじけていて、流麗な連城節が影をひそめているばかりか、クライマックスに近づくにつれ、中盤までの眩暈がするような騙りの迷宮を自ら破壊しかねない、奇妙な性急さが前面に出てくる。誘拐という概念を極端に拡大解釈するラストは、ソフィスト風の詭弁が炸裂して、「アンチ誘拐ミステリ」の領域にまで踏み込んでいるようだ。
(法月綸太郎『法月綸太郎ミステリー塾 国内編 名探偵はなぜ時代から逃れられないのか』より)

 連城の小説としては異色作の部類だろう。いつもの流麗無比の美文調が抑制されているのみならず、物語の大部分において警察側に視点が置かれているところも著者らしくない。しかし、終盤まで読み進めると、著者ならではのアクロバティックな論理が炸裂し、読者は二重三重のどんでん返しに翻弄されることになる。犯人が操る論理は詭弁すれすれだが、異様な説得力を感じさせるのは何とも不思議である。
(『本格ミステリ・クロニクル300』より 執筆者:千街晶之)

どこまでも殺されて』同様、恋愛小説とは間違われようもないタイトルだったおかげか、「このミス」7位、「本格ミステリ・ベスト10」13位とミステリ界でも久々に高い評価を集めた。

 懐かしや連城三紀彦、待望のカムバックである。今となっては幻の雑誌ともいえる「幻影城」でデビューを飾り、『戻り川心中』に代表される、叙情的で香り高い文体と、トリッキーなプロットが美しく融合したミステリーを発表。島田荘司、泡坂妻夫と並び、新本格派が勃興するまでの一時代を、本格派を背負う一人としてそびえ立っていた存在だ。
 その後、直木賞を受賞した『恋紅』(引用者註:原文ママ)など恋愛小説の分野でも高い評価を受けたが、ここ数年、いささか表舞台から消えていた感があった。だが本書および『白光』という傑作が登場した今年こそ、連城三紀彦復活の年と記憶されることだろう。
(「このミステリーがすごい!2003年版」『人間動物園』紹介文より 執筆者不明)

いろいろとツッコミどころの多い文章だが(念のため補足しておくと、『恋紅』は皆川博子の第95回直木賞受賞作である)、『白光』のページに挙げた有栖川有栖の文章ともども、これが当時のミステリ界の連城三紀彦に対する共通認識であると考えて差し支えないだろう、

2005年に出た双葉文庫版はそれなりに長生きしたが、2019年に品切れとなった。
その後、2021年5月に『暗色コメディ』『流れ星と遊んだころ』と3ヶ月連続刊行という形で、伊坂幸太郎の推薦オビつきの新装版が刊行され復活。現在はそちらが入手可能。

なお、結末は2001年に起きたある事件を想起させるが、1995年の雑誌発表版から結末に変更はない。
刊行があの事件の後になったのは偶然であろうが、なんとも不気味な話である。もしあの事件の前に刊行されていたらどうなっていたであろうか。

2009年7月19日、WOWOWの「ドラマW」枠で単発ドラマ化された。脚本・鴻池康久、主演・松本幸四郎。

各種ランキング順位


刊行履歴

初刊:双葉社/2002年4月15日発行


自宅が「檻」になる。
ふりしきる雪、誘拐、盗聴――
恐怖は想像の中で一番大きくなることがよくわかった
(単行本オビより)

単行本/299ページ/定価1700円+税/絶版
装幀/上原ゼンジ

文庫化:双葉文庫/2005年11月20日発行


記録的な大雪にあらゆる都市機能が麻痺するなか、汚職疑惑の渦中にある大物政治家の孫娘が誘拐された。被害者宅の至る所に仕掛けられた盗聴器に、一歩も身動きのとれない警察。追いつめられていく母親。そして前日から流される動物たちの血……。二転、三転の誘拐劇の果てにあるものとは!? 連城マジック炸烈の驚愕ミステリー。「このミステリーがすごい!」2003年版・第7位。
(文庫裏表紙より)

文庫/317ページ/定価629円+税/品切れ
解説なし
カバーデザイン/松昭教

新装版:双葉文庫/2021年5月16日発行


大雪であらゆる都市機能が麻痺するなか、汚職疑惑の渦中にある大物政治家の孫娘が誘拐された。被害者宅にくまなく仕掛けられた盗聴器に、一歩も身動きのとれない警察。追いつめられていく母親。そして前日から流される動物たちの血……。二転、三転の誘拐劇の果てにあるものとは!? 連城マジック炸裂の驚愕ミステリー。「このミステリーがすごい!2003年版」ベスト10ランクイン。
(文庫裏表紙より)

文庫/338ページ/定価820円+税/入手可/電子書籍あり
解説なし
カバーデザイン/國枝達也 カバーフォト/photo by The Asahi Shimbun/Getty Images

名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2022年01月19日 23:35