私という名の変奏曲

  • 分類:長編小説
  • 初出:「小説推理」1984年2月号・3月号
  • 雑誌時挿絵:中原脩
  • 初刊:1984年/双葉社
  • 刊行回数:7回
  • 入手:入手可(電子書籍あり)

あらすじ

 私のそばに誰かがいる。
 正確に言えば、原宿のマンションの、二億円の現金と引き換えに手に入れたこの私の部屋の、だだっ広いリヴィングの、毛皮を掛けたソファの上に、その誰かは座っている。床に敷いた白い毛の波立つ敷物に直接に足を崩して座りこんでいる私を前にして。
 ソファの上に座っている誰かは、当然私を見おろす恰好になっている。
 これが私の第一の計算だ。

世界的名声を誇るファッションモデル、美織レイ子がマンションの一室で死体となって発見された。死因は青酸化合物による中毒死。レイ子は仕事で繋がりのあった七人の男女の弱味を握り脅迫していた。彼女を毒殺したのは、その中の誰かひとりである――だが、その七人は、全員が「自分がレイ子をこの手で殺した」と信じていたのだ……。

登場人物

  • 美織レイ子
    • 世界的ファッションモデル。
  • 笹原信雄
    • レイ子に婚約を解消された医師。
  • 浜野康彦
    • 医師。笹原の部下。
  • 沢森英二郎
    • ワールド繊維の若社長。
  • 間垣貴美子
    • ファッションデザイナー。
  • 北川淳
    • 新進カメラマン。
  • 稲木陽平
    • 新進デザイナー。
  • 池島理沙
    • ファッションモデル。
  • 高木史子
    • レコード会社のディレクター。
  • 太田道子
    • レイ子に雇われている通いの家政婦。
  • ルネ・マルタン
    • 世界的デザイナー。同性愛者。
  • 田島紳二
    • デザイナー。間垣の師。
  • 岡部計三
    • 若手刑事。
  • 浅井
    • 刑事課長。
  • 大西
    • 刑事。

解題

魔術的な語りと騙りが、壮絶な悪夢を奏で出す。
まさに連城流、並ぶ者なし。
――綾辻行人
(文春文庫版オビより)

直木賞受賞後第一作として刊行された、連城三紀彦の第3長編。
数ある連城三紀彦のミステリ長編の中でも、代表作のひとつと言えるだろう。
5度の文庫化を含め、刊行回数は連城作品最多の7回を誇る(それだけ品切れと復刊を繰り返しているとも言えるが)。

 他の多くのミステリーと同じように、この物語でも殺人事件が起こります。しかし。普通のミステリーでは最後まで隠しておいた方がいいことが、この作品では第一章で明かされています。事件は、他殺と自殺が同時に起こっていて、加害者と被害者の二重奏ともいうべきものかもしれません。その、重要な真相の一部が、最初から読者に提示されています。
 もうひとつ――。この物語には、確かに女主人を死にいたらしめた犯人と言える人物が存在していますが、それが登場人物のうちの誰なのか、作者自身が知らずにいます。従って、この作品には“犯人”の章がありません。
二つのルールを破って、それでも、謎があり、解決があるミステリーを書くことが可能か。―――それに挑んでみたかったのです。
(単行本折り返し「作者のことば」全文)

〝七回殺された女〟という謎をめぐる、極めて不可解な謎を鮮やかなトリックで解決する、島荘理論の長編である。
連城が愛読していたセバスチアン・ジャプリゾの代表作『シンデレラの罠』の影響を強く感じさせる作品。
現実的に考えるとトリックの実現性にかなり無理があるのは、まあご愛敬というところだろう。

 この「作者のことば」通り、目次にある各章のタイトルは「私」「発見者」「警察」「容疑者」「警察」「誰か」「誰か」……と続き、「共犯者」という章で終わっていて、「犯人」という章はない。読み進めるうち、ある章で早くも犯人は明らかになったかのように思える。だがそれも束の間、驚くべきことに、新たな「犯人」が次々と登場するのだ。犯人候補である七人の男女はいずれも自分がレイ子に毒を盛って殺したと確信しているため、他にも犯人らしき人物がいるという奇妙な状況に困惑する。いや、もっと混乱するのは、この物語に目を通している読者だろう。七人の男女がレイ子を殺害した状況が全く同じという、悪夢を見るような不可解極まりない謎に直面させられるのだから。
(文春文庫版、千街晶之「解説」より)

文春文庫版の千街晶之の解説は、文春オンラインで全文が公開されている

2014年の文春文庫版は、2019年1月頃に品切れとなった。
現在は2021年8月に出た河出文庫版が入手可能。

なお、単行本の著者紹介ではなぜか「戻り川心中」の日本推理作家協会賞受賞が「昭和58年」と書かれている(正しくは昭和56年)。この間違いは訂正されることなく、この後の双葉社の作品に引き継がれていく。
それどころか本書のノベルス版からは、「著書に「藤の香」「菊の塵」」というとんでもない間違いが追加され(言うまでもないが「藤の香」「菊の塵」はそれぞれ花葬シリーズの短編であり、これを表題にした著書は2016年現在も存在しない)、これまた訂正されずにこの後も残っていく。誰か気付かなかったのか……。

映像化

2015年10月2日、フジテレビ系列の「金曜プレミアム」枠にて放送(単発2時間)。原作を刑事ドラマに仕立て直し、登場人物を整理、設定がいくつか変更されているが、軸となるトリックはほぼ原作を踏襲した映像化であった(そのぶん水槽の問題など、原作のトリックの問題点が可視化された部分もある)。

主な設定の変更点として、原作では23歳の美織レイ子が、演じる天海祐希の年齢(放送時48歳)に合わせてか実年齢40歳に変更された。また大きな変更として、デザイナーの稲木陽平が削除され、「犯人」が原作の7人から6人に減っている。稲木の要素はカメラマンの北川淳に割り振られた。また原作ではルネ・マルタンの設定だった同性愛が(ルネ・マルタンが登場しないため)間垣貴美子に割り振られている。
ストーリーは刑事ドラマに仕立て直されたことで、警察がそれぞれの「犯人」たちがレイ子から脅迫されていた材料をつきとめ、「犯人」たちが警察に「自分がレイ子を殺した」と自白していく展開に変更された(そのため、原作では出番の少ない刑事の岡部が狂言回しとして多くの出番を得ている)。またその構成変更により、最終的な解決パートで、原作にない鮮やかな逆説が成立していることが、このドラマ化の最大の功績だろう。

視聴率は9.1%。2022年現在、ソフト化はされていない。

  • スタッフ
    • 脚本:浜田秀哉
    • プロデュース:長部聡介
    • 演出:光野道夫
  • キャスト
    • 美織レイ子:天海祐希
    • 笹原信雄:段田安則
    • 沢森英二郎:遠藤憲一
    • 間垣貴美子:夏木マリ
    • 浜野康彦:市川猿之助
    • 北川淳:生瀬勝久
    • 池島理沙:緒川たまき
    • 高木史子:若村麻由美
    • 太田道子:キムラ緑子
    • 岡部計三:玉山鉄二

各種ランキング順位

  • 年間
    • 週刊文春ミステリーベスト10 1984年版 8位
  • オールタイム系
    • 探偵小説研究会編『本格ミステリ・ベスト100 1975→1994』(東京創元社) 93位
    • 『このミステリーがすごい!2014年版』「復刊希望!幻の名作ベストテン」 7位
    • オールタイムベスト・連城三紀彦長編 1位

刊行履歴

初刊:双葉社/1984年8月10日発行

新・直木賞作家の最新作
美しく哀しい愛のミステリー
こんなに嬉しそうに、こんなに悲しそうに微笑する女――
顔が変って住む世界も変って、もう昔には戻れないレイ子。
(単行本オビより)

単行本/292ページ/定価980円/絶版
画/渡辺藤一 装幀/㈱BANQUET

ノベルス化:フタバノベルズ/1986年4月10日発行

私は五年前、その美しさと〝風が吹くと倒れてしまう〟という馬鹿げた神話のある細すぎる躰を武器にファッションモデルとしてスターダムにのしあがったのだ。それがすべての始まりだった。いや、もし私がモデルになどなっていなければ、五年後の今日、今夜、私は死ぬことはなかっただろうから、それは本当の意味では終結としか呼べない、一つの悲しい出発だったのだ――確かに殺人事件が起こる。その事件は、加害者と被害者の二重奏ともいうべきものかも知れないのだが、普通のミステリーと違うところは、隠しておいた方がいいことが第一章で明らかにされている点だ。二つのルールを破って、それでも謎があり解決のある、第91回直木賞受賞作家が挑戦した長編ミステリー。
(ノベルス裏表紙より)

新書/239ページ/定価680円/絶版
装画/牧美也子 装幀/菊地信義+岸顕樹郎

文庫化:双葉文庫/1988年1月25日発行

私を殺したい人間が七人いる。男が四人と女が三人。そして、私は今日必ず誰かに殺される。私は五年刊、その美しさと〝風が吹くと倒れてしまう〟という馬鹿げた神話のある細すぎる躰を武器に、ファッションモデルとして、スターダムにのしあがった。それがすべての始まりだったのだ。もし私がモデルになどなっていなかったら、死ぬことはなかったのだ。
(文庫裏表紙より)

文庫/287ページ/定価410円/絶版
解説/中島河太郎
カバーイラスト/牧美也子 カバーデザイン/鈴木邦治

再文庫化:新潮文庫/1991年1月25日発行


今日、私は死ぬ。私を殺したいと思っている人間が七人いて、その中の誰かに殺されることになるのだ……。その美しさと細すぎる躰を武器に、ファッションモデルとして世界的に成功した〈私〉こと美織レイ子が、ある日、マンションの一室で死体となって発見された。それは、次々と起こる殺人・変死事件の前奏曲に過ぎなかった。ミステリーの新境地を拓いた長編小説。
(文庫裏表紙より)

文庫/307ページ/定価427円+税/絶版
解説/縄田一男
カバー/武田尚美

再々文庫化:ハルキ文庫/1999年1月18日発行


その冷やかな微笑としなやかな身のこなしで世界的ファッションモデルとして活躍中の美織レイ子が自宅マンションで死体となって発見された。彼女を殺す動機を持つ七人の男女――そしてそれぞれが「美織レイ子を殺したのは自分だ」と信じていたのだ! 果たして真犯人は誰なのか? 華やかな外見の裏にさまざまな欲望が渦巻くファッション界を舞台に展開される殺意の万華鏡!
(文庫裏表紙より)

日下三蔵編《連城三紀彦傑作推理コレクション》第5回配本

文庫/317ページ/定価762円+税/品切れ
解説/結城信孝
装画/宇野亜喜良 装幀/芦澤泰偉

再々々文庫化:文春文庫/2014年4月10日発行


美容整形手術により完璧な美貌を手に入れ、世界的ファッションモデルとして活躍中の美織レイ子が死んだ。レイ子を殺す動機を持っている7人の男女は、全員が「美織レイ子を殺したのは自分だ」と信じていた!? ミステリー史上出色のヒロインをめぐる愛憎劇を超絶技巧で描き切った、連城ミステリーの最高峰!
(文庫裏表紙より)

文庫/326ページ/定価700円+税/品切れ/電子書籍あり
解説/千街晶之
装丁/石川絢士(the GARDEN)

再々々々文庫化:河出文庫/2021年8月10日発行


世界的に活躍するモデルの美織レイ子が、死体となって発見された。彼女を殺す動機を持つのは七人の男女。それぞれが、自分こそが犯人だと思いこむ奇妙な状況の中、一人の容疑者が逮捕される。しかし、別の容疑者が犯行を告白する遺書を残し自殺したので事態は急展開を迎えるのだが――。想像を絶する仰天の仕掛けと、人間の飽くなき欲望を描いたミステリーの傑作!
(文庫裏表紙より)

文庫/316ページ/定価860円+税/入手可
解説なし
装幀/鈴木久美 装画/Q-TA カバーフォーマット/佐々木暁

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最終更新:2022年01月19日 23:49