歴代会津領主

歴代の会津の領主(藩主)と関連した出来事を簡単にまとめます。

和暦 西暦 領主
藩主
その他
崇神天皇10年 四道将軍の大彦命・武渟川別命親子が会津の地で合流。
景行天皇27年 武内宿禰が日高見の国(磐城・陸前)を見つけたと上奏
景行天皇40年 日本武尊の東征
欽明天皇元年 540年 梁の青岩(青厳)が渡来、高寺山で庵を結ぶ
欽明天皇13年 552年 伊佐須美神社、明神ヶ岳より高田南原へと遷る
舒明天皇6年 634年 恵隆が渡来、高寺の庵を恵隆寺と名付ける
斉明天4年 658年 連空(蓮空)、恵隆寺に石塔山の山号を授ける
養老4年 720年 得道上人、雀林村に法用寺を建立
神亀元年 724年 按察使・大野東人が多賀城(柵)を築城、陸奥国府が置かれる
天平3年 731年 会津地方を大会津国(郡)と呼ぶようになる
神護景雲3年 769年 道嶋宿禰嶋足により丈部(はせつかべ)庭虫らが丈部から阿倍会津臣に改姓。同時期に会津壮麻呂も丈部から改姓か?
宝亀6年 775年 勝負沢の戦い。高寺が一時滅亡(所説あり)
延暦8年 789年 巣伏の戦い。会津壮麻呂、阿弖流為の率いる軍勢に敗れ戦死
延暦23年 804年 利仁が高寺の再興に着手
大同元年 806年 磐梯山噴火
大同2年 807年 徳一(一説には空海)、恵日寺を開く
大同4年 809年 藤倉村に地蔵堂を建立。二階堂と呼称
弘仁2年 811年 (空海)蚕養国神社を建立
承和7年 840年 耶麻郡の大領に丈部人麻呂の名あり
延喜2年 902年 藤原定国、陸奥出羽按察使就任。後に会津の句を残す
康保元年 964年 空也上人、堂島村冬木沢に八葉寺を創建
萬壽3年 1026年 小平潟天神勧請(現在の猪苗代湖の天神浜)
天喜5年 1057年 源義家、北会津郡一箕村と河沼郡塔寺村に八幡宮を創建
寛治4年 1090年 北会津郡門田村一ノ堰に地蔵堂を創建
承安2年 1172年 越後の城資永、恵日寺の乗丹坊へ小川荘を贈る
養和元年 1181年 源平合戦に巻き込まれる。恵日寺の乗丹坊、横田河原の戦いで戦死
寿永元年 1182年 この頃より高寺と恵日寺の諍いが始まる
文治5年 1189年 奥州合戦。奥州藤原氏の滅亡
建久元年 1190年 高寺の滅亡(高寺おろし)
建久2年 1191年 佐原義連
      佐原盛連
      葦名光盛
      葦名泰盛
      葦名盛宗
      葦名盛員
建武2年 1335年 葦名直盛
貞和6年 1350年       塔寺八幡宮長帳 記録始まる
      葦名詮盛
      葦名盛政
永享6年 1434年 葦名盛久
文安元年 1444年 葦名盛信
宝徳3年 1451年 葦名盛詮
文正元年 1466年 葦名盛高
永正14年 1518年 葦名盛滋
永正18年 1521年 葦名盛舜
天文5年 1536年      白髭の水
天文10年 1541年 葦名盛氏
天正3年 1575年 葦名盛隆
天正12年 1584年 亀王丸
天正15年 1587年 葦名義広
天正17年 1589年 伊達政宗 天正巳丑の乱
天正18年 1590年 蒲生氏郷
天正19年 1590年 蒲生氏郷
文禄4年 1595年 太閤検地
慶長3年 1598年 上杉景勝
慶長5 1600年 慶長出羽合戦(北の関ケ原)
慶長6年 1601年 蒲生秀行
慶長16年 1611年      会津地震。山崎新湖出現
慶長17年 1612年 蒲生忠郷
寛永4年 1627年 加藤嘉明
寛永8年 1631年 加藤明成 9月に洪水発生。山崎新湖の水量元に戻る
寛永20年 1643年 保科正之
寛文2年 1662年      会津四家合考 完成(編 保科正之/向井吉重)
寛文6年 1666年      会津風土記 完成(編 友松氏興)
寛文9年 1669年 保科正経
寛文12年 1672年     会津旧事雑考 完成(編 保科正之/向井吉重)。
山崎新湖の水まだ残る
天和元年 1681年 松平正容
享保16年 1731年 松平容貞
寛延3年 1750年 松平容頌
天明2年~ 1782年     天明の大飢饉。~天明8年(1788年)まで
寛政元年 1789年     会津鑑 完成(編 会津藩編集方)
文化2年 1805年 松平容住
文化3年 1806年 松平容衆
文政5年 1808年 松平容敬
文化6年 1809年      新編会津風土記 完成(編 田中玄宰)
嘉永5年 1852年 松平容保
文久2年 1862年      京都守護職 就任
慶応4年 1868年      戊辰戦争
明治21年 1888年      磐梯山噴火(岩崩れにより桧原湖・小野川湖・秋元湖等を生成)
最終更新:2023年05月26日 17:12