会津郡高久組中森台村

陸奥国 会津郡 高久組 中森台(なかもりたい)
大日本地誌大系第31巻 39コマ目

昔は中森代に作る。寛文中(1661年~1673年)今の字に改む。
もと村東1町20間余にあり。用水の便により寛永2年(1625年)今の地に移す。

府城の西北に当り行程1里30町余。
家数18軒、東西49間・南北2町26間。
米沢街道の両頬に住す。
北は河沼郡笈川組竹内村に続き三方田圃(たんぼ)なり。

東4町30間東森台村の界に至る。その村まで7町40間余。
西2町4間・南は村際にて、共に米沢村(界沢村の記述ミスか?)に界ふ。その村は西に当り10町40間余。
また巳(南南東)の方5町30間下高野村の界に至る。その村まで9町20間余。

水利

吉田堰

下高野村の方より来り、田地に灌ぎ笈川組森台村の方に注ぎ、その村の田畝を潤す。

神社

稲荷神社

祭神 稲荷神?
相殿 明神 地主神なり
   伊勢宮 2座
   熊野宮
鎮座 不明
村中にあり。
鳥居あり。高久村黒沢縫殿之助が司なり。

寺院

清松寺

村中にあり。
曹洞宗江安山と號す。開基詳ならず。
府下滝沢町寶昌寺の末山なり。
弥陀を本尊とし客殿に安ず。