河沼郡笈川組森台村

陸奥国 河沼郡 笈川組 森台(もりたい)
大日本地誌大系第33巻 100コマ目

この村もと今の地の北にあり。元和中(1615年~1624年)ここに移すという。

府城の西北に当り行程1里23町余。
家数19軒(この中の1軒は竹内村に住す)、東西1町54間・南北1町48間。
米沢街道に住す。
東端にて南に折れ竹内村に続き1村の如し。

東6町1間会津郡高久組東森台村の界に至る。その村は辰(東南東)に当り8町50間余。
西3町10間米丸村の界に至る。その村は戌(西北西)に当り6町30間余。
南は村際にて高久組中森台村に界ひ堰堀を限りとす。その村まで50間余。
北4町34間八日町村の界に至る。その村は丑(北北東)に当り9町10間余。
また亥(北北西)の方6町52間笠目村の界に至る。その村まで11町20間余。

水利

清水堰

高久組界沢村の方より来り田地の養水とし笠目村の方に注ぐ。

寺院

超勝寺

村北にあり。
開基の初しれず。昔は竹内村にあり。寺號も詳ならず。
慶長の頃(1596年~1615年)今の地に遷すという。その頃越後国の産良淵という僧本州岩城専称寺にて浄業を修し、ここに至り当寺を再興し旧號をあらため超勝獨妙の句を取り獨妙山超勝寺と名けしとぞ。これより専称寺に隷して今に至る。
客殿に本尊弥陀を安ず。