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町分 > 東黒川 > 八角分

陸奥国 若松 町分 東黒川 八角(やすみ)
大日本地誌大系第30巻 189コマ目


上町の東に続く。
地面、東西4町10間・南北7町20間。
東は本郡南青木組慶山村及び滝沢組牛墓村に界ひ、南は千石町分に交わり、北は蚕養宮村の地に接す。
民居凡て71軒。

滝沢町の南に住するを中村という。
家数9軒(即滝沢町の条下に付す)。
外の62軒は市中に雑居す。

寺院

地蔵堂

中村にあり。
草創の年代詳ならず。
慶長7年(1602年)宗海という沙門修造す。
後に再び頽破(たいは)し、寛永16年(1639年)加藤氏の臣杉山某というもの再建せり。

別当 光明院

中六日町に住す本山派の修験なり。
何の頃にか祐慶という修験当院を開き現住龍譽に至て6世という。


外部リンク等


余談

  • 会津若松郭内外之絵図に地蔵堂と光明院の記載がある。本堂は中町にあるとの事なので現在の八角町が八角分中町で間違いないと思われる。

市町村沿革変遷表

明治6年 明治10年 明治22年 明治24年 明治32年 昭和30年
若松徒ノ町 若松滝沢町 若松町 若松市 会津若松市
若松持筒町の内
千石町分の内
蚕養分の内
八幡村の内
八角分 飛地
八角分 飛地 若松蚕養町
上河原分の内
蚕養分の内
千石町分の内
若松持筒町 飛地
八角分 八角村 蚕養村 一箕村
蚕養分の内
最終更新:2026年01月11日 00:59
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