大沼郡中荒井組和泉新田村

陸奥国 大沼郡 中荒井組 和泉新田(いづみしんでん)
大日本地誌大系第33巻 27コマ目

府城の西に当り行程2里6町。
家数11軒、東西2町2間・南北1町20間。
また西の方1町20間を隔て家数8軒あり。
東西27間・南北32間。
共に四方田圃なり。

東5町2間会津郡本組和泉村の界に至る。その村まで8町20間余。
西2町10間和泉村の端村橋本の地に界ふ。
南4町16間高田組新屋敷新田村の界に至る。その村まで8町40間余。
北2町54間河沼郡坂下組上金沢新田村の界に至る。その村は戌亥(北西)に当り7町40間余。
また
辰(東南東)の方5町2間会津郡本組台村の界に至る。その村まで8町余。
未(南南西)の方2町4間高田組新屋敷村の界に至る。その村まで7町40間余。

この村は寛永元年(1624年)山内四郎右衛門という者和泉村の境内にて開発せし所なり。その子孫与市という者今にこの村の肝煎を務む。
家に蒲生氏より渡せし板札を蔵む。
その文如左。
  定
大沼郡 和泉村 宮野下村 新屋敷村 鷺林村 宮袋村 上茅津村 上金沢村 新田宿相建候 御代官給人共ニかまひ無之もの 望次第罷出開作可仕候 御年貢之儀三年作取被下候 御役儀末代被成御用捨者也
             稲田数馬助  判
 元和九年閏八月廿八日  福西吉左衛門 判
             外池信濃   判
※元和9年:1623年

山川

宮川(みやかわ)鶴沼川(つるぬまかわ)

俗に鶴沼川という。
村東5町10間余にあり。
新屋敷新田村の界より来り、5町50間余北に流れ河沼郡牛沢組上茅津村の界に入る。

水利

栗村堰(くりむらせき)

村より2町余辰巳(南東)の方にて宮川を引き上金沢新田村の方に注ぐ。