河沼郡代田組熊野堂村

陸奥国 河沼郡 代田組 熊野堂(くまのたう)
大日本地誌大系第33巻 87コマ目

この村に熊野の社ある(ゆえ)名くという。

府城の北に当り行程1里30町。
家数44軒、東西3町46間・南北1町20間。
四方田畝なり。

東2町15間冬木沢村の界に至る。その村は寅(東北東)に当り8町。
西4町13間代田村の界に至る。その村まで12町10間余。
南4町郡山村の界に至る。その村は未(南南西)に当り12町10間余。
北1町35間大和田村の界に至る。その村は亥(北北西)に当り5町50間余。
また辰(東南東)の方3町18間南高野村の界に至る。その村まで8町20間。
巳(南南東)の方13町10間横堀新田村に隣りその村際を界とす。
丑(北北東)の方15町茶磨森新田村の界に至る。その村まで18町。
申(西南西)の方3町56間京手村の界に至る。その村まで5町。

この村米沢裏街道なり。

小名

近藤(こんとう)

本村より11町巳(南南東)の方にあり。
寛政5年(1793年)開く。
家数9軒、東西42間・南北1町6間。
四方田圃(たんぼ)なり。
また5町40間戌(西北西)の方に家数2軒あり。
東西42間・南北8間余。
田畝の中に住す。

端村

北高野(きたかうや)

本村より13町10間余寅(東北東)の方にあり。
家数3軒、東西50間・南北35間。
北は茶磨森新田村に続き三面は田畝なり。

原野

秣場

村より20町丑(北北東)の方茶磨森新田村の北にあり。
東西7町20間・南北3町余。
中に少く田地あり。

神社

熊野宮

祭神 熊野宮?
鎮座
村中にあり。
昔紀伊国熊野を当地に勧請せしに、その後新宮をば耶麻郡新宮村に遷すという。
鳥居幣殿拝殿あり。法泉寺司なり。

伊勢宮

祭神 伊勢宮?
勧請 元和7年(1621年)
村より丑(北北東)の方1町50間余にあり。
鳥居あり。修験行法院司なり。

山神社

祭神 山神?
勧請 不明
伊勢宮の西にあり。
鳥居あり。行法院司なり。

明神社

祭神 明神?
鎮座 不明
村東18町小山の上にあり。
鳥居あり。行法院司なり。

寺院

法泉寺

村中にあり。
真言宗熊野山と號す。草創の年代詳ならず。
大永4年(1524年)法泉という僧住せしより府下博労町自在院の末寺となる。
客殿に本尊弥陀を安ず。

古蹟

館跡

村より1町余亥(北北西)の方にあり。
字を高館という。
四面に土居(めぐ)り外隍の形存す。
中は畠となる。
本丸跡、東西20間・南北17間。
二之丸跡、東西25間・南北23間。
何者の住せしにか詳ならず。