府城の西に当り行程3里。
家数72軒、東西3町30間・南北8町。散居す。
西は山に倚り三方田圃なり。
東13町
日度村の界に至る。その村は辰(東南東)に当り12町。
西13町20間
細越村の山に界ふ。
南2町18間
大沼郡中荒井組出戸田沢村の界に至る。その村は巳(南南東)に当り11町余。
北2町
大村の界に至る。その村は丑寅(北東)に当り2町。
山川
田沢川
村東5町にあり。
出戸田沢村の方より来り、北に流るること11町30間余
牛沢村の界に入る。広1間半。
水利
堤6
一は村より申(西南西)の方8町30間にあり。
周400間。寛永8年(1631年)築く。
一は村の未(南南西)の方6町にあり。
周160間。明暦2年(1656年)に築く。
一端村より辰(東南東)の方8町にあり。
周160間。天明2年(1782年)に築く。
一は村西10町計にあり。
周170間。
一は村より未申(南西)の方11町にあり。
周200間。
一は村より戌(西北西)の方3町にあり。
周180間。大村の養水とす。
神社
感應神社
| 祭神 |
感應神? |
| 相殿 |
三島神 |
| 天王神 |
| 麓山神 |
| 石神 |
| 権現 |
| 諏訪神 |
| 鎮座 |
不明 |
村の辰巳(南東)の方3町にあり。
古木繁陰す。
鳥居幣殿拝殿あり。
神職 尾崎左京
四郎大夫長貞というもの元禄13年(1700年)始て当社の神職となる。左京長道はその4世の孫なりとぞ。
鬼渡神社
村の未申(南西)の方3町にあり。
尾崎左京が司なり。
寺院
勝方寺
村西1町計山麓にあり。
曹洞宗、越後国村上耕雲寺の末山なり。
永正11年(1514年)麟覺という僧関東より来り1宇を結て住せり。たまたま嶺上に雲の起るを見て山號を慶雲山と號し村名により勝方寺と名けしとぞ。天正7年(1579年)點山という僧越後国より来り大いに禅風を興起し、葦名氏より山林を寄付し頗る巨宏の梵宇たり。その後いつの頃にか寺産を失う。
客殿
8間に6間、東向。
釈迦の木像を安ず。
衆寮
客殿の右にあり。
5間半に3間。
薬師堂
村西2町計山腰にあり。
いつの頃の建立にか知らず。
堂前に1株のカツラあり。周数圍、極めて古木なり。
また桜樹1株この木の中間より生じ圍み、2尺計枝葉繁茂せり。
修験大法院司なり。
墳墓
五輪1基
村南1町計菜圃の中にあり。
高3尺計。文字なし。
何人の墳墓にか詳ならず。極めて古墳なり。
この辺の字を上佛殿という。
古蹟
館跡
村中にあり。
四方30間計。
いつの頃にか葦名氏の臣大河原土佐・薄様之丞という者住せしとぞ。
2人の霊牌今勝方寺にあり。
仙明院跡
村中にあり。
天正8年(1580年)この村の領主大河原佐渡という者建立す。
その後
大沼郡中荒井組入田沢村に移るという。
外部リンク等
- Google Map
- 勝方地区
- 田沢川
- 堤6 - 略。堰堤明は町史より引用。明治以降の決壊後復旧は省略
- 鬼渡堰(新堤)
- 大沢入堤 - 寛永八年(1831)築堤
- 手寺沢堤 - 明暦二年(1656)築堤
- 木流堤
- 曲田堤 - 天明二年(1782)築堤
- 多賀神社 - 旧感応神社
- 鬼渡神社 - 御荷渡の意味で交通に関係がある(町史より)
- 勝方寺
- 旧大法院薬師堂 - 案内柱が立っている
- 五輪?
- 館跡?
- 仙明院跡?
- 他
- 参考
村名について
明治8年(1875年)、大村・大村新田村・勝方村が合併し勝大村が発足。
明治22年(1889年)、牛川村・勝大村・樋島村・大沖村・五ノ併村・白狐村・葉林村が合併し若宮村が発足。
昭和30年(1955年)、坂下町・若宮村・金上村・広瀬村・川西村・八幡村が合併して会津坂下町が発足。
地図
社寺
法人番号公表サイトで勝大地区を検索すると下記の登録がある
| 法人番号 |
商号又は名称 |
所在地 |
備考 |
| 9380005008760 |
鬼渡神社 |
河沼郡会津坂下町大字勝大字鬼渡山1567番地 |
勝方 |
| 9380005008991 |
勝方寺 |
河沼郡会津坂下町大字勝大字澤口1336番地 |
勝方 |
| 8380005009009 |
泉養寺 |
河沼郡会津坂下町大字勝大字村東4803番地 |
大村 |
| 2380005008783 |
多賀神社 |
河沼郡会津坂下町大字勝大字沢口9番地 |
勝方 |
| 1380005008792 |
麓山神社 |
河沼郡会津坂下町大字勝大字麓山曾根6307番地 |
勝方 |
(
神社・寺院 - 会津坂下町史 3 (歴史編)より)
6.神社
多賀神社 祭神:淤母陀琉命・惶根命外八柱 祭日:四月十二日 鎮守神
鬼渡神社 祭神:阿須波命・波比岐命 祭日:四月二十七日
麓山神社 祭神:羽山津見命外一柱 祭日:九月十八日
三島神社
熊野権現
鳴神
7.寺院
慶雲山勝方寺 曹洞宗 永正十一年(1514)八月十八日 麟覚ノ開基 『会津鑑』
薬師堂 中尊薬師如来立像 像高九十一糎 日光尊・月光尊あり。元は大村の西方山麓に建立、これを鳴雷神山の山頂に移し後に現在の地に移動したと伝えられる。
伝承
町史より
(1) 仙明院跡
国應山仙明院 曹洞宗。天正八年(1580)大河原土佐の建立。後に入田村(入田沢村か?)に移築された。
(2) 牛頭天王跡
字牛頭天王地内に牛頭天王が祭られた跡地。 参照:
勝方の天王信仰・
Yahoo!地図
(3) 古五輪塔
字仏殿にあり、古い寺跡と伝えられる。
(以下略)
余談
最終更新:2025年10月27日 21:39