耶麻郡川西組行津村

陸奥国 耶麻郡 川西組 行津(なめつ)
大日本地誌大系第32巻 22コマ目

寛文の初(1661年~)まで行津を名目津に作れり。

府城の東北に当り行程3里30町。
家数9軒、東西29間・南北1町。
西は山に倚り東は田圃(たんぼ)なり。

東3町新在家村の界に至る。その村まで8町10間余。
西1町桜川村に界ひ経塚山(きやうつかやま)と限りとす。その村は未(南南西)に当り1町。
南50間西窪村の界に至る。その村まで7町。
北3町50間新田村(五十間新田村?)の界に至る。その村まで6町。

この村昔神田某という者領知せしという。その遠孫この村と塩川組下利根村にあり。
また袋新田とて端村あり。今は土田新田村に居を移す。

神社

稲荷神社

祭神 稲荷神?
勧請 不明
村西1町30間にあり。
鳥居あり。三城潟村佐野壱岐が司なり。