府城の北に当り行程4里9町。
家数24軒、東西1町46間・南北1町38間。
四方田圃なり。
東5町21間
熊倉村の界に至る。その村は丑寅(北東)に当り20町10間余。
西2町18間
堂畠村の界に至る。その村は申酉(西南西~西の間)に当り8町10間余。
南2町6間
小沼組中目村の界に至る。その村は亥(北北西)に当り6町。
また
未申(南西)の方5町56間
太田村の界に至る。その村まで12町10間余。
丑寅(北東)の方58間
三城目村の界に至る。その村まで4町余。
端村
四屋
本村の東2町30間余にあり。
家数4軒、東西54間・南北32間。
四方田圃なり。
山川
姥堂川
村西2町余にあり。
西中明村の境内より来り、南に流るること5町20間
太田村の界に入る。
渋川
村西1町10間余にあり。
中里村の境内より来り、未申(南西)の方に流るること7町20間余姥堂川に入る。
水利
小塩堰
神社
稲荷神社
祭神 |
稲荷神? |
相殿 |
伊勢宮 3座 |
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稲荷神 4座 |
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春日神 |
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諏訪神 |
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山神 |
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十二宮 |
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権現 |
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八幡宮 |
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若宮八幡 |
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三島神 |
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天神 |
鎮座 |
不明 |
村東1町余にあり。
鳥居拝殿あり。熊倉村山口美濃が司なり。
寺院
寶性寺
村中にあり。
真言宗、府下大町一桂院の末山なり。山號を護守山という。
天正2年(1574年)海圓という僧開基す。
文禄中(1593年~1596年)靈問という僧修補を加ふ。因て靈問を中興とす。
本尊如意輪観音客殿に安ず。
古蹟
館跡
村中にあり。
東西36間・南北32間。
何の頃にか手代木某という者ここに住せしという。
僅かに土居の形残れり。
古碑
村より未(南南西)の方1町50間にあり。
高3尺・幅2尺5寸。上に梵字3、下に『諸行無常是生滅法生滅々己寂滅為樂』の16字を4行に彫り、またその下に『延文六年辛丑二月九日孝子敬白為三拾三年』と1行に彫る(延文6年:1361年)。その余文字あれども剥落して読べからず。
坊壇
村西1町30間にあり。
高1間・周14間余、その謂を知らず。
最終更新:2023年09月06日 19:02