耶麻郡木曽組板沢村

陸奥国 耶麻郡 木曽組 板沢(いたのさは)
大日本地誌大系第32巻 143コマ目

府城の西北に当り行程7里18町。
家数18軒、東西2町・南北2町。山の半腹に住す。

東3町五目組山岩尾村の界に至る。その村まで11町。
西北、共に一戸村の山に連なり界域分明ならず。
南12町背戸尻村の界に至る。その村まで21町。
また
未(南南西)の方4町沼平村の界に至る。その村まで24町。

山川

花立山(はなたてやま)

村より辰巳(南東)の方3町にあり。
ここより谷を隔て虚空蔵堂あり。昔女人結戒(ゆいかい)の地なりし故、婦人の参詣する者この山にて花を挿み遥拝(ようはい)せし(ゆえ)名くという。

狸山(たぬきやま)

村西10町にあり。
この山の前にあるを蝸牛山(かさつふりやま)という。
共に高150丈計、双峯(そうほう)相峙つ。

木兎山(みみつくやま)

村より未(南南西)の方10町にあり。
南は背戸尻村の山に連なり西北は沼平村に属す。

板沢川(いたのさはかわ)

上流を五枚沢川という。
山岩尾村の方より来り板沢川となり、南に流るること3町背戸尻村の界に入る。

二沢川(ふたさはかわ)

村西22町にあり。
源は山岩尾村の境内黒森山より出て、二沢山の麓を過ぎ南に流るること20町沼平村の界に入る。
広3間計。

清水

村中にあり。
周2間半。
この村、山上に住して旱歳水乏しきことあり。されどもこの水はかることなしとぞ。

関梁

川前橋(かはまへさはし)

村より辰(東南東)の方13町、背戸尻村の通路五枚沢川に架す。
長6間、丸木橋なり。

水利

小鷹狩田堤(こたかかりたつつみ)

村北5町にあり。
周2町。

寺院

虚空蔵堂

村より申(西南西)の方2町、蝸牛山の南の岩窟(がんくつ)にあり。
岩の(そび)出る所2間四方計。その中に小堂ありて虚空蔵の木像を安ず。長7尺余、蓮花座の形あれども()みたり。『永亨三年辛亥八月』と書付あり(永享3年:1431年)。その余文字あれども剥落して読むべからず。
沼平村長松寺これを司る。
この山麓に池あり。虚空蔵池と名く。ここに産する泥鰌(どじょう)耳あり。人これを食わず。



余談
花立山の記を見る限り、昔この村は飯豊山参詣の拠点となる場所だったのかと。
川前橋の記載は沼平村にもあり、やはり五分一村に行く道との事。同じ橋?

追記
とんりすんがりさんより情報いただきました。
板ノ沢集落の虚空蔵堂はおおよそこのあたりにあります(上のリンク参照)。
集落の方に道を教えて頂いて沢沿いの道を進んでいくと斜面の上に小さなお堂がありました。

またお堂の裏には元々お祀りされていたであろう岩窟も残っていました。

ただ風土記の記述にもある通り虚空蔵様の虫喰いが酷く(後日図版で拝見しましたが確かに虫食い穴だらけでした)、お堂に置いておいては管理が難しいという事で本尊は人に頼んで別の場所に安置されているそうで、今はお堂は空っぽだそうです。写真を撮った際は一週間ほど前に村の奥さんたちがみんなでお参りをした後でたまたま草刈りがされていたそうで、運が良かったです。
板ノ沢、大塩、柳津の虚空蔵様は元は同じ一本の木から彫られた姉妹という言い伝えがあるそうでがあるそうで、板ノ沢の虚空蔵様が一番上の姉菩薩で、次が大塩の虚空蔵様、柳津の虚空蔵様は末の妹なのだそうで、また柳津の虚空蔵様は姉二人を追い出したという言い伝えもあり板ノ沢と大塩の方は柳津にはお参りしないのだそうです(その時に大塩の虚空蔵様は妹の蓮華座を盗んで来たのでそもそも顔向けができないという何とも人間臭い言い伝えも残っています^^;)
虚空蔵堂現存していたんですね!
ただ柳津の虚空蔵と姉妹という話は何とも言えない所です。元々1本の木から3躯の像を彫り出した所までは同じなのですが、柳津村虚空蔵堂の記にはそれぞれの像を安置しているのは柳津福満虚空蔵堂・安房国清澄(千光山清澄寺)・常陸国村松(村松山虚空蔵堂)となっています。ただ、小沼組大塩村の虚空蔵(立岩虚空蔵)は岩穴の中に安置されていたとの伝承があり、この村の虚空蔵の伝承と似ています。もはや何が正解という話ではないのですが、似たような話があるものですね。
そういえば。○○村の方は△△に行けない(できない)話と似た内容が野沢組安座村にもありまして、安座村の方は日光に行っても二荒神を参拝してはいけないそうです。赤城と日光の戦いの余波とも言えるのですが、こちらも面白い話ですよね。
最終更新:2020年09月08日 17:38