会津郡橋爪組下米塚村

陸奥国 会津郡 橋爪組 下米塚(しもよねつか)
大日本地誌大系第31巻 52コマ目

府城の西に当り行程1里8町。
家数47軒、東西2町6間・南北1町17間。
四方田圃(たんぼ)なり。

被害7町53間高久組幕内村の界に至る。その村まで15町。
西45間・南2町24間、共に柏原村の界に至る。その村ま申(西南西)に当り6町余。
北9町25間本郡中荒井組二日町村の界に至る。その村まで10町10間余。
また戌亥(北西)の方4町3間本郡中荒井組中荒井村の界に至る。その村まで11町余。
辰(東南東)の方8町本郡南青木組飯寺村の界に至る。その村まで19町20間。

端村

出新田(でしんでん)

本村の北5町にあり。
家数9軒、東西50間・南北40間。
四方田圃なり。
寛永2年(1625年)に開く。

山川

清水

村北4町20間にあり。
東西38間・南北6間。
寶暦7年(1757年)洪水のとき田圃を決せし迹という。

水利

思鑿堰

柏原村の方より来り田地をの養水とし中荒井村の方に注ぐ。

寺院

観音寺

村中にあり。
古聖山と號す。府下大和町金剛寺の末山真言宗なり。
天正中(1573年~1593年)黙蔵主という僧草創せり。その後堂宇廃壊せしを寛永元年(1624年)長賢という比丘中興し、観音を本尊とし客殿に安ず。

観音堂

境内にあり。