大沼郡東尾岐組寺入村

陸奥国 大沼郡 東尾岐組 寺入(てらいり)
大日本地誌大系第33巻 40コマ目

府城の西南に当り行程3里。
家数29軒、東西40間・南北3町15間。
西南は山に倚り東北菜圃(さいほ)なり。

東2町20間小川窪村の界に至る。その村は寅(東北東)に当り3町10間余。
西1町15間・南12町38間、共に無量村の山界に至る。その村は西に当り8町余。
北3町35間池端村の界に至る。その村まで12町余。
また丑(北北東)の方5町2間長岡館村の界に至る。その村まで14町余。

小名

道地窪(たうちくほ)

本村より未(南南西)の方3町余にあり。
家数21軒、東西25間・南北1町20間。
南は山に倚り東北は田圃(たんぼ)なり。

新屋敷(しんやしき)

本村より丑(北北東)の方3町30間にあり。
家数5軒、東西18間・南北30間
四方田圃(たんぼ)なり。

端村

袖山(そてやま)

本村の北5町20間余にあり。
家数21軒、東西25間・南北23町。
四方田圃なり。
南は山に近し。

山川

檜木沢山(ひのきさはやま)

村南10町にあり。
元文の頃(1736年~1741年)この地より銀を出し、寛延中(1748年~1751年)もまた堀採しとてその跡残れり。

水利

村より辰巳(南東)の方3町にあり。
東西42間・南北1町23間。
寛文4年(1664年)に築く。
本村及び無量寺・池端村の田地に(そそ)ぐ。

神社

金跨神社

祭神 塩土翁神
相殿 諏訪神
   山神
   鬼渡神
   若宮八幡
創建 嘉元元年(1303年)
村中にあり。
旧高田村伊佐須美神社の寶物に上代の火箸なりとて鉄杖の首の両岐なるありしを移して神體(しんたい)とせり。長1尺9寸(伊佐須美神社の条下と併見るべし)。
鳥居:両柱の間1丈。
本社:9尺5寸に8尺余。
幣殿:3間に1間4尺。
拝殿:5間に2間半。

神職 佐藤日向

先祖を備中某という。この社草創の時神職たりといい伝う。その後数世の間詳ならず。元文中(1736年~1741年)伊賀道吉という者あり。今の日向通安が4世の祖なり。

鬼渡神社

祭神 鬼渡神?
相殿 伊勢宮
鎮座 不明
端村袖山の南40間山上にあり。
鳥居あり。佐藤日向が司なり。

寺院

慈徳寺

村中にあり。
曹洞宗、山號を保呂山と称す。
開基の年月詳ならず。
もと村を離れて南の山中にあり。いつの頃にか良徳という僧越後国より来り住せしとき今の地に移すという。
天正12年(1584年)闇察という僧住せし時、会津郡南青木組天寧村天寧寺の末山となり、天寧寺10世曇吉を請て開山とす。
本尊地蔵客殿に安ず。

法蔵寺

小名道地窪の南1町山麓にあり。
曹洞宗天寧寺の末山なり。
昔この村に1宇の寺あり(寺號伝わらず)。久しく廃せしに因り、元和5年(1619年)遠江國より堯傳という僧来て再興し庭渡山法蔵寺と名け、天寧寺の僧天菴を請て開山とすという。
客殿に本尊地蔵を安ず。

地蔵寺

端村袖山にあり。
山號を天森山という。
開基詳ならず。
愛す郡南青木組北青木村恵倫寺の末山曹洞宗なり。
旧は浄土、或いは真言の徒住せしという。
慶長中(1596年~1615年)呑鐵という僧再興せり。
本尊地蔵客殿に安ず。