会津郡松川組中妻村・本九九布村

陸奥国 会津郡 松川組 中妻(なかつま)村・本九九布(もとくくふ)
大日本地誌大系第31巻 93コマ目

この両村は田圃(たんぼ)相雑はりて地、界を分ち難し。

中妻村は府城の南に当り、行程9里。
2区に住し、その間2町50間を隔つ。
東を下中妻という。
家数18軒、東西3町12間・南北1町、散居す。
西を中井(なかい)と称す。
家数10軒、東西1町20間・南北50間。
共に南は山林に連なり、北は大川に()ひ、東西は田圃(たんぼ)なり。

本九九布村は、中井の西1町20間余にあり。
家数8軒、東西1町40間・南北30間。
西は中妻村の端村宮原に続き、南は山林に連なり、東北は田圃(たんぼ)なり。

東は中妻村より1町10間水門村の界に至る。その村まで5町50間。
西は本九九布村より8町塩生村の界に至る。その村は未申(南西)に当り16町30間。
南は中妻村より5町36間小松川村の界に至る。その村まで17町。
北は中妻村より3町10間弥五島組弥五島村に界ひ大川を限りとす。

中妻村 端村

新屋敷(しんやしき)

下中妻より辰巳(南東)の方1町余にあり。
家数2軒、東西16間・南北8間。
南は山林に()ひ三方田圃(たんぼ)なり。

宮原(みやはら)

中井より西の方3町余にあり。
家数14軒、東西3町・南北52間。
東は本九九布村の民居に続き、南は山林に接し、西北は田圃(たんぼ)なり。

山川

大川

中妻村の北3町10間にあり。
塩生村の境内より来り、東に流るること25町計、水門村の界に入る。

観音川

本九九布村の西8町にあり。
小松川村の界より来り、戌(西北西)の方に流るること20町、大川に入る。

関梁

橋2

一は本九九布村の戌亥(北西)の方13町にあり。
大川に架す(楢原組成岡村の条下に詳なり)。

一は本九九布村より西8町、観音川に架す。
塩生村に往く路なり。
長5間土橋なり。

水利

大堰

小松川村の方より来り、山の中腹をうがちて水を通し、田地に灌ぎ水門村の方に注ぐ。
延󠄂寳三年(1675年)家士飯田兵左衛門重成というものこの土に奉行たるとき築き、水田(ひら)け民その徳を(こうむ)れり、即水上に石を建て重成が法名を彫り。今に堰神と称して崇敬す。

神社

御霊神社

祭神 御霊神?
鎮座 不明
端村宮原にあり。
鳥居あり。村民の持なり。

天神社

祭神 天神?
相殿 御獄神
鎮座 不明
本九九布村にあり。
鳥居あり。木令村室井備中が司なり。

寺院

光明寺

本九九布村にあり。
月光山と號す。大和町金剛寺の末寺真言宗なり。
開基の年月詳ならず。
天正中(1573年~1593年)宥傳という僧中興す。
本尊大日客殿に安ず。

古蹟

館跡2

一は中井の北6町にあり。
東西50間・南北18間。
四方に堀の跡あり。
何の頃にか中妻源大夫照元という者住し、中妻村の村名これに因るという。
今は菜圃(さいほ)を開く。
土人古き瓦を堀り出すことあり。

一は本九九布村より南の方山上にあり。
登ること1町20間。
昔この郷の地頭日向五郎明光というもの住すとて、土人今なお館越(たてこし)と称す。
しかれどもその詳なることを伝えず。