河沼郡青津組南宇内村

陸奥国 河沼郡 青津組 南宇内(みなみうない)
大日本地誌大系第33巻 116コマ目

府城の西北に当り行程3里33町。
家数40軒、東西1町40間・南北2町8間。西は山に近く西南に田圃(たんぼ)ありて北は北宇内村につづく。

また丑(北北東)の方50間余、北宇内村の東につづき家数3軒あり。
東西10間・南北30間。

東28間東青津村の界に至る。その村は辰(東南東)に当り20町。
西は小渓を隔て北宇内村の地に界ふ。
南2町6間上宇内村の界に至る。その村は未(南南西)に当り6町20間余。

端村

(はら)

本村より戌亥(北西)の方8町にあり。
家数2軒、東西20間・南北19間。西は津尻村につづき東南は田圃にて北は川に近し。

山川

日橋川

村より丑(北北東)の方8町にあり。
東青津村の境内より来り、8町計西に流れて津尻村の界に入る。
広2町10間。

水利

堤2

一は村北19町にあり。東西2町・南北35間。
一は村より19町余未申(南西)の方にあり。東西2町・南北2町。

神社

御稷神社

祭神 御稷神?
相殿 稲荷神 3座
伊勢宮 2座
山神  2座
熊野宮 2座
白山神 2座
姥神
御稷神
権現  2座
宗像神
鎮座 不明
村つづき南にあり。
鳥居拝殿あり。塔寺村兼子大和これを司る。

寺院

浄運寺

村中にあり。
下野国大沢圓通寺の末山浄土宗なり。高寺山と號す。
剏建の年月知らず。
高寺の子院なる(よし)いい伝ふれども、寛永中(1624年~1645年)火災に罹り本尊旧記焼失し世々の履歴を詳にせず。
寛文の初(1661年)良乗という僧再興してより浄家となれり。
本尊弥陀客殿に安ず。

古蹟

館跡

御稷神社より(ほり)を隔て南にあり。
東西1町30間・南北1町40間。
城四郎長茂が築きし28館の一なりという。今は雑樹繁茂す。
この中より米の焼たるが炭の如くにして今なお出。
土人云、長茂居館に火をかけて立ちのきしが米倉の焼たる所と。この地高敞にて東南は平衍を望み西北に2重の空隍(からほり)ありて今に歴然たり。

勝負沢

村より未申(南西)の方4町計山径をいう。
恵日寺の衆徒高寺を責しとき合戦ありし所といい伝う。
この地昔は勝負沢越という。越後街道にて野沢組西羽賀村より只見川を渡り、ここより宮川を渡て青木・佐野(笈川組)の諸村を経て黒川への順路とし、また高寺繁栄のときはここより青木・曲沼・砂越・北田の村々を過ぎて本寺への順路とせしとぞ。
天文5年(1536年)の洪水*1に鶴沼川の水道改りし後、宮川に橋を架し佐野村を渡場とす。その後慶長中(1596年~1615年)の地震*2に勝負沢の通路悪くなり今の坂下道を本道とせしとぞ。
この辺の山間より陶器の欠たるものを多く掘出す。

経塚

村西9町20間余山上にあり。
高6間・周30間。
高寺の僧徒1石1字の経文を埋し所という。


参照・補足

  • 伝説によると欽明天皇元年(540)に(りょう)の国の青岩が高寺山開いたと伝えられる。「青岩根岸の里に草庵結ぶ」と。この根岸には南根岸・北根岸とあり、現在の南宇内・北宇内に該当する。宇内とは天地の間とか堂宇の内とかの意味でお寺の内とも考えられる。
  • 現在の集落の南に本寺という約三町歩位の面積の字名がある。これは東の本寺(大寺)に対する西の本寺(高寺)であるまいかと考えられる。また、寺の内という約四町歩位の字名もある。
  • 会津八館 - 永延二年(988)頃に城重則が築いた館について

外部リンク等


村名について

明治8年(1875年)、南宇内村・北宇内村が合併し宇内村が発足。
明治22年(1889年)、宇内村・津尻村・大上村・見明村・八日沢村・長井村が合併し川西村が発足。
昭和30年(1955年)、坂下町・若宮村・金上村・広瀬村・川西村・八幡村が合併して会津坂下町が発足。

宇内地区の社寺

法人番号公表サイトで調べると下記の登録がある。
法人番号 商号又は名称 所在地 備考
5380005008772 御稷神社 河沼郡会津坂下町大字宇内字本寺1625番地 南宇内
5380005009102 浄運寺 河沼郡会津坂下町大字宇内字北中甲1827番地 南宇内

町史より)
6.神社
五稷神社 祭神:御食津神 祭日:九月九日(旧十月十一日) 鎮守神。字本寺地内
白山神社 祭神:菊理姫命 祭日:九月九日(旧九月九日) 字寺内地内
若木神社 祭神:少彦名命 祭日:九月九日(旧十月十一日) 五稷神社境内
稲荷神社 祭神:倉稲魂神 祭日:九月九日
雷神宮 祭神:大雷神 祭日:四月十五日 次郎坂地内
7.寺院
高寺山浄運寺 浄土宗 寛永二年(1625年)観明和尚の開山 本尊:阿弥陀如来坐像 像高:五十六糎
馬頭観音 祭日:四月八日 野天王地内
弁財天 祭日:八月二十二日 浄雲寺境内

河沼神社誌より一部引用)
宇内(うない) 御稷(ごしょく)神社
古くは西青津の鎮守であったが、白髭(しらひげ)の洪水*3に当地に漂着したので当村の鎮守としたと。当村の稲荷・権現・宗像神(むなかたのかみ)、北宇内の白山神、上宇内の稲荷・伊勢・山・熊野・白山・姥神(うばがみ)、見明村の伊勢・山・熊野・御稷、津尻村の稲荷社を相殿に合祀し五ヶ村の鎮守となる。


周辺地図

Yahoo!地図より
最終更新:2025年11月07日 20:43
添付ファイル

*1 白髭の水

*2 慶長16年(1611年)の会津地震

*3 天文5年(1536年)6月28日