河沼郡野沢組夏井村

※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

陸奥国 大沼郡 野沢組 夏井(なつい)
大日本地誌大系第33巻 167コマ目

府城の西北に当り行程5里8町。
家数50軒、東西2町27間・南北2町35間。
東は只見川に臨み西は山に続き、南北は田圃(たんぼ)なり。

東20間坂下組東羽賀村に界ひ只見川を限りとす。
西11町40間塩坪村の界に至る。その村まで17町30間余。
南は村際にて西羽賀村に界ふ。その村まで6町10間余。
北8町50間河井村の界に至る。その村まで10町50間。

山川

塩峯峠(しほみねとうげ)

村西3町にあり。
登ること7町、塩坪村にゆく道なり。
雑木多し。

只見川

村東20間にあり。
西羽賀村の境内より来り、北に流るること10町50間河井村の界に入る。

原野

薙原(なきはら)

村西11町、塩峯峠の西麓にあり。
東西50間・南北3町。

水利

堤5

一は村より未申(南西)の方2町にあり。周2町20間沼田堤(ぬまたつつみ)という。
一は村より戌(西北西)の方8町40間にあり。周1町20間俎倉堤(まないたくら)という。
一は村より戌(西北西)の方9町余にあり。周2町30間秋山堤(あきやまつつみ)という。
一は村より亥(北北西)の方10町10間にあり。周2町30間堂屋沢堤(たうやがさはつつみ)という。
一は村より戌亥(北西)の方20町にあり。周1町2間葭沢堤(よしさはつつみ)という。

神社

諏訪神社

祭神 諏訪神?
相殿 伊勢宮
   山神
勧請 不明
村より戌亥(北西)の方9町にあり。
鳥居あり。牛尾村沼沢治部が司なり。

熊野宮

祭神 熊野宮?
鎮座 不明
村中にあり。
鳥居あり。修験千手院これを司る。

熊野宮

祭神 熊野宮?
鎮座 不明
熊野宮と同所に祀る。
千手院司なり。

熊野宮

祭神 熊野宮?
鎮座 不明
同上

稲荷神社

祭神 稲荷神?
勧請 不明
村中にあり。
鳥居あり。村民の持なり。

寺院

正洞院

村中にあり。
曹洞宗巖松山と號す。
文明中(1469年~1487年)天慶という僧開基す。
天正16年(1588年)兵火に罹り燒亡せしを、同18年(1590年)文長という僧中興す。
もと常陸国多益村徳昌寺の末寺なりしが、延享5年(1748年)北青木村恵倫寺に隷す。
本尊如意観音客殿に安ず。

極楽寺

正洞院の辰巳(南東)に並べり。光明山と號す。開基の年代詳ならず。
半兵衛町極楽寺の末山浄土宗なり。
本尊弥陀客殿に安ず。

古蹟

館跡

村中にあり。
本丸跡、東西26間・南北38間。
二丸跡、東西25間・南北35間。
東に只見川を擁し三方に土居隍の形あり。今は民家となる。
永延の頃(987年~989年)齋藤宗顯という者住すといえども詳ならず。
天正中(1573年~1593年)赤城玄蕃某というものあり。関東より来り葦名盛氏に仕え本村及び河井・西羽賀・塩坪・池原・漆窪の5ヶ村永銭120貫文の地を領しこの館に住すろいう。
今村西2町に高3尺余の石塔1基あり。『平林院殿徳室功勲大居士延徳二甲戌年五月朔日赤城氏』と彫付けあり(延徳2年:1490年[庚戌])。後人の建てしものと見ゆ。土人玄蕃が墓なりといえども年曆先後す。伝わる所誤りあるべし。



余談。
他のサイトを見るとこの地区に諏訪神社があるらしいのですが、それらしき建物が見つかりません。どうやらこのあたりらしいのですが森しか見えません。移転したのでしょうか?
なお諏訪神社の北にある八幡神社は河井村に属します。
※地理院地図(大正2年測図/昭和6年修正)


塩峯峠

夏井村より塩坪村に抜ける峠道です。
同名の城四郎重範が敗戦したという塩峯峠(河沼郡野沢組藤村から河沼郡牛沢組椿村にぬける道)もありますが場所が異なります。今は県道340号線上郷船渡線にトンネルがあり通りやすい道になっています。

旧:塩峯峠(地理院地図(大正2年測図/昭和6年修正))

現在の塩峯峠
最終更新:2020年05月22日 20:58