府城の西に当り行程8里3町。
家数19軒、東西1町12間・南北2町24間。
東は川に傍ひ西は山に連なる。
端村
中山
本村の北18町余にあり。
家数4軒、東西36間・南北24間。
東南は只見川に臨み西北は山に倚る。
柴倉
本村の戌亥(北西)の方22町余、山奥にあり。
家数7軒、東西1町・南北26間。
旧ここより3町計南の山上にあり。
元禄中(1688年~1704年)山崩れ養水の便ならずとてここに移す。
樫尾
本村の西1里29町にあり。
数山を隔て大石組西方・大石田両村を経てこの村に至る。
家数3軒、東西38間・南北30間。
深山の間に住す。
山川
日向倉山
村より申(西南西)の方15町余にあり。
高25丈。
黒床山
端村樫尾の西1里余にあり。
高90丈。
南は水沼村に界ひ北は黒澤村の山に界ふ。
鷹待山
端村柴倉の戌亥(北西)の方2町計にあり。
野沢組小杉山・黒澤両村の界なり。
銅山
柴倉の南4町余にあり。姥沢という。
寛政11年(1799年)始て抗を穿ち多く銅を採り、近頃まで小屋10軒計あり。
今は衰えてわずかに1軒残れり。
金曲坂
村北3町にあり。
登ること8町。坂路屈曲して牛馬通せず。
端村柴倉に往く路なり。
只見川
村東にあり。
西方村の界より来り、北に流るること27町余
野老沢村の境内に入る。
小船を設けて持寄村に往来す。
神社
御稷神社
祭神 |
御稷神? |
相殿 |
稲荷神 |
|
熊野宮 2座 |
鎮座 |
不明 |
村北3町にあり。
鳥居あり。土倉村舟木伊勢が司なり。
寺院
安穏寺
村中にあり。
法流山と號す。笈川組浜崎村遍照寺の末寺真言宗なり。
天文17年(1548年)宥尊という僧開基す。
明暦中(1655年~1658年)火災に罹て什器・古器焼失す。来由を詳にせず。
本尊薬師客殿に安ず。
古蹟
館跡
村より亥(北北西)の方山上にあり。
東西15間・南北25間。
天正の頃(1573年~1593年)新井田左京義光という者住せしとぞ。
空堀の形今わずかに存す。
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- Goo地図
- 麻生館(春の夜の夢)
余談。
樫尾地区の場所が判らない…。
西の方に黒男山(くろとこやま?)があるので、面倉沢の上流あたりでしょうか?
ちなみに黒男山の北西には夜鷹山があります。
最終更新:2022年10月18日 12:30