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 のび太をのせた偽装船は無事にパ・ア・ソークへの入港を果たした。
「よし、無事に入港手続きが終わった」
 通信でパ・ア・ソークの入港管理局とのやり取りを終えると、船長が安堵の声を漏らした。
「ったく、こん時ばかりは毎回ヒヤヒヤしちまうぜ」
 そう言うと船長は近くに居る部下に声をかけた。
 貨物船員に扮したジオン兵が、貨物を船から降ろす。
 のび太もまたそれを手伝った。

 降ろした貨物を、全て輸送用のトレーラーに積み込み終わると艦長がのび太の肩に手を回した。
「それじゃあな」
 さっぱりとした、だけど力強い声だった。
 艦長とて、自分の任務をよく承知している。
 こうしてこのコロニーにNT適性者を運んできたのも一度や二度じゃない。
 いちいち感慨に浸っていてはこの仕事が勤まるはずもなかった。
 励ましてどうにかなる事でもないことは分かっている。
 だから彼は「頑張れよ」の一言は飲み込んでいた。
「君もあのトレーラーに乗っていくんだ」
 艦長はトレーラーを指差しながらそう行った。
 はい、とのび太はそれに頷く。
「その間暇だろうから、これでも食いな」
 そう言って艦長はのび太にスナック菓子を差し出した。
「アリガトウ」
 のび太は笑顔でそれに答える。
 艦長は複雑な気持ちだった。
「ほら、トレーラーの運ちゃんが呼んでる。早くいきな」
「ハイ。ココマデハコンデクレテアリガトウ!」
 そう言ってのび太はトレーラーに向かって駆け出していた。
 艦長は細い目でその背中を見送った。



 NT研究所の所長室ではフラナガンが高級なチェアに腰掛けていた。
 その表情は怒りを堪えられない様子だった。
「何故だ。何故こうも計画通りに進まん」
 小さく呟く。
 NT部隊創設。
 その計画の成就まであと一歩なのだ。
 だと言うのに、その一歩がどうしても進まなかった。
 すでにサイコミュを搭載した試作機は完成している。
 プランとしては量産化を考慮した、低コストのサイコミュ搭載機も完成しているのだ。
 ララァ=スンを筆頭に能力の高いNTも数体揃っている。
 後はNT能力を持つ人材の収集と養成がもう少し進めば良いだけなのだ。

 だと言うのに、NT能力の人為的強化はことごとく失敗の連続だ。
 Cランク以下とはいえ、貴重な適性者を数十体も犠牲にし、得た成果は僅か4体。
 それすらも1体を連邦のスパイに奪われ、残りの3体の内の2体も実験中に発作を起こし、1体は植物状態、もう1体も精神的に不安定になり病棟で療養を余儀なくされている。
 唯一良好な状態を保っているNT-001はキシリア少将の下に送った為に手元にはない。
 そもそもここまで適性者の数が減ってしまえば、強化実験の計画そのものが遂行出来なかった。
 よもや、NT適性者の強化計画は断念せざるを得なかった。
 苦渋の決断だが仕方ない。
 今は、残りのNT達のみを戦力として、それを一つも欠くことなく保持することが最大の目標であった。
 一人、黙するフラナガン。
「まあいい」
 ぽつりと呟く。
 そう、すでに起こった結果を悔やんでいる場合ではない。
 今は、ララァ=スン達の高次能力者の力を存分に発揮させること。
 その為にサイコミュの完成度を高め、それに応える高性能機を完成させることが命題なのだ。
 そしてそれと並行してPCSと準サイコミュによる、新システムのNT用兵器の開発も行なわなければいけない。
 だが、こちらの計画も非常に難航していた。

 唯一彼にとって救いと言えるのは、新しく今日ここへ配属されるNT適性者の存在だった。
 事前の資料によれば、その適性者はアースノイドの為現在はNTとしての確証があるわけでは無いと報告される。
 しかし、その資料が示す適性者のパイロット特性は十二分に期待できるものだった。
「まだ諦めたわけではない」
 そう言ってフラナガンはイスの背もたれに体重を預ける。
 丁度その時、机の上の通信装置が鳴った。
 それが部下からのものであることを確認すると、フラナガンはすぐさま通信ボタンを押した。
 モニターに部下の姿が映る。
「お忙しいところ失礼致します、所長」
「どうした」
「民間に共同開発を持ちかけた例の準サイコミュとPCSに関する事なのですが」
「どうかしたのか」
「はい。それが、各社から開発におけるデータ不足との連絡が入っておりまして」
「ほう、それで連中は何を欲しがってるんだ」
「NT適性者のテストパイロットを回して欲しいとの陳情が――」
 部下がそこまで言った途端、フラナガンは呆れた様に声を出した。

「馬鹿を言え。今、この研究所のどこにそんな余裕があるというのだ!」
「それは重々承知しております。しかし、先方からはNT適性者が回されない限り準サイコミュおよびPCSの開発は行なえない、と言われておりまして」
「連中め、足元を見おって……」
 軍に尻尾を振るしか能の無い軍需企業が、こんなときだけいい気な顔をする。
 そのことがフラナガンにとって非常に腹立たしかった。
 そもそも、現状で研究所のNTを外へ出せるわけが無い。
 だが、彼は軍需企業にNOと突きつけるわけにも行かなかった。
 PCSと準サイコミュの完成を頓挫させるわけにはいかないのだ。
「仕方があるまい」
 フラナガンは心底残念そうに言った。
「連中が提示しているプランの中で、一番まともな物を出しているのはどこだ」
「五十歩百歩で、なんとも言いがたいのですが」
「チーフとしての君の能力を信用している。思ったとおりに言ってくれ」
「恐らくはツィマッド社のプランが一番具体性の高いものかと」
 その言葉を聞くと、フラナガンはふむ、と頷いて間を取った。
「ならばツィマッドの連中に通達しろ。完全なNTでは無いが、適性の高いNT候補者を一人送ってやるとな」
「了解です」
「だが、向こうに送るのにはまだ時間がかかるとも伝えておけ。詳細なデータを送るのにも最低で一週間はかかるだろう」
「分かりました」
「頼んだぞ」
 そう言うとフラナガンは部下との通信を切った。
「――まったく、気に食わん」
 そう呟くフラナガンの表情は怒りをかみ殺していた。




 コジマ基地の勢力下であるタイ国境であっても、 大量の難民の流入によって治安は大分悪い。
 そんな難民キャンプの中でも半ばスラムと化している一角があった。
 人とは不思議なもので、似た様な境遇同士の人間が自然と集まって共同体を作る。
 簡単に言えば、そこはゴロツキ達の居場所だった。

 そんなスラムの片隅で、青年と言うにはまだ早い少年がひとり佇んでいた。
 少年はただ人並みを見つめている。
 反吐が出そうだ、と少年は思う。
 マフィアの下っ端だの、兵隊崩れだの、こいつらはゴミみたいに生きてきた連中だ。
 そんな連中が嫌いで、そんな連中が集まったこの場所が大嫌いで、そしてそんな場所でしか生きられない自分がもっと嫌いだった。

 少年がしばらくの間辺りを眺めていると、彼の前に初老の男が歩み寄ってきて声をかけてきた。
 その男の頭は無残に禿げ散らかっている。
 少年はこの男と知り合いだった。
「ようワン。随分暇してるみてぇだが、仕事の方は順調なのか」
 男はそう言うと、笑いながら片手の人差し指をクイクイと折り曲げた。
「いや、このあたりじゃもう金目のもん持ってる奴はいないよ」
 ため息混じりにワンと呼ばれた少年はそう答える。
「だったらこんな所で呑気にしてる場合か? 検問所の方のキャンプの連中は色々と持っとるだろ」
「冗談。あっちじゃ兵隊の監視が厄介だってのはアンタに教わったことだぞ」
「そりゃそうだがな……で、どうする? このまま餓死する気か?」
 半ば冷やかすような口調で言う男にワンは冷めた表情で返す。
「そのつもりはねえよ」
「かと言って他に方策もねえんだろ?」
 男の言葉を聞くとワンは黙ってしまった。
「そんなこったろうと思ったわ。だが、それも仕方ねぇ。お前の世話してくれてたアンちゃん、殺されちまったんだろう?」
 口を真一文字に結んで黙ったままのワンを尻目に男は話を続ける。
「俺もそんなお前を不憫に思ってよ、今日はもうけ話を持ってきてやったんだ。どうだ、乗るか?」
 もうけ話、という言葉に反応してワンは少しだけ顔を上げた。
「乗るかどうかの前に話の中身を教えてくれよ」
「勿論だ。だがこの話は絶対に漏らすんじゃねえぞ。コイツは相当なシノギだからな。そこら辺のチンピラにでも知られりゃただじゃすまん」
「何を今更。チンピラのシノギなんて今までに幾度となく首を突っ込んできただろ、アンタ」
「今回はそんなレベルじゃないんだよ。もの凄い量のヤクだ。それもこんなド田舎じゃまず手にはいらん代物のな。それをタダ同然の値段で腐るほど仕入れた」
「ヤクをタダ同然で?」
 それはワンにとって信じられない話だ。連邦の検閲の厳しいこの難民キャンプに薬を持ち込むのはとても難しい。それでも少量の薬を持ち込んでくる人間はいるが、売値は非常に高騰していた。
「一体どこから」
「それは言えんな」
 男の様子から仕入れ先はそこら辺のチンピラで無いことは確実だった。
「ワン、お前はとにかく薬をばら撒いてくりゃいいんだ。他のことは知る必要は無い」

 きな臭い、とワンは思う。
 しかし金は必要だった。
 世の中は明日の命も分からない人間で溢れている。
 特に難民の未来なんて絶望的だ。
 神にすがったって生活は良くなんてなりはしない。
 すがりつけるものが何も無いから、ここでは薬がよく売れる。
 死体を貪るハイエナみたいな稼業だ。
 だがその分この商売に手をつけたら最後。
 いつ、誰に殺されるかわからない。
 この稼業は足を突っ込めば突っ込むほど命の価値が安くなる。
 実際シノギのいざこざでゴミみたいに死んでいった人間をワンは嫌と言うほど知っていた。
 しかし選択の余地なんてものは無い。
 ワンは男から薬の売り手を引き受けると、男と共に人ごみの中へと消えて行った。



 タイ国境付近の荒れた道路を走る一台のジープがあった。
 ドラえもんの運転するジープである。
 余程荒れた道を走ってきたのだろう。
 傷だらけの車体は厳しい長旅を物語っている。
 しかし、それももう限界なのだろう。
 ジープのエンジンからはガスンガスンという音が鳴り響き、その度に車体が大きく揺れる。

 ガスンッ!!

 一際大きな音を立てて、急速に減速する。
 エンジン部分から黒煙が立ち込めると、とうとうジープは動かなくなった。
 すぐさま運転席からドライバーが降りてきてくる。
 ドラえもんはエンジンをチェックすると顔をしかめた。
「今まで騙し騙し乗って来たけど、こりゃあもうダメだぞ」
 ジョンの電気屋を出発して以来、長旅の中でこのジープが故障する事は幾度となくあった。
 その度何とか修理してきたドラえもんだった、流石に限界が来ていた。

「仕方ない、ここからは歩いていこう」
 そう言うとドラえもんはジープの荷台からリュックサックと一本の杖を取り出した。
 リュックサックを背負い、杖を地面に突き立てる。
 ドラえもんは緊張した面持ちで杖を見つめていた。
 その杖は言わずもがな、たずね人ステッキである。
 この世界でたった一つ、ドラえもんとのび太達をつないでくれる道具だ。
「頼むよ、たずね人ステッキ」
 そう言っていつもの様にステッキを倒す。
 カランと音を鳴らしてステッキの倒れた方角をドラえもんは眺めた。
 その先は木々の茂る険しい道である。
 しかし逃げるわけには行かなかった。
 今この瞬間も、のび太やしずちゃんやジャイアン達はドラえもんの助けを求めているのだ。
 この世界に迷い込んでから一月もの間苦しい思いをしている皆を思えば、それ以上の辛さなど彼には無かった。
 少しの間、決意を固めるようにステッキの先を眺めると、ドラえもんは黙々と歩き出した。


 もう半日は歩きとおしただろうか。
 日はとうに落ちたが、道は更に険しくなり、殆ど森の中のような状態だった。
 これ以上歩く事は危険と判断したドラえもんは、今夜はもうこの場に野宿しようと決めていた。
 適当に落ちている枯れ木を集め、火をつける。
 焚き火の前に腰を下ろすと、ドラえもんは水筒の水を呷った。
 ドラえもんは憔悴しきったように焚き火を見つめる。
 ゆらゆらと揺れる炎だけがドラえもんを照らしていた。

 一体こんな夜を何度すごしたのだろう。
 ドラえもんの胸は強い不安に覆われていた。
 果たして、こんな事をしていて本当にのび太たちを見つけることが出来るのだろうか?
 ジープが壊れ、徒歩になってしまった今となっては、改めて途方も無いことに思える。
 唯一のたずね人ステッキの性能も、的中率は70%。
 こうして歩いている道が正しいという確証も無いのだ。
 そもそものび太達が同じこの世界に居るとも限られない。
 もしかしたら亜空間で離れ離れになって、全く別の世界に飛ばされている可能性もある。
 再び水筒の水を呷る。
 水筒の水も尽きようとしていた。

 こんな事を考えるのは止めよう。
 考えたってどうしようもない事じゃないか。
 僕に出来る事は、最善を尽くす事だけ。
 弱音なんて吐いてる場合じゃない。

 それにしても静かな夜だった。
 パチパチと、焚き火の燃える音だけが辺りに響く。
「それにしてもおなかが減ったなあ」
 ドラえもんの呟きとほぼ同時に、彼のおなかがグ~と鳴る。
「まだ保存食が少しあったかな」
 そういってリュックサックを漁る。
 そこで、ん? とドラえもんは呟いた。
 なにか触りなれない感触のものがあったのだ。
 触ったところ、ひも状の物のようだった。
「なんだこれ」
 そう言ってリュックの中からその”何か”を摘み上げるドラえもん。
 ドラえもんが見たのは、彼の手に尻尾をつままれ、乾パンをかじりながら宙ぶらりんに鳴っているねずみの姿だった。
「う」
 一瞬世界中の空気が凍りついた。
 そして……、

「うぎゃ嗚呼ああアアア汗rtfxcgsふぇういいdrftgy藤子l@sdふぁえ!!”!!W?!!!!??!?!??”えwq!!!」

 まるでビックバンのような叫び声をあげてドラえもんは駆け出していた



 昼間は有象無象の難民達で賑わうこの難民キャンプも、夜の帳が落ちれば静けさに包まれる。
 そんな難民キャンプの片隅を、少年は全力疾走していた。
「くそっ、しくじった!」
 そんな少年の100mほど後ろをライトを持った兵隊2~3人が追いかけている。
 少年は手に持った札束をギュッと握り締めた。
「せっかくこんだけ稼いだのに捕まってたまるか!」
 それは麻薬を売り捌いて得た収入だった。
 少年のズボンのポケットの中にも札束が顔をのぞいている。
 一見して相当な金額である事は間違いない。
 よほどの数が売れたのだろう。

 ただ少年にとって捌く商品が多すぎたのは逆に不運だったと言える。
 いつもなら麻薬は品薄で、一人のバイヤーが捌く薬の量は精々7~8人分。
 それがなんと、50人分も手に入ってしまったのである。
 おかげで大金は舞い込むだろうが、反面リスクも大きい。
 それだけの数を捌けば、周りの目に付く可能性も高まるのだ。
 おかげで少年は麻薬を売る場面を兵隊に見つかってしまった。
 普段はスリや万引きで生計を立てているこの少年には荷が重すぎたのだ。
「ちっくしょおお! なめんなよ! こちとら走りだけは自信があんだ!!」
 そう言って少年は走るスピードを更に速めた。
 少年の走るスピードは、確かに目を見張るほど速かった。
 武装した兵隊達は、徐々に少年に引き離されてゆく。
 すると少年はすぐさま、建物の陰に隠れた。
 少年は走りだけでなく、土地勘でも兵隊達に負ける気はしなかった。
 なにせこの難民キャンプの裏道や隠れ家を少年は殆ど全て熟知しているのだ。
「くそ! あのガキどこへ行きやがった!!」
「ちょこまかとすばしっこい野郎だ」
 兵士達は少年が隠れた場所辺りで足をとめ、辺りをキョロキョロと見渡した。
「ちっ、逃がしたか」
「だが、諦めるわけにはいかん。あんなガキがあれだけの量のヤクを持ってるなんて尋常じゃない。間違いなく裏には巨大な犯罪組織がある」
「マフィアとかか?」
「さあな、ともかくあのガキを捕まえて全てを吐かせる事だ」
「そうだな。よし、俺はあっちの方を探す」
「じゃあ俺は反対側に行くよ」
 そう言うと兵士達は散り散りに走り出した。
 少年は少し間を置いてから、物陰からその様子を覗き込む。
 既に兵士たちは何処かへ行ったようで、そこには誰も居なかった。
「ふう、どうにか命拾いしたぜ」
 片手で腰の辺りを叩きながら、物陰から出てくる少年。
 両手を夜空に掲げ、んーっと間延びをする少年。
「だけど、厄介なことになったぞ」
 少年は考えこむ。
 この様子じゃ明日から難民キャンプ中の監視は大変な事になるだろう。
 ここの難民キャンプはかなり巨大だが、所詮は閉鎖された空間だ。
 永遠に逃げ切れるものでも無いだろう。
 そう考えながら、少年は夜空を見上げた。
 もう潮時かな、と夜空に浮かぶ月を見上げながら少年は思う。
 家族はみんな戦争で死んだし、自分を可愛がってくれた兄貴分の青年もいざこざに巻き込まれて死んだ。
 今仲間と思えるのは犯罪を斡旋してくるじじいだけだ。
 そもそも仲間と言ったって、そこにはお互い情なんて有りはしなかった。
 生きる為に、ただ互いを利用しあっていただけなのだ。

 いい機会だ、と少年は思う。
 もうこの難民キャンプを出よう。
 ラッキーなことにとりあえず金だけはあった。
 これだけの金があれば当分は困らないだろう。
 そう決意すると、少年は秘密の抜け道を通り、難民キャンプの外へと逃亡したのだった。


 難民キャンプも静かだったが、キャンプの外は余計に静かだった。
 荒れ果てた道を歩いてゆく。
 勿論、少年には行くあてなどなかった。
 ずっと歩き続ければいずれは何処かへたどり着くだろう、その程度の考えで少年は歩き続ける。
 考えなしではあったが、たどり着く場所がどんな場所だって少年には生きてゆく自信があった。

 そうしてしばらく歩いていると、少年は「う~」という何かの鳴き声を聞いた。
「……野良犬か?」
 咄嗟に身構え、耳を澄ます少年。
 しかし、その声は野犬の鳴き声と言うには随分弱々しかった。
 なんというか、弱って誰か助けを求めているような、そんな声だった。
 少年はなんだかその声の主が気にかかった。
 同時に、厄介ごとに巻き込まれたくない、とも思う。
 その声を発するのが何者なのか。
 確かめようか、確かめまいか、少年は少しだけ考え込んだ。
「まあ、あんな弱ってる声の奴じゃなんかあってもすぐに逃げられんだろ」
 そう思うと少年は声のする方向へ歩き出した。
「なんだ、人の声かこれ?」
 近づいてゆくにつれ、少年にはその声が人の呻き声のように聞こえていた。
 歩けば歩くほど、その確信は強まっていく。
 そして、遂に声の主の目の前に到着し、少年は絶句した。
「な、なんだコイツ!?」
 少年が驚くのも無理は無い。
 少年の目の前に倒れているのは、予想外のものだった。
 そこに居るのは明らかに人間ではなかった。
 かといって、それは少年の知るどの動物とも違う。
 肌は毛が全くなくツルツルしていて、そして真っ青だった。
 少年は何かのロボットかとも思ったが、ロボットにしてはやたらと有機的すぎる。
 少年にはこの生き物が何なのか全く見当がつかなかった。
 あえて例えるなら、耳の無い青狸と言ったところだろうか?
 しかし、例えそういう動物だとしても、明らかにこの生き物は人の言葉のようなものを呻いている。
 人の言葉を操るツルピカ青狸。
 果たしてそんなものがこの世に存在してもいいのだろうか?
「ま、まさかUMA!?」
 そんなことを呟きながら、少年は不思議な生き物を眺める。
 しかし不思議な生き物は依然として唸るばかりで一向に起き上がる気配が無かった。
「お~い、大丈夫か」
 そう言いながら、少年は小枝で不思議な生き物をつっつく。
「おあdじえごぇ@おぃ……ムニャ」
 不思議な生き物は何か寝言のようなものを呟いた。
 しかし、少年にはその意味が分からなかった。
「起きないなら俺は行くぜ」
 少年はこの不思議な生き物に興味を引かれてはいた。
 ただ、どうすればいいのかも分からない。
 ま、あの変な生き物も目が覚めれば自分の力でどうにかするっしょ、きっと。
 そんな思いで、不思議な生き物に背を向ける。
 その時。
「ウニャムニャ……ノビタ……ノビタ……クン…ムニャ」
 その呻き声だけがやけに寂しそうで、少年はその生き物に振り向かずには居られなかった。



「ワン、これはどういうことだ。説明しろ」
 そう言ったのは昼間ワンに仕事を斡旋していた男だ。
 男は深夜に自分の隠れ家へやって来たワンを睨み付けながら言った。
「オメエ、今日の昼間に兵隊どもにヤク捌いてるところをバレたらしいじゃねえか」
「すまねぇ」
「すまねぇで済むかボケェ! てめぇ一人のミスでここいらの仲間全員の足引っ張る事になったんだぞ!」
 そう言って男は鋭い眼光でワンを睨み続けた。
 無言のまま時が流れる。
 ふと、男はワンから視線を逸らし、彼の足元に倒れている青い狸のようなものに目を落とした。
「それに、そこにいるわけの分からん青狸は何なんだ? 着ぐるみか?」
「いや、それは俺にも分からねぇんだ。たぶん生き物だと思うんだけど……」
「生き物ぉ? そんな気持ち悪い生きもんがいるわけねぇだろ!」
「本当なんだ、信じてくれ」
 ワンは真剣な眼差しで男を見つめた。
「コイツ、さっき人間の言葉みたいのをしゃべってたんだ。寝言みたいで何言ってるか分かんなかったけど、凄い寂しそうだった。きっと仲間と逸れたんだよきっと!」
「仲間って、狸仲間とか? 赤狸とか」
「たぶん……」
「バカらしい」
 ワンの事は早熟な子供だと思っていたが、所詮はちょいと擦れただけのガキか。
 そんなことを思いながら、男はため息混じりに背を向ける。
 しかし、ワンは男の背中にしがみついた。
「なあ、頼むよジジイ! この青狸をジジイの家で匿ってくれよ!!」
「だめだ」
「頼むって! 金ならあるから!!」
「生憎。稼業以外でガキから金巻き上げるほど腐ったつもりはねぇよ」
「お願いだよジジイイイイイイイ!!」
「静かにしろ! 兵隊に怪しまれんだろ!!」
 男はワンに振り返って怒鳴りつけた。
 しかしそれでもワンは怯まない。
「コイツが元気になるまででいいんだよ」
「しつけぇな! 大体おめぇはなんでそこまでコイツに――」
 そんなに肩入れしてやがるんだ。
 男はその言葉を言おうとして、それを飲み込んだ。
 ワンの瞳を見れば、それは聞くまでも無いことだった。
 きっと、戦争で親を亡くしてさまよっていた自分を、この青狸と重ねているのだろう。
「チィッ」
 男は舌打ちすると、片手で頭を掻いた。
 ただでさえ禿げ散らかった頭が、余計に無造作になる。
「しかたねえな。少しの間だけだぞ」
「本当!? ありがとうジジイ!!」
 ワンは本当に嬉しそうな顔をして男に抱きついた。
 そんなワンとは対照的に、俺も焼きが回ったもんだぜ、と男はため息をついていた。



『おーい! みんなー! 助けに来たよー!』
 ドラえもんは真っ暗な闇の中でそう叫んでいた。
『のび太くーん! しずちゃーん! ジャイアーン! スネ夫ー! 出来杉くーん!』
 そう叫んでも、何の返事も無い。
 ドラえもんの声だけが虚しく響き渡る。
 それでもドラえもんは叫び続けた。
『おーい! みんなどこだー! おーい!』
 必死で叫ぶドラえもん。
 するとその願いが通じたのか、ふと遠くの方にのび太らしき姿が見えた。
『おーい、のび太くーん!!』
 ドラえもんは渾身の力で叫んだが、のび太はその声に気づいていないようだった。
 のび太はそのままドラえもんに背を向けると、何処かへ向かって歩き出した。
『待ってえ~!!』
 ドラえもんは全力でのび太を追いかける。
 しかし走っても走っても何故だか距離は近づかず、のび太の姿はどんどん遠ざかっていく。
 ドラえもんはもう一度大声で叫んだ。


『のび太く~ん! ここだよ!!!! 僕はここに居るよ!!」


 ドラえもんはベッドから飛び起き、そして辺りをキョロキョロと見渡した。
 そして「あれっ?」と呟いた。
「――のび太くん?」
 しばし呆然と辺りを見渡す。
 ここにはのび太はおらず、あるものといえば汚い生活用品とガラクタのようなものばかりだった。
 見たところ、どうも廃品などを利用して作られたテントのようである。
 その光景を見て、自分が見ていたのが夢であった事に気づく。
「…のび太くん」
 寂しそうにそう呟いて、ドラえもんは再び部屋を見渡した。
 見覚えの無い場所だった。
 何故こんなところに居るのだろう。

 必死に記憶を手繰る。
 僕はずっとジープに乗って皆を探してて。
 そうだ、ジープが壊れて僕は徒歩で旅を続けてたんだ。
 そして、夜になって歩きつかれて、焚き火をして、それで――。
「そうだ、ねずみ!」
 ドラえもんは、思い出した! というように両手をポン、と叩いた。
 次いで絶叫した。
「居ないっ!?!? ここにはねずみ居ないっ!?!?」
 慌てて布団から這い出て、血眼で辺りを探るドラえもん。
 しかしあたりにねずみの姿は見つからなかった。
「ふぅ……良かった」
 ほっと胸をなでおろすドラえもん。
 しかしこれでドラえもんは合点がいった。
 僕はねずみに驚いて急いで走り出したのだ。
 そして何かに足をとられて転んだんだった。
 きっとその時に気を失って、そこを誰かに助けられたのだろう。
 そうしてドラえもんが自分の置かれた状況を飲み込みつつあった頃、テントに一人の少年が入ってきた。
 年頃で言えばのび太達とさほど変わらない少年だった。
 服は擦れてあちこちに穴が開いており、頬にも大きな傷跡がある。
 そして、子供とは思えない眼光の鋭さがその少年の歩んできた人生を物語っていた。
「やあやあ、君が助けてくれたんだね。どうもありがとう」
 ドラえもんはそう言うと笑顔で握手を求めた。
 そのドラえもんの様子に少年も安心したのか、少年もまた安堵の表情を見せる。
 しかし、それでもまだドラえもんを警戒しているのだろう。
 少年は少しドラえもんから距離を取っていた。
 しかし、そんな少年の反応にドラえもんは慣れていた。
 どうもこの世界では、MSなんていう巨大なロボットが居る割に、ドラえもんのような家庭用ロボットが普及しているわけではないのだ。
 おかげで行く先々で彼は奇異な視線に晒されて来た。
 まぁ、そもそもそれは20世紀でも同じ事だったのだが……。
「ぼく、ドラえもんて言うんだ。よろしくね」
 少年を安心させようと、ドラえもんはニッコリ笑った。
「そうだ、助けてもらったお礼に何かプレゼントをあげないと。まあプレゼントなんて言っても、乾パンくらいしかなんだけど――」
 ドラえもんはその先を話そうとして、絶句した。

 ――無い。

 ――無い。

 無いのだ。
 リュックも。
 その中に入っていた食料も、工具も。
 そして、”たずね人ステッキ”も、何もかもみんな無いのだ。
 ショックのあまりドラえもんはしばし固まってしまった。
 食料や道具だけならまだ良かった。
 そんなものは何かしらで代えはきく。
 しかし、たずね人ステッキだけは無くすわけにはいかなかった。
「あ、あの! 僕が倒れてた辺りにステッキなかった!?」
 少年の両肩を掴んで思い切り前後に揺する。
 すると少年は驚いた様子で何かをドラえもんに訴えた。
 ドラえもんには『何言ってんだかわからないよ!』と少年が伝えようとしているのが分かった。
「ほんやくこんにゃくがあれば……」
 そう言ってみたところで、ドラえもんの四次元ポケットは完全におしゃかだ。
 困惑のあまり、表情が曇る。
「しかし、本格的に困ったぞこれは」
 とにかくたずね人ステッキだけでも探し出さなければ。
 そう思い、自分が倒れていた場所を問いただす。
 だが、どんなに説明しても少年には意図が通じないようだった。
「仕方ない。こうなったら一人で探そう」
 ドラえもんは少年に助けてくれたお礼を言うとテントの外へ出ようとした。
 しかし丁度その時、外から一人の男が入ってきた。
 薄毛の初老の男だ。
 男がジロリとドラえもんを睨む。
「やあー、どうも! ここはあなたとあの子のテントなんですか? お世話になりました」
 すかさずドラえもんはフレンドリーな口調で話しかけた。
 しかし、男の表情はかなり不機嫌そうである。
(うーん、このおじさんにはも嫌われてるみたいだなぁ、どうも)
 男を怒らせないように愛想を振りまきつつ、後ずさりするどらえもん。
 しかし、男はあっさりドラえもんから視線を逸らすと、少年に向かって口を開いた。

「青狸のヤツ目が覚めたみてぇだな、ワンよ」
「うん。ジジイのおかげだ!」
 少年は純粋な笑顔を作る。
 男は咄嗟にワンから視線を逸らした。
 子供のこういう表情は苦手だ、と思う。
「お前の言ってた通りだな。この青狸、本当に言葉を話すみてぇだ」
「だろう? でも外国語みたいで俺には何言ってるか分からないんだ。ジジイは分かる?」
「俺にもよお分からん。だが、日本語じゃねぇか? 難民キャンプの日本人達のしゃべり方に似てる」
「へぇー。じゃあコイツ日本人なんだ」
「日本人……ねぇ」
 どっちかってーと”日本狸”って感じだがな、と内心男は思う。
「まぁそんな事はどうでもいい。コイツが何狸だろうと俺の知った事じゃねぇからな」
 男は咳払いした。
 そして改めて鋭い眼差しをワンに向ける。
「ともかくだ。青狸も元気になったみてぇだし、ソイツ連れてとっとと出てってくれ」
 男の言葉に、ワンの表情は一気に暗くなった。
「もう少しだけ頼むよ」
「ダメだ」
「お願いだよジジイ!」
「ダメだったらダメだ」
「ジジィ~~!!」
「もうその手には乗らねぇぞっ!」
 男は突き放すように言った。
 俯くワン。
 ドラえもんはそんな2人を、なす術なく見守っている。
「こちとら手前の生活があるんだよ。兵隊に顔割れてるお前と、そんな訳の分からねぇ青狸に居座られたんじゃ稼業にならねぇ」
「でも!」
「“でも”じゃねぇ。ガキだからって駄々こねんな。いいか、これだけは覚えとけ。このご時世ガキだの、弱者だの、そんな事で助けて貰えると思うな。今はどいつもこいつ自分一人守るんで精一杯なんだよ。ガキだからって甘えてると、野垂れ死ぬのはお前自身だぞ」
「……」
 ワンは黙ったまま考え込んでいるようだった。
「……分かったよ」
 ワンは寂しそうにそう言った。
 そしてドラえもんに振り返ると、手で『ついて来い』と合図した。
「今までありがとうな、ジジイ」
 ワンはテントを出る間際にそう言った。
 しかし、男はワンに背を向けたまま返事をすることは無かった。




 ジュージュー!
 カシャンカシャン!

 強力な火力と、豪快なフライパン捌きの織り成す調理音が今日もホイ達の店に鳴り響いていた。
 フライパンで炒めたチャーハンを、サッと手早く皿に盛り付ける。
 そのボリューム感たるや難民キャンプで店を構えてるとは思えないほどである。
「マスター、ご馳走さま!」
 客の一人の男が大きな声で言った。
「あいよ!」
 店主が気のいい笑顔でそれで返す。
「どうもありがとうございます」
 調理をしている店長に代わってホイが客から代金を預かる。
 それを清算し釣りを手渡す。
「しかし、この店の存在はほんと有難いよ」
 ホイから釣りを受け取りながら客が言った。
「ここに来ると昔の生活を思い出せるんだ。なにせ、こんな状況だろ? 前の生活と何もかも変わっちまった。金なんて殆ど、紙くずに鉄くずみてぇなもんだ」
「いえ、大事な御代ですよ」
 ホイはそう言って頭を下げた。
「本当だよ、店員さん。だからこそ嬉しいんだ。こうして金払って、飯を食って。そんな当たり前の生活も、ここに来ねぇと忘れちまうんだわ」
「僕もそうですよ。こうしてお客さんと接していると活力が沸くんです」
「まったく、まだ一年も経ってねぇって言うのにねぇ」
 客はそう言うと深刻な顔をした。
 しかし、すぐに思い直したように笑顔を作る。
「っと、すまねえな店員さん暗い話しちまって! 俺も頑張るから店員さんも頑張ってよ! この値段設定じゃ自転車操業だろうけどさ」
「はは、全くですよ。またお待ちしてます!」
 笑顔で帰っていく客をホイは見送った。
最終更新:2009年11月27日 11:44