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 空は雲ひとつない快晴で、真っ青に澄み渡っている。風も気持ち良いそよ風だ。
 おまけに今日は休日。こんな日は誰でも気分が良くなるものである。
 だというのに、ドラえもんの表情は曇っていた。
「のび太君、こんなに天気が良いんだから昼寝なんてしてないで外に遊びに行ったら」
 ドラえもんは、畳の上で寝っ転がっているのび太に呆れたように言った。
「余計なお世話だよ。僕はこうしてるのが一番好きなんだ」
 のび太はそれに気だるそうに答える。
「ちゃんと体を動かさなきゃ体に悪いよ!」
「うるさいなぁ、僕がスポーツやったってロクな事にならないのは知ってるだろ?」

 はぁ、とため息をつくドラえもん。
 未来からのび太を更正するためにやってきた彼だが、随分な月日が流れた今でものび太の性根は一向に変わっていなかった。
 いやむしろ彼が来てからというもの、のび太はドラえもんの道具に頼りっぱなしになって以前よりも怠惰になったかもしれない。
 ドラえもんは頭を抱えていた。
 人は誰だっていつかは自立しなければいけない。いつまでも道具なんて頼りにすることは出来ない。
 いつも考えることだが、ドラえもんは自分が来てしまった事自体が間違いなのではないかと思いついそのことを悔やんでしまう。
 のび太に必要なのは道具なんかじゃないのだ。

 ドラえもんは少しの間そんなことを考えると、何も言わずにタケコプターで窓から空へ飛んでいった。
 のび太はそれを見送る事もなくただ寝ていた。
 だけどのび太自身ドラえもんの言うとおり寝てばかりではいけないことは分かっていた。
 ドラえもんが自分のために色々やってくれることはありがたいと思っているし、もっと努力しなくちゃとも思ってる。
 いや、努力しようとした事なら何度でもある。
 だけどその度に、運動も勉強も何も出来ない自分が不甲斐無くなるだけだった。
 そして結局ドラえもんの道具に頼って、自分の無能さをかみ締めるのだ。
「どうせ僕なんか……」
 のび太はそう呟くしか出来なかった。


 ガヤガヤドタドタと騒がしい音がしてのび太は目を覚ました。
 気がついたら寝ていたということは彼にとって常の事だから、のび太は特に気にせずそのまま体を起こして時計を見る。
 時間はドラえもんが部屋を出てから30分ほどしか経っていない。
 騒がしい音は誰かがしゃべりながら階段を上ってくる音で、その声には聞き覚えがあった。
 勢いよく開かれたドアの向こうに立っていたの予想通りの人物達だった。

「ジャイアンとスネ夫、しずちゃん?」
 のび太がそう言うと、3人の影からドラえもんがひょっこり顔を出した。
「何、どうしたの?」
 訝しそうに疑問を投げかけるのび太。
「ドラえもんが未来の世界を見学させてくれるって言うから来たんだよ!」
 ジャイアンがいつものようにデカい声で答える。
「へ?」
「のび太さんも一緒に行くわよね」
 と、にっこり笑うしずちゃん。
「おい、のび太なんかいいから早く行こうぜ!」
 と言いながら待ちきれない様子のジャインは、勝手にのび太の机の引き出しを開いてその中へと入っていった。
「まってよ~」
 それに続いてスネ夫も引き出しの中へと入っていく。
「さ、行きましょ」
 そう言いながらのび太の手を引くしずかに、のび太は訳も分からず連れて行かれた。

 ドラえもんはそんな4人の様子を微笑ましく眺めていた。
 のび太にはちゃんと友達が居る。
 ジャイアンやスネ夫にイジメられたりしたとしても、この友達と付き合うことがのび太にとってやはり一番なのだ。
 今回の企画もそう思ってのことである。
「ドラえも~ん! はやく!!」
「今行くよ!」
 ジャイアンがそう呼ぶ声を聞くと、ドラえもんもまたタイムマシーンに乗り込んだ。
「絶対未来のリサイタルホールに連れてってくれよなドラえもん! 未来のアーチストがどれくらいのレベルなのかこの目で確かめてやる!」
「僕は是非科学博物館に行きたいな」
「私は未来の町を案内して欲しいわ」
 みんなが嬉しそうに口々にリクエストすると、どらえもんは笑顔で「わかったわかった」と返事した。
 ただのび太だけは黙っていた。
「のび太さんは何処に行きたいの?」
 そんな様子を見かねたのか、しずかがそう問いかける。
「僕は……」
 そこまで言ってのび太口を閉ざした。
 行きたい所を考えてみても、のび太にはそれが思いつかなかった。
 22世紀には今までにも何回かドラえもんに連れて行ってもらったことがあるけど、詳しいわけじゃない。
「僕はどこでもいいよ」
 のび太はそっけなく答えた。
「そう」
 しずかはそういうとそれ以上何も言わなかった。
「じゃあそろそろ出発するよ」
 ドラえもんがそう言うと、タイムマシーンは静かに動き出した。

 最初に異常に気が付いたのはドラえもんだった。
 到達点の時間や操縦系などの様々な情報を映し出すモニターを見ながらドラえもんは「ん?」と声を発した。
 時空流の様子を表すモニタに小さな乱れが現れたのだ。
 時空乱流である。
 時間の狭間であるこの特殊な空間には、時折突発的な歪みが現れる事がある。
 この歪みが大きくなると空間に渦巻きのようなものが出来て、それに飲み込まれると予測できない空間に放り出されてしまう。
 不味いなと思い急いで計器を調べる。
 幸いな事に時空乱流の規模は小さい。
 ドラえもんはほっと、肩を撫で下ろした。
 この程度なら問題ないだろうと判断したドラえもんは、そのままタイムマシーンの操縦を続けた。


 結局、ドラえもん一行は無事に22世紀の世界に到着した。
 タイムマシーンの出口の穴が開き、一人一人タイムマシーンから降りてくる。
 全員が降りた事を確認すると、ドラえもんはタイムマシーンの出口を閉じた。
「未来も意外と大した事ないねぇ」
 辺りの景観を眺めながらそう呟くスネ夫。
「まぁまぁ、そう言わないでよスネ夫君。これから色々面白い場所に連れて行ってあげるから」
「おい! まずはくリサイタルホールに連れて行けよな!!!」
「わかってるってば」
 そうして雑談をしていると、突然しずかが「あっ!」と声を張り上げた。
「どうしたの?」
 と、問いかけるどらえもん。
「出来杉さんを呼んでくるの忘れちゃったわ」
 と言って顔を曇らせるしずか。
「いいじゃない、出来杉なんて」
 そんなしずかの様子を見て、不満そうにのび太が言う。
「そんな事言うなんてひどいわ!」
 怒った顔で言うしずかにのび太はたじろぐ。
「でもさ、そんな事言ってもしょうがないじゃない。もう着いちゃったんだしさ。ジャイアン達もそう思うでしょ?」
 ジャイアンはよっぽど未来のコンサートが見たいのか、大きく頷く。
「出来杉さんが未来の世界を見てみたいって言ってたの知ってるでしょ? ねぇ、みんなお願い」
 しずかがそう懇願すると、ドラえもんは「よし」と言った。
「じゃあ僕が出来杉君を連れてくる間、みんなの案内はドラミにやってもらおう」
 そう言うとドラえもんはドラミに連絡を取った。

「~~って事だから、よろしく頼んだよドラミ。うん、わかってるって。今度ドラ焼き持っていくからさ、それじゃあまた後で」
 そう言って電話を切るドラえもん。
「ありがとう、どらちゃん」
 満面の笑顔で言うしずかをみてドラえもんは照れる顔をした。
「それじゃあドラミが来るまでみんなはここで待っててね。すぐ来ると思うから」
 ドラえもんはそう言うとタイムマシーンの入り口を開きその中へと消えていった。


 5分経ったところでのび太達の前に一台の車が止まり、その車の中からドラミが出てきた。
 手を振りながらのび太たちのもとに歩いてくるドラミ。
「みんな、22世紀にようこそ」
 笑顔で挨拶するドラミにのび太達も挨拶で返す。
「まずはコンサートだったわね。みんな今日はラッキーよ。今日は丁度、有名アーティストの内藤武運のコンサートがあるんだから!」
 ドラミは少し興奮しながらそう言った。その様子からして、相当の有名人だと分かる。
「あの、チケットとか大丈夫なんですか?」
 ドラミの言葉を聞いて心配そうにしずかが言う。
「大丈夫、ちゃんとお兄ちゃんがチケットを取っておいてくれたから。じゃあ、みんな早く車に乗って。もうすぐコンサートが始まるわ」
 そう言うとドラミはみんなを車に乗せ、車を急発進させた。

 22世紀の町を一通り観光し終え、一行は帰途についていた。
 出来杉もコンサートの途中でみんなにちゃんと合流し、みんなとともに歩いている。
「いやあ、今日は楽しかったなぁ」
 口々にそう言うのび太達。
「みんな何が一番楽しかった?」
 ドラミはそんなみんなの様子を嬉しそうに見つめながら言った。
「俺はなんと言っても内藤武運のコンサートだな! まじ最高だぜ!!!!!」
 と興奮しながらいうジャイアン。
「科学博物館のロボット展示場が良かったな僕は。あんな大きなロボットが見れて漫画の世界に来たみたいだったよ」
 スネ夫もまたそう言いながら興奮している。
「ほんとほんと! ロボットアニメに出てきそうなロボットがたくさんあってビックリしたよ!」
「俺もあれは操縦してみたかったぜ!」
 と、のび太やジャイアンも興奮が冷めやらない様子である。
 ただ出来杉だけは冷めた顔つきをしていた。
「ドラミさん」
 深刻そうな顔つきでドラミに尋ねる出来杉。
「22世紀の世界では……その、戦争とかはあるですか?」
 その質問を聞き、ドラミも少し厳しい顔つきになった。
「22世紀に入って大きな戦争は起こってないわ。安心して」
「そうですか」
 ほっとした顔をする出来杉の顔を見て、ドラミは更に続けた。
「でもあなたが言いたい事もわかるわ。あれだけの機械が戦争に転用されれば大変な事になるもの」
「僕は科学者になりたいんです。でもたまにそれが正しいのか分からなくなる」
 出来杉は悲しそうな顔をする。
「大丈夫。世界が平和であり続けるようにするのも科学の力よ」
 そう言って笑うドラミに出来杉も小さく笑った。
 その通りだ、と出来杉は思った。現にこの世界はこんなに平和なのだ。

 タイムマシーンの入り口にたどり着くと、空はもう夕焼けになっていた。
「それじゃあみんな気をつけてね」
 ドラミがそう言うと、のび太達は一斉に「ありがとうございました」 と言った。
「今日はありがとうドラミ。本当に助かったよ」
 とドラミに感謝するドラえもん。
「いいのよお兄ちゃん。でもちゃんと今度お礼してよ?」
「わかってるって。それじゃあもう行くよ。セワシ君によろしく言っておいてくれ」
「うん、じゃあね」
 そう言ってドラミはみんながタイムマシーンに乗り込むのを見送った。

 タイムマシーンの入り口が閉まるのを確認するとドラミはセワシの家へと帰っていった。


 タイムマシーンの上では、のび太達が未だ興奮冷めやらぬ様子であれこれと話し込んでいた。
 そんな様子を見て、ドラえもんは微笑んだ。
 改めて今日のび太達を連れてきて正解だったと確信する。
 こうして友達と積み重ねた思い出が道具なんかよりも大切なのだ、と思う。
 この友達がいればのび太はきっと道を間違えないだろう。
 ドラえもんは嬉しいような安堵のような気持ちに浸った。

 だがしかし、残酷な事にその気の緩みが取り返しのつかない事態を引き起こした。
 突然けたたましいブザー音が鳴り響く。
 その音に驚き、話すのを止めるのび太達。
 ドラえもんはとっさにタイムマシーンの計器を確認する。
 しまった、と思った。
 その計器は巨大な時空乱流の存在を示している。
 時空乱流は突然表れる。時空乱流の予兆を表す小さな乱れには常に気をつけねばならない。時空乱流が起きてからでは遅いのだ。
 ドラえもんとてそんなことは百も承知である。しかしほんの少しの気の緩みが計器の確認を忘れさせ、その予兆に気がつくことが出来なかった。
 ガタガタと大きくタイムマシーンが揺れ始めて、のび太達は不安から騒ぎ出した。
「ドラえもんどうしたんだよ!!!!」
「タイムマシーンがぶっ壊れたのか!?!?」
 しかし、その声にいちいち答えてる暇などドラえもんには無かった。
 とっさに計器の情報から乱流の位置を確認する。
 だが全てが遅すぎた。
 乱流の発生した位置はあまりにも近すぎて、もはやこのタイムマシーンの性能ではこの乱流から逃れる事は出来ない。
「みんな!! しっかりタイムマシーンに掴まって!!!!!」
 ドラえもんが叫ぶと同時に、タイムマシーンはいっきに時空乱流の中に吸い込まれていった。




 UC0079
 10月

 宇宙世紀と呼ばれる新暦となってから半世紀以上が過ぎていた。
 戦争の時代と呼ばれた20世紀から長い年月がたった未来だが、しかしこの世界は20世紀を遥かに越えた戦争の世界となっていた。

 サイド3という名のコロニー群はジオン公国を名乗り、地球を統括する地球連邦政府に対し宣戦を布告した。
 モビルスーツという名の新兵器を使用したジオン軍は圧倒的な力をほこり、ジオンの数十倍の国力を有する筈の連邦軍をことごとく打ち破っていった。
 それまさに旧暦最大の戦争を彷彿とさせた。

 ジオン軍は怒涛の勢いを誇り、一気に地上の3分の2を占領した。
 しかしこのままジオン軍が連邦軍に勝利すると誰もが思った矢先、ジオン国王の息子であるガルマ=ザビが突如連邦軍との戦いにより死亡した。

 そんな戦況下の北米のとある町の一角。
 そこには古ぼけた家が立ち並んいるが、閑散としていて中には半壊状態の建物も見受けられる。
 しかしそうした状況はこの地域においては珍しくなかった。
 ジオン地球攻撃軍の配下であるこの北米地域では、激しい戦闘が数ヶ月に渡り繰り広げられたのだ。
 だがここ2ヶ月ほどはジオンの統治力が強くなり、ひとまず大規模な戦闘が行われる事はなくなっていた。

 その住宅街の中の一軒で青年はTVを見ていた。
「まったく毎日毎日、ニュースばかりでつまんねぇ……」
 反吐が出るほど繰り返し放映されるギレン=ザビの演説をみながら青年はそう呟いた。
 TVでは3日ほど前からジオン軍のガルマ=ザビの死亡したニュースばかりであふれている。
 ただでさえ戦争で有線放送の設備が破壊され途切れてしまっている。
 その上電波放送の方は時折軍によって散布されるミノフスキー粒子のおかげで酷い映りだ。
 そもそも放送される番組自体、規制されてろくな番組が無い。

 そしてガルマ=ザビの死亡である。

 青年は飽き飽きしたのかTVを消した。
「もうホライったら、やること無いんだったら勉強でもしてなさい。来年ジオンの仕官学校を受けるんでしょ?」
「はいはい、そうっすね」
 青年、ホライ=ゾーンは母親の言葉に適当に返すとそのまま席を部屋を出た。
 リビングを出て玄関へと向かうと、ホライはそのまま外へと出ていった。
「はぁ~あ、やる気起きないんだよね勉強なんか」
 外は日が落ちてとっくに夜だ。
 最近、夜になると自警団や軍がウロウロしていて厄介なのは分かっているが、しかしホライは家にいる気分にはなれなかった。
「ったく、士官学校の倍率何倍だと思ってんだよ。俺が受かるわけないだろ」
 そう言いながら道に転がっている石を蹴飛ばすホライ。
「そもそも、ジオンが絶対に勝つと思ったから甘い汁吸えると思ってノリで受験決めたのによ。ガルマ=ザビが死ぬなんて冗談じゃないぜ」
 ガルマ=ザビは彼が住むこの北米の統治者である。
 そのガルマが死んだということは、この北米の安定が揺らぐ事であることくらいホライにも分かっていた。
 さらに町にはホライにとって嫌な噂が立ち込めていた。

 白いモビルスーツ。
 連邦軍の新型兵器のことらしいが、これが驚異的な強さでザクとは比較にならない性能だというのだ。
 噂によればそのモビルスーツは、ジオン軍を志願するものなら誰でも知っているあの”赤い彗星”を打ち破ったといわれている。
 それどころかガルマ=ザビもそのMSに倒されたというのだ。
 そんな噂を聞けば、だれだって士官学校を受ける気が無くなるという物だ。
「はーあ。これからどうするかねぇ」
 ホライは空を仰いだ。
 別にジオンにそれほどの思い入れは無い。何もジオンの士官学校なんか入らなくても、他に進むべき道はいくらでもある。
 ただ連邦関係の道には進みたくは無い、とホライは思う。
 かつてこの地域を統治していた連邦軍は、ジオンが攻めてくるなり市民をロクに救う事も出来ずに敗北した。
 青年のホライにはその姿はあまりに情けなく映ったのは言うまでも無い。

 何だか何もかもが嫌になって、 ホライはそのまま行くあても無く歩き続けた。
 そうしていると、彼はふと道の片隅に一人の少年が倒れているのを見つけた。
 ホライはその少年に慌てて近づいて上体を起こす。
「おい、大丈夫か!?」
 とホライが呼びかけても少年は気を失っているのか何の反応も無い。
 誰か近くに居ないか辺りを見渡すと、ホライは更に少女が倒れているの見つけた。
 その少女もまた気を失っている。
「なんなんだ一体」
 強盗にでも襲われたのだろうか? それにしては見た目に傷のようなものは無い。
「まさか脱走した捕虜か……? でもまさかこんな子供が捕虜なわけ無いよな」
 ホライはそのままどうしてよいか分からず、とりあえず人を呼ぼうとしたその時、少年が突然意識を取り戻した。
「おい、平気か君? どうしたんだ?」
 そうホライが問いかけると、少年は驚いた様子で何か訳の分からないことをしゃべりだした。
「何言ってんだかわかんねーよ! まさか外人か?」
 ホライは面倒なものを見つけてしまった、と後悔した。
 しかしこのままこの二人を放っておく事も出来ない。
 どうしたものかと考える。
 普通に考えれば警察に連れて行くのだろうが、この時間にこんな子供を連れて行けば妙な疑いをかけられかねないとホライは思った。
 例のガルマのこともあり、最近は特に警察や軍はピリピリとしている。
 ホライは未だに目を覚まさない少女を背負うと、とりあえず家に行く事にした。
「ほら、お前も来いよ」
 と言っても言葉が通じないようなので、ホライは少年に必死でジェスチャーでついてくる様に伝える。
 少年はなんとか意味を理解したのか、ホライが歩き出すとその後をついてきた。


「だから、本当に倒れてたのを見つけただけなんだって」
 ホライは必死に変な疑いをかけてくる母親に弁明する。
「わかったわ。とりあえずお父さんが戻るまで待ちましょう」
 ホライの母はベッドに横になっている少女を見て頭が痛くなった。
 外傷はないし、ちゃんと呼吸もしている。たしかにただ気絶しているだけのようではある。
 少女も少年も東洋人のようで、言葉がまったく通じない。
 戦時中とは言え、こんな事は今まで起こった事は無かった。

 そんなことを考えているうちにホライの父が帰宅した。
 ホライの母はホライと少年を交えて、いきさつを説明した。

「話は分かった、この子達にも何か事情があるんだろう」
 そう言うとホライの父は少年に向かい合った。
「君は見たところ東洋人みたいだけど」
 そう問いかけると少年は話を始めた。
 少年の言葉に耳を傾けると、ホライの父はその言葉に聞き覚えがあった。
「これは日本語だね。大学生のころ少しだけ勉強した事がある」
 ホライの父はそう言うと、うろ覚えの日本語で少年に話しかけた。
「キミハ、ニホンジン?」
 目の前の男が初めて聞き覚えのある言葉を話したのを聞いて、のび太は嬉しさのあまり声を張り上げた。
 なにせ訳も分からないうちにこんな所で目覚めてから、のび太は一切日本語というものを聞いていなかったのだ。
「そうです! 僕日本人です!!」
 そう言うと、男は少し考え込むと更に続けた。
「ドウシタ?」
 片言の日本語で聞き取りずらいが、「一体どうしたのか?」と聞いているのはのび太にも分かった。
 しかしどう説明するべきか、とのび太は考え込む。
 そもそものび太自身何が起きたのか分からないのだ。
 おまけに相手はほとんど言葉が通じそうに無い。

 そうして黙っているのび太を見て、ホライ達は勝手にのび太には言えないような深い事情があるのだと納得した。


 ホライの父は何とかのび太から「ノビタ」という名前を聞き出し、疲れたようにソファーに座った。
「それでどうするのあなた?」
 そんな彼を見て、ホライの母は心配そうな顔でそう尋ねた。
「とりあえずもう少しうちで面倒を見よう。もうひとりの子も、まだ目が覚めてないんだろう?」
「でもあなた、もしこの子達が連邦に関係がありでもしたら」
「いくらなんでも考えすぎだよ。だけど警察に連絡するかどうかはもう少し様子を見てからだ」
 ホライの父はそう言うとソファーに座った。
「今は警察も信頼できないからね」
「……」
 ホライの母はそれを聞いて俯いた。
 彼はそんな彼女の様子を複雑な表情で眺めた後、ホライに振り向いた。
「さぁホライ、もう時間も遅い。お前はその子を部屋に連れていって寝かせてあげなさい」
「うん、わかった」
 そう言うとホライはのび太の手を引いて二階の自分の部屋へと上がって行った。

 ホライの部屋にのび太を案内したが、のび太は未だに緊張した様子である。
 しかしこんな事態になってるのにこの少年の緊張具合はむしろ落ち着いている方だ。
 ホライは何となくこの少年はこんな事態になれているのかな、と思った。
「ノビタ……だっけ? 君は俺のベッドに寝てくれ」
 と言うホライだが、やはり言葉が通じない。
 ホライがのび太にジェスチャーでベッドで寝ろと伝えると、のび太はあっと言う間にいびきを立てて寝始めた。
「まったく、凄い神経してるなコイツ。よっぽど疲れてたのかな?」
 ホライは呆れるような感心するようにのび太を見つめながら、自分も適当に床に布団を敷いてそこに横になった。


 のび太は目を覚ますと、自分が知らない部屋で寝ていることに驚いて慌てたが、すぐに昨日のことを思い出した。
 タイムマシーンが急に渦巻きのようなものに飲み込まれたこと。
 その後気がついたら知らない場所で目が覚めて、知らない人に助けてもらった事。
 そして……
「そうだ、しずちゃん!」
 昨日気絶したまま目を覚まさなかったしずかの事を思い出すなり、のび太はベッドから飛び起きた。
 部屋を見渡しても昨日の青年は居ない。
 のび太は部屋を出ると一階へと降りていった。

 居間のような部屋に入ると、意外な光景がのび太の目に飛び込んでいた。
 しずかが台所で昨日の中年の女性と皿洗いをしているのである。
 そんな呆気に取られているのび太を、ソファーに座っていたホライの父が見つけた。
「オハヨウ、ノビタクン。タイチョウハドウカナ?」
 あれから一晩かけて学生時代の日本語の教科書を広げてたホライの父は、自慢げにその日本語力を発揮した。
「おはようございます。体調は大丈夫です」
「ソウカ。ダケド、ヨクネテタネ」
 そう言ってホライの父は壁にかけてある時計を指差しながら大笑いしていた。
 それをみると、時間は9時を過ぎていた。
「あの、迷惑をかけてごめんなさい」
「メイワク?」
 ホライの父は知らない単語を聞いて動揺したが、とりあえず笑って誤魔化した。

 二人がそんなやり取りをしていると、しずかとホライの母が二人のもとへやって来た。
「のび太さんて、いつでも寝坊するのね」
 と、笑顔で言うしずかを見てのび太は心底ほっとした。
「そんなこといいけど、しずちゃんが気がついて良かったよ。あのまま気絶してたらどうしようかと思った」
 まじめな顔をしながらそういうのび太に、しずかはまた笑顔で返した。
「私なら全然大丈夫。この家の人たちもとってもいい人だし。だけど……」
 しずかの笑顔が急に暗くなる。
「私たち一体どうしたのかしら……どらちゃん達、大丈夫だといいんだけど」
 浮かない顔をしてるしずかに、今度はのび太が笑顔で返した。
「ドラえもんなら大丈夫だよ! 前にもこんな事なんどもあったじゃないか。ドラえもんならすぐに僕らを見つけてくれるよ。ジャイアン達も平気さ!」
 そういうのび太の姿に、しずかは笑顔を取り戻した。
「そうよね。ドラちゃんならきっと何とかしてくれるわよね」
「うん。僕達は心配しないで待ってよう」
 だけど、それはのび太の精一杯の強がりだった。
 たぶん、のび太の方がしずかよりももっとドラえもん達のことを心配しているし、怖くてたまらないはずだ。
(ドラえもん、早く迎えに来てよ。ドラえもん……)
 今ののび太には、ただそうやって願う事しか出来なかった。

 しずかとのび太の話が終わるのを見計らうと、ホライの父は二人に話しかけた。
「コレカラボクニツイテキテ」
 そう言うとのび太としずかは頷いた。

 ホライの父は今朝、日本語を話せる友人に電話でのび太達のことを話していた。
 学生の頃日本語を勉強していたとはいえ、流石に彼の力では意思疎通に無理がある。
 今は彼の友人の力を借りるしかなかった。
 ただ、不安が無いわけではない。
 彼は性格は良いのだが、軍需産業でなんだが怪しい仕事をしているのだ。
 のび太達のことで変に話がこじれなければいいのだが、とホライの父は思う。
 とは言え大学時代からの付き合いで、その男が決して悪い男では無い事は知っている。
「じゃあ行ってくるよ」
 ホライの母にそう言うと、彼はのび太達を連れて家を出た。


 友人の家の前につくと、ホライはインターホンを鳴らした。
 ホライの友人はすぐにインターホンに出た。
「よう、待ってたぜ。鍵は開いてるから中に入ってくれ」
「わかった」
 そう言ってインターホンを切る。
 このご時世にドアの鍵を開けっ放しとは……良いやつなんだけど変な奴なんだよな昔から、とホライの父は思った。

 友人はドアを開くと早速のび太達を出迎えた。
「久しぶりだなジョルジュ」
「お前こそなゾーン。で、この子達か? お前がかくまってる日本人てのは」
「かくまってるって言い方はやめろ。別にやましい事があるわけじゃない」
「はは、わかってるさそんなこと」
 笑いながらそう言うと、ジョルジュはのび太たちに目を向けて日本語で話し始めた。
「ノビタ君としずかさんだね? 話は彼から聞いてるよ」
 その流暢な日本語に驚きながら、のび太達はジョルジュに「こんにちは」と頭を下げた。
「ははは、そう緊張しなくていいよ。ま、つまらないものしかないけどゆっくりして行ってくれ」
 ジョルジュはそう言いながらのび太達をリビングに案内した。
「で、この子達から一体どうしてここに来たのか聞けばいいんだな?」
「あぁ、頼んだジョルジュ。俺の日本語じゃあ詳しいことは聞けないんでな」
「それで、どうするんだこの子達がもし連邦の関係者だったら?」
 のび太達に見えないように、ジョルジュは険しい表情でホライの父にそう言った。
「おまえまでそんなことを言うのか? そんなことあるわけ無いだろう。せいぜい戦争孤児か何かさ」
「どうかな? お前も"木馬”って戦艦の噂くらい聞いた事あるだろ」
 木馬、という単語を聞くとホライの父のもまた険しい表情になった。
 当然である。
 情報こそ定かでないものの、その木馬という戦艦がガルマの乗ったガウを打ち落としたのだ。
 この地域、いや、ジオンの統治する地域全てにおいてその噂は禁じられていた。
「あの戦艦はサイド7の難民を多く乗せているらしいからな。この子達にその可能性が無いとは言えん」
「馬鹿げた話だ」
 そういってホライの父はジョルジュの話をはぐらかす。
「それに仮にそうだとしてもただの難民だったら問題は無いだろう」
 ホライの父のその言葉にジョルジュは呆れたように言い返す。
「木馬に乗った人間がただの難民な訳が無いだろう? 軍に知られればかなり面倒なことになる」
 ジョルジュがそう言うと二人の間に緊張した空気が流れる。
「じゃあなんでお前は俺の頼みを聞いてくれたんだ。お前は軍属の企業で働いているんだろう?」
「だから案じてるだけだよ俺は。そりゃあこの子達が仮に木馬の難民だろうと軍に売るようなことはしない」
「だったら、その話は後でだ。子供たちが見てる」
 ホライの父の言葉にジョルジュが振り返ると、のび太としずかが緊張した顔で二人の様子を伺っていた。
 どうやらジョルジュ達が深刻な話をしていることに気が付いたのだろう。
 それを見ると、ジョルジュはのび太達に話しかけた。
「ごめんごめん、ちょっと関係ない話をしちゃってね。君たちは気にしないでくれ」
 とジョルジュが言っても二人の返事はぎこちない。
 ジョルジュは「う~ん」と必死で子供の緊張をほぐす方法を考えてみる。
 子供が好きなものといえばやっぱりゲームだろうか?
 他に何かあるか考えて見ても思いつかない。
 ジョルジュはそう考えると、丁度いいものが家にあるのを思い出した。  
「TVゲームとか好きかな?」
 ジョルジュがそう尋ねるとのび太は「はい」と返事した。
「じゃあ丁度いいものがあるんだ。シューティングゲームだけどやってみる?」
 ジョルジュの言葉にのび太は目を輝かせた。
「はい!」
 のび太は昔ドラえもんにシューティングゲームを出してもらった時、とても面白かったことを覚えていた。
 そうでなくても、いつまでたってもTVゲームを買ってもらえないのび太にとってはただTVゲームというだけで魅力的だった。
「じゃあ、ちょっとついて来てくれるかな」
 そう言ってジョルジュはリビングを出て階段を下りていく。
 のび太としずかもそれについて歩き出した。

 階段は想像以上に長く続いていた。
 普通の建物なら地下二階くらいの深さであろうか、地下の部屋につくとジョルジュはドアを開いて二人を招きいれた。
 部屋に入ると、中には軽自動車程度の大きさの機械が置いてあるのが目に入った。
「どうだい、ゲームセンターみたいだろ?」
 ジョルジュはその機械をバンバンと叩きながら笑った。
「これがTVゲーム……なんですか?」
 のび太は想像していたのと全く違うその形に驚いてそう言った。
 驚くのも当然である。
 大きさはしかり、形もゲームとはいえないようなゴツゴツした機械丸出しの形をしている。
「僕はゲーム会社で働いててね。こうやって開発中のゲーム機も持ってるんだよ。今日は特別だよ」
 のび太達はジョルジュの言葉を疑うこともなく喜んだ。
「じゃあまずはノビタ君からやってみるか。ほらここから入って」
 ジョルジュは機械のドアを開くと、その中にある座席にのび太を乗せた。
「よし、じゃあ簡単にゲームの説明をしようか」
 そう言ってジョルジュはのび太にその”ゲーム機”の説明を始めた。


「そんな馬鹿な――」
 ジョルジュはゲーム機から離れたPCの画面を見ながら絶句していた。
「パーフェクトスコアだと? 故障したのか?」
 だが故障ではないことは明らかだった。
 PCの画面を通して確かにジョルジュはその目で確かめたのだ。
「あの黒い三連星ですらこのスコアは出せなかったと言うのに」
 それはありえないことだった。
 黒い三連星といえばジオン屈指のエースパイロットである。
 そんな彼らのスコアを越えるような一般人が居るはずが無い。
 それが子供となればなおさらだった。
 ジョルジュは自分の緊張する心を出来るだけ隠しながら、ゲーム機、いや開発段階である”ドム”のコクピットの扉を開いた。
 しかし扉を開いたジョルジュの腕は震えていた。
「どうだったノビタ君? 楽しかったかい」
「うん楽しかったよジョルジュさん! でもちょっと簡単だったかな」
「はは、そうか。それはごめんよ」
 そう言うジョルジュの内心は凍り付いていた。

 ツィマッド社でドムの開発を続け、何人ものテストパイロット達がこのシミュレーターを使用している。
 だがしかし、こんなスコアをだしたのは今までにたった1人だけしかいない。
 俺は夢を見ているのだろうか、という思いがジョルジュの頭を駆け巡る。
 もはや何が何だか彼には分からなかった。
 だが、一つだけ確実な事があった。
 それはこの、ノビタという少年が普通の人間ではないと言う事だ。

 そうやってゲームで遊ぶ、フリをしながらひとしきりシミュレーターでジョルジュはのび太のデータを取った。
 結果としては回避と格闘に関しては素人である。
 しかし射撃の能力だけが異様に高い。
 回避と格闘の能力を考慮に入れても、それはもはやエースパイロットの域に達していた。
 地下から一階に戻ると、リビングでホライの父親は呑気にTVを見ていた。
 とんでもないのを連れて来やがって、とホライの父の様子を見てジョルジュは複雑な思いだった。




「だから嘘なんかついてねぇってば! 本当に俺たちは日本人なんだよ!!!」
 そうやって警察官に食って掛かるジャイアンだが、警察はただ困った顔をするだけだった。
「だけどね君、日本大使館に連絡して調べてもらったが君たちの実家は存在してないんだよ」
「ジャイアン、もしかしたら僕達のうちはもう無いのかも……」
 不安そうな声で言うスネ夫。
「だってここどう見ても未来だもの。ママァ~~~!!」
 果たして今日何度目の涙だろうか。
 スネ夫は自分たちの状況を考え、不安のあまり泣き出した。
 そんなスネ夫の姿を見て、ジャイアンは椅子から立ち上がった。
「おい、スネ夫もう行くぞ」
 そう言いながらスネ夫の腕をつかみ歩こうとするジャイアン。
 その姿を見て警察官は慌てて声をかけた。
「待ちたまえ。一体何処へ行くつもりだ?」
「もういいです。分からないならもう俺たち自分で家探します」
「自分で探すだって? 君たちは中国語を話せないんだろう?」
「だからいいですってば!!」
「無茶だ!!」
 だがそう言う警察官の制止を振り切ってジャイアンはスネ夫を引っ張ったまま走り出した。

 だが、結局そうやって飛び出しても行くあてなどあるはずもなかった。
 見たことも無い町をもう2時間は歩いただろうか、しかし一向にドラえもん達の姿は見えなかった。
「ねぇジャイアン。やっぱりあのまま警察署に居た方が良かったんじゃないの」
 スネ夫が泣きそうな顔でジャイアンに問いかける。
「うるせぇ! じっとしてちゃ見つかるものも見つかんねぇだろうが!!」
 そう行って強引にスネ夫を連れまわすジャイアンだが、ジャイアンとて不安なのは変わらない。
 しかしガキ大将として、こんな所で自分の弱さを見せるわけには行かなかった。
「とにかく日が暮れるまで探すぞ! ドラえもんだったら絶対に見つけてくれる筈だ!」
「でもドラえもん、いざと言う時には役に立たないからなぁ……」
「グダグダ言ってる暇があったらもっと手掛かりを探せ!」
「わかったよ」
 そう言いながら渋々スネ夫は辺りを見渡しす。
 ったく、手掛かりなんてあるわけ無いだろ、と思うスネ夫。
 辺りにあるのは漢字のポスターばかりで、スネ夫にはいまいちよく分からなかった。


 そして結局何の収穫も無いまま、気がつけば辺りは夜になっていた。
「ねぇジャイアンもう夜だよ? どうするのこれから」
「どうするもこうするもない!」
「そんな無茶な! やっぱりあのまま警察署に居ればよかったんだよ。今からでもいいからやっぱり警察署に戻ろうよ!」
 泣き喚くスネ夫を見ながらジャイアンは頭を抱えた。
 確かにこのまま当て所なくドラえもん達を探しても仕方が無い。だが警察署に行けば身動きが取れなくなってしまうかもしれない。
 それは困る、とジャイアンは思う。
 これからどうすべきか、小学生である2人には答えが出せるはずも無い。
 そんなことを考えているとジャイアンの腹がからグ~という大きな音が聞こえた。
 2人とも警察署で軽く食事を貰ってから、今に至るまで何も食べていない。
 当然腹も減ってくる。
「あああああ、もうわからん! とりあえずメシ食ってから考えるぞ!」
 そう言いながら近くに見える小さな定食屋のような店に向かって歩き出すジャイアン。
「え、でもお金は!?」
「食い逃げする!!」
「そんなあああああああああ!!」

 テーブルの上にはラーメン、餃子、マーボ豆腐など様々な料理の食べ終わった皿が山積みにされていた。
「はあああ! 腹いっぱいだぜ!」
 と満足そうに腹をさするジャイアン。
「食べちゃった……こんなに」
 そんなジャイアンの横で俯きながら頭を抱えるスネ夫。
「さて、腹もいっぱいになったし」
 そう言いながらスネ夫の腕を掴むジャイアン。
「走って逃げるぞ!!!!」
 そしてジャイアンは声を発すると同時に席を立ち上がり、スネ夫を引っ張って走り出した。
 小学生としては巨漢のその体で、ジャイアンは信じられないスピードで駆けていく。
 これなら逃げ切れる!! とジャイアンはそう確信した。
 その瞬間だった。
 背後からおぞましい気配を感じたと思うと、ジャイアンは何者かに肩を掴まれていた。
「キミタチ、オカネ、ハラッテナイアルヨ?」
 そんな怪しい発音の日本語に振り向くと、背後には筋肉質な男がジャイアンの肩を掴んでいた。
「あれ、お金払ってませんでしたっけ。忘れちゃったなぁ、ハハハ」
 笑うジャイアン。
「フフフ、ワスレテルアルヨ」
 笑う男。しかしその男の肩を掴む力は明らかに激怒していた。

「オカネ、モッテナイ?」
 筋肉質な男は、そう聞き返した。その顔は化け物と呼べる領域までに歪んでいる。
「すみませんでした!!!」
 必死に謝るジャイアンとスネ夫。
「ダメアル」
 と、冷たく言い放ちながら腕を組む男。男は思案ししていた。
 この子供たちは明らかに日本人である。それはこの子供たちが入店した時点で分かっていた。
 いったい何故子供たちだけで日本人がこんな所に居るのか、と怪しく思って目をつけていたら案の定食い逃げだ。
 明らかに事情のある子供たちだろう。
 と、なれば警察に突き出しても料理の代金が戻ってくるとは考えにくい。
「ウン!」
 男は一人納得したように手を叩いた。
「キミタチ、タダバラキスルアル!」
「ただ働き? それで許してくれるんですか?」
「ソウアル」
「それでどれくらい」
「イッカゲツ」
「ひえええええええええええええええええええええ」
 ジャイアンとスネ夫は一斉に泣き始めた。




 のび太達はジョルジュの家で夕食を囲んでいた。
 どうしてもジョルジュはのび太について調べたくて仕方がなくなり、のび太としずかを夕食に誘ったのだ。
「どうだい、なかなかいけるだろう? 俺が作ったんだぜ」
「すごくおいしいです!」
 のび太はそう言いながら口いっぱいにジョルジュの料理をほおばった。
「男の人なのに料理が上手なんですね」
 と、ジョルジュに尊敬の眼差しを向けるしずか。
「何、昔っからこういった手先で何かを作るのが得意でね。喜んでもらえて何よりだよ」
 そう言いながら笑顔を作るジョルジュ。
「おかわりください!」
 もう食べ終わったのか、のび太はそう言いながら皿を差し出した。
「おう! どんどん食べてくれ」
 そう言いながら差し出された皿を受け取るジョルジュ。
 ただの子供にしか見えないのだが、とジョルジュは思った。とてもあの神がかったスコアを叩き出した人間には思えない。
 だがしかし、この目の前に居るひ弱そうな少年にはエースの素質が眠っているのだ。
 そう、正規の訓練さえすればあの赤い彗星や蒼い巨星に届くかもしれないほどの素質が。

「ふあ~、美味しかった。ご馳走様でしたジョルジュさん!」
「ご馳走様でした」
「どういたしまして」
 とジョルジュはニコリと笑った。
「また食べたい時はいつでも言ってくれ」
「はい」
 のび太としずかは完全にジョルジュに気を許した様子だった。
 その様子を見て、ジョルジュはもうそろそろ本題を聞く頃合か、と思った。
「食事に限った事じゃない。俺に協力できることがあれば何でも頼ってくれてよい。君たちには何か特殊な事情があるんだろう?」
 ジョルジュがそういうとのび太としずかは顔を見合わせた。
 2人ともドラえもんやタイムマシーンの事を話してもどうせ信じてもらえるはずが無いと思って黙っていた。
 しかし、ジョルジュの顔は真剣である。2人はこの人なら信じてくれるかもしれないと思い口を開いた。

「つまり、君達はそのドラえもんというロボットと一緒に、未来から20世紀に帰る途中だった。だけど突然何かの事故に遭いこの時代に来たっていう事だね?」
 ジョルジュがそう言うとのび太としずかはそろって頷く。
 二人の話はジョルジュにとってとても信じられないものであった。
 二人は20世紀の人間で、タイムマシーンの故障でこの時代に来てしまったというのだ。
 まだ俺はこの子達に信用されてないのかな?とジョルジュは思った。
 しかしのび太としずかの顔は真剣そのもので、とても嘘をついているようには見えない。
 少なくともただの迷子でない事だけは確実だった。
「わかった、君達の言った事は信じる。それで俺に何か手伝える事はないかい?」
「ドラえもんが何処にいるか分からなくて。どうかドラえもんと友達を探してください!」
 のび太としずかはそうジョルジュに懇願した。
「わかったドラえもんだね。あとはゴウダタケシ君とホネカワスネオ君でいいんだね?」
「はい!」
 ドラえもんや彼の友人と言う人物の名前をメモに書き取るジョルジュ。
「他に何かあるかい?」
「今は他には何もないです。とにかくみんなに会えれば……」
 そう言って俯くのび太としずか。
 ジョルジュはそんな二人に歩み寄ると、肩を掴んだ。
「大丈夫さ、絶対に見つかる! 安心するんだ」
 そう言うジョルジュの姿に、のび太としずかは元気を取り戻した。
「はい!」
「それじゃあ今日はもう遅いから帰ったほうが良いな。帰り道は分かるね?」
 そう尋ねると、のび太は不安そうな顔をしたが、しずかは「大丈夫です」ときっぱり答えた。
「よし、じゃあ気をつけて帰るんだぞ」
「はい。夕食本当にありがとうございました」
 3人は玄関まで歩いていく。
「バイバイ、ジョルジュさん! 今度来たらまたあのゲームやらせてね!」
 別れ際、無邪気にそう言ったのび太の姿をジョルジュはずっと見送っていた。


「ジョルジュノリョウリ、オイシカッタ?」
 ホライの家に戻ると、ホライ一家とのび太たちは雑談にふけっていた。
 と言ってもカタコトの日本語やジェスチャーを交えたもので、とても普通の雑談とはいえないが。
「はい美味しかったです」
 とジェスチャー付きで答えるのび太としずか。
「ヨカッタ」
 ホライの父はなぜか自分のことのように誇らしげに喜んだ。
 のび太達の反応をみると、ホライの父は今度はホライ達に向かってしゃべりだした。
「ノビタ君達はジョルジュの料理が気に入ったみたいだよ。アイツの料理は学生の頃からプロ級だったからな」
「あらそうだったの? それなら私も今度ジョルジュさんの料理を食べてみたいわあ」
 と、ホライの母は羨ましそうな目でのび太たちを見つめた。
「そうだな、今度みんなでアイツの家に押しかけるか。行くんなら早いうちがいいな、なんせアイツはしょっちゅう出張でほとんどこの町に居ないからな」
「そうね。ジョルジュさんがこの町に戻ってきたのは1年ぶりだものね」
「あぁ、その上に一月も経たないうちにまた出張だとさ。こんどの出張先は月らしいからな。今回を逃すともう当分アイツの料理は食べられないぞ」
「それじゃあ、明日にでも伺おうからしらね」
 そう言いながら笑うホライの母。
「それもいいな。どうだホライ、お前も食べに行かないか?」
「ん、別にいいけど」
「じゃあ決まりだ、明日また行こう!」
「あら本当に行くつもりだったの? 私冗談のつもりだったのに」
 ホライの母がそう言うと、ホライの父は「俺も冗談だ!」とガハハと一人で笑い出した。

 そうして何気ない会話を続けていると、突然サイレンの音が外から聞こえてきた。
 その音を聞いた瞬間、ホライ達は一斉に青ざめた。
「おいホライ! テレビをつけろ!!」
 ホライの父がそう叫ぶと、ホライはすぐさまTVをつけた。
 ブンと言う音を立てるてて映像を映し出すTV。しかしその映像は相当荒れていて、ニュースキャスターの姿が相当歪んでしまっている。
「チッ、連邦め。またミノフスキー粒子を散布しやがったな!」
 ホライの父はTVの画面を見るなり吐き捨てるように言った。
 しかし、ホライの父がそれだけ言うとその後はみんな黙ってTVに見入った。
 のび太達も何が起こったのか良く分からなかったが、場の空気を読んで口をつぐんだ。
『現在北米地域南東部一帯に爆撃警報が発令されました。当該地域の住人は速やかに避難を行ってください。繰り返します――」
「よかった、この辺りは何とか大丈夫みたいだな」
 ニュースを聞くと、ホライの父はほっとしたようにそう言った。
「連邦の空爆の頻度が最近多くなってるわね」
 心配そうな顔をしながらそう言う母。しかしそれにホライの父は何も答えなかった。
「さぁみんな、もう時間も時間だ。電気代ももったいないしもう寝るぞ」
 そう言うとホライの父はみんなをリビングから出るように諭した。

 ホライはのび太をつれて自分の部屋にもどると、昨日のようにのび太を自分のベッドに座らせた。
 あんなニュースを見たせいかホライはどうしても寝る気分になれなかった。
 それはのび太も同じようだった。
「いつまで続くんだろうな、この戦争」
 ホライは言葉が通じないのは分かっていたが、のび太に話しかけずにいられなかった。
「なぁノビタ、お前ジオンと連邦どっちが勝つと思う?」
 ホライはそう問いかけたが、のび太は不思議そうな顔をしてるだけで何も答えない。
「だからさ、ジオンと連邦どっちがこの戦争に勝つと思う?」
 再度問いかけて見てもやっぱりのび太は不思議そうな顔をしている。
「あれ? 連邦はともかく、ジオンて万国共通の言葉じゃないのか?」
 そう言いながら、イントネーションが悪いのかなと思うホライ。
 しかし、様々な発音で「ジオン」と言って見てものび太はただ戸惑うだけだ。
「もしかして、ノビタはジオンを知らないのか?」
 そんなはずは無いよな、と思うホライ。
 ジオンを知らない人間なんて地球上、いや宇宙を含めているはずが無い。
 明日、学校に行ったら日本語でジオンはなんと言うのか先生に聞いてみよう、とそんな事をホライはぼんやり考えていた。


 深夜、ホライは何かの物音で目を起こした。誰かが鼻をすするような音だ。
 月明かりに照らされた暗い部屋を目を凝らして見渡す。
 その音の理由はすぐに分かった。
 のび太が寝ているベッドがかすかに動いてるのが見える。
 それを見た途端ホライの胸は張り裂けそうになった。
 こんな戦況下で、小学生くらいの子供が親から離れて見ず知らずの家で寝ているのだ。
 不安にならない方がおかしい。
 だと言うのに、ホライはのび太達が来たことを心の何処かで面白がっていた。そんな自分を彼は心底恥じた。
 のび太がこんな事になってるのも戦争のせいなのだろうか、とホライは考えてみる。
 父や母は、のび太は戦争孤児に違い無いと言っていた。
 それが本当なら、こんな子を作り出す戦争は早く終わらせなければならない。
 いや、そうでなくてもこの戦争は早く終わらせなければならないのだ。
「ノビタ、この戦争は俺が必ず終わらせてやる」
 ホライはのび太に聞こえないように小さく呟いた。
 それは青年に良くある誇大妄想なのかもしれない。だけど、ホライは心の底からそう思った。


 目覚まし時計の音でホライは目を覚ました。布団から起き上がり、んっ、と背伸びする。
 3連休もとうとう終わり、今日から学校かと考えるとホライは欝になった。
 しかし、のび太の寝ている姿を見るとホライのそんな気分は吹き飛んだ。
 自分よりも5歳は年下の子供が、俺とは比べ物にならないような辛い思いをしている。
 学校がなんだってんだ、とホライは思った。
「それにしてもよく寝てるなぁ。この目覚ましの音相当デカいはずだけど」
 昨日もこんな事があったが、改めてのび太の心の図太さに関心する。
 ホライは寝ているのび太を起こさないように静かに部屋を出た。

 朝食を食べて学校の準備をするとホライは家を出た。
 学校は家から歩いて10分もかからない。今の時間からなら遅刻する事はまずないだろう。
 そう考えながらホライがゆっくりと歩きながら登校していると突然後ろから名前を呼ばれた。
「ホ~ライ、おはよ」
 振り向けば見慣れた顔がそこにあった。
 彼女の名前はレイ。ホライの幼馴染である。金髪の毛がとても印象的な女子だ。
「ん、おはよ」
 ホライはレイに適当に挨拶を返す。
「3連休はどうだったホライ? どっか出かけたりした?」
 レイは特に何も考えずにそんなことを問いかけた。
「――いや、別に」
 レイの問いにのび太の事が真っ先に思い浮かんだが、両親からそのことを他言してはいけないと言われていたのでホライは適当に話をはぐらかした。
「あら、じゃあちゃんと勉強してたのかな? ま、当たり前だよね。ホライ受けるの士官学校だもんねぇ」
 レイは何処か嫌味がこもった言い方でそんなことを言う。
 それも当然だ。うちの学校で士官学校を志望してる奴はほとんど成績がトップクラスの人間ばかりである。
 それに引き換えホライの成績はいたって並だった。
「今から猛勉強しなきゃ間に合わないよね!」
 ニコリと笑うレイ。
「うっせ」
 ホライはそんなレイを無視して学校に向かって歩き出した。
「あ、待ってよ~」
 レイはそんなホライの後をテクテクと追いかけていった。




 壊滅した都市の瓦礫の上をドラえもんはさ迷っていた。
「なんなんだこの世界は。これは未来でも過去でも無いぞ」
 ドラえもんは自分のコンピュータにあるデータと照合し、この世界が自分達の世界ではない事に気がついていた。
「平行世界としか考えられない。時空乱流に巻き込まれたせいか……」
 ドラえもんは辺りの様子を見渡す。
 データを照合するとこの辺りはおそらくフランスのはずである。
 だが細かい位置を確かめようとすると激しい頭痛がドラえもんを襲った。
 ドラえもんはこの世界に来てからずっと調子が悪かった。
 その原因が何かの粒子のせいである事は分かっていたが、ドラえもんのデータにはそれが何の粒子であるか登録されていない。
 さらに最悪な事にこの粒子のせいなのか、時空乱流に飲み込まれた時の衝撃のせいかは分からないが、四次元ポケットの機能が正常に機能しなくなっていた。
 不幸中の幸いと言えばタイムマシーンの故障が軽微ですんだ事くらいである。

 さて、これからどうしたものかと考えるドラえもん。
 当然のび太達を探すのが第一にやらなければならない事だが、この辺りにはのび太どころか人間は誰一人居なかった。
 とりあえずここから離れて別の場所に出なければならない。
 それにこの世界について詳しく調べる必要がある。
 ドラえもんはタイムマシーンを瓦礫の山に隠して目印をつけておくと、その場から立ち去った。

 そうして半日ほど歩いただろうか、ドラえもんは人の多い都市にたどり着いていた。
 ドラえもんが集めた情報ではアースノイドとジオン公国というスペースノイドが未曾有の規模の戦争をしているということだった。
 これはえらいところに来てしまった、と思うドラえもん。
 町のテレビは延々とギレンという名のジオンの大将の演説を放映していた。
『連邦の愚民どもは地球の資源を食いつぶし、汚染し、母なる大地を死に追いやるだけの屑である! 我々は断じて――』
「地球を汚染か……」
 と、ドラえもんは呟いた。
 この世界の科学力は確かに高いのだが、ドラえもんが見た限りそれはほとんど軍用器機に限られているように思えた。
 エネルギー効率や環境保全能力で見れば、ほとんど20世紀と大差がなさそうなのである。
 現にこの都市も、外観は20世紀と変わらない、いやむしろ後退しているのではないかと思うほどだ。
 この世界はドラえもんの住んでいた22世紀とは大きくかけ離れている。
 それは明らかにこの世界の地球政府が道を踏み間違えた事を示していた。
 しかし、だからと言ってドラえもんにはスペースノイドのやり方が正しいとは思えなかった。
 独立や地球の為の選択肢が戦争しかないわけが無い。
「どっちもどっちだよ」
 そう言うと、ドラえもんはテレビの前から動いてまたこの世界の捜索を開始した。

 とは言えドラえもんには次の一手が無かった。
 今までにも何人もの人にメガネをかけた東洋人や、ゴリラやキツネのような東洋人を見たかと聞いても手掛かりすら掴むことが出来なかったのだ。
 それに情報収集と言っても、ただ適当に歩き回るだけではロクな情報は集まらない。
 おまけに、ドラえもんはもう2日も何も食べていなかった。
「いくら僕が省エネ指定の優良ロボットとは言え、流石に限界だよ」
 とりあえず食事を取らなければ何も始まらない。
 しかし食事をするにも金が無かった。
 これは致命的である、良く分からない世界で秘密道具も頼りに出来ない状況。
 そこで更に無一文とくればのび太達を見つけるどころの話ではない。
 とりあえず金を稼ぐ事がドラえもんの当面の命題だ。

 ドラえもんはあれこれ考えた末に、町の外れにある古ぼけた電気屋の戸を叩いた。
 本当はこんなことをしてる場合ではないと思ったが、しかしこうするより他に方法が無かった。
 少しすると電気屋の奥から初老の男がやって来た。
「いらっしゃあい」
 と言いながらジッとドラえもんを見つめる男。
「あの、僕をここで雇ってくれませんか?」
 ドラえもんがそう尋ねると、男は「青狸がしゃべたあああああああああああああああ!!!」とパニック状態に陥った。

 ドラえもんは何とか電気屋の店長、ジョンを説得した。
 やがてジョンも何とか冷静さを取り戻したが、しかしドラえもんを雇うことには頷かなかった。
「冗談じゃない。ロボットだか狸だか知らんが、あんたみたいのに仕事を任せたらうちの信用に関わる」
 そう言って突っぱねるジョン。
「お願いします! 一度だけ試しに何かの修理をやらせてください!」
 と、必死に食い下がるドラえもんにジョンは、はぁ、とため息を付いた。
「じゃあ一度だけだぞ? それが終わったら帰ってくれよな」
 そう言うとジョンは面倒くさそうに近くにおいてあるテレビを持ち出した。


「どうです、ちゃんと直ってるでしょ?」
 ドラえもんは得意げに言った。
「ほんまじゃ」
 ジョンは目を丸くして驚いていた。
 簡単な故障を直した程度だったらジョンはこうも驚かなかっただろう。
 しかしジョンはどうせドラえもんは何も出来ないと思い、下手に故障を酷くされてはたまらないと、修理できないと投げ出していたスクラップ同然のテレビを渡したのだ。
 それをドラえもんはいとも簡単に新品同然に直してしまった。
「分かった。採用じゃ」
 ジョンにはそう言うしかなかった。
「やったあ!」
 ドラえもんはそれを聞くと嬉しそうに飛び跳ねた。




「よし今日の授業はこれで終わりだ。もう帰っていいぞ」
 教師がそう言うとクラスメート達は一斉にガヤガヤと喋りながら教室から立ち去っていく。
 ホライも同じように教室を出ようとしたとき、教師が突然ホライに声をかけてきた。
「ゾーン、君は僕について来なさい。少し話したいことがある」
「話ですか?」
 ホライはまたか、と思った。どうせ士官学校関連の話に決まっている。
 ホライはそのまま教師に相談室まで連れて行かれた。
 教師はホライにソファーに座るように言うと、自分もソファーに座った。
「士官学校のことなんだが、ゾーン。士官学校ではなく一般兵の募集に応募してみたらどうだ?」
 そう口火を切った教師に、ホライはやっぱりと思った。
「いえ、僕一般兵には志願するつもり無いですから」
 いつものようにつっぱねて言うホライ。
「ゾーン、一般兵と言うとイメージが悪いかもしれないがジオンの待遇は良いという話だ。受けてみて悪くは無いと思うぞ」
 嘘だ、とホライは思った。
 下級兵の待遇が良いなんてあるはずが無い。戦争で犬死するのは常に下級兵である。そんなことくらいホライは百も承知である。
 それにこうして教師が必死に何度もホライを説得する理由を彼は知っていた。
 多くのジオン志願兵を出した学校には、ジオン政府から特別な奨励金がもらえるのだ。
 だからこうして士官学校に受かるはずの無いホライに、説得を繰り返すのである。
「ゾーン、士官でなくても兵士はみんな立派な戦士なんだ。士官にこだわるな」
 少し強い口調で言う教師にホライは心底嫌気がさした。
「話はそれだけですか?」
 そう言いながらホライは立ち上がる。
「おい、待ちなさいゾーン」
 そう言って制止する教師を無視してホライは相談室から出た。

 校門を出たところで、ホライは一人の女子を見つけた。
「いっしょにかえろっ!」
 そう言いながらホライの背中をパンと叩くレイ。
「暗い顔してるねぇ。また受験の事で先生に何か言われたんでしょ?」
 そう言いながらレイは何でもお見通し、と言った顔でホライを見つめる。
「しょうがないよね、今ジオンは兵士不足だから。先生も大変なんだよ」
 だから先生を恨まないで、と言いたげな様子のレイ。
 ジオンから学校に圧力がかけられてる事は、この学校の生徒ならみんな知っている事だ。
 だけど、だからといってホライにとっては教師の言動は煩わしいものでしかない。
「俺のことは俺が決める。俺は別にジオンの為に士官学校を受けるんじゃない。俺のために受けるんだ」
 ホライはムスッと言い放った。
「それが何で軍なの?」
 理解できない、と言う風にレイが尋ねても、ホライはそれに何も答えようとしなかった。
「なぁところで」
 ホライはこの話題に嫌気が指したのか別の話題を切り出した。
「レイ、お前日本語分かるか?」
 結局教師に聞きそびれた疑問を、仕方なくレイに投げかける。
「日本語? ううん。日本なんて何処にあるかも知らないよ。なんで?」
 不思議そうな顔で聞き返すレイ。
「いや別に。でもジオンってさぁ日本でもジオンって呼ぶよな?」
「?? 他に何か呼び方があるの?」
「知らないから聞いてるんだろ」
「私だって知らないわよ」
 レイが少し怒ったように言う。ホライは、はぁとため息をついた。

 ホライが家に戻ると、リビングではホライの母がのび太としずかに言葉を教えていた。
「まぁシズカは本当に頭が良いわね! もうこんなに言葉を覚えちゃうなんて!」
 ホライの母がそう言うとしずかは嬉しそうにニコニコと笑った。
 しかしそれと対照的にのび太の方はどんよりとした暗い顔をしている。
「ノビタはもう少し頑張らなくちゃだめねぇ。まだ単語を一つも覚えられてないじゃない」
 のび太は泣き言を喚いたが、それは全て日本語なのでホライの母はのび太をただの可哀想な子としか思わなかった。


 そのまま特に変わったことも無く夜になった。
 例によってホライはのび太をベッドに寝かせると、自分も布団に横になった。
 手を頭の後ろに組んで仰向けに寝るホライ。
 電気の消えた部屋の天井を眺めていると、望んでもいないのに今日の学校でのことを思い出した。
「一般兵じゃダメなんだよ」
 ホライは小さく呟く。
 のび太が来てから僅か数日。その間にホライの心に大きな変化が起こりつつあった。
 ホライはただ金と名声が欲しくて、勝ち馬に乗るつもりでジオンの士官を志望した。
 だから名声も金もろくに貰えない一般兵なんて眼中に無かった。
 だけどその心が変わっていた。
 今でもホライは一般兵になるつもりは無い。
 しかし士官学校を受ける動機は大きく変わっていた。
「最低でも士官にならなきゃ戦争を終わらせる力なんて持てやしねぇ」
 ホライは静かにのび太の寝ているベッドを見る。
 やがてのび太がいびきをかき始めたのを確認すると、ホライはのび太に光が当たらないように勉強机のスタンドに明かりを灯した。
 そして勉強道具を並べると、黙々と勉強を続けた。


 それと同じころ、ジョルジュは一人地下の工房でPC画面と向き合っていた。
 あれから一晩かけてのび太のデータを解析し、ツィマッド本社にそのデータを送っていたのである。
 それは別にのび太を企業に売ろうと思っての行為ではない。
 彼はMSという兵器に携わる一人の人間として、ただ純粋にのび太の能力を放っておくのがもったいないと思ったのだ。
 ジョルジュだけではない。
 軍に携わる者なら誰だってのび太の素質を無視することは無いだろう。

 そして当然の如くツィマッド本社はこの未知のエースの能力に飛びついてきた。
 特に一騎当千の実力を持つエースパイロットは、様々な資源の乏しいジオンにおいて渇望される存在である。
『ジョルジュ、これは大変な逸材だぞ。この数値をたたき出したのはフラナガン機関の例の奴だけだ』
 PCの画面越しにツィマッドの社員は非常に興奮していた。
『それがどういうことか分かるか? このシミュレーターを行った人間がニュータイプかもしれないと言う事だ!』
 そういう社員の顔は生き生きとしていた。
『なんせ現在確認されてるNTは殆どフラナガンに押さえられているからな。もしもこのパイロットが本当にNTなら、我々が独自でサイコミュについて研究する事が出来る!!!』
「しかしニュータイプというのはスペースノイドからしか生まれないんだろう? 今回のデータを出した人間はどうみてもアースノイドだが」
『ふん、ニュータイプについてはまだまだ研究が進んでいない。必ずしもアースノイドから出ないとは限らない』
 社員はジョルジュの冷めた言葉に少し機嫌を悪くしたようだった。
『ともかく我々がサイコミュ兵器の開発をすればジオニック社など敵ではない。今回の件はMS産業における我が社の社運がかかっているのだ。是非そのパイロットに協力を要請しろ!』
「彼は一般人だ。協力してくれるかはまだわからん」
 ジョルジュがそう言うと社員は激怒した。
『分からないじゃない! するんだ! これは会社命令だからな!』
 ジョルジュはそんな社員の様子を見てやれやれ、と思った。
「まぁ、この話はまた後日連絡する。ところで例の奴は調べてくれたか?」
『例の奴? あぁ、ドラえもんとか言うロボットか。一応有名どころのロボット企業の製品に検索をかけてみたが、そんなものは1件も見つからなかったぞ』
「そうか」
 残念そうに肩をすくめるジョルジュ。
「ゴウダタケシやホネカワスネオ。デキスギエイサイはどうだ?」
『どうだと言われてもな。情報が少なすぎる。一応ジオン当局に問い合わせてみるが、期待はするな』
「あぁ、すまんな」
『本当に感謝するなら、例のパイロットを必ず連れて来い』
「だから、それはまだ分からんと言っただろ」
『チッ、たくお前と言う奴は。もういい、とにかくまた連絡を入れろよ!』
 社員はそう言うと通信の接続を切った。
 そんな社員に、まったく無駄に熱い奴だ、とジョルジュはため息を付いた。
「さて、しかし面倒な事になった」
 MS開発者としての彼はのび太を放っておけなかったが、その反面ジョルジュは自分がのび太を企業の為だけに利用するような人間になってしまわないかと怖くなった。
「あくまで協力を要請するだけだ。強制なんかしない」
 彼はそう自分に言い聞かせた。


 のび太は今日もいつものように寝坊していた。
「ふぁ~、学校が無いって最高だなぁ」
 そんな呑気な事を言いながら洋服に着替えて部屋を出るのび太。
 ホライの家に来てもう一週間ほどが過ぎていた。
 のび太達はもう大分この家に慣れてきて、この世界についてもだんだんと分かってきた。
 とは言え、のび太に分かった事と言えばこの世界は恐らく未来であること、そして戦争中であると言うことだけではあるが。
 ドラえもん達は大丈夫なのだろうか、とのび太は思った。
 ドラえもん達の情報は一向に掴めないままだ。
 もしも戦争に巻き込まれていたら、という考えを必死に振り払いドラえもん達は絶対大丈夫だと思い直すのび太。
 ドラえもんもジャイアンも、スネ夫も出来杉も、馬鹿でノロマな自分なんかよりずっとしっかりしてるんだ、と言い聞かせる。
 自分が大丈夫なんだから、みんなだって大丈夫なはずだ。

 リビングに入ると、しずかがホライの母の家事の手伝いをしていた。
 これもいつものことである。
 しずかは流石秀才といったもので、この1週間で簡単な日常会話なら支障がないほどの語学力を身に着けていた。
 そんなしずかにのび太が羨望の眼差しを向けていると、しずかは少し呆れたような顔をした。
「もう、のび太さんたら。たまには早起きしたらどうなの」
「いやぁ、学校がないとどうしても気が緩んじゃって」
 のび太がそう言って笑った。
「そんなこと言って。学校があったっていつも遅刻してるくせに」
 のび太としずかがそんな会話をしていると、ホライの母も加わってきた。
「ニビタはよく寝るわね。成長期だからしら?」
 とホライの母が言うと、しずかはそれに大体のニュアンスをつかんで何かを言い返す。
 そうやってしずかとホライの母の話が段々と盛り上がってきたが、のび太には一切何を話しているの理解できなかった。

 三人がそんな朝の時間を過ごしているとホライの家のインターホンが鳴った。
「はぁい」
 と言いながらホライの母は玄関まで歩いていく。
 ドアを開くとそこに立っていたのはジョルジュだった。
「あらジョルジュさん」
「どうも、奥さんお久しぶり」
「あらあらどうしたんですか」
 ホライの母がそう言うと、ジョルジュは一瞬目線をそらした。
「いや、ゾーンさんの家で例の子供たちを預かってるって話じゃないですか。せっかくだからその子達にこの町を案内してあげようと思いまして」
「あらあら、わざわざどうもすみませんジョルジュさん。是非おあがりください」
「いえいえ、お構いなく」
「そうですか? それじゃあ今シズカとニビタを連れて来ますね」
 そう言うとホライの母はリビングへ戻って行った。

「シズカ、ニビタ。ジョルジュさんが今町を案内してくださるそうよ。是非行ってらっしゃい」
 とホライの母が二人に出来るだけわかりやすいように説明する。
「わぁい」
 と喜ぶしずか。のび太は言葉が良く分からなかったので、しずかの雰囲気に合わせて適当に喜んでみせた。
(でも今、僕のことニビタって言わなかった?)
 と思うのび太であったが、自分の聞き間違いかもしれないと思い黙っていた。

 2人が玄関からでると、門の外でジョルジュが待っていた。
「やぁ、元気にしてたかい二人とも」
 ジョルジュがそう言うと二人とも喜んでジョルジュのもとに駆け寄った。
 特にのび太にとっては、しずか以外には日本語で上手く意思疎通できる人が居ないために飛び上がる勢いである。
「ははは、元気だな二人とも」
 そう言って笑顔を作るジョルジュ。
「ねぇねぇ、何処に連れて行ってくれるのジョルジュさん?」
 と目を輝かせながら言うのび太。
「この町の有名な名所に全部連れてってあげるよ」
 ジョルジュの言葉を聞くと二人はまた「わあい」と喜んだ。
「じゃあ、俺の車に乗ってくれ。そこにある車がそうだ」
 そう言いながらジョルジュは車の後部座席のドアを開くと二人をその中へ乗せた。
「さてまずはこの町で一番綺麗な公園に連れて行ってやろう」
 そう言うと、ジョルジュは車を発進させた。

 5分ほど車を走らせていると車道の横に大きな建物が見えた。
 グラウンドのようなものがあるので、のび太もしずかもそれがすぐに学校であることが分かった。
「あれがホライの通ってる高校だ」
 ジョルジュはその学校を指差しながら言った。
「それじゃあ学校が終わる頃になったらまたここに来たいなぁ。そうしたらホライに会えるかも」
「丁度帰りにこの道を通るから、本当に会えるかもしれないね」
「ホライの教室はどこかなぁ」
 と、のび太達はいつまでもホライの学校を眺めていた。

 更に10分ほど車を走らせるとジョルジュは車を止めた。
「さぁみんな公園に到着したぞ」
 ジョルジュが車のドアを開くとのび太達は公園に飛び出した。
「わぁ~凄く綺麗な公園!」
 木々や花々に彩られたその公園に見とれるしずか。
「ほんと! 昼寝にうってつけだね!」
 と、のび太も違う理由でその公園にみとれている。

 本当にただの子供なんだよな、とそんな二人を見てジョルジュは思った。
 そんな子供を本当に軍属になど誘うべきなのか、と頭を悩ます。
 しかし、この機会を失えば永遠にこれほどのテストパイロットは手に入れられないかもしれない。
 背に腹は代えられなかった。
 そんな複雑な気持ちでのび太達を見つめていると、しずかがふと口を開いた。
「ところでここ、何て公園なんですか?」
 そんな何気ない質問に、一瞬ジョルジュは答えることをためらった。
「ここに名前なんて無いさ」
「そうなんですか」
 しずかはその事にそれほど興味が無いのか、それだけ言うと公園の散策を続けた。
 そう、ここに名前なんて無い。
 もとよりここは公園ですら無いのだ。
「本当は墓地だ何て言えねぇよな」
 と、誰にも聞こえないように小さく呟くジョルジュ。
 戦争が起こる前、ここには普通の住宅が立ち並んでいただけだった。
 そして戦争が起こると、この場所に爆弾が落ちた。
 連邦の爆弾かジオンの爆弾かは知らない。しかしこの町で最初の死者が出たのがこの場所だった。
 それからここは墓場になった。花の数だけ人の亡骸が埋められた。
 あえて名前をつけるとしたら、英霊公園。いや、亡霊公園か?と、そんな事をジョルジュは考えていた。

 ジョルジュが最初にのび太達をこの墓地に連れてきたのはそれと何か関係があったのかもしれない。
 ジョルジュ自身自覚はしていない、でもこの墓地はこの戦争の原体験なのだ。
 戦争にのび太達を誘おうとする自分を、無意識のうちに懺悔したいのかもしれない。
 いや、逆に祝福してもらいたいのかもしれない。とにかくジョルジュの中で答えは出てしまった。

 公園で二人が遊び終わるのを確認すると、ジョルジュは二人に声をかけた。
「さぁ、それじゃあそろそろ次の場所に行くか」
「うん! 次は何処に連れて行ってくれるの」
 無邪気にはしゃぐのび太達。
「次は君達にモビルスーツを見せてあげよう」
 ジョルジュは出来るだけ何でもないことのようにそう言った。
「もびるすーつ?」
 と首を捻るのび太。
「あぁ、君達はMSを知らないのか。MSは簡単に言えばロボットだよ。それも物凄くでっかいね」
 それを聞くとのび太は素直に喜んだが、しずかは少し不安そうな顔になった。
「あの、TVで見たことがあるんですけど、MSって軍隊のロボットの事じゃないんですか?」
「まぁ、そうだね」
 ジョルジュの言葉にしずかだけでなくのび太までも青ざめた。
 それに気がつくとジョルジュは慌ててフォローを入れた。
「これから行くところはそんな怖いところじゃないから安心して大丈夫だよ。何より俺が付いてる。それにメチャクチャかっこいいんだぜ、MSって」
 そう言うと二人はとりあえず落ち着いたようだったが、車の中にはどこか緊張した空気が流れていた。



 ジオン地球攻撃軍 ネバダ州第13基地

 旧合衆国のネバダ州にあるこの基地は、巨大な基地と基地の間にある非常に小さな中継地点のような場所である。
 しかし小さいながらもその基地の地理的な重要性は高く、基地間の物資移動の際には重宝されている。

 ジョルジュは車から降りると基地の門の前に立っている兵隊に身分証明書を提示した。
「先日連絡を入れていおいたツィマッド社のジョルジュだ。テストパイロット候補生の為にここの施設を使わせて貰いたいんだが」
 ジョルジュがそう言うと警備兵は「ハッ」と言い、無線で上官に連絡を取った。
「お待ちしておりましたジョルジュさん。お入りください」
 そう言って道を開ける警備兵。ジョルジュはその警備兵に一言「ごくろうさん」と言って車に戻った。
 警備兵はその様子を眺めているうちに己の目を疑った。
「なんだ、ガキじゃないか。あれがテストパイロットだって?」
 そう呟きながら警備兵はそろそろジオンもヤバイのかもしれないな、と思った。

 ジョルジュがのび太達を連れて基地の施設に入ると、兵隊が数人と白衣を着た科学者一人が出迎えた。
 車を止めてのび太達を下ろすと、科学者の男がにこりと笑った。
「ようこそいらっしゃい」
 まだ20代と思われるその科学者はとても優しい声でそう言った。
 基地の兵隊達を見て少し怯えていたのび太達であったが、その科学者の言葉を聞くと少し緊張がほぐれた。
「久しぶりだな」
 と言いながらジョルジュは自分の後輩であるその科学者と握手を交わした。
「ジョルジュさんこそ。日本支社の出張はどうでした?」
「なかなか良かったぜ。日本食も結構気に入ったしな」
 と挨拶を交わすと、ジョルジュは小さな声で科学者に耳打ちをした。
「いいか、今はあの子たちにテストパイロットの件は話すな。今はMSを見て慣れてもらうだけでいい。頃合いが来たら俺が話す」
「はいはい、分かってますって」
 そう言うと科学者はジョルジュに笑顔を見せた。
「さて、それじゃあこれからMS格納庫に案内するから僕について来てくれるかな」
 と科学者が言うと、のび太達は「はい」と返事を返した。

「それにしても君達は本当に運がいいよ。MSなんて中々一般人じゃ見れないんだよ? しかも今日は新型が来てるんだ」
 と基地内の廊下を歩きながら科学者はのび太達に言った。
 ジョルジュはその通訳をしている。
「新型?」
「そう。まだ試作型だけどね」
 そう言うと科学者は鉄製の頑丈そうなドアの前で立ち止まった。
「さぁここがMS格納庫だ」
 カードキーでドアロックを解除しドアを開く科学者。
 そこには4体の巨大なロボットたちがそびえ立っていた。

「うわああああああああ」
 その壮大さに思わず声を漏らすのび太達。
 ドームのように巨大な空間の比較的中央に緑のMS2機と青い機体が1機。
 そこから少し離れた場所にそれらの機体よりも2回りほど大きい白い機体がある。
 そうしてのび太達がMSに見とれていると、格納庫の奥の方から太った男が歩いてきた。
「やぁ、いらっしゃい。私がここのMS整備班の責任者のダディといいます」
 ダディと名乗った整備兵はジョルジュと科学者の順に握手し、続いてのび太達に笑顔を向けた。
「それにしても、小隊にグフを導入したんですねぇ」
 科学者は残念そうな口調でそう言った。
「うちのドムを使ってくださいよぉ、大尉。性能はウチのドムの方が絶対に良いですから」
「ははは、そう言うことはもっとお偉いさんに言ってくれ。残念だが俺にはどうしようも無い」
 そう言いながらダディは苦笑した。
「いくらロールアウトしたのが早いって行っても、あんなのJ型と性能的に大差ないのになぁ」
 と拗ねたようにいう科学者に、ダディは更に苦笑いした。
 そんな雑談にふける科学者をジョルジュが小突く。
「おいおい、話はいいけどこの子達の案内も頼むぜ」
「あ、はいそうですね」
 科学者はそう言うと、のび太達を軍用のMSシミュレーターのところまで案内した。


「どうだ、凄いだろ?」
 ジョルジュはシミュレーターの様子が映し出されているPCに見入っている科学者に自慢げに言った。
 科学者はのび太の神がかり的な射撃能力に言葉を失っている。
「もしもこの子がドムに乗りゃあ連邦の新型だって超えられるかもしませんね」
 そう言いながら科学者は背後にそびえ立つ白い試作機を振り返った。
「熱核ジェットでMSをホバーさせるってアイディアは画期的なんだがな。もうちょっと小型化できなかったのか?」
 ジョルジュもまたその試作型のドムを眺めながら言った。
「本社でも、どうしてもホバーユニットを小型化できないって頭抱えてますよ。完成品はもっと小さくなる予定なんですけどね」
「ったく。そんな事だからいつもジオニックの連中に先を越されるんだ」
 ジョルジュは今度は視線をグフに移しそう憤った。
「ジョルジュさんも責任の一翼は担っているでしょう」
「俺の担当は操縦系だぜ? 関係ないね」
「……」
 科学者はそんなジョルジュを渋い顔で見つめた。
 そんなジョルジュ達を尻目に、じっとのび太のシミュレートの様子を見ていたダディが口を開いた。
「しかし女の子の方はともかく、何者なんだあの子供。うちの小隊の連中でこんなスコア見たこと無いぞ」
 信じられないという様子でそう言うダディ。
「あったり前でしょ大尉。なんたってあの子はニュータイプなんですから。ね、ジョルジュさん?」
 と嬉しそうにジョルジュに振り返る科学者だが、ジョルジュはあえて反応しない。
「ニュータイプ? なんだそれ」
「あれ、知らないんですか大尉? おっくれてるぅ~。NTってのはMSの操縦の天才のことですよ。連邦の白い奴のパイロットもNTらしいですよ?」
「なるほどね、そりゃ赤い彗星も敵わんわけだ」
 と言いながら改めてのび太のスコアに見入るダディ。
「ま、シャア少佐もNTって噂ですけどね」
 そう言いながら科学者はのび太のシミュレートの解析を始めた。
 ちなみに今回のシミュレーターはジョルジュの家にあったものと違い完全に実戦型のものである。
 そのため操縦系はより複雑になり、敵の難易度も上がっている。
 流石ののび太でも今回はパーフェクトスコアまでには至らなかった。
 だがそれでもザクを連続で11機大破させ、自身の機体の損傷を小破に抑えたこの操縦能力は並みのエースなら既に超えているものだ。
「しっかし射撃能力は本当に人間じゃないですね。クリティカル率100%。この能力だけ見たら、もしかしたら現時点でジオン最強かもしれないですよ」
 のび太のデータの解析を続けながら科学者は言う。
「回避や格闘の方は確かに素人ですけど、才能は感じますね。磨けば絶対に光りますよ」
 そんな科学者の言葉を聞きながら、ジョルジュは好奇とも恐怖ともつかない感情でコンピュータの画面を見つめていた。

「お疲れ様」
 ジョルジュはシミュレーターで遊び終えた、のび太としずかを笑顔で迎えた。
「うちの奴と比べてどうだった?」
 ジョルジュがそう尋ねると、「う~ん」と考え込んだ。
「もう少し練習すれば、全部倒せると思うんだけど。こないだより少し難しかったなぁ。でも楽しかったです!」
 のび太のその言葉に周りの大人たちは一斉に顔を引きつらせた。
「しずかちゃんはどうだった」
「あ、はい。難しかったです」
 とは言えしずかのスコアは4機。素人にしてはかなりの出来である。
 ジョルジュは出来る事ならこの子供も引き入れたいと思っていた。
「そっか。でも初心者にしてはかなりのできだよ」
 そう言ってジョルジュはしずかの肩を叩いた。

 シミュレートを終えたのび太達にダディがモビルスーツの説明をしはじめて30分ほど経った頃。
 基地内の様子が騒がしくなったと思うと、突然基地中にサイレンの音が鳴り響いた。
 その音を聞くなりダディや科学者達の顔つきが変わった。
「スクランブルだと!?」
 ダディはそう叫ぶと、のび太達をモビルスーツから離れさせた。
「その子達を早く格納庫から出すんだ!」
「分かりました! ジョルジュさんもこっちに!」
 科学者はそう言いながらのび太としずかの手を引いて歩き出した。
 その後ろでダディはすぐさま小隊のMSの武装の点検を始める。
「おいおい。こんなボロ基地にわざわざ敵さんが現れたのか?」
 と、ジョルジュが驚いた顔で科学者に話しかけた。
「ここが意外と重要な基地って事くらいジョルジュさんも知ってるでしょ? それにもしかしたらドムの試験をしてることがバレたのかも」
 そう言いながら急いで格納庫のドアを開く科学者。
 しかしその瞬間基地に激しい爆音とが鳴り響き、建物全体が揺れた。

「今の音は何だ!」
 とっさにジョルジュが叫んだ。
「爆撃に決まってるでしょう! あぁ~、今の爆音の方向は嫌な予感がするぞ」
 そう言うと科学者は基地の廊下を駆けてきた兵士を呼び止めた。
「兵隊さん、今の爆発が起こったのは何処ですかっ!?」
「3号棟です!」
「やっぱり!」
 兵士の言葉を聞くと科学者は険しい事になった。
「3号棟にはパイロットの詰め所があるでしょう? パイロットは無事なんですか」
「不明です! 連絡が取れていません」
「うわああああああああああああああ!!」
 科学者は頭を抱えてうずくまった。
 それに代わって今度はジョルジュが兵士に話しかけた。
「それで、戦況はどうなんってるんだ?」
「連邦の航空部隊と戦車部隊が同時に攻めてきてるようです。今は何とかドップとマゼラアタックで食い止めていますが……」
 その兵士の表情は明らかにジオン側の劣勢を示していた。
「わかった、引き止めて悪かったな」
 ジョルジュがそう言うと、兵士は一礼しその場から走り去って行った。

 のび太には一体何が起こったのか訳がわからなかった。
 さっきまで楽しくロボットに触らせてもらっていたと思ったら突然のサイレンに、爆音。
 おまけに大人達が言っている言葉はのび太には理解できない。
 分かる事といえば、とにかく今自分が物凄い危険の中に居るという事だけだ。
 そんな最中にさらに第2撃が襲った。
 耳をつんざくような音があたりに響く。
 ジョルジュはギリ、と歯をかみ締めた。
「おい、今のは明らかに基地の出入り口だぞ」
 ジョルジュが科学者にそう言うと、科学者は急いで道を引き返した。
「不味いですね、確かに今防火シャッターが作動したみたいです。別の出口から出ましょう!」
 辺りからはしきりには兵士が騒ぐ声が聞こえてくる。
『防衛線が突破されただと? 数は!?』
『4号棟で火災発生! 直ちに消火活動を行え!!』
『第2戦車小隊全滅!』
 そんな怒号を聞き、科学者は泣きそうな顔になっていた。
 とにかく別の出口に向かって道を引き返しているうちに、先ほどのMS格納庫の入り口のところまで戻ってきた。
 すると丁度ジョルジュ達はダディが格納庫から出てくるところに出くわした。
「おああ! あんた達何やってんだ! 早く逃げろ!」
 そう叫ぶダディ。
「あんたこそ何やってんだ! 格納庫から離れていいのか!?」
 ジョルジュがそう尋ねると、ダディは両手を挙げて「もうだめだ!」と言った。
「うちの小隊のMSパイロットはみんな爆撃で死んじまったよ! 予備パイロットもみんなドップとマゼラアタックで出撃しちまってる!」
「MSを使わないでマゼラアタックだって!? 何を考えてるんだあんたらは!」
 と怒号を浴びせるジョルジュ。
「仕方ない無いだろう! 即座に対応できる位置に配置されてたのがそれしかなかったんだ!」
 ダディはもうどうにでもなれと叫んだ。
「とにかく戦車部隊も壊滅状態だ! もうこの基地は占領される! 早く逃げないと捕虜にされるぞ!!!!」
「あんたそれでもジオン兵かよ! 整備兵ならMSの操縦くらい分かるだろ!?」
「俺みたいなド素人が操縦してどうにかなるような数じゃ無いんだよ!」
 そうやっていがみ合うジョルジュとダディ。
 そんな二人を見て科学者がポツリと言った。
「あの。もしかしてこの子の操縦技術なら何とかしてくれるんじゃないですかね?」
 と、のび太を指差す科学者。
 その瞬間ジョルジュもダディも黙り込んだ。
 2人ともあのシミュレートの能力が発揮されれば勝てるかもしれないと思ったのだ。
 しかし。
「この子は一般人だぞ!」
 ジョルジュはそう叫んだ。
「この際一般人かどうかなんて関係ないでしょう! 死ぬか生きるかの問題なんですよ!! ジョルジュさん、早くその子を説得してください!」
「俺からも頼む! その子はNTって奴なんだろ? な、その子ならきっとどうにかしてくれるさ!」
 科学者に続いてダディもジョルジュにそう嘆願する。
「あんたら――!」
 なんて無責任な連中なんだ!という言葉をジョルジュは途中で飲み込んだ。
 確かにジョルジュも今はそれ以外に取るべき道が無いと思ってしまったのだ。
 ジョルジュは出来るだけ心を落ち着かせ、そしてゆっくりとのび太と向かい合った。
 のび太は怖さのあまり全身が震え、今にも泣きそうな顔をしている。
 当然だ。むしろこんな状況でのび太は良く耐えている。
 だが、ジョルジュはそんなのび太にさらなる恐怖を与えなければならなかった。
 それは例え戦時であってもやってはいけない事だとジョルジュは思っている。
 しかし、それでも死ぬよりかはいくらかマシな選択だった。
「なぁのび太君、頼みがあるんだ」
 ジョルジュはのび太の目を見据えると、できる限りの優しい声で言った。
「今俺達はとっても大変な事態に陥ってる。助かるには君の力がどうしても必要なんだ」
「……僕の力?」
 何とか絞り出す声で答えるのび太。
「そうだ。どうか協力して欲しい」
「協力って、一体」
「MSを操縦して欲しい」
「そんなの無理です!」
「大丈夫だ! シミュレーター通りやれば君には必ず出来る!!」
「そんな……僕にはそんなこと」
 そう言って俯くのび太の肩を、ジョルジュは力強く握った。
「君は射撃だけすればいい。他の操縦は俺がやる!!」

 のび太はどうすればいいのか分からず、隣に居るしずかに振り向く。
 見ればしずかもまた恐怖のあまり震えていた。
 それでも、しずかの眼はのび太を心配していた。MSに何か乗らないで逃げればいいとその眼が訴えている。
 だけど、その眼がのび太に勇気を与えた。
 ここにはドラえもんが居ない。ジャイアンが居ない。出来杉が居ない。スネ夫が居ない。
 だから、のび太がしずかを守るしかなかった。
「僕、やります」
 のび太は出来る限りの勇気を振り絞ってそう言った。
「ありがとう!」
 そう言うとジョルジュはのび太に抱きついた。
 しかし、その瞬間連邦の爆撃が再び基地を揺るがす。
「時間が無い! 早く格納庫に入ろう!!」
 そう言うとジョルジュはのび太の手を引いて駆け出した。
 それに続いてダディも格納庫に走りこんでいく。
「馬鹿野郎! 俺がいなきゃMSに乗れんだろうが!」
 高さ10m以上のMSのコックピットに搭乗するためには、専用の機械でそこまで上がらなければならない。
「そうだったな。たのんだぜ大尉!」
 そう言うと早速ジョルジュはのび太を連れてリフトに乗り込んだ。
 科学者はそんな3人の姿を見送るとしずかの手を握った。
「僕達も早く安全な場所に隠れよう」
 そう言って歩こうとするが、しずかは格納庫の前から離れようとしない。
「大丈夫さ、ノビタ君とジョルジュさんならきっと何とかしてくれる!」
 言葉は通じないと分かっていたが、科学者はそう言うとしずかを抱きかかえ走り出した。

 ジョルジュが乗り込んだのは試作型のドムだった。
 それを見て慌ててダディが叫ぶ。
「おい試作機に乗るのかよアンタ!? これは実戦だぞ! グフにしておけ!!」
 だが、そんなダディに向かってジョルジュは不敵に笑った。
「ジオニックのモビルスーツなんか乗れるかよ! 大尉、早くリフトを上げろ!」
「ええええええい! どうなっても知らんぞ!!」
 そう言うとダディはリフトのボタンを押した。
 ゆっくりと上昇していくリフト。
 そのリフトの上でのび太は必死で体が震えるのを抑えていた。
 しずちゃんを守るためだといくら自分に言い聞かせても、やはり湧き上がってくる恐怖をとめることは出来ない。
 だけど、ジョルジュはのび太にこれは君だけしか出来ないことだと言った。
 いつでも誰かを頼りにしていただけののび太にとって、それはとても嬉しいことだ。
 のび太はギュッと握りこぶしを作る。
 瞬間、ガクンとコクピットの前でリフトが止まった。
「さぁ、乗るぞのび太君!」
 そう言ってのび太手を取るジョルジュ。
「はいっ!」
 のび太はそれに出来る限りの大きな声で返事をした。

 コックピットのハッチを開くと、ジョルジュはすぐにその中に乗り込みのび太を自分の膝の上に乗せる。
 そしてその上から座席と体を固定するベルトをする。
 そしてハッチを閉じた。
「いいかい、のび太君。さっきも言ったように君は射撃だけをやってくれればいい。やり方はシミュレーターと全く同じだ」
 のび太は緊張して返事も出来ずにいる。
「大丈夫だ、自分の力を信じろ!」
 そう言ってのび太の肩を軽く叩くと、ジョルジュはコックピットの操縦系のスタンバイをした。
 ダディの顔がメインモニタに映る。
「準備は出来たか2人とも?」
「OKだ大尉」
「ところでジョルジュさんよ。ノビタ君はともかく、アンタの操縦技術は大丈夫なんだろうな?」
「おいおい大尉、俺を誰だと思ってるんだ? 俺はこの機体の操縦系の開発に携わってるんだぜ?」
 と、ダディに笑って返すジョルジュ。
「その自信が見せかけじゃ無いことを願ってるぜ。武器はすぐ横のハンガーにあるザクマシンガンを使え!」
 ジョルジュがモニター越しにそのハンガーを見るとそこには確かにザクマシンガンがあった。
「相当改良してるから正規品とは大分変わってるが、その分威力は保障するぜ」
 ジョルジュはマニュピレーターを操作してザクマシンガンを手に取った。
「それじゃあのび太君、出発だ!」
 ジョルジュがそう言うと小さくのび太も小さく頷いた。
「試作型ドム、出る!!!!」

 ジョルジュが操縦桿を倒すと、試作型ドムはザクとは比較にならないスピードで格納庫から飛び出した。
「流石、わが社のモビルスーツ!」
 と喜ぶジョルジュだが、すぐさまモニターから横槍が入る。
「おい、ソイツの熱核ジェットは相当エネルギーを喰うんだ。あんまりはしゃぐな!」
「分かってるって!」
 そう言いながらジョルジュはモニターの表示を切り替え、ソナーの画面を表示させた。
「大尉、敵の情報を頼む」
「とりあえずそのまま南に進んでくれ。すぐに敵の戦車部隊と衝突するはずだ」
「数は?」
「確認したところ18はいる」
「そんなにいるのかっ!?」
 ジョルジュの額に汗が滲む。
 だがしかし、それでも出来るはずだとジョルジュは確信する。のび太の能力なら、戦車など止まった的も同然なのだ。
 ジョルジュに出来る事はとにかくのび太の足を引っ張らない操縦をする事だけである。
 遥か上空では連邦軍機とドップが空戦を繰り広げていた。
 戦っているのは自分達だけじゃない、そう思うと自然と操縦桿を握る力が強くなる。
 そして次の瞬間モニタのソナーに敵影が映った。
「行くぞのび太君!」
「はいっ!」
 のび太は射撃用のターゲットをすぐさま61式戦車にあわせ、射撃ボタンを押し込んだ。
 その弾は全弾61式戦車に直撃した。
「よしっ! いいぞのび太君っ!!」
 ガッツポーズをとるジョルジュ。
 戦車は爆発こそしないもの、もはや使い物にならない損傷を被った。
「さぁ、2つ目に行くぞ!」
 そう言うとジョルジュはソナーに映った2台目の戦車を機体操作で正面に捉える。
 その動きはただの科学者の操縦に留まらない域だった。
 のび太もソレを即座にロックオンし、次の瞬間には射撃を命中させまたもや戦車を大破させた。
 そして、それと同時に3台目の戦車に対して側面に回りこむ運動を取る。
 二人はただ目の前の戦車に夢中で殆ど気付いていないが、それは正しくエースパイロットそのものの動きだった。

 それを見た連邦の兵士は、きっと誰もがそのMSに恐怖しただろう。
 第13基地から試作型ドムが出撃してから僅か20分もたたない間に、連邦の戦車部隊の半数以上が既に飲み込まれていた。
 ザクマシンガンの連射される重低音に続いて、戦車が被弾する鈍い音が鳴り響く。
 それが絶え間なく繰り返される。
「14!」
 ジョルジュがそこまで数えた所で一斉に連邦の戦車達が後退を始めた。
 それを追おうとした瞬間、警告音と共にモニターにエネルギーの残容量が少ないことを知らせる表示が現れた。
 このまま追うかどうか思案するが、ジョルジュはここで基地に帰還することに決めた。
 敵を逃したのは惜しいが、敵が後退したということはジョルジュの勝利である。
 それを危険を冒して追う必要は無かった。
 それに、ジョルジュはのび太の事が心配だった。

「のび太君、本当にありがとう。君のおかげで俺達は助かった」
 そう言って安堵の表情を作るジョルジュ。
 冷や汗で汗だくになったのび太は、額の汗を拭うと照れた様に笑った。
「僕はただ射撃をしただけです」
「何を言うんだ。君のあれ程の射撃が無ければ俺は今頃あの世さ。俺には実戦レベルで射撃と機体の運動を同時にこなす事なんて出来ないからな」
 ジョルジュがそう言うと、二人は目を見合わせて笑った。
「それじゃあ、基地に戻ろう」
 そう言って操縦桿を倒すジョルジュ。
 そんな時のび太の目に大破した戦車の姿が目に映った。
 その瞬間、のび太は自分がやってしまったんだと一気に恐怖に支配された。
 戦っている間は夢中で相手のことなんて考えられなかったけど、終わった後にその惨状を見ると辺りはまるで怪物に蹂躙されたかのようになっている。
 ジョルジュはそんなのび太の姿を見ると口を開いた。
「ザクマシンガンの威力じゃ戦車の中の人はそうそう死んだりはしないよ。気にする必要は無い」
「だけど……」
「それに、もし死んだとしてもそれは君のせいじゃない。責任は全て俺にある」
 のび太はそれでも俯いた。
「のび太君。それは相手だって同じさ。これは戦争なんだ。彼らだって俺達を殺すつもりだったし、死ぬ覚悟があってここまでやって来た」
 ジョルジュはそう言ってのび太を慰める。
 それは確かに正論なのかもしれない。
 しかしそんな言葉で庇うにはのび太は純粋すぎた。


 ジョルジュとのび太が基地に帰還すると、二人は英雄のように出迎えられた。
 それも当然だろう。
 第13基地の全戦力はMS小隊1部隊、戦車小隊2部隊、戦闘機小隊1部隊。
 その内戦車小隊は全滅。戦闘機小隊もドップが2機残っただけである。
 もしも彼らが出撃していなければ基地は確実に全滅していただろう。
 13基地の兵士達はジョルジュとこの若きエースを称える祝賀会を開いた。

「いやぁ~、見直しましたよぉジョルジュ先輩! あの操縦技術ならウチの会社をリストラされてもパイロットとして食っていけますね!」
 と言いながらジョルジュのコップに酒を注ぐ科学者。
「ケッ、余計なお世話だ」
 科学者の言葉に悪態をつくジョルジュだが、その顔は笑っていた。
「それに俺は機体の運動操作をしただけだ。全てはのび太君の力だよ」
「意外と謙虚なんですね、ジョルジュ先輩」
 そう言うと、二人はパーティー会場の中央で兵士たちに持てはやされているのび太を見つめた。
「こんな小さい坊主が、戦車を14も墜とすとはな。坊主すごいぞ!」
 と言いながら、がっちりした体格の兵士がのび太の頭を撫でる。
「まったく、こんな子供にあんな射撃を見せられちゃ商売上がったりだぜ」
 と、今度は予備MSパイロットの男が苦笑する。
「ほらほら、ノビタもっと飲め! 食え!」
「これも食べろ!」
 そう言いながらお菓子やジュースを次々差し出す。そんな言葉も通じない屈強な男たちに囲まれるのび太。
 最初はそんな兵士たちに慣れなかったが、のび太はここがとても心地よい場所だと感じた。

「本当に凄い子だよ」
 そう言いながらジョルジュはコップの酒を呷った。
「それでどうするんです彼」
 科学者はそんなジョルジュに問いかけた。
「どうするって?」
「ですからテストパイロットの件ですよ」
 その言葉を聞くなりジョルジュは目を細めた。
「もうここまで来たんだ。ちゃんと後で説明して頼んでみるさ」
 と言いながらまたもや酒をあおるジョルジュ。
「それで断られたらどうするんです?」
「そうしたら仕方が無いだろう。彼は一般人だ」
 そのジョルジュの言葉に科学者は、はぁと肩を落とした。
「まぁそうですけどね、子供だし。でもそんな事だと軍にとられちゃうかもしれませんよ」
 と兵士に囲まれたのび太に視線を向けたままいう。
「そん時はそん時だ。彼のことは彼が決めればいい」
 ジョルジュもまた、そんなのび太を見つめながら言った。
 兵士達に囲まれたのび太はおどおどしながらもとても楽しそうである。
 意外とのび太には軍隊は似合っているのかもしれない、とそんなことをジョルジュは一瞬思った。
 しかし、すぐにそんな考えを否定する。
 軍隊はそんな甘い所ではない。こんな楽しい時間はほんの一瞬。それに比べて辛くて苦しい時間は永遠のように続く。
 それならまだ、自分の会社でテストパイロットとして活躍して欲しいとジョルジュは思う。

 そんなジョルジュのもとに酔っ払ったダディが酒瓶を持ってやって来た。
「なあああに沈んだ顔してるんだあい、英雄さん? ほらほらもっと飲んでえぇ」
 そう言いながらダディはコップではなくジョルジュの頭に酒をぶっ掛けた。
「ぐわっ!! 何しやがる大尉!!!!!」
「ガハハハハ!!! 酒は上手いだろう!!」
 ダディは大笑いしながらそう言うと、科学者の頭にも酒をかけた。


 祝賀会はそのまま夜中まで続いた。
 辺りの兵士達は殆ど酔いつぶれるか眠ってしまっている。
 さすがにそろそろゾーン家にのび太を届けなければならないと思い、ジョルジュはのび太としずかを連れてそこを出ようとした。
 その時一人兵士がジョルジュに声をかけた。
「ジョルジュさん、司令がお呼びです。その少年を連れて私について来て下さい」
 兵士の言葉を聞くとジョルジュは非常に嫌な予感がした。
 しかし司令直々の御呼びとなれば断るわけにはいかない。兵士が歩き出すとジョルジュはその後をのび太達を連れて歩いた。

「失礼します司令!」
 兵士は2度司令室のドアをノックすると、大きな声でそう言った。
「入れ」
 部屋の中から司令がそう返事をすると兵士はドアを開いた。
「どうぞ」
 そういざなう兵士に言われるままジョルジュ達は司令室に入る。

 中に入ると司令官が立派な椅子に座っていた。
 その男はいかにも司令と言った風の老人で、ジョルジュ達が入ってくるなり彼らに厳しい視線を向けた。
「ようこそジョルジュ君。そして君はノビタ君と言ったかな」
 司令はのび太を見つめながらそう尋ねる。
 しかしのび太は司令の言葉が分からずただ固まっているだけである。
「すみません司令。彼は日本語しか通じないんです。よければ私が通訳しますが」
 その様子をみて慌ててジョルジュが注釈を入れる。
「彼は日本人なのか?」
 司令はジョルジュの言葉を聞いて不思議そうな顔をしたがそのまま話を続けた。
「さて、今回の件だがひとまず君達には感謝する。あのままでは我が基地は連邦に占領されていたかもしれん」
「光栄です」
 司令の言葉にジョルジュはそう答える。
「しかし」
 司令が今までよりも強い口調で言うと、ジョルジュは一気に緊張した。
「軍属とは言えパイロットでない科学者と、一般人の子供がMSに乗り戦場に出る。これがどういう事だか分かるかね?」
 何も答えられずに黙っているジョルジュに、更に司令は話を続ける。
「大変な軍規違反だ。いいか? 軍規は命よりも大事なものだ。君も軍属の人間ならそれくらい分かっているだろう」
 ジョルジュの顔に大量の汗の粒が浮かぶ。
「目先の命に捕らわれて全ての兵士が軍規を犯すようになればどうなるか? それは部隊全体、時には軍全体の作戦を乱し、より多くの死を生む」
 司令はこれ以上無いというほどの険しい目でジョルジュを見つめる。
「我々はどうなるのでしょうか?」
「今回の件は軍法会議にかけなければならないだろうな」
 ジョルジュの心は恐怖のどん底に落とされた。
 そんなジョルジュの様子を確認してから司令は更に話を続ける。
「しかしノビタ君が我がジオン軍のパイロットとなれば話は別だ」
 司令がそう言うとジョルジュはやはりか、と思った。
「ノビタ君のシミュレーターの結果は見せてもらった。彼の能力をこのまま眠らせておくのはあまりに惜しい」
 そう言いながら司令は机の上の紙を手に取る。
「準備はもうしてある。これがノビタ君のパイロット学校への推薦状だ」
 ジョルジュはその紙に目を通す。
 それは確かに正規の推薦状だった。
「多くの名パイロットを輩出している学校だ。非常に名誉な事だぞ。さぁジョルジュ君、呆っと突っ立っていないでノビタ君に説明したまえ」
 ジョルジュは非常に困っていた。
 一人の人間、そしてツィマッドの社員としてこんな話を簡単に飲むわけにはいかない。
 しかし結局ジョルジュは司令の言葉に抗う事が出来なかった。

 ジョルジュが全てを説明し終えると、のび太は恐怖のあまり凍りついた。
 その姿にジョルジュの良心が痛む。
 しかし一介の科学者でしかない彼には、これは抗えない事だった。
「ぼぼぼぼ、僕が軍隊のパイロット!? そ、そんなの無理です! ジョルジュさん断って!!」
 のび太は泣きながらそう言う。
「ジョルジュさん、私からもお願い! のび太さんを連れて行かないで!」
 しずかも必死にそう嘆願する。
「すまない、今はこうするしか……」
 ジョルジュはそう言うと俯いた。
「そんなの酷いわ! のび太さんはみんなの為に頑張ったのに、それなのに――!」
 泣き出すしずか。
 ジョルジュはそんな二人に顔向けが出来なかった。
 しかしこの状況下で取るべき道をジョルジュは考え出すことが出来なかった。
 そんな様子をみて司令はニヤリと口元を歪めた。
「どうだい、ジョルジュ君。話は付いたかね?」
「……はい」
 ジョルジュは俯きながら答えた。
「ふふふ、そうか。助かったよジョルジュ君。君は確かツィマッドの社員だったね? オタクのドムとか言う新型が完成したら是非我が基地に配備させてもらうよ」
 そう言うと司令はジョルジュに歩み寄り笑いながらジョルジュの背中を叩いた。
「話も決まった事だ、君達はもう家に帰りなさい。パイロット養成学校に送還するのは1週間後だから早く準備をしておくように」
「一週間後ですって!?」
「何か問題でもあるかね?」
「――いえ」
 ジョルジュはそう言いながら握りこぶしを作る。
「フフフ、期待しているよノビタ君?」
 三人はそんな司令の言葉を背にして司令室を後にした。


「ノビタ君がパイロットだと。ふざけているのか貴様!」
 ジョルジュの説明を聞いたホライの父はそう叫びながらジョルジュに襟元を掴んだ。
「……すまない」
「馬鹿野郎!」
 そう言ってホライの父はジョルジュを殴り倒した。
 その様子をホライの母が心配そうに見つめている。
「俺に謝ってどうする! 謝るならノビタ君に謝れ!!」
 ジョルジュは殴られた頬をさすりながら、当然の事だと思った。
 あんな小さな子供を軍隊に売った人間なんて許されるはずが無い。
「お前を信用した俺が馬鹿だった。学生時代からの仲もこれで終わりだな。俺の家から出て行け!」
 そう吐き捨てるホライの父の言葉を聞くと、ジョルジュは立ち上がってヨロヨロとホライの家から出て行った。
 そのジョルジュの姿を見届けると、ホライの母が不安そうに口を開いた。
「どうするのあなた?」
「軍の命令なんだ。どうしようもない」
 そう言うとホライの父は頭を抱えた。
「あんな子供が兵隊だなんて」
 悲しそうに呟くホライの母。
「寒い時代だ……」
 ホライの父も小さくそう呟いた。

 次の日、ホライ一家はささやかだけど精一杯のび太を慰めようとパーティーを開いた。
 みんな出来るだけ明るく振舞って、のび太達を称えた。
 ホライの母は腕を振るって豪華な料理を並べたし、ホライの父も仕事を休んでそのパーティーに出席した。
 だけど結局、パーティーが終わるまでのび太は一度も笑顔を見せなかった。

 ホライはそんなのび太を外に連れ出した。
 そしてホライが知ってる限り、この町で一番景色のいい丘に連れて行くとのび太と一緒にそこに寝そべった。
「なぁノビタ」
 ホライは言葉は通じないと分かっていたがのび太に語りかけた。
「俺は絶対に士官学校に入ってみせる。そんて必ずのび太みたいな子供が戦争に行かないですむように軍を変えてみせる」
 ホライが何を言ってるのかはのび太には分からないが、のび太は真剣にホライの言葉を聞いている。
「だから心配するなノビタ。これは約束だ!」
 そう言って笑うとホライはのび太に手を差し出した。
 そしてのび太も笑顔で手を差し出し、二人はかたい握手をした。


 そしてとうとうのび太が出発する日となった。
 しずかは自分も行くと泣いて喚いたが、ホライの父はそれを必死で制した。
 軍から推薦を受けたのはのび太だけだし、しずかまで軍人にするわけにはいかない。
 ホライの父には二人を別れさせるしかなかった。

 そうして間もなくするとホライの家の前に一台の軍用車両が止まった。
 ホライの家のインターホンが鳴る。
 のび太はホライ一家としずかに別れの挨拶をすると、兵士にいざなわれるまま軍用車両に乗り込んだ。  




 10月の中旬を過ぎた頃から、北米のジオン基地に対する連邦軍の攻撃が激しさを増してきていた。
 連日のようにジャブローから爆撃機が飛び立つ。
 ガルマが死んで指揮系統が動揺しているところを一気に制圧しようという思惑なのだと殆どの人間は思っていた。
 しかしそれは間違いである。
 連邦軍の雌雄を決するオデッサ作戦まで僅か20日と迫っていた。
 連邦の北米に対した一連の攻撃はこれのカモフラージュのためだった。

 連邦軍カラカス基地。
 北米のジオン軍基地攻撃の為の連邦の拠点のひとつであり、空軍の拠点としては非常に大きな意味を持っている。
 その基地の司令であるスカルチノフ大佐はコンピュータ画面で連邦軍総司令部との情報交換を行っていた。
「この頃北米におけるジオン軍は相当弱体化してきています。ホワイトベース隊の活躍が相当堪えたんでしょうな」
『どうです、1つや2つくらいなら連中の基地を制圧できませんかね?』
 そう言って総司令部の司令官は笑った。
「まぁ現実的にはなかなか難しいですな。今のところ地上戦ではやはりMSには敵いませんよ」
 と言ってスカルチノフは苦笑する。
『しかしそれももう少しの辛抱です。こちらのMS量産体制も殆ど整いつつある。GMが量産されればジオンなど敵ではありません』
「そうですな」
 とスカルチノフが言うと、二人は笑った。
『あぁ、それと例の件ですが。どうです、素質のありそうな人間は見つかりましたか?』
「残念ながら一向に進みませんな。やはりNTはアースノイドからは生まれないのでしょう」
『ふむ』
 そう言うと総司令部の士官は難しい顔をした。
『完全なNTでなく、あくまでも素質を持った人間でいいんです。素質を持っただけの人間ならアースノイドにもいる可能性はあります』
 そう言う総司令部の士官にスカルチノフは頷いた。
 二人とも連邦軍内でいわゆる”レビル派”と呼ばれている派閥の人間だった。
 特にスカルチノフは熱心なレビルの支援者であり、MSやNTの軍事利用に積極的に賛成していた。
「MS開発においてもNT研究においても我々はジオンに遅れていますからな。出来る限りの事はやります」
『どうかお願いします。WB隊を見ての通り、計画が上手くいけばNTは相当な戦力になりますから』
「えぇ」
『それでは、また何か情報が入り次第連絡をお願いします。それでは』
 と言うと総司令部の士官は通信の電源を切った。
 ふぅ、とスカルチノフはため息を付く。
「NT部隊の創設か」
 と呟いてみるスカルチノフ。
 それに必要なNT資質者を一体何人集めなければならないのだろうか。そう考えるとスカルチノフは頭が痛くなった。
 しかしこれは必ずやらなければならない。
 ジオンは既にNTを研究し軍事転用するための機関を設立したという。
 それに比べると連邦のNT研究はあまりに遅れていた。
 というより、まだ始まってすらいない状態である。
 だから連邦はダメなのだ、とスカルチノフは思う。

 地球連邦のいつまで旧態依然とした体制がジオンなどという物を生み出したのだ。
 レビル将軍が台頭してからは大分変わってきつつあるが、それでも連邦の士官には古い頭の人間が多すぎる。
 MSにしても、もっと早く開発計画に移っていれば地上の3分の2を支配されるなどと言う失態を犯さずにすんだはずだ。
 そう考えるとスカルチノフの血圧は急上昇した。
「ぐぬぬ、いかんいかん」
 スカルチノフは慌てて血圧を下げる薬を飲んだ。
 気分が落ち着くまで安静にするスカルチノフ。
 とにかくである。
 今の連邦軍内では殆どの士官は役に立たない。
 ここは自分達レビル派が頑張らなければならない、とスカルチノフは決意した。
「明日にでも難民のNT適性試験でも見学に行くべきか」
 戦時とは言え一般市民にNT適性を試験を受けさせる事は難しい。
 だからこそ、難民と言う特殊な状況下の人間を利用する必要があった。
 難民を登用する理由などはいくらでも捏造できるからである。
 それは確かに汚い手ではある。しかしこの戦争に負けるわけにはいかなかった。
 スカルチノフは深夜までNT適性についての資料を読みふけっていた。


 地球上のほぼ全てが戦場となった今大戦において、それによって生じた難民の数は既に連邦政府の管理力を遥かに超えていた。
 誰が死んで、誰が生きているのか、そんなことすらも定かでない状態である。
 だから連邦の難民管理局は当たり前のように出来杉を難民として処理していた。

 南米北部にあるとある難民収容所の中で、出来杉は一人頭を抱えていた。
 彼がこの世界に迷い込んでから既に2週間。
 だと言うのに彼はドラえもん達の情報を得るどころかこの収容所から外に出ることすら出来なかった。
 その上にいくら自分の事情を説明しようとしても、連邦の当局者達は子供の戯言と取り合ってくれない。
 治安が悪く、食事すらもまともに支給されないここは出来杉が暮らすにはあまりに辛すぎた。
 さらにこの収容所には各地から難民が送られてくるのか、言語もバラバラであり日常会話程度の英語ならマスターしている出来杉でも困る事が多かった。
 ただ一つの利点は、難民達の会話からこの世界については色々と知ることが出来た事だろう。
 アースノイドとスペースノイドの対立、コロニー落し、MS。
 これらについて出来杉はかなりの事を知っていた。

 つまるところジオン公国は悪である、と出来杉は思う。
 理由はどうあれジオンが武力攻撃を仕掛けたのが発端である。
 おまけにコロニー落としという無差別殺戮。
 連邦もとても善とは言えないが、ジオンの存在は出来杉の知る限り確実に悪でしかない。

 難民で溢れかえる収容所を見渡す。
 この人達を救う方法は無いのだろうか、と出来杉はそんな事を考えていた。


 いつものように食事の配給が終わると、出来杉はひとまず今日も食事を確保できた事にほっとした。
 なにせこの収容所に支給される食事の量は明らかに難民の数に対して不足している。
 おまけに1人で数人分の食事を取ろうとする人間も居るので、何も食べられない日も珍しく無い。
 出来杉が収容所の片隅で食事を取っていると、一人の女の子が出来杉に話しかけてきた。
「はぁ、私今日も食事取り損ねちゃったよ」
 と言いながら女の子は出来杉を羨ましそうに見つめる。
 彼女の名前はアリア。
 この収容所で知り合った数少ない出来杉の友人である。
「残念だったね。僕のを半分あげるよ」
 出来杉は笑顔でそう言うとアリアに自分の食事を差し出した。
「本当にいいの?」
 すまなそうな顔でそう尋ねるアリアに出来すぎは「うん」と答えた。
「ありがとうエイサイ」
 そう言って微笑みながら出来杉の食事を受け取るアリア。
 出来杉はそんなアリアを優しい目で見つめる。
 アリアには両親が居ない。
 彼女の両親は戦争に巻き込まれて死んだ。
 アリアは戦争孤児である。そんな子供がここには数多く居る。
 出来杉も周りの人間からそのように見られていたが、現実は違う。
 孤児である彼らは、出来杉が今までに体験した事の無い恐怖の中を渡り歩いてきたのだ。

 出来杉がそんな事を考えながらアリアと時間を過ごしていると連邦軍の兵隊が収容所の中に入ってきた。
 これもいつものことで、難民の健康状態の調査の為に毎日数人ずつ難民を連れて行くのだ。
 伝染病など健康状態に問題のある人間は別室に隔離されると言う噂であるが、今までのところそういった人は殆ど居ないみたいであった。
 兵隊は手に持ったリストのような物を見つめると、大きな声で点呼を取った。
「エイサイ=デキスギ! エイサイ=デキスギはいるか!」
 自分の名前が呼ばれるのを聞くと、出来杉はすぐに返事をした。
「次は君が身体検査をする順番だ。検査室に行くので私についてくるように」
「はい」
 出来杉はやっと自分の番か、と思いながらそう返事をした。
「それじゃ行って来るね」
 出来杉がアリアにそう言うと、アリアも出来杉に「いってらっしゃい」と言って手を振った。


 やけに時間がかかるな、と出来杉は不安に思った。
 巨大なスキャナーのような機械にかけられたかと思うと、検査官達がざわざわと騒ぎ出し、それから彼らの様子がおかしくなった。
 入念に体のあちこちを調べられた上に、反射神経を確かめるテスト。
 さらに何故か学力を測る筆記試験のようなものまで受けさせられた。
 もしかして体のどこかに異常があったのかもしれない。
 体調が悪いわけでは無いが、なれない生活環境におかれてどこかを悪くしている可能性は大いに考えられた。
 そうしてドキドキしながら出来杉が検査結果を待っていると、白衣を来た男が出来杉のもとにやって来た。

「デキスギ君だね?」
 白衣の男は神妙な顔つきでそう尋ねた。
「はい」
「君に大事な話がある。だがここでは話せない、ついて来たまえ」
 深刻な声でそう言う白衣の男に、出来杉は最悪の結果を覚悟した。
 だが、現実はある意味で出来杉の想像した結果よりもより悪いものであったかもしれない。

 出来杉やアリアの難民収容所から少し離れた場所にある連邦軍の施設でスカルチノフは胸躍る思いだった。
 彼がNT資質者の選別を始めて一ヶ月、とうとうNTの素質が濃厚と思われる人間を見つけたのだ。
 スカルチノフにとってこれ以上に喜ばしい事は無い。
 スカルチノフは改めてこのNT適性者の報告書に目を通す。
 エイサイ=デキスギ。
 2週間ほど前に軍に保護された難民で、まだ10歳程度の子供である。
 しかしそれ以上の彼についての情報は殆どなかった。
 なぜなら軍が調べた限り、彼の戸籍はこの世には存在しないのである。
 スカルチノフは口元を歪めた。
 それは彼にとって非常に都合の良い事である。
 難民の上に戸籍も存在しないとなれば、出来杉の事など軍の権力を使いどうにでもする事が出来るのだ。
「絶対に我が連邦に入ってもらうぞ、デキスギ」
 そう呟きながらスカルチノフは笑った。

 スカルチノフがそんな待ち遠しい思いで出来杉を待っていると、彼の居る部屋の戸がノックされた。
「大佐。適性者の少年を連れてきました」
 それを聞くとスカルチノフはやっと来たか、と胸を撫で下ろす。
「うむ、入れ」
 スカルチノフがそう言うと、ドアを開いて白衣の男と一人の少年が入ってきた。
 その様子を見ながら、この子か、と思うスカルチノフ。
 少年の利発そうな顔つきで、その姿はスカルチノフの予想を裏切らなかった。
 実際、NT適性と併用して行われた学力検査に於いて、出来杉は11歳の少年とは思えない結果をたたき出している。
「ようこそデキスギ君。私がここの司令のスカルチノフだ」
 そう言いながらスカルチノフが笑顔で握手を求めると、戸惑いながらも出来杉はそれに応じた。
「突然の事で驚いているだろう。無理も無い。健康診断という名目でここに連れてこられたんだからね」
 スカルチノフがそう言うと出来杉は訝しげな表情をする。
「健康状態の検査では無かったんですか?」
「そうだ。まぁ確かに健康状態の検査もしたが、君の健康状態には何ら問題は無い」
 出来杉はスカルチノフの言葉にきな臭さを感じ取った。
「では一体なぜ?」
 出来杉が不安そうな顔で尋ねる。
 スカルチノフはそんな出来杉に笑顔を見せた。
「君はNTかもしれないのだよ」
 そう言ってスカルチノフは出来杉の肩に手を掛けた。  
「ニュータイプ?」
 出来杉はスカルチノフの言葉の意味が分からず、そう繰り返した。
 スカルチノフはそんな出来杉の姿を見て更に笑った。
「戸惑うのも無理は無い。NTというのは軍事機密の一つだからね」
 そう言うとスカルチノフは出来杉から手を離して近くにある椅子に座った。
「長い説明になる。君もそこにかけたまえ」
 そう言って別の椅子を指し示すスカルチノフに、出来杉は訳も分からないまま従うしかなかった。


 出来杉にとって、スカルチノフの言葉は様々な意味で信じられないものだった。
 まずNTについて彼は説明を始めた。
 それによればNTとは言わば新人類の事であり、普通の人間では考えられない能力を持っているという。
 ただ、NTについては現在研究が全く進んでおらず、具体的にどのような能力を持つのかはよく分かっていない。
 しかしただ一つ、NTがパイロットとして非常に高い能力を持っていることは確実らしい。
 そして出来杉はそのニュータイプである可能性が高いとスカルチノフは言う。
 その話はあまりに突拍子がなくて、出来杉には冗談としか思えなかった。
 だが出来杉が最も驚いたのはその事ではなかった。
 スカルチノフは出来杉に連邦軍に入隊し、NT研究の為に協力するよう要請してきたのである。
 そんな話は出来杉にはとても飲み込めるものではない。
 出来杉はドラえもん達を探さなければならないし、そもそも軍隊と言うものがあまり好きじゃなかった。

 だがしかし、スカルチノフはそんな出来杉に冷たく言い放った。
「君が大事な友人と逸れてしまったと言う話はよく分かった。しかしデキスギ君。今この地球上にどれくらいの難民が居ると思う?」
 スカルチノフの言葉を聞くと出来杉は俯いた。
「想像も出来無いような数だよ。戦災孤児も含め、我々はその数を正確に把握することすら出来ていない。デキスギ君、はっきり言おう。何の情報も無く、一般人の君が友達を見つけることは不可能だ」
 スカルチノフがそう言うと出来杉は完全に黙り込んだ。
「君が連邦に入ってくれれば、私も出来る限り君の友達の捜索を手伝おう。どうだ。君にとってこれは決して悪い選択ではないはずだ」
「……だけど」
 それでも出来杉は頷く事が出来ない。
「デキスギ君」
 スカルチノフはそんな出来杉に肩を落とす。
「それでは君はあの難民収容所に戻ると言うのかね?」
 その言葉を聞いて出来杉は激しく動揺した。
「あんな場所では明日の生活すらも分からないんだぞ? しかし、我が軍に入れば厚遇を約束する」
 そう言って、答えは得ているはずだとスカルチノフは諭す。
 それは確かに事実だった。
 正直なところ出来杉にはこれから先、あの収容所で生活していく自信は無い。
 スカルチノフはそんな出来杉を見て後一押しだ、と踏んだ。
「では少し話を変えよう」
 そう言ってスカルチノフは立ち上がると、窓辺に立ち外を眺めた。
「君も難民収容所に居たなら、ジオンとの戦いがどれだけ悲惨なものかはしっているだろう」
 そう言うとスカルチノフは遠い目をする。
 そんなスカルチノフの言葉に出来杉はすぐにアリアや他の孤児達のことを思い出した。
「ジオンのやり方は卑劣だ。勝つ為になら何でもやる。コロニー落とすにしろ何にしろ、連中は一般市民の命など屁とも思っていない」
 出来杉もそれにはスカルチノフと同じ気持ちだった。
 出来杉は難民収容所で戦場の悲惨さを何度も耳にしている。
 ジオンのやり方は、戦争とは言え確かに度を越していると出来杉は思っていた。
「だから無数の難民が生まれる。この戦争は早く終わらせなければならないと思わないかね」
 そう言いながらスカルチノフは出来杉のもとに歩み寄り、ジッと彼の目を見つめた。
「君の助力があれば、この戦争を終わらせられるかもしれない」
 その言葉に出来杉の頭の中に難民収容所での思い出が駆け巡った。
 出来杉は確かに思ったのだ。
 自分はこの人達を救いたいと。

 気が付けば、出来杉はスカルチノフの言葉に頷いていた。




「マジメニヤルアル!」
 中華料理店の店長であるホイ=コーロウは、流しで皿洗いをしているジャイアンとスネ夫に怒鳴った。
「ちゃんと洗ってるじゃんよ!」
 ジャイアンがそう言うと、ホイはジャイアン達が洗い終わった皿を一枚手に取った。
「ココ、マダヨゴレテルアル」
 ホイがそう言って指差す部分をジャイアンが見てみると、確かにそこは少しだけ汚れていた。
 とは言えよく目を凝らしてみなければ分からないものである。
「これくらいいいじゃないか!」
 ジャイアンがそう抗議すると、ホイはそんなジャイアンを引っ叩いた。
「リョウリヤ、サラ、イノチアル」
 そう言ってジャイアンを睨みつけるホイ。
 そんなやたらに筋肉質であるホイ睨まれると、流石のジャイアンでも竦みあがってしまう。
「サラアライ、ツヅケルアル」
 ホイにそう言われればジャイアンにはその通りに皿洗いをするしかなかった。
「キショー、アイツに比べれば母ちゃんの方が100倍マシだぜ」
 ホイに聞こえないようにそう文句をたれるジャイアンに、スネ夫は不安そうな目を向ける。
「あんまりそういうこと言わない方がいいんじゃない? 聞こえたら何されるかわかんないよ」
「ぐぬぬぬぬ」
 歯を食いしばりながら皿洗いを続けるジャイアン。
 食い逃げをしてホイに捕まってから今日まで、2人の生活は毎日がこんな感じだった。

 そうやって何とか二人があらかた皿洗いを終えると、やっとジャイアンとスネ夫は自由時間を与えられた。
「あ~あ、全く地獄だぜ」
 ジャイアンは店の外に出ると、大声でそう言った。
「毎日毎日あんだけ働いかされて冗談じゃねーっての」
 そう言いながら路上に落ちてる石を片っ端から蹴飛ばす。
 ジャイアンとスネ夫は今までに何度もホイの店から脱走しようとしたが、その度に捕まり大目玉を喰らっている。
 二人は結局文句を言いながらタダ働きをするしかなかった。
「それにしても、ほんとこの町は何にも無いね」
 スネ夫は町並みを眺めながら言う。
 スネ夫の言うとおりこの町は閑散としていた。
 この町のある中国中部では未だに連邦とジオンの小競り合いが頻繁に起こっていたため、避難の為に別の場所に移り住むものが多いのである。
 そうでなくても、この町はもともとあまり活気のある町ではなかった。

 他にやることも無くそんな寂れた町並みをさ迷っていると、二人は自分達と同じくらいの子供の集団を見つけた。
 ここでは自分達と同じくらいの年頃の子供を見かけるのは珍しかったので二人はその様子を眺める。
 見れば、複数の子供が作る円の中心に二人の子供が地べたに座っている。
 一人は男の子で、もう一人は女の子である。
 二人はどうやらイジメられてるようだった。 

「オマエラとうちゃん連邦の兵士なんだってな。本当に弱いよな連邦軍。なぁみんな戦争ゴッコしようぜ! 俺たちザクでこいつら連邦の戦車な!」
 中心的存在の子供がそう言うと、他の子供たちもゲラゲラ笑った。
 この町に限った事では無いが、どの戦線でも連邦はジオンのMSに圧倒されている。
 特にこの町は現在ジオン占領下にあったので、連邦を馬鹿にする風潮が強かった。
「お前ら戦車なんだからボコボコにされろよ! ザクに敵うわけ無いんだからな」
 そう言って少年の服を引っ張る。
 そんな彼らの様子を見ると、ジャイアンは子供たちの集団に向かって歩き出した。
 ガキ大将としての本能か、それとも苛められてる子供に女の子がいたからか。
 中国語で話しているため、彼らが何を言っているのかは分からなかったがジャイアンはとにかく苛めてる子供たちが許せなかった。
「ジャイアン、いいって。僕らには関係ないじゃない」
 スネ夫は厄介ごとはごめんだとジャイアンを制止するが、ジャイアンはそれを無視した。
 そんなジャイアンを見て、スネ夫は変な時だけ正義感が強いんだから、とため息をつく。
「おい」
 ジャイアンはイジメッ子の集団に近づくと、リーダー格の子供の肩を掴んだ。
 そんなジャイアンにイジメッ子が振り返る。
「あ? なんだよお前?」
 そういってジャイアンを睨みつけるイジメッ子。
 そんなイジメッ子に、ジャイアンは更に10倍はあろうかという迫力で睨み返す。
 イジメッ子はそんなジャイアンの目をみると、本能的に鳥肌を起こした。
 ジャイアンは彼の肩を握る力を強める。
「チッ」
 冷や汗をかきながらそう舌打ちをするイジメッ子。
「おいみんな、帰るぞ」
 そう言うと彼らはどこか別の場所へ歩いて行った。
 ジャイアンはそれを見届けると、苛められていた子供達に話しかけた。
「おまえら大丈夫か?」
 ジャイアンがそう言うと二人は中国語でお礼の言葉を述べた。
「いいって、いいって。気にすんな」
 ジャイアンは中国語は分からないが、そう言って返事をする。
「そんじゃあな。ああいう連中には気をつけろよ」
 と言ってジャイアンが離れようとすると、少年はジャイアンを掴んで何かを喋りだした。
「何だ? 何だ?」
 と言って必死にそれに耳を傾けるジャイアンだが、生粋の日本人である彼には全く理解する事ができない。
「もしかして、ジャイアンにお礼がしたいんじゃないのかな?」
 そんな様子を見ながらスネ夫が呟く。
「お礼?」
 ジャイアンはそれを聞くと、ハッと笑った。
「いいよそんなもん。じゃーな」
 そう言ってジャイアンはスネ夫を連れて立ち去った。
 そんな二人を男の子と女の子は名残惜しそうに見つめていた。


 深夜、ジャイアンとスネ夫が寝静まった頃。
 しかしなぜかホイの料理店の食堂には明かりが点され、ホイを含む数人の男達がテーブルを囲んでいた。
「それで話ってのは何だ? こちとら眠いんだ。手短に頼むぞ」
 ホイは欠伸をしながら目の前の男達に言う。
「何を呑気な事を言ってるんだコーロウ!」
 そんなホイの言葉を聞くと、男の一人が叫んだ。
「わかった! わかったから静かにしてくれ。ジオン兵にでも聞かれたらどうする」
 そう言って慌ててホイが男をなだめると、男は渋々「すまない」と呟いた。
「とにかくだ、今回得た情報はかなり重要だぞ。数日のうちにジオンの輸送部隊がこの町を通る」
 それを聞くと「ほう」とホイは興味を示した。
「具体的にどんな部隊なんだ?」
 ホイがそう尋ねると、男は地図を指差した。
「情報によればラサのジオン基地から河南省の前線へMSを輸送する部隊らしい」
 そう言いながら男は唾を飲んだ。
「これは大変な事だ。この前線をジオンに制されると、東アジアにおける軍事バランスが大きくジオン側に傾く」
「ふむ。話は分かった。それで、俺にどうしろと」
 ホイがそう言うと男はホイの目を見つめた。
「お前に我々の部隊に協力してもらいたい」
「俺にゲリラになれと?」
「そうだ。お前の事は信用している。お前が兵士だった頃からよく知っているからな」
「昔のことだ。今は単なる一般人だよ。連邦に特別肩入れしてるわけじゃない」
 ホイがそう言うと、男はホイを睨みつけた。
「それじゃあ、お前はジオンにこのまま占領されていいと言うのか?」
 と男はホイを非難する口調で言う。
「そう言うわけではないが」
 ホイは男から目線を逸らして口を濁す。
「しかし正規兵でもない俺達に何が出来る。MSの輸送部隊となれば護衛も相当なものだろ」
「作戦は立てている」
 そう言うと男は足元に置いておいたカバンの中から紙の束を取り出した。
「得た情報から敵の予想ルートは既に絞ってある。対戦車地雷も仕入れた」
 そう言いながら紙を机の上に広げる。
「この予想ルートに対戦車地雷を仕掛け、敵が足止めを食らっている間に輸送車のMSに爆弾を設置する。それが済めば我々の作戦は成功だ」
 ホイはその話を聞いて肩をすくめる。
「えらく単純な作戦だな」
「この計画で重要なのは周到さではなく迅速さだ。だからこそ経験のある指揮者が必要なんだ」
 そう言いながら、男はまた地図を指差した。
「予想ルートが一本に絞れるならお前にこんな頼み事はしない。しかし予想されるルートは最低でもこれらの4ルート。我々だけで対応するのは少々厳しい」
 そう言いながら男はホイの手を握った。
「頼む。我々にはお前の経験がどうしても必要なんだ」
 必死の形相で頼む男にホイは少し気圧されてしまった。
「しかし、な。もう少し考えさせてくれ」
 と曖昧に答えるホイ。
「もう時間が無い。また明日ここに来るから、それまでに決めてくれ」
 そう言うと、男達は立ち上がった。
「良い返事を期待してる」
 ホイの店か立ち去って行く男達を見ながら、ホイどうしたものかと考えていた。


 いつもと同じように今日もジャイアンとスネ夫は皿洗いをさせられていた。
 しかし今日は少しホイの様子が違う。
「ホイさん、今日はあんまり怒んないね」
 と横目でホイを見ながら言うスネ夫。
 そんなスネ夫の言葉にジャイアンも振り返る。
 確かに今日のホイはいつもと違って何か悩んでいるような顔をしてた。
 そんなジャイアンとスネ夫に気付くと、ホイは二人を睨む。
「ナニシテルアル? ヨソミスルナ」
 ホイがそう言うと、二人は慌てて皿洗いを続けた。

 実際ホイは悩んでいた。
 この地域はジオン占領地というより、ジオン影響下にあると言った方が正しい町である。
 一般市民の中にはジオンに反抗する人間も少ない。
 中には一般市民としてこの町に移り住み、密かにジオンに対してゲリラ戦を展開する人間たちもいた。
 それが昨晩の男達である。
 ホイにはかつて連邦兵士であった頃から彼らとは知り合いであった。
 それ故にゲリラへの誘いである。
 だが軍と言う組織が嫌で兵士を辞めたホイにそれを頷くつもりはなかった。
 ゲリラ戦というのものの辛さを知っているからと言うのもある。
 さらに彼はいま、ジャイアンとスネ夫という二人の子供を抱えていた。

 もしもホイがゲリラに加われば、二人にも危険が及ぶ可能性がある。
 それを考えると、ホイにはゲリラに加わる気にはとてもなれなかった。
 断ろう、と決心するホイ。
 結局、彼にとって最も大事なものは戦争の勝敗ではなく目先の生活だった。

 皿洗いを終えるとジャイアンとスネ夫は今日も町を散歩していた。
 最初はドラえもん達を探すために行っていたのだが、最近ではすっかりそのことを諦めてしまっていた。
 今の二人は惰性と、店に残っていたらまだ何かを手伝わされるかもしれない、という思いから徘徊しているだけである。
 しかしこうしていてもつまらないだけだった。
「ねぇジャイアン。このまま家に帰れなかったらどうしようか」
 そんな空気に耐えかねて、スネ夫はついそうこぼす。
 しかしジャイアンもそれにいい返す気になれない。
 二人は変に今の状態に慣れ始めていた。
 そうやって二人が道を歩いていると、ジャイアンは突然誰かに服をつかまれた。
 驚いて振り向くジャイアン。
 そこに居たのは昨日の男の子と女の子だった。
「なんだお前たちか、ビックリしたぜ。どうしたんだ? また虐められたのか?」
 ジャイアンがそう尋ねると、二人は中国語で何かを喋りながらジャイアンに小さな袋を差し出した。
 その袋を受け取ってジャイアンが中を覗いてみると、中には小さな飴玉がいくつか詰まっている。
 それは虐められてるところを助けてもらった二人のお礼だった。
 小さな飴玉が数個しか入ってないけど、それは二人の精一杯の感謝の気持ちの表れである。
 ジャイアンはそれに気付くと笑顔を作った。
「ありがとうな。大事に食わせてもらうぜ」
 そう言ってお礼を言うと、男の子達も嬉しそうに笑った。
 そんな二人の前でジャイアンは飴玉を一つ頬張ってみせる。
「美味いぜこれ!」
 実際に感じた美味しさよりもオーバーにリアクションを取るジャイアン。
 そんな彼を見て、男の子と女の子は一層喜んだ。


 そうして少しの間ジャイアンとスネ夫は彼らと遊ぶと、そろそろホイの店に戻った方がいい時間になっていた。
「それじゃあな」
 ジャイアンがそう言って帰ろうとすると、男の子がまたジャイアンの服をつかむ。
「何だ、まだなんかあるのか?」
 そういって男の子をみると、男の子は慌ててズボンのポケットから紙切れを取り出した。
 そしてそれをジャイアンの手に握らせると、男の子と女の子は何処かへ走り去っていった。

「何あれ? 変なの」
 そんな様子を見てスネ夫が言う。
「その紙なんなの?」
 スネ夫がそう尋ねると、ジャイアンは渡された紙切れを見た。
 紙切れには下手糞な日本語で『ハヤクニゲテ』と書いてある。
「はやく……にげて?」
 早く逃げてと言うことだろうか、と考えるジャイアン。
 しかし逃げるって一体何処からだろうか。
 ホイの店から? この町から?
 そして一体何処へ逃げろと言うのだろう。ジャイアンにはその意図が全く分からなかった。
 それはスネ夫も同じようで、ジャイアンから紙切れを受け取ると、スネ夫も首をかしげた。
「たぶんさ、こないだのイジメッ子がジャイアンに復讐に来るとか、そう言うことじゃない?」
 と、スネ夫は考えた末にその結論に至った。
 ジャイアンもどうせそんなことだろうと同意する。
「ケッ、もしそうだとしたら返り討ちにしてやるまでだぜ。メタメタのギッタギタにな!」
「さっすがジャイアン! 頼もしい!」
 二人はそんな会話をしながらホイの店へ帰っていった。

 しかし二人は知らない。
 あの男の子と女の子が連邦の兵士の子供である事を。
 そして、彼らの両親は既に死んでおり、今はゲリラの集団に養われている事を。


 店の戸を開け、彼らを出迎えるホイ。
 店の中に入ると男は間髪入れずに口を開いた。
「返事を聞かせてもらおうか、コーロウ」
 ホイの目をマジマジと見つめながら男は言う。
 ホイは思わず目線を逸らした。
「……すまない。俺には協力することは出来ん」
 ホイがそう言うと男達は絶句し、ゲリラの仲間達とお互い顔を見合わせる。
「本気か?」
 男はそう言ってホイの顔を更に見つめ続ける。
 しかし、しばらくすると男は諦めたようにため息を付いた。
「それでは仕方ないな、コーロウ。確かにお前の気持ちも分からないでもない。誰だって命は惜しいからな」
 男の言葉を聞くと、ホイは「すまない」と繰り返した。
「しかし、正直お前には落胆したよ。お前だからこの情報を教えたんだ。いいか、この話は絶対に他言するなよ。もしも奇襲計画の情報が漏れれば我々はお終いだ」
「それは約束する。誰にも喋りはしないさ」
「それとだ。逃げるなら今の内だぞ。早ければ明後日にも連中はこの町を通る」
「忠告はありがたく頂いておく」
 ホイがそう言うと、男達はホイの店を後にした。
 この町を出る、かとホイは考える。
 確かにこの町でゲリラ戦が起こるとなれば厄介事だ。
 しかし、ホイにとってこの町は彼の生まれ故郷である。愛着がある。
 この店も彼の念願の店であり、やっとの事手に入れた店だ。やっと常連の客も出来てきた。
 それを捨てるということは、即ち彼の今までの人生を捨てるということである。
 それはホイにとって非常に辛いことだ。
 しかし、死んでしまえば元も子もない。
 とりあえずいつでも逃げ出せる準備だけはしておくか、とそんな事を考えるとホイは食堂の電気を消して自分の部屋へ戻った。


 それはジャイアン達がいつものように皿洗いをしている時に起こった。
 ホイの店の目の前の道が何だか騒がしくなり、数台の軍用ジープが通り過ぎていく。
 ホイは自分の嫌な想像に、冷や汗を顔中に浮かべた。
 しかし、ホイの予想は見事的中した。
 遠くから騒々しいキャタピラの音が聞こえたかと思うと、ホイの店の前を馬鹿でかいトレーラーが通り過ぎてゆく。
 それこそまさにジオンのMS輸送部隊のトレーラーであった。
「よりによってこの俺の店の目の前を通りやがるとは」
 確かにゲリラの男が地図で指し示したルートの中には、ホイの店の前を通る道路も含まれてはいた。
 だとしてもである。
 自分のクジ運の悪さを呪うホイ。
「なぁスネ夫。なんだあのデカイ車は?」
 と、外の道路を眺めながら言うジャイアン。
 ジャイアンとスネ夫も外の異変に気が付いていた。
 その二人に気が付くと、ホイは慌てて口を開く。
「タケシ、スネオ。サラアライモウイイ。デカケルジュンビシロ!」
「出かける準備?」
 そう言って不思議そうな顔をするジャイアンとスネ夫。
「ハヤクシロ!!」
 そんな二人にホイは怒鳴って急かす。
 ホイに怒鳴られると二人は急いで自分の部屋に荷物を取りに行った。
 ホイも急いで自分の荷物をまとめる。
 荷物と言っても持ち物は僅かな貯金と調理道具だけ。
 ホイにとっては調理道具こそが財産であり、これさえあればどうにか生き抜いていく自信が彼にはあった。

 ほどなくしてジャイアンとスネ夫が戻ると、ホイは二人を連れて外に出るべく店の戸に手をかけた。
 その瞬間、割と近い場所から何かが爆発する音が聞こえてきた。
「なっ!」
 その音を聞くと、ホイは思わずそう漏らした。
「連中、こんな俺の店に近いところに地雷を仕掛けやがったのか!!」
 ゲリラの連中め、さては俺が断った事を相当根に持ってやがるな、と思うホイ。
 とりあえず店から顔を出し、ホイは外の様子を確かめた。
 ホイが見る限り、地雷はちゃんとMS輸送用のトレーラーをしとめたらしい。
 ジオンのMS輸送部隊は足止めを喰らってた。
 ゲリラの奇襲にジオン兵も必死に反撃をするが、突然の地雷と文民に扮したゲリラの攻撃にジオン軍は明らかに混乱している。
 MS輸送用のトレーラーを護衛しているのは、機銃を取り付けた軍用ジープが5台。あとは索敵用の特殊車両が1台のみ。
 それはホイが想像していたよりかなり少ない護衛の数だった。
 これならもしかすると作戦は成功するかもしれない。
 ホイがそんな事を思った矢先、ゲリラの一人がジープの攻撃をかわしてトレーラーの上のMSに取り付く事に成功した。
 それはホイの家に訪ねてきたあの男だった。
 男はMSによじ登るとすぐさまMSの脚部の間接に爆弾を取り付ける。
 そして、そのまま男は自爆した。
「あの、馬鹿がっ――!」
 MSの上に立ち上る黒煙を見てホイはそう漏らした。
 歩兵時代の男との思い出がホイの頭の中を駆け巡る。
 あの男は、確かに戦いの為なら命も惜しまない男だった。
 いや、ホイの居た歩兵部隊にはそんな人間しかいなかった。
 戦争のために敵の命は勿論、己の命すらも惜しまない人間。
 そんな人間達に囲まれて、いつしか自分もそうなるのが嫌でホイは軍を辞めたのだ。

「死んで英雄になって。それで何を得られるっ!」
 戦争に勝つために敵を殺す。戦争に勝つために己の命を投げ出す。なら――何の為に戦争に勝つ?
 ホイの胸は悲しみで一杯になっていた。
 昔の事ではあるが、あの男は確かにホイの戦友であったのだ。
 だが、ホイはそんな感傷をすぐに捨てた。
 今は自分が生き残る事、そしてジャイアンとスネ夫を生き残らせる事がホイの最優先事項である。
 他人に同情している暇はなかった。
 ジオン兵とゲリラの戦闘はまだ続いている。
 ゲリラが奇襲に成功したとは言え、それはMSの爆破をしただけに過ぎない。
 護衛のジープに乗っているジオン兵達はゲリラに対し一斉に銃撃で応戦している。
 ゲリラも機銃でジオン兵への攻撃を続けていたが、兵の質も、装備の質もあまりに違いすぎた。
 次々と倒れていくゲリラ達。
 そんなゲリラの亡骸に、何処からともなく子供がやって来て泣いてすがりつく。
 その子供を見ると、すぐにジオン兵が歩み寄って行った。
 人質にとるつもりだな、と直感するホイ。
 そう直感したのはホイだけではなかった。
「あいつらは!!」
 ホイと同じように外の様子を観察していたジャイアンがそう叫んだ。
 ジャイアンにはゲリラの死体にすがり付いている子供に見覚えがあった。
 それは確かにジャイアンがイジメッ子から救った男の子と女の子だったのだ。
「助けなきゃ!!」
 そう叫びながら、とっさにホイの店から飛び出すジャイアン。
「モドルアル!!!!!!」
 ホイがそう叫んでも既に遅かった。
「チッ!」
 そう言うとホイもジャイアンを追って店を飛び出す。
 そうして店に一人になるスネ夫。
「え、ちょっと」
 途端に一人で店に残された恐怖と、戦場に出る恐怖が激しく葛藤するスネ夫の脳内。
「ちょ、ちょっとまってよ~!!」
 そう言いながら、結局スネ夫もジャイアンとホイの後を追った。
「こんにゃろおおおおおおおおお!!」
 ジャイアンは叫びながら子供たちに歩み寄るジオン兵に突撃した。
 そのジャイアンの声に、ジオン兵も子供たちも一斉に振り返る。
「なんだ!?」
 ジオン兵の一人がそんなジャイアンを見てそう言った。
「あのガキもゲリラかっ!?!」
 と、一斉にジャイアンに銃口を向けるジオン兵。
 そのまま銃のトリガーを引こうとした瞬間、男の子と女の子がジオン兵に掴みかかり思いっきりジオン兵の太ももを噛んだ。
「痛ってえええええ!!!」
 激痛に思わず銃を落とすジオン兵。
「この糞ガキがっ!!」
 そう言いながら、子供を殴り飛ばそうと腕を振り上げるジオン兵。
 殴られる、と思いとっさに子供たちは目を閉じた。
 その瞬間。
「そいつらに手を出すんじゃねええええ!!」
 ジャイアンがジオン兵に殴りかかっていた。
 だが、いくらジャイアンと言えど所詮は小学生である。歩兵として訓練をつんだジオン兵にはそんなものは大したダメージにはならない。
「テメェ」
 そう言ってジャイアンを睨みつけるジオン兵。
 ジオン兵は怒りに任せてジャイアンを殴り飛ばした。
最終更新:2009年10月14日 13:06