府城の東に当り行程2里18町余、家数15軒。
東西1町・南北3町5間。
東は湖に臨み三面に山繞れり
村北より
安積郡福良組浜坪村と二本松領舟津・浜路両村への舟路あり。江戸に米を
漕運す。
故に駅所になぞらえて、条目を定め制札を設けみだりに貿易運漕する事を禁ず。
この邊の山に篠多き故村名とせり。
山川
材木岩
村北湖に臨める岩上なり。
高120間余。8、9寸角より2尺角計の石柱相累れり。
各長3間計、橋とするに尤も好し。
また中田村の東にあり。
両所ともに昔磐椅明神の作れる処なりとぞ。
相伝う、明神一夜の中に湖上に石橋を架せんとせしが、いまだ成らざるに、夜明けければその儘棄置れしという。
水利
堤
村西4町にあり。
周220間余。
享和3年(1803年)に築けり。
神社
山神社
祭神 |
山神? |
相殿 |
稲荷神 |
|
雷神 |
|
天神 |
鎮座 |
不明 |
村西2町にあり。
鳥居幣殿あり。原町丸山主計これを司る。
古蹟
眞光寺跡
村西にあり。
浄土宗の寺なりしという。
往時住僧の墓にや丸き石塔数基あり。中に應安2年(1369年)・慶長10年(1605年)の彫付あるものあれども、その世の物とは見えず。
應安元年(1368年)府下
五之町高巖寺の僧岌譽ここに隠居し閑霊菴と号ししが、寛文中(1661年~1673年)廃せり。
最終更新:2020年10月04日 23:46