河沼郡笈川組笈川村

陸奥国 河沼郡 笈川組 笈川(おひかわ)
大日本地誌大系第33巻 98コマ目

府城の西北に当り行程2里13町余。
家数53軒、東西1町7間・南北4町54間。
米沢街道に住す。
四方田圃(たんぼ)なり。
村中に官より令ぜらるる掟条目の制札あり。

東7町19間代田組島村の界に至る。その村は寅(東北東)に当り22町余。
西4町14間下垂川村の界に至る。その村は未(南南西)に当り9町50間余。
南3町41間笠目村の界に至る。その村まで8町20間余。
北3町50間上田谷地村の界に至る。その村まで9町10間余。
また
寅(東北東)の方9町10間高瀬新田村の界に至る。その村まで15町30間余。
辰(東南東)の方6町10間王領村の界に至る。その村まで7町10間余。
巳(南南東)の方4町3間田中村の界に至る。その村まで9町10間余。

また村より丑寅(北東)の方9町10間に1区あり。
寛政11年(1799年)に開く。
家数5軒、東西1町11間・南北22間。
上川谷地という。

村中米沢街道に一里塚あり。

山川

黒川(くろかわ)(湯川)

俗に湯川という下同。
村西2町30間余にあり。
笠目村の境内より来り、北に流るること4町40間余浜崎村の界に入る。
広8間計。

渠川(せせなきかわ)

村東にあり。
田中村の境内より来り、西北に流るること18町30間余浜崎村の界に入る。
広8間。

関梁

村東にあり。
幅5尺・長11間半。
渠川に架す。隣村の通路なり。

神社

八幡宮

祭神 八幡宮?
相殿 稲荷神
   天神
   山王神
   明神
鎮座 不明
村北50間余にあり。
鳥居拝殿あり。村民の持なり。

寺院

妙興寺

村中にあり。
府下道場小路観音寺の末山真言宗なり。
山號を光住山という。
永禄中(1558年~1570年)栗村下総という者この村を領せしとき草創すという。その後衰廃せしを寛文3年(1663年)再興して今に至る。
本尊不動客殿に安ず。

観音堂

境内にあり。

古蹟

館跡

村北1町余にあり。
永禄・天正の際葦名の臣栗村下総某という者住せし処なり。下総は新国上総が子にて、正12年(1584年)松本太郎に与力し葦名家を乱さんとて黒川に攻入しに、赤塚藤内が為に討れぬ。その後この館も廃せしにや。
本丸は50間四方計にて塁塹今に存し、土手高く築き西南は渠川に臨めり。堀もなお全く埋らず濕草を生す。
二之丸・三ノ丸は西北に押廻し、わずかにその形を存せり。
二之丸迹、東西20間・南北10間。
三之丸迹、東西8間・南北16間。
共に菜圃となり外郭の堀形は田地となれり。
大沼郡高田組屋敷村の条下を照見るべし)



余談。
現在笈川館の敷地は小学校等が建っていますが土塁の一部を確認することができます。また笈川舘という地名も残っています。