アットウィキロゴ

河沼郡坂下組葉林村

陸奥国 河沼郡 坂下組 葉林(ははやし)村(羽林)
大日本地誌大系第33巻 123コマ目

この村もまた天喜の頃(1053年〜1058年)は葉林といいしが後転じて羽林に作れり。寛文中(1661年~1673年)に旧に復す。

府城の西北に当り行程3里2町。
家数13軒、東西1町29間・南北1町56間、四方田圃(たんぼ)なり。

村北下野街道に一里塚あり。

東4町10間福原新田村に界ひ宮川を限りとす。
西4町10間坂下村の界に至る。その村は亥(北北西)に当り8町。
南4町6間牛沢組大江村の界に至る。その村まで18町40間。
北1町29間古坂下村の界に至る。その村まで7町40間余。
また
未申(南西)の方1町36間原村の界に至る。その村まで6町30間余。

端村

東葉林(ひかしははやし)

本村の東2町20間余にあり。
家数11軒、東西40間・南北52間、四方田圃にて東は宮川に近し。

山川

宮川

村東3町にあり。
牛沢組上下金沢両村の界より来り、4町30間北に流れ坂下村の界に入る。

水利

栗村堰

大江村の方より来り田地に(そそ)原村の方に注ぐ。

寺院

林昌寺

村北にあり。
文禄2年(1593年)春宅という僧草創せりという。
明暦2年(1656年)より天寧村天寧寺の末山となる。
山號を嫩花山といい曹洞宗なり。
本尊観音客殿に安ず。


参照・補足

  • 塔寺八幡神社の天喜五年(1057)の記事中に「葉林」の村名が出ているから古くから開けた村と思われる。
  • 昔は現在地より西方にあったが打続く災害のため一旦離散し、今の集落はその後に形成されたものと伝えられる。西方の大字大畑地内に古い墓地があった。

外部リンク等


社寺

町史より)
6.神社
稲荷神社 祭神:倉稲魂神 祭日:五月一日(旧四月一日・旧八月十二日) 東錠十四番地。寛政六年(1465)原の稲荷神社から勧請。鎮守神
八幡神社 祭神
7.寺院
嫩花山林昌寺 曹洞宗 本尊:釈迦如来立像 像高:三十三糎 総高:六十糎
※法人番号公表サイトには林昌寺(5380005009028)の登録があった

他、『会津坂下町史 1(民俗編)』の「町内鎮守神一覧表」には、若宮地区・羽林部落の鎮守神は「十二神社・稲荷神社・八幡神社・山神社・伊勢神社」と記載されている。
最終更新:2025年11月17日 22:45