藤の香

  • 分類:短編小説
  • 初出:「幻影城」1978年8月号
  • 雑誌時挿絵:村上芳正
  • 収録短編集:戻り川心中

あらすじ

 色街には、通夜の燈がございます。

大正14年、瀬戸内のSという湊町にあった常世坂という色街で、連続殺人事件が起こる。被害者はいずれも顔を潰され、身元も定かでない。3人目の被害者が出たあと、代書屋の男が容疑者として浮上するが……。

登場人物

    • 語り手。呉服屋の主人であるが、月の半分は常世坂の縫の元で暮らしていた。
    • 病んだ亭主の薬代のために常世坂で働く遊女で、語り手の内縁の妻。
  • 井川久平
    • 縫の家の隣家に住む代書屋。
  • お民
    • 井筒屋の遊女。

解題

花葬シリーズの記念すべき第1作。
「幻影城」1978年8月号の《特集・連城三紀彦》にて、「消えた新幹線」「メビウスの環」とともに3作同時掲載された。
この企画のために1ヶ月に3本書けと言われ、本作は5日ほどで仕上げたという。

石川 たとえば『藤の香』は、執筆日数はどれくらいですか。
連城 あれは枚数が多くなっちゃったもんで、一週間に二回、書き直しました。メチャクチャな条件で引受けさせられたんです。ぼくは栗本さんの十分の一ぐらいの書く速度なんですけど、あのときは一ヵ月に三本書けっていわれて弱ったんですよ。
石川 それにしても、大正時代とか、日本の古い時代の香りを、非常にうまく臨場感をもたせて書かれてるんだけども。短期間でよく書けたという感じがするんですね。
連城 いえ、あのときは、もう刑務所のようなもんでして(笑)。
石川 あれは尾道かどっか、あのへんの感じですね。土地カンがあったわけですか。
連城 もう、まったくデタラメです。名古屋にちらりと似たところがあります(注・連城氏は名古屋市近郊に在住)。海の近くに遊廓みたいなのがありまして、それを多少モデルにはしてますけど、五日ぐらいで仕上げたのは、あの作品だけです。栗本さんは長篇を五日ぐらいで書いちゃうんですか。
栗本 いくらなんでも、十日はかかるわよ(笑)。
(「臨時増刊小説現代」1981年6月号掲載 座談会「新感覚の探偵小説」より 石川…石川喬司、栗本…栗本薫)

連城が編集長・島崎博のもとに原稿を持ち込んだ段階でのタイトルは「花葬」だったという。島崎はこの作品のタイトルを「藤の香」に変え、原題の「花葬」を連作シリーズとすることを連城に勧めたそうである。

 島崎さんはミステリーだけでなく、実に小説のふところが広い人で、僕の書く青くさい色町の話にも興味をもってくれ、花の名をタイトルに飾ったシリーズを書くよう勧めてくれた……いや、ほとんど命令だった。第一作目の題名を『藤の香』と変え、もとの題名だった『花葬』をシリーズの総合タイトルにしたのも島崎さんである。そうして「次は何の花にする?」と訊くので、「桔梗が好きですが……」と答えると、
「じゃあ、『桔梗の宿』」
 次の瞬間には題名が決められていた。
(『幻影城の時代 完全版』収録 「幻影城へ還る」より)

ただし実際に《花葬》2作目として書かれたのは「菊の塵」である。このやりとりが実際にあったのは「菊の塵」の提出時のことなのか、「桔梗の宿」がすぐに思いつかなかったので先に「菊の塵」を書いたのかは不明。

ともかくこの作品に島崎はよほど感激したようで、「幻影城」78年8月号や10月号で熱っぽい賛辞を寄せている。

■連城さん
 三つの短篇――「藤の香」「消えた新幹線」「メビウスの環」それぞれ面白く拝読しました。あなたは処女作「変調二人羽織」以来、自分の探偵小説の方向を模索していることが良くわかります。この三篇のうち、わたしの好みからいえば「藤の香」が一番好きです。この作品で、水上勉氏の「雁の寺」を連想しました。今後、花のシリーズを書き続けたいとのこと、大賛成です。新しい型の探偵小説になると思います。水上氏は結局このあと「五番町夕霧樓」「越前竹人形」などの情話ものへと移り、探偵小説とも縁遠くなり、情話ミステリを完成出来ませんでしたが、あなたの手で是非情話ミステリを完成して下さい。
 清張以降の推理小説は、殺人動機を重視するあまり、社会悪や情事など、世俗的なものを描くことが多くなり、読みものとしてのロマンが少くなりました。〈幻影城〉の創刊は新しいロマンの創造にありました。「藤の香」はひとつの新しいロマンです。この作品で描かれた殺しの動機は、素晴しい創造です。次作を期待しています。(S)
(「幻影城」1978年8月号 「編集者断想」より)

■八月号の連城三紀彦特集は大好評でした、三篇とも彼の個性が滲みでていて、それぞれの支持者がありました。「藤の香」は在来の探偵小説に見られなかった新しい創造ということで、わたしも感激したのです。推理小説は行き詰ったといわれていますが、わたしは決してそう思いません。乱歩のいうところの〝一人の芭蕉〟の問題です。強い個性を持った大型作家が現われれば、新しい道が開けてくるものです。泡坂、栗本、連城諸氏はそういう可能性のある作家だと思います。
(「幻影城」1978年10月号 「幻影城サロン」より)

シリーズ第1作ということで、『戻り川心中』に収録された際にも巻頭に収められている。
「藤の」と誤記されることが多い(Wikipediaの連城三紀彦の項目とか)。

各種ランキング順位


収録アンソロジー

  • 『瀬戸内ミステリー傑作選』(1987年、河出文庫)

関連作品


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最終更新:2016年04月08日 00:20