白馬事件について

「白馬事件について」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る

白馬事件について - (2007/10/06 (土) 18:55:23) のソース

#setmenu(メニュー4)
*白馬事件(しろうまじけん)とは何か。
別名、スマラン事件
**5W1H
|いつ|昭和19年(1944年)2月|
|どこで|インドネシアのスマラン島で|
|誰が|南方軍管轄の第16軍幹部候補生隊が|
|どこから|ハルマヘラ抑留所、アンバラワ抑留所、ゲダンガン抑留所から|
|誰を|オランダ人女性35人を|
|どこへ|将校倶楽部、スマラン倶楽部、日の丸倶楽部、青雲荘という4ヵ所の慰安所へ|
|何をした|強制連行した。|
**その後の年表
|1955年4月|軍司令部が4ヵ所の慰安所を閉鎖させる。|陸軍省から捕虜調査に来た小田島董大佐の勧告による|
|1988年|オランダのバタヴィア臨時軍法会議にかけられる。|11名が有罪、1名が死刑。|
|1990年|対日道義的債務基金(JES)が設立される。|これにより、総額2億5500万円をオランダ人女性に支払い始めた。|
|2001年|無事、総額2億5500万円を支払い終わる。|――|
*解説
 この事件は、確かに起こった事件です。「[[責任はどこにあるか]]」というページを見てください。この事件の被告らは「国家・軍の命令」によって、強制連行をしたのでしょうか。また、国家・軍の管理責任の不備は無かったのでしょうか。

 1944年4月に軍司令部が慰安所を閉鎖させています。ということは、「当初、軍は強制連行そのもの知らなかった」という事になり、「『国家・軍の命令』によって強制連行したわけではない」という事の証明になります。

 また、国家・軍の管理責任ですが、「[[軍慰安所従業婦等募集に関する件]]」という史料をご覧ください。この文書には「『軍の了解がある』と騙し、強制連行する悪質な業者がいるので、それを取り締まれ」と書いてあります。つまり、軍は常に「強制連行を起こさぬように。」と気を配っていた事が分かります。よって、国家・軍による管理責任に不備はなかったのです。

 よって、国家が責任を負う必要は全くありませんでした。それにもかかわらず、日本政府は総額2億5500万円ものお金を支払ったのです。これは我々日本人の血税なんです。我々が汗水流して稼いだ金をまんまとオランダにとられてしまいました。もうこれ以上、我々が何をすれば良いのでしょうか。はっきり言ってこれは「いじめ」です。