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自由主義とリベラリズム《概念整理》

「リベラル」は「自由な」、「リベラリズム」は「自由主義」という意味なのに、何で社会主義の社民党が「護憲リベラル」で、中国や北朝鮮と仲の良い民主党や公明党や、河野洋平や加藤紘一(ともに自民党)が「リベラル勢力」なのだろう?オカシイと思ったことありませんか?
このページは一般に「自由主義」と翻訳される「リベラリズム」の真実を探ります。

「自由の理論のこの発展は主として十八世紀に起こった。それはイギリスとフランスの二カ国で始まった。
前者は自由を知っていたが、後者は知らなかった。
その結果、我々は今日まで自由についての理論において二つの異なった伝統を受け継いでいる。
すなわち、一方は経験的で非体系的、他方は思弁的で、合理的である。
-前者は自生的に成長してきたが、不完全にしか理解されなかった伝統と制度の解釈を基礎としており、
後者はユートピアの建設を目指すものであり、しばしば実験されてきたが、いまだかって成功していない。」

F.A.ハイエク『自由の条件』(1960年)

<目次>

■1.このページの目的・構成

当ページでは、
(1) まず、オーストリア出身でイギリスに帰化し、アメリカでも活躍したF.A.ハイエク(Friedrich August von Hayek 1899-1992)の自由主義哲学を紹介し、彼のいう「自由の理論の二つの異なった系譜」、つまり、
①イギリス・アメリカなど英語諸国で発展した、自生的秩序論を背景にもつ「古典的自由」(本来の意味での「自由」=消極的自由)と、
②フランス・ドイツなど欧州大陸で発展した、設計主義的合理主義に基づく「新しい自由」(ルソーなど集産主義/全体主義者の唱える(社会主義的な)「積極的自由」=リベラリズム)
について解説します。(その際に、小説『1984年』で自由が奪われた全体主義社会を描いたG.オーウェルも紹介します)
(2) 次に、liberalism という言葉の辞書的定義を示し、その意味内容の変化を具体的に検証して、日本においても顕著な「自由主義」ないし「リベラリズム」という思想用語の混乱を整理・明晰化します。
(3) 最後に、人々をそれぞれ「自由」と「隷従」に導く西欧思想の二つの流れについて解説します。
※なお、自生的秩序論、設計主義的合理主義は ⇒ 「個人主義」と「集産主義」 を参照

■2.動画:ケインズvs.ハイエク

下の動画に登場するF.A.ハイエクは、1980年代の英サッチャー&米レーガン両政権の諸政策に理論的基礎を与えた20世紀後半最大の経済学者・法思想家・政治哲学者です。


動画でケインズが強調している「トップダウン」は政府が経済の在り方の大部分を設計・計画し管理する「設計主義的合理主義」(⇒全体主義に繋がる)を、またハイエクが強調している「ボトムアップ」は政府の経済的介入が少なく民間が個々に自主的に経済活動に携わる結果生じる 「自生的秩序」(⇒自由主義に繋がる)をそれぞれ含意しています。

ハイエクは、日本ではノーベル経済学賞を受賞した経済学者、という限定した紹介のされ方をする場合が多いのですが、実際には法思想・政治哲学を経済学とリンクさせつつ生涯追求し続けた一代の碩学であり、ナチス・ドイツや旧ソ連・東欧諸国などの全体主義体制、そしてイギリス労働党が主導した社会主義政策に対して激しい闘志を燃やしたことで知られます。

■3.動画『隷従への道』

ハイエク著『隷従への道』(1944年)は、第二次世界大戦当時イギリスで強まっていた計画経済などの設計主義的合理主義が、ソ連やナチス・ドイツなどの全体主義に至る危険性を訴えた名著です。
第二次世界大戦中の1944年にドイツ軍のミサイル攻撃に曝されるイギリスで執筆・出版され、アメリカで大評判になりました。
しかし社会主義勢力の強かったイギリスでは、この本の出版の反響は芳しくなく、まもなくアトリー労働党政権が誕生し、イギリスはチャーチル率いる保守党の抵抗により自由主義的な政治形態こそ損なわれなかったものの、公共企業の大規模な国営化・社会保障の大幅な拡大(「ゆりかごから墓場まで」)というハイエクの危惧した社会主義への道を辿り、1979年に保守党サッチャー政権が誕生するまで「イギリス病」とよばれる長期の低迷状態に陥ってしまいました。(1976年にはIMFの金融支援を受けるまでに転落)



※冷戦終結後は、かっての社会主義者も、上の動画にあるような計画経済の主張は完全に引っ込めましたが、代わりに「福祉」の名の下に課税強化(税率アップ+累進課税の強化)によって実質的に人々の可処分所得を減殺し平均化する、という第二次世界大戦後に自由主義諸国で「反対の多い計画経済の代用品として」広く行われた「福祉国家」政策の強化を依然狙っていることに注意しましょう。⇒ ケインズv.s.ハイエクから考える経済政策 参照

ダイジェスト版「The Road to Serfdom(隷従への道)」の紹介
《抜粋》
著者ハイエクは、オーストリアからイギリスに移り住んだ有名な経済学者です。彼は、昔オーストリアに居たときと同じ思想傾向が、イギリスの地で数十年遅れて影響力を増していることに気づきました。そこで第二次大戦の終わりに近い年(1944年)に、この書により人々に警告を発したのです。
今、英国において社会主義者が行なおうとしている政策は、かってドイツとイタリアにおいて行なわれて、ナチスとイタリアの全体主義を生み出した政策とうりふたつです。ドイツとイタリアで全体主義が起こったのは、それ以前の社会主義的な政策への反動として起きたのではありません、その社会主義的政策の当然の結果として起きたのです。
それは、人々を中世の農奴の地位に引き戻してしまう政策です。まさに『農奴(serf)への道』なのです。その道を舗装してはいけません。
(中略)
『第1次5ヶ年計画』というような、国家によって行なわれる計画は、人々の自由を制限せずに遂行することはできません。だから民主主義を本来の姿のままにしておいては計画は成り立ちません。だから、そのような計画は自由と民主主義を抑圧せずに達成することは出来ません。
経済の力が中央に集権化されるとき、そこに奴隷制度とほとんど等しい状態が出現してしまうのです。
(中略)
19世紀において自由主義は大きく成功しました。人々は、その成功が永続的なものであると錯覚し、それ以上の成功を求めるために、力を結集してより大きな成功を求めようとしました。
それは、『社会主義』の形態でドイツにおいて先頭を切って行なわれました。ナチズムが起こるはるか前から、ドイツの社会主義者たちは、『ゆりかごから墓場まで』という政策をかかげていました。また、政党組織の中に青年たちを教育する場を設け、党のクラブを作ってスポーツやレクリェーションを組織化し、仲間同志の独特な挨拶をし、細胞と秘密組織という監視体制を作っていました。ナチスは、ただそれを引き継ぐだけでよかったのです。
近くで見た者は、そのことをよく知っています。しかし、遠く離れた民主主義国においては、いまだに多くの人々が社会主義と自由は結合できると信じているのです。
かってドイツにおいて国家社会主義を作り出したものは、著述家たちの「保守的な社会主義」というスローガンでした。いま、そのスローガンがイギリスの地を支配しています。
社会主義は、早い段階から多くの思索家によって自由に対する最も重大な脅威と考えられていました。社会主義はフランス革命における自由主義に対する反動として始まったのです。それにも関わらず社会主義寄りの人々は、いまだに社会主義と個人の自由とが結合できると信じています。
(中略)
それは社会主義者たちが『新しい自由』という言葉によって自由を再定義したことによっています。そこでは、富者と貧者との差を埋める社会を目指すことが『自由』であるとされていました。
しかし、本来の自由と、新しい自由との間に違いがあるかどうかに注意を払った人は少なく、この二つが結びつくかどうかを問題とした人は、ほとんどわずかでした。このようにして、社会主義へ向かう道が『自由への道』とされていました。
しかし、ドイツ・イタリア・ロシアが、たどった道筋は、過去の思索家の『社会主義は自由の重大な脅威である』とする見方が正しかったことを証明しています。自由への道として約束されていた道は、実は『奴隷へのハイウェイ』だったのです。
なぜなら社会主義者が考えるような社会は、中央に権力を集中せずに実現することは出来ないからです。たとえ、その権力が民主的な手続きによって集中されようとも、その権力を握った人は独裁的な権力を握ってしまうのです。彼は独裁者以外の何者でもありません。
個人の自由は、社会全体が永久に従属させられることとなるような、一つの目的を目指す覇権とは調和できないのです。はっきりとした終点を持つ政策に向かって権力を集中するなら、それも分かるのですが、『平等』という目的は、個人の自由を永久に社会に従属させることとなってしまうのです。
この2・3世代の人々によってかかげられた『民主的な社会主義』という『万人の理想郷』は、言うまでもなく、成就できません。

※関連ページ: 「個人主義」と「集産主義」 ~ ハイエク『隷従への道』読解の手引き

■4.ジョージ・オーウェル『1984年』

ジョージ・オーウェル著『1984年』は、ハイエク『隷従への道』から5年後、アトリー労働党政権下で産業の国有化が進む1949年のイギリスで出版された未来小説です。
当時東欧諸国ではソ連の独裁者スターリンに指導された革命政権が次々と共産主義政策を実行し、中国では毛沢東率いる共産党が蒋介石の国民党との内戦に勝利を収めて中華人民共和国を樹立する直前でした。

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青年期に左翼・社会主義思想に強く共鳴したオーウェルは、第二次世界大戦の少し前に勃発したスペイン内戦(1936-39)で、スペイン人民解放戦線に義勇軍として参戦しました。
スペイン内戦とは、ソ連やフランスの人民戦線政権(左翼連合政権)の支援を受けて発足したスペイン人民戦線政権に対して、モロッコ駐留スペイン軍を掌握するフランコ将軍がドイツ・イタリアの支援を受けて叛旗を翻したもので、左翼(ソ連)v.s.右翼(ドイツ・イタリア)の国際的な対立を内包した地域戦争です。
フランコ将軍を支援するドイツ空軍がスペインのゲルニカを空襲したことはピカソの絵でよく知られていますが、ソ連も多数の義勇軍をスペインに派遣しており、オーウェルは戦場でソ連の将兵達と共に戦いまた生活したのですが、その時彼は、ソ連の将兵の言動が非常に奇妙であることに気付きました。
彼らは、「自由」という言葉を「隷従」の意味で、また「平和」という言葉を「戦争」という意味で使用していたのです。
こうして、オーウェルの頭に、有名な「ニュースピーク(既存の意味を置換された新言語)」という概念が生まれました。
この概念は、『1984年』の中で、次のように説明されています。

◆1.「ニュースピークの諸原理」

『ニュースピークの諸原理』
ニュースピークはオセアニアの公用語であり、元来、イングソック(Ingsoc)、つまりイギリスの社会主義(English Socialism)の奉じるイデオロギー上の要請に応えるために考案されたものであった。1984年の段階では、話し言葉にせよ書き言葉にせよ、コミュニケーションの手段としてニュースピークだけを使う者は、まだ一人としていなかった。
・・・(中略)・・・
ニュースピークは2050年頃までにはオールドスピーク(即ち我々の言う標準英語)に最終的に取って代わっているだろうと考えられた。
・・・(中略)・・・
ニュースピークの目的はイングソックの信奉者に特有の世界観や心的慣習を表現するための媒体を提供するばかりではなく、イングソック以外の思考様式を不可能にすることでもあった。ひとたびニュースピークが採用され、オールドスピークが忘れ去られてしまえば、そのときこそ、異端の思考-イングソックの諸原理から外れる思考のことである-を、少なくとも思考が言葉に依存している限り、文字通り思考不能にできるはずだ、という思惑が働いていたのである。
・・・(中略)・・・
「自由な/免れた」を意味するfreeという語はニュースピークにもまだ存在していた。しかしそれは「この犬はシラミから自由である/シラミから免れている」とか「その畑は雑草から自由である/雑草を免れている」といった言い方においてのみ使うことができるのである。「政治的に自由な」あるいは「知的に自由な」という古い意味で使うことはできなかった。なぜなら、政治的及び知的自由は、概念としてすらもはや存在せず、それゆえ必然的に名称が無くなったのだ。
・・・(中略)・・・
ニュースピークは思考の範囲を拡大するのではなく縮小するために考案されたのであり、語の選択範囲を最小限まで切り詰めることは、この目的の達成を間接的に促進するものだった。
・・・(中略)・・・
イングソックに有害な思想は言葉を伴わない曖昧な形で心に抱くしかなくて、また、それを名指そうとすれば、様々な邪説全部を一括りにし、それらを明確に定義づけないまま断罪だけする実に雑駁な用語を使うより他ないのだった。
・・・(中略)・・・
1984年段階では、オールドスピークがまだコミュニケーションの通常の媒体だったため、人がニュースピークを使うときにその元々の意味を思い出すかも知れないという危険が理論上存在した。
・・・(中略)・・・
しかし二、三世代も経てば、そのようなふとした過失を犯す可能性すら消失してしまうはずであった。
・・・(中略)・・・
ひとたびニュースピークがオールドスピークに取って代わられると、過去との最後の絆も断たれることになったはずである。歴史は既に書き直されたが、検閲の目をくぐって過去の文献の断片がここかしこに生き残っており、オールドスピークの知識を保持している限り、それらを読むことは可能だった。しかし将来においては、こうした断片がたとえたまたま生き残ったとしても、判読不能で翻訳不能なものになっているだろう。
・・・(中略)・・・
これが現実に意味するところは、およそ1960年(※注:『1984年』の革命の年)より前に書かれた書物は全体を翻訳することが出来ないということである。

イギリスに戻ったオーウェルは、第二次世界大戦を経験したあと、社会主義・共産主義体制のもたらす非人間的な国家と社会の様相を描く二大小説『動物農場』『1984年』を執筆しました。
ここで注意すべきは、オーウェルが、単に共産党支配下にあるソ連や東欧諸国を風刺しているのではなく、特に後に執筆された『1984年』において、共産主義・社会主義の邪悪さを示す見違えようのない膨大な証拠を前にしてもなお、現実無視の社会主義路線に固執する英アトリー労働党政権、その支持母体である労組、ハロルド・ラスキ教授などの社会主義の理論的指導者、を激烈に批判している事です(Ingsoc=English Socialism:イギリス社会主義を「オセアニア」の指導理念をして描いている)。まさに当時のイギリスは、『隷従への道』を自ら辿っていたのです。

■5.なぜ二つの異なった「自由」があるのか?

ジョージ・オーウェルは『1984年』で「自由」の意味が「政治的及び知的自由」を含まないように限定されてしまった未来社会を描いています。
一方、ハイエクは『隷従への道』で「自由」という言葉の意味が本来の意味からかけ離れていった過程を次のように記しています。

◆1.「自由」を主張する社会主義の矛盾

このような社会主義の主張がもっともらしく聞えるようにするために、「自由」という言葉の意味を社会主義者たちが極めて巧みに変更させてしまった事実は、重要極まりない問題であって、我々はこの点を精査しなければならない。
かって政治的自由を主張した偉大な先人達にとっては、自由という言葉は圧政からの自由、つまりどんな恣意的な圧力からもあらゆる個人が自由でなければならないことを意味していたのであり、従属を強いられている権力者たちの命令に従うことしか許されない束縛から、すべての個人を解き放つことを意味していた。
ところが、社会主義が主張するようになった「新しい自由」は(客観的)必然性という言葉で表現されるような、とても逃れえないと思われてきた全ての障害から人々を自由にし、全ての人間の選択の範囲をどんな例外も無く制限してきた環境的な諸条件による制約からも、人々を解放することを約束するものであった。
つまり、人々が真に自由になるためには、それに先立って「物質的欠乏という圧制」が転覆されなければならず、「経済システムがもたらす制約」が大幅に撤去されねばならない、とこの「新しい自由」は主張した。
(中略)
つまりは、「新しい自由」への要求とは、富の平等な分配という古くからある要求の、ひとつの言い換えに過ぎなかった。ところが、その主張を「新しい自由」と命名することによって、社会主義者たちは、自由主義者が使用する「自由」という言葉を自分達の言葉として手に入れ、これを最大限に自分たちの目的のために利用してきた。
この言葉は二つのグループ間で全く異なった意味で使われているというのに、この決定的な違いに気付く人々はほとんどいなかったし、ましてこの二つの異なる自由を理論的に本当に結びつけることが出来るかを、真剣に考えようとした人も皆無に近かった。
(中略)
彼らが「自由への道」だと約束したことが、実は「隷属への大いなる道」でしかなかったと実証された時の悲劇は、より深刻なものとなるのを避けられない。

■6.本来の意味の「自由主義者」と「リベラル」(=偽装した社会主義者)を区別しよう

日本でも、“護憲リベラル”の社民党や、菅直人首相・仙石官房長官を初めとする民主党の大部分の議員や、加藤紘一ら自民党内の左翼など、本来の自由主義から程遠い“社会主義者“が、ずうずうしくも「リベラル(本来の意味は“自由主義”)」と名乗っています。

⇒「自由主義(=本来の自由主義)」と「リベラル(=偽装した社会主義)」を確り区別しましょう。

◆1.著名学者による警告

◇F.A.ハイエク(オーストリア出身・イギリスに帰化したノーベル賞受賞経済学者・政治思想家)『致命的な思い上がり』(1988年)
例えば「リベラリズム」という言葉を流用することにおいて、アメリカの社会主義者は意図的な詐欺を行ったのである。・・・同じことは欧州の中道政党にもますます当てはまりつつある。・・・すでに1911年には、L.T.ホブハウスは『リベラリズム』というタイトルで正しくは『社会主義』と呼ばれたであろう書物を出版していたし、ほどなく『社会主義の諸要素』と題する著書も出されている。この特別な変化は重要であるが、おそらく今では修復不可能である。
◇R.マルガン(イギリスの政治学者)『自由論の系譜』(共著)(1984年)の一章より
近代政治思想においては、「自由」は感情に強く訴える情緒的な言葉になってしまっているので、自分の政敵にそれを引き渡すのは危険この上ない事とされる。つまり、イデオロギー論争においては、自由それ自体を批判する代わりに、自分の対立者の自由概念を批判し、それとは別の「本当の」あるいは「真の」自由観を主張する事が常套手段となっている。
◇P.ドラッカー(オーストリア出身・アメリカに帰化した経営学者)『経済人の終わり』(1939年)
自由が少ししか存在していなければいないほど「新しい自由」に関する話がますます多くなる。しかし、この新しい自由とは、自由という言葉によって欧州がこれまで理解してきた全ての事に対するまさに反対の事を意味している言葉でしかない。…欧州において唱えられている新しい自由とは、個人に対する多数派の権利のことなのだ。

※「(本来の)自由主義」と「リベラリズム」の区別がついた所で、今度は liberalism という単語の辞書的定義から、その意味内容の変遷を具体的に検証します。

■7.リベラリズム(liberalism)の辞書的定義

政治に興味を持ち始めた人が、しばらくして戸惑うのは「リベラル」という言葉の持つ意味内容であろう。
「リベラル」(liberal) の日本語訳は「自由な」であり、「リベラリズム」(liberalism) は「自由主義」である。そして自由民主党の英語名称は Liberal-Democratic Party(LDP)である。
ところが自民党は「リベラル政党」ではなく「保守政党」と言われ、liberalの文字の入っていない民主党(Democratic Party(DP))が「リベラル左翼政党」とされている。そして自由主義の反対理念であるはずの社会主義を推進する社会民主党(Social-Democratic Party(SDP))が「護憲リベラル政党」と自称している始末である。
でも、そうかと言うと構造改革を推進した小泉政権の路線は、なぜか「ネオ・リベ(新自由主義 neo-liberalism)」と呼ばれていたりする。
一体、「リベラル(liberal)」「リベラリズム(liberalism)」って何なのだろうか?

◆1.辞書による説明

(1) ブリタニカ・コンサイス百科事典(liberalismの項)より全文翻訳
  政治的および経済的ドクトリン(理論・信条)であり、①個人の権利・自由、②政府権力の制限の必要性、を強調するもの。
<1> リベラリズムは、16世紀欧州の戦争(30年戦争)の恐怖に対する防御的リアクションとして発生した。
その基本理念は、トーマス・ホッブズとジョン・ロックの著作の中で公式な表現を付与された。この両者は、至上権は究極的には被統治者の同意によって正当化され、神権ではなく仮想的な社会契約によって付与されると唱えた。
経済分野では、19世紀のリベラル(自由主義者)達は、社会での経済生活に対する政府介入の撤廃を強く要求した。アダム・スミスに従って彼らは自由市場に基礎を置く経済システムは、部分的に政府にコントロールされた経済システムよりも、より効率的であり、より大きな繁栄をもたらすと論じた。
<2> 欧州と北米の産業革命によって発生した富の巨大な不平等その他の社会的問題への反動として、19世紀末から20世紀初めにかけてのリベラル(自由主義者)達は、市場への限定的な政府介入と、無料の公共教育や健康保険などの政府拠出による社会的サービスの創出を唱えた。
アメリカ合衆国では、F.D.ルーズベルト大統領により企画されたニュー・ディール(新規まき直し)計画により、近代ないし進歩的リベラリズム(modern liberalism)は、①政府の活動領域の広範な拡張、そして、②ビジネス活動の規制の増大、として特徴づけられた。
第二次世界大戦後、社会福祉の一層の拡張が、イギリス・スカンジナビア諸国・アメリカ合衆国で起こった。
<3> 1970年代の経済的不振(スタグネーション:不況とインフレの同時進行)は殊にイギリスとアメリカ合衆国において、自由市場を選好する古典的な自由主義の立場(classical liberal position)の再興を導いた。
<4> 現代リベラリズム(contemporary liberalism)は、①不平等の緩和、②個人の権利の拡張、を含む社会改革に依然関心を寄せ続けている。
(2) オックスフォード英語事典(liberalの項)より抜粋翻訳(※liberalismは派生語扱い)
(政治的文脈で)個人的自由、自由交易、漸進的な政治的・社会的改革を選好する(形容詞)。
語源(ラテン語) liber(=free (man):自由(人))。原初的語感は「自由人として適格な(suitable for a free man)」 ⇒つまり「自由人=奴隷でないこと」
(3) コウビルド英語事典(liberalismの項)より全文翻訳
<1> ・リベラリズム(liberalism)とは、革命ではなく、法改正によって社会的進歩を漸進的に行う、とする信条である。
<2> ・リベラリズム(liberalism)とは、人々は多くの政治的そして個人的な自由を持つべきである、とする信条である。

◆2.リベラリズムの段階・種類

以上の辞典による説明は、かなり内容が不明瞭であるが、まとめると「リベラリズム」という言葉は、次の4つの段階あるいは種類・区分をもってその意味内容を拡張ないし変化させてきた、ということになる。
リベラリズムの段階・種類・区分 時期 意味内容
<1> 古典的リベラリズム(classical liberalism) 16世紀~19世紀 ①個人の権利・自由の確保、②政府権力の制限、③自由市場を選好…消極国家(夜警国家)
<2> ニュー・リベラリズム(new liberalism) 19世紀末~20世紀 経済的不平等・社会問題を緩和するため市場への政府介入を容認→次第に積極的介入へ(積極国家・福祉国家・管理された資本主義)
社会主義に接近しているので社会自由主義(social liberalism)と呼ばれ、自由社会主義(liberal socialism)とも呼ばれた。
<3> 再興リベラリズム(neo-liberalism) 1970年代~ スタグフレーション解決のため自由市場を再度選好。
<2>を個人主義から集産主義への妥協と批判し、個人の自由を取り戻すことを重視
<4> 現代リベラリズム(contemorary liberalism) 現代 ①不平等の緩和、②個人の権利の拡張、を含む社会改革を志向
1970年代以降にJ.ロールズ『正義論』を中心にアメリカで始まったリベラリズムの基礎的原理の定式化を目指す思想潮流で、①ロールズ的な平等主義的・契約論的正義論を「(狭義の)リベラリズム」と呼び、②それに対抗したR.ノージックなど個人の自由の至上性を説く流れを「リバタリアニズム(自由至上主義)」(但し契約論的な構成をとる所はロールズと共通)、③また個人ではなく共同体の価値の重要性を説くM.サンデルらの流れを「コミュニタリアニズム(共同体主義)」という。
補足説明 <2>ニュー・リベラリズム(new liberalism)と<4>再興リベラリズム(neo-liberalism)は共に「新自由主義」と訳されるので注意。
もともと<1>古典的リベラリズムに対して修正を加えた新しいリベラリズム、という意味で、<2>ニュー・リベラリズム(訳すと「新自由主義」)が生まれたのだが、世界恐慌から第二次世界大戦の前後の時期に、経済政策においてケインズ主義が西側各国に大々的に採用された結果、<1>に代わって<2>がリベラリズムの代表的内容と見なされるようになり、<2>からnewの頭文字が落ちて、単に「リベラリズム」というと<2>ニュー・リベラリズムを指すようになった。
ところが、1970年代に入るとインフレが昂進してケインズ主義に基づく経済政策が不況脱出の方途として効かなくなってしまい、市場の自律調整機能を重視する<1>の理念の復興を唱える<3>ネオ(=再興)・リベラリズムに基づく政策が1980年前後からイギリス・アメリカで採用されるようになった。そのため今度は、<3>を「新自由主義」と訳すようになった。

  • つまり
自由民主党が、 「liberal democratic party」だという意味の「リベラル」とは <1>古典的リベラリズムないし<3>再興リベラリズム(現在使われている意味での「新自由主義」)に近く、一方、
民主党が、 「リベラル左翼政党」と言われる場合は、 <2>ニュー・リベラリズムないし<4>現代リベラリズムの意味に近いことが分かります。なお、
社会民主党や民主党の旧社会党・旧社民連グループ(菅直人など)が 「護憲リベラル」などと自称していますが、 現実には彼らは「社会主義者」であり、東欧自由化・ソ連解体以降に「社会主義」という言葉にマイナス・イメージが定着したために、<2>・<4>の意味合いで「リベラル」を詐称しているに過ぎません。注意しましょう。

◆3.リベラル左派とリベラル右派

※下の政治的スタンス分析では、以下の対応関係となっている。
<2>ニュー・リベラリズム 及び <4>現代リベラリズム(の中のロールズ派) を 「リベラル左派」(左翼の一つ)
<4>再興(=ネオ)・リベラリズム を 「リベラル右派」(真正リベラル)

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■8.「自由」を巡る西洋思想の二つの流れ

一般に、①イギリス経験論と②大陸合理論の対立(解説ページ)とやや誤って呼ばれますが、西欧思想には「自由」の概念を巡って、①主にイギリス・アメリカなど英語圏で発展した価値多元主義的な(=開かれた自由な社会の)思想と、②主にドイツ・フランスなど欧州大陸で発展した価値一元主義的な(=閉ざされた全体主義的社会の)思想の、長い対立があります。

◆1.古代ギリシャの自由

古代ギリシャ、とりわけアテネの人々が、欧州の歴史で初めて、(2)閉ざされた全体主義的社会から、(1)開かれた自由な社会への扉を開いたとされます。
この、(1)開かれた自由な社会、と、(2)閉ざされた全体主義的社会 の対立を、古代ギリシャの2大ポリスである (1)アテネ、と(2)スパルタ にそれぞれ代表させて対比します。

◇1.アテネ(開かれた社会)とスパルタ(閉ざされた社会)

都市国家 アテネ スパルタ
要約 開かれた社会(自由主義) 閉ざされた社会(全体主義)
個人主義(indivisualism:個人は固有で不可侵の自由な領域を持つ) 集産(集団)主義(collectivism:個人は全体に奉仕することが生の目的である)
社会 流動的社会 固定的階級社会(カースト的)
国家の性格 海上交易帝国・文化大国 自給自足社会・軍事立国
ペロポネソス戦争で民主制をとる諸都市のリーダーとなる ペロポネソス戦争で寡頭制をとる諸都市のリーダーとなる
思想哲学 批判的方法論の発見→哲学の発展 身分固定的な法制により思想の自由なし
代表者 ソクラテス(哲学者)、ペリクレス(軍人・政治家) レオニダス(軍人)、後にプラトン(アテネ貴族階級出身)がスパルタに憧憬
近代における評価 主にイギリスの自由主義者の理想となる デカルト、ルソー、ヘーゲルらの理想となる

◇2.ペリクレス(アテネの指導的な将軍・政治家)の追悼演説にみる「自由」

トゥキディディス『戦史』に描かれたペロポネソス戦争で戦死した兵士に対するペリクレスの追悼演説は、以降長きに渡って、「自由」と「デモクラシー」の精神の最も典型的な表明として、西欧知識人に親しまれ、彼らの精神を涵養し鼓舞してきたものです。
ここには、「自由主義(liberalism)」の意味内容が、18世紀後半から以降にルソーなど集産主義者やそれに続く社会主義者らによって汚染され、思想の雑居状態となって無意味化されてしまう前の「自由」(そして衆愚化してしまう前の「デモクラシー」)の真髄があります。

「我々の政治制度は他で実施されている諸制度と争うものではない。我々は隣国の模倣はせず、むしろ模範であろうとしている。我々の行政は少数者をではなく多数者を大事にする。このために民主制と呼ばれるのである。法律は私的な争いにおいては全ての人を同様に公平に扱うが、我々は卓越性の主張を無視するものではない。ある市民が抜きん出ているならば、彼は他の者に優先して国家に奉仕するよう求められることになるが、これは特権のゆえにではなく長所への報酬としてであり、貧しさが妨げとはならない。
…我々が享受する自由は日常生活にまで及ぶ。我々は互いに猜疑心を持つことなく、隣人が自分独自の道を選んだとしてもがみがみ小言を言うことはない。
…だが、この自由は我々を無法にするものではない。我々は為政者と法律とを尊敬し、また害を受けた者を保護しなければならないことを忘れないように教えられている。また我々は、何が正義であるかについての普遍的な感情にのみその強制力の根拠を持つ不文律を守るようにも教えられている。」
「我々の都市は世界に対して開かれており、我々は決して外国人を追放することはない。…我々は全く自分が望むままに生きる自由を持っているが、しかも常にどんな危険にも立ち向かう覚悟を持っている。…我々は美を愛するが幻想に耽ることはなく、知性を改善しようと努めはするが、このことは意志を弱くするものではない。…自分の貧乏を認めることは我々にとって恥ではないが、それを避けるよう努力しないことは恥だと考える。アテネの市民は自分の私事に精を出すときも公事を無視しない。…我々は国家に何ら関心を持たない人を無害と見なすのではなく無用と見なす。また、政策を立案するのは少数の者のみであるが、それを判断することは我々全てが出来るのである。我々は討論を政策実施の障害となる邪魔者とは見なさず、賢明に行動するための不可欠の準備と見なす。…我々は幸福は自由の果実であり、自由は勇気の果実であると信じ、戦争の危険をも辞さない。…要約すると、私はアテネがギリシャの学校であり、アテネの諸個人は成長するにつれて幸福な多才と非常時への覚悟と独立独行の精神を発展させるのだと主張する。」

◆2.近代西欧における自由

◇1.ハイエク『自由の条件』による解説

ハイエクは、①アネテと②スパルタに起源を持ち、近代において①イギリスと②フランスにおいて各々発展した「自由」の系譜について、著書『自由の条件』(1960年)の中で以下のように対比しています。(当ページ一番上の文句参照)
自由のイギリス的伝統 自由のフランス的伝統
経験的、非体系的(イギリス経験論⇒批判的合理主義) 思弁的、合理主義的(大陸合理論⇒設計主義的合理主義)
自生的に成長してきたが不完全にしか理解されなかった伝統と制度の解釈を基礎としている ユートピアの建設を目指すものであり、しばしば実験されてきたが、未だかって成功していない。
それにも拘らず次第に影響力を増してきた。
正確さと明晰さの足りないイギリス的自由の伝統は衰退してきている。 人間の理性の無限の力について自惚れた想定に立つフランス的伝統の合理的で、もっともらしい、そして外見上論理の通る議論。
一方は自発性と強制のないことに自由の本質を見出し 他方は、ある絶対的な集合的目的の追求と達成においてのみ自由が実現されると信じている。
一方は有機的で緩慢な半意識的な成長を支持し 他方は教条的な目的意識性に味方する。
一方は試行錯誤の手続きを支持し 他方はもっぱら唯一妥当な型の強制を支持する。
アテネ的、ソクラテス的 スパルタ的、プラトン的
バーリンの消極的自由「~からの自由」に相当 バーリンの積極的自由「~への自由」に相当
  • 「二つの伝統が最終的に混同されたのは、それらが19世紀の自由主義運動に融合したときであった。」(ハイエク)

◇2.アイザイア・バーリン『自由論』による解説

バルト3国の一つラトビア出身で、故国がソ連に占領された時にイギリスに帰化した政治思想学者I.バーリンは著書『自由論』(1969年)で、この二つの自由を①消極的自由と②積極的自由と呼んで対比し、①消極的自由だけが本当の意味での「自由」であることを説得力ある筆致で描いています。
消極的自由(negative freedom) 積極的自由(positive freedom)
要約 強制のないこと 自律(自己決定)…「自由」とは実は別概念
定義 主体が他者から干渉を受けずに放任されている、という意味の自由
「~からの自由(freedom from …)」
単に強制・拘束を受けない、というだけでなく、主体が自己を能動的に律する(自律)という意味での自由
「~への自由(freedom to …)
代表者 イギリスの自由主義者 ルソー(「自由への強制」)、カント
価値多元論 価値一元論
こちらが真正の「自由」である 全体主義へ至る危険性が高い誤った「自由」観である

◇3.「自由」とは強制のないこと

「自由の基本的な意味は、鎖からの、投獄からの、他人への隷属からの自由であり、これ以外の意味は、この意味からの拡張か、さもなければ比喩である。」
「自由になろうと努めるとは、妨害を取り除こうとすることであり、個人の自由のために戦うとは、その人の目的ならぬ他人の目的のために、他人に干渉され搾取され隷属させられるのを抑制しようとすることである。」(ともにI.バーリン)

◆3.価値多元論と価値一元論

① 本来の意味の自由主義 は 価値多元論(value-pluralism) ⇒ 人々を「自由」へ導く思想
本来の個人主義(individualism)、歴史・伝統重視の思想 であり
② リベラリズム
(左翼によって意味を歪曲された「自由」)
は 価値一元論(value-monism) ⇒ 人々を「隷従」へ導く思想
アトム的な個人主義とその結末たる集産主義、理性を万能視する思想に連なります。

以下に、人々を「自由」と「隷従」にそれぞれ導く西欧思想の二つの流れを図示します。
※批判的合理主義・設計主義的合理主義、イギリス経験論・大陸合理論は、 ⇒ 国家解体思想の正体 参照

※矢印(→・↓など)は影響関係
価値多元論(批判的合理主義) 価値一元論(設計主義的合理主義)
古代~中世 無知の自覚
・ソクラテス
中世ゲルマン法の伝統
・マグナ-カルタ
キリスト教的自然法論 理想国家論
・プラトン
  ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
16~17世紀 モラリストの懐疑論
・パスカル
コモン・ロー司法官/法律家
・コーク
近代自然法論
・グロチウス
→ 社会契約論1
(君主主権)
・ホッブズ
← 理性主義(一元論、決定論を含む)
・デカルト
・スピノザ
・モンテーニュ ・ブラックストーン ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
・マンデヴィル ・ペイリー → 社会契約論2
(国民主権)
・ロック
↓ ↓ ↓ ↓
↓ ・ヘイル ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
18世紀 スコットランド啓蒙派
・ヒューム
・A.スミス
  ↓ ↓ 社会契約論3
(人民主権)
・ルソー
フランス啓蒙派
・ヴォルテール
・百科全書派
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
フランス革命以降 近代保守主義
・バーク
↓ フェデラリスト
・ハミルトン
↓ 功利主義
・ベンサム
ドイツ観念論
・カント
空想的社会主義 無政府主義
↓ ・マジソン ↓ ・J.S.ミル ・フィヒテ ・サン-シモン ・バクーニン
19世紀 歴史法学派 ↓ ↓ ・スペンサー ・ヘーゲル ・フーリエ ・プルードン
・トックヴィル ・サヴィニー アメリカ的保守主義 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
  ・メイン ・マーシャル ↓ 人定法主義 フェビアン社会主義 新ヘーゲル主義
(プラトン的理想主義)
ヘーゲル右派(民族重視) ヘーゲル左派
(唯物論重視)
↓ ↓
    ・ケント  ↓ ・オースチン ・S.ウエッブ ・グリーン ↓ ↓ ↓
    ↓   ・ショウ     マルクス主義
・マルクス ・エンゲルス ・第一インター
・アクトン     ↓ ・ケルゼン ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
20世紀       ↓ ・シュミット リベラル社会主義(ニュー・リベラリズム)
・ホブハウス
↓ ナチズム
・ヒトラー
・ローゼンベルク
マルクス-レーニン主義
・レーニン
西欧マルクス主義
・グラムシ
修正社会主義(社会民主主義)
・ベルンシュタイン
↓ ↓ ↓ ↓ ↓   ・ケインズ ↓ ・第三インター ・ルカーチ ・第二インター
第二次大戦以降 現代保守主義
・オークショット
再興自由主義
・ハイエク
・ポパー
→ リバタリアニズム
(自由至上主義)
・ノジック
  ・ベヴァリッジ → 平等論的リベラリズム
・ロールズ
・ドォーキン
コミュニタリアニズム
(共同体主義)
・サンデル
・ウオルツァー
・コミンフォルム ・フランクフルト学派 ・コミスコ

価値多元論(value-pluralism)⇒人々を「自由」に導く思想   価値一元論(value-monism)⇒人々を「隷従」に導く思想
個人主義(individualism) 集産主義(collectivism:集団主義)
歴史・伝統重視の思想 集産主義ではないが理性による究極的価値への到達を説く思想
※個人主義(individualism)がなぜ歴史・伝統重視の思想につながるのかの説明は 「個人主義」と「集産主義」 参照
※価値多元論(I.バーリンの用語)は、批判的合理主義(critical rationalism:K.R.ポパーの用語)に重なる。
※価値一元論(I.バーリンの用語)は、設計主義的合理主義(constructivist rationalism:F.A.ハイエクの用語)に重なる。


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  • いまいちリベラリズムとロールズに対して理解が欠けているといわざるを得ません。ロールズは平等主義なんかではありませんし、日本に「真の」リベラリズムはそもそも存在しません。 -- 名無しさん (2012-11-15 22:27:54)
  • I.バーリンの積極的自由は自己決定ではなく「自己の立場や主張や基づいて、他の人々に積極的に働きかける自由」としたほうがいい。こちらなら干渉や統制が排除されず、むしろ干渉や統制こそが自由の道というのが説得力が出てくると思う。 -- 公務員試験の政治学本より (2014-02-28 09:14:16)
  • あと、積極的自由は「他の人々をより高いレベルの自由にまで高めるためにある人々によって加えられる強制を正当化する」というところも押さえたほうがいい。 -- 公務員試験の政治学本より (2014-03-08 10:30:56)
  • 上3つのコメントにお返事が遅れて申し訳ありません。自由主義に関して、さらに色々検討する必要がありますね。ご意見ありがとうございます。 -- 名無しさん (2014-03-31 13:48:21)
  • この分類がニュースピーク的であると言わざるをえない。 -- k (2014-05-07 00:46:15)
  • ニューケインジアンが載ってないな。 -- 名無しさん (2014-08-18 20:32:23)
  • 公務員試験本は、実務教育出版の過去問スーパーゼミですか? -- 名無しさん (2014-08-24 23:27:04)
  • 修正です。スーパー過去問ゼミの間違いでした。私はVテキストと70点で合格の本、スー過去政治学、スーパートレーニング政治学を参照しましたが、スー過去とスーパートレーニングの政治学の本が私は適切なことを書いているのではないかと思います。政治思想の件については政治学の学問書を参考にすべきところ(ex,スー過去では国民社会主義を国家社会主義としていたり)もありますが、自由主義に関しましては政治本でご指摘なさった方の意見は一理あるのではないかと思います。 -- 記事作成者さんへ (2014-08-24 23:36:04)
  • あと蛇足ですが、公務員試験の参考書で中身がダメなものがあるみたいですので、洋泉社の「受かる勉強法~」で良書を選定していますのでそちらも参考程度に -- 名無しさん (2014-08-24 23:43:38)
  • 自由主義者はアメリカの手先です -- 名無しさん (2014-09-06 14:05:11)
  • 自由よりも分配が日本型保守だと思うハイエクを読んだことはないが撃沈させねば。 -- 名無しさん (2014-09-06 14:06:28)
  • ↑保守議員は大抵ハイエクの本を読んだことがある人です。中曽根元総理は保守議員ではないですが、ハイエクの理論を取り入れてサッチャーやレーガンと共にネオ・リベラリズムを推進して発展に寄与しています。 -- 名無しさん (2014-11-14 20:34:01)
  • 続きです。あなたがおっしゃる自由主義者とは、liberalの意味合いですか?それともfreedomの意味合いですか?本来の自由主義が英語圏ではfreedomに対し、liberalは社会主義のニュアンスを含んだ自由=社会自由主義・社会民主制です。後者が危ないことを指摘しているならいいのですが、前者まで一くくりにしてアメリカの手先とおっしゃられれば、それはヘーゲル学派の論調(海洋国家的な自由は国家を存亡に晒すという考え方)になってしまいます。日にちから見て、ほかで保守左派とおっしゃられた方と同一なのかなと思いましたが・・・いかがでしょうか? -- 名無しさん (2014-11-14 20:40:28)
  • そんな、単純に分類できるものではないよ。そもそも、フェビアン社会主義と -- 名無しさん (2014-12-16 13:32:39)
  • 続き)共産主義を一緒くたにするのが、無理がある。フェビアン社会主義などの西欧型社民主義は、保守派以上に、反共だよ。 -- 名無しさん (2014-12-16 13:34:11)
  • プラトンの位置づけは変というか間違い。プラトンの「イデア」は様々なイデアからなっている。プラトンの著作と田中美知太郎全集,藤澤令夫著作集参照のこと) -- 名無しさん (2015-05-03 16:09:24)
  • ここで問題になっているのは、実際の政治的対立ではなく政治思想史なので、西欧社民主義と共産主義の関係については、このページは訂正する程間違ってはいないと思います。より分かりやすい極端な例として、ラッサール以降の国民社会主義とマルクス主義の思想史上の関係と、実際の世界史を比べてみてください。 -- 名無しさん (2015-05-04 22:28:13)
  • プラトンの思想はポパーの開かれた社会とその敵第一部に詳しいです -- 名無しさん (2015-05-06 17:16:15)
  • わざわざ「汚染」とかヘイト丸出しの言葉使ってる段階で「左翼ダメ」の結論ありきの論調だって分かっちゃうな -- 名無しさん (2015-08-05 14:56:35)
  • リベラルの右も左も分からない人が当面色眼鏡で仕分けするには便利な分類だとは思う -- 名無しさん (2015-08-05 15:17:35)
  • 体験中 スッキリ 腑に落ちた。欧米的深層心理は奴隷的思考。 - 欧米夫人 2016-05-11 04:16:06
  • 盲信する思想がある時点でお前に『1984』を語る資格はないわ - 名無しさん 2016-07-24 00:56:34


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最終更新:2017年05月14日 08:04